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第五章 残酷な世界
264 浅ましい
しおりを挟むカレンはへらりと安心させるように笑って、転移のまばゆい光と共にその場から消え去った。
そしてその後ろ姿をどうにか笑顔で見送ったエディは、激しい嫉妬と焦燥感に苛まれた。
……カレンの隣には、ルーカスがいたから。
ルーカスは当たり前のようにその隣に立ち、同じ錬金術師という職に就いてエディの知らないカレンを知る。
軽薄な笑いに隠されていたルーカスのその想いを知るまでは、ただの幼馴染みというカレンの言葉をエディは信じていられた。
なのにあの日ルーカスは軽薄な笑いを取り去って、愛おしそうにカレンを抱きしめ『傷付けたら許さない』と警告してきた。
奪われると思った、そして怖くなった。
カレンは恋というものを知ったばかりの、まだ移ろいやすい成人したばかりの十八歳。
いくら今カレンが自分の事を好きだと言ってくれていたとしても、本当の兄のように信頼するルーカスに愛を囁かれて迫られたら……?
だからイクスにルーカスと一時的にでも一緒に戻るというカレンを、抱きしめたその腕をエディは解きたくなんてなかった。
「はあ……」
悪い想像ばかりが頭に浮かんで止まらなくて。
幸せが逃げるぞと、カレンが毎度毎度脅してくる溜め息をついエディは吐いてしまう。
「……エディ、ご主人様いつ帰ってくる? もう置いて行かない……言ったのに……」
カレンにアルスに置いていかれて、しょんぼりとしたホムンクルスはエディに不満を溢す。
「あー、すぐに帰ってくるって言ってたけど……」
「前、邪魔されて……守れなかった……エディが怪我した、ご主人様……ぼく、怒ってる? だからお留守番? ホムちゃん、もういらない……?」
「いや、そんな事は絶対にない! カレンはお前が大事だから……可愛いから怪我とかさせたくなくて、置いてっただけだ、ホムちゃんは必要!」
「……本当? でも、連れてって欲しかった」
「そうだな……帰ってくるまで俺と勉強して待ってような? 大丈夫すぐにカレンは帰ってくるさ」
「うん……エディ、ありがと」
カレンと同じ色彩に似たような仕草で不満そうにするホムンクルスを相手にしていると、エディはなぜかその不安が和らいだ。
だからホムンクルスが寝るまでエディは、カレンに頼まれた勉強を教えて不安な気分を紛らわした。
……眠れぬ夜。
カレンは仕事でイクスに行ったと頭では理解しているし、浮気をするような女じゃないとわかってる。
でも寝ようとその目を閉じれば。
ルーカスに甘えるカレンの姿が勝手に浮かんできてしまい、なかなかエディは眠れなかった。
……ふと、柔らかな感覚にその意識は浮上して。
目を開ければ朝焼けがカーテンの隙間から差し込んでくる室内には、愛しい少女の姿。
その姿に暗く落ち込んでいたその心に一瞬光が差すが、腕の中に取り戻したその身体からはルーカスがつけている香水と同じ香りがして。
すぐになぜ身体にアイツの匂いがついているのかとエディが問いただそうと思っても、疲れきっていたカレンは既に夢の中で。
カレンが目を覚ますまでの時間を嫉妬の炎にエディは身を焦がした。
そしてカレンが目を覚ますと同時に浴室に連れていき、ルーカスの匂いが染み付いた服を全て脱がせてその身体から残り香をエディは消して。
カレンに気付かれないように痕が残されていないか、エディはその身体を観察した。
本当は信じたい。
カレンとルーカス二人の間に何もなかったと。
でもただ隣にいただけでこんなに香りが身体につくものだろうか……と、嫉妬心が煽られた故の行動。
エディがそんな事を考えているなんて、安心しきった表情で気持ち良さそうに大人しく洗われるカレンは気付けない。
普段は勘が鋭いカレンだけどルーカスの事は幼馴染みで本当の兄だと思い込んでいるから、自分に想いを寄せていることに全く気付いていない。
だから下手に意識させてやぶ蛇にならないように、エディはカレンにルーカスについて何も聞かない事にした。
そんな浅ましい自分をエディはなんて卑しく汚ない考えをするのかと、ひとり嘲笑う。
……なのにカレンはそんな自分に、真実を告げた。
その真実を自分に告げる事にどれだけの勇気がいったのか、計り知れない。
そして真実を告げたカレンは真っ直ぐにこちらを見て生きると言ったから、エディはその隣で共に生きていきたいと強く強くその身体を抱きしめて願った。
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