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第五章 残酷な世界
260 闇夜の宴
しおりを挟む雲ひとつない闇が空に広がる少し肌寒い夜に。
闇夜の宴が今、開かれる。
場所は錬金術師の国であるイクス国の首都、その中心地にある行政府内の美しく整備された中庭。
たった一枚、芝生の上にどこから持ってきたのかわからない敷物を敷いただけのとても簡素な席。
……そして参加者はたった二人だけの宴は始まった。
生命の水と、錬金術師達によって呼ばれる琥珀色の甘く香しい蒸留酒を。
錬金術師達の国でも最高位に位置付けられ尊敬されそして畏れられる錬金術師の長たる二人が、次々と豪快に銀の杯に注ぎそれを次々と飲み干していく。
「ストゥルトゥスはやっぱり愚かだな。何度この国に喧嘩を売って来たとしても、どうせ負けて皆殺しにされるっていうのに……全然学習しない……」
杯に注がれた琥珀色の酒をぐいっと序列二位アロイスは一気に飲み干し、手酌でまたなみなみと注ぐ。
「そうだね……あの国は懲りてくれないね。相手するのも時間の無駄だから止めて欲しいんだけど。でもおチビちゃんがアルスに三国同盟の破棄をさせたから多少は大人しくなるんじゃないの?」
杯に注がれた酒で水面張力を眺め、なにやら楽しんでいた序列一位は、そう言い終えると杯を傾け酒を笑顔で飲み干した。
その序列一位の杯に、序列二位がまた酒を注ぐ。
「アルス……か、俺あの国にちびっ子送ったの実は結構後悔してんだよな? あのアルスの若造の奴……去勢してやろうかな?」
「ははっ! 去勢か、いいねそれっ! うちの可愛いお姫様を泣かせ傷つけた罪は重い。……アロイスやるなら儂も喜んで手伝うよ? アルス攻めとか久し振りで腕がなる。……ああでも、恋人が出来たみたいでよかったじゃないか、あの子に大事な何かが出来て……ずっと見ていて痛々しかったし」
……本当に良かった。
と、序列一位アダムは安心したように、穏やかに微笑んだ。
「まー……それはな? でもちびっ子が面食い過ぎて、ちょっとうちの息子が可哀想になっちまったぜ、うちの息子もそれなりに整ってるけどあれには敵わん」
「……よく言うよ? 彼がおチビちゃんに執着するあまり、彼女のその世界を閉ざすからって……これは丁度いいと引き離しアルスに送った張本人の癖に」
なに言ってんのコイツ?
と、訝しげに序列一位は序列二位アロイスを見る。
「いや……そりゃ……息子のつまんない色恋なんぞより、ちびっ子の未来が大事だろ? あの子は特別でこの国の宝だ、閉ざされた世界では何も新たには学べない、それはもったいないだろ?」
「そうだね……古代式錬成陣なんて、儂でも使えないものを日常的に使うなんて……あの子はすごいね」
序列一位は杯を口許に近付けて酒を飲む事もせず、なにやら思案しつつ愁いを帯びた顔をする。
「古代式なんて錬成陣を描くだけでも相当数の生け贄がいるからな? それを自身の血だけで賄うなんて、絶対にあり得ない……! それにあの書をあの子はどうやって読み解いたのか、あんな文字俺は知らんぞ」
「……解読、できないから禁書室に放ったらかしにしてたんだけどね? まさか錬金術師に合格したばかりのあんな小さな子が禁を平然と破り、それを解読したばかりか我が物顔で使ってるなんて。あの子はいつもそうやって驚かせて楽しませてくれる」
くすくすと、序列一位は過去を思い出し、楽しそうに笑う。
「なんか一度くらいちびっ子を叱ったほうがいい気がしてきた……!」
「おチビちゃん叱ったら、何倍にもして余裕で言い返してきそうだよ? あの子、儂達を全然畏れないし? めんどくさいとか言って嫌そうな顔はするけど」
「あ……そうだったな……うん、止めとこ!」
……風がそよぐ。
中庭の草木が揺れて微かな音を耳に運ぶ。
少しだけ離れた場所から聞こえる、軽快な足音に序列一位と二位がそちらの方を見やれば。
「ん? ああ……噂をすれば」
「お、ちびっ子! もう転移酔いは治まったのか?」
ハニーブロンドの髪を風にふんわりと揺らし、錬金術師の正装に身を包み足早に近付いてくる序列三位であるカレンの姿に。
序列一位と二位は嬉しそうに声をかけた。
「少し寝たらマシになりました、でもあの転移装置の浮遊感いい加減改良して下さい! あと警報音の音量五月蝿すぎ! というか警報音って転移装置に本当にいります?」
と、口を開けるなり序列一位に文句を言うカレンは、あくび噛み殺しながらその敷物に何の許可もなくどかりと座る。
そして転がっていた銀の杯を手に取り、序列二位をちらりと見て『酒を注げ』と目で訴える。
「……たまにはさ、俺達を敬って?」
序列二位アロイスは、カレンに言うが。
「じゃあ敬われるような事して下さいね? ご自分のお仕事はご自分で、今日からは真面目によろしくお願いいたします! 私はまたアルスに行きますし? さあ高位のみんな耳をかっぽじって聞くんだ! これで無駄な仕事が減るぞー! 序列二位が敬われる事してくれるって! やったね!」
最高位達の近くで控えていた高位の皆に聞こえるように、カレンは大声で叫ぶ。
その大きな叫びに、すこし離れた場所からカレンを囃し立て、そして感謝をする複数の高位達の声が聞こえた。
……カレンの持つ銀の杯に、黙って大人しく酒を注ぐ序列二位アロイスの顔色はとても悪かった。
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