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第五章 残酷な世界

250 恋人と幼馴染み

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 それはまるで突き放すように。

 その解いた腕の中から放り出されて、温もりと安心感が身体から消えて初めて気が付いた。

 ……怒らせた、と。

 エディは本気で怒ると目を合わせてくれなくなるらしい、そして私を傷付けたくないと物理的に距離を置いて執行官を呼んで先に屋敷に帰らされた。

 今まで私はエディを散々怒らせて来たが、今回は何処かいつもと違っていて翌日になっても目を合わせてくれないし、話し掛けても適当に頷くだけで取り合ってさえ貰えない。

 そんないつもと違うエディと私の様子を、エルザやイーサンが心配してくれるけど。

 ……どうしていいのかわからなかった。

 誰かを好きになって付き合ったりするのは初めてで、同世代の友人と言える人間なんていない私にはどう対処していいのか全くわからなかった。

 近しい人間だと一番私と年が近いのがミアお姉ちゃんで、次いでルーカスくらいしか私の周囲にはいないから。

 それに錬金術師になってからというもの、同世代の人間との関わりが完全に消えた。

 史上最年少の八歳で錬金術師になったという記録は未だに打ち破られる事はなく、次点で最年少記録持ちはルーカスで私が住む首都に入れるのは基本的に錬金術師の資格を持つものだけだから。

 誰かと喧嘩なんてしたことが幼少期しかなくて、絶対的に経験不足だしそれに幼少期の喧嘩なんてほぼ殴り合ってたし?

 だから、手詰まり状態でエディに避けられ距離を置かれた私は文字通り固まって呆然として涙が出た。

 こんな時に居て欲しいミア姉は、ママの実家の伯爵家にパパとママと遊びに行ったからもうガルシア公爵家にはいない。

 肝心な時に使えない姉である。


「オースティン団長! もういい加減にして下さい、何が気に入らないのか知りませんが、痴話喧嘩してあんな風に避けるなんて……カレン様が可哀想です」

 一人ガルシア公爵家の廊下に佇んで、窓の外を眺め物思いにふけっていたエディにエルザが声をかけた。

「ああ、エルザか……、俺達にも色々あるんだ、少しほっといてくれ、今回ばかりは……ホントに」

「は? 何が色々ですか! カレン様はまだ十八歳で貴方はもういい年した大人でしょう?! それに……泣いて震えていらっしゃいましたよ? 団長、ほんとやり方が酷いです……」

「え? あ、カレンは……泣いて……る、のか……」

 まさかカレンが泣いているとは思わなかったらしくエディはエルザの言葉に動揺する。

「ですので……早くお側に行って慰めて上げて下さい、記憶が戻ってもその態度じゃそのうち愛想つかされて他の男に横から取られちゃいますよ? カレン様はあの美貌で性格も明るく可愛いらしいし? それに成人されましたから、これから素敵な出会いの機会なんて沢山ありますよ? 捨てられるのは団長ですよ?」

「っうぐ……そうだな、大人げなかったな……」

「わかったならさっさと行って下さい、ホントに手のかかる団長ですね? もういっそカレン様に捨てられちゃえばいいのに……カレン様ならもっといい男捕まえられる筈ですもの」

「エルザ……ってさ、なんか最近俺への当たりがキツイよな? 前はもっと……ほら……」

「……だって、カレン様が可愛いから! 日に日に愛らしくなっていかれて、これからの成長が楽しみです」

「あっまあ、うん……そうだな」

「それに……団長が記憶を失ってる間に色々とありましたからね? オスカーの事とか……私がカレン様を守って差し上げないといけないと、思った次第です」

「……オスカー、か。」

「ですので、早く行ってお慰め下さい」

「……ああ」
 

 その頃のカレンは。

 その問題から逃げるようにしてやってきた研究室の錬成陣の前で、ひとりぼっちの夜を寂しく仕事をして過ごしていた。

 ただ部屋の外にはイーサンが護衛として待機しているから、正確に言えばカレンは一人ではないのかもしれないが。

 
 ……また私は。

 エディに嫌われて距離を置かれた。

 エディはまるであの時のように目も合わせてくれなくなって、話し掛けてもただそれに頷くだけでその態度に胸が痛くて苦しくなった。

 本当は考えたくない未来がカレンの脳裏に勝手に浮かんでは心を苛んで泡のように消えていく。

 もしもこのまま、あの時のように私からエディが離れていったら……?

 そう考えただけでカレンは目の前が真っ暗になって、またひとりぼっちになる恐怖に包まれてカタカタとナイフを持つ手が震え、サファイアの瞳から涙がポロポロと溢れ落ちた。

 止まらない震えと涙にカレンは、また自分で自分を抱きしめて、唇を血が出るまで噛み締めて。

 エリクサーの効かなくなった身体に、ナイフで傷を付けて赤い血をその痛みでカレンは胸の痛みと震えをひとりで誤魔化していた。

「なにしてんの、お前」

 後ろから抱え込まれるように抱きしめられた。

「……なにも? ルーカスには関係ないし、気安く人の身体に触んな……ばーか」

「泣いてるのに、なにも無い事はないと思うけどな? 何まだ彼氏と喧嘩してんの?」

「庇ってくれるって言ったのにさっさと逃げたルーカスのせい! っ全部……お兄ちゃんが悪い……」

「……あーもう、はいはい、俺が悪かった、ごめんって? 俺にも用事が色々とあってだな、こら泣くなって、相変わらずよく泣くよなカレンは……ん? あっ」

「ん、もっと、抱っこ……ちゃんと頭撫でて……ルゥ、お兄ちゃ、ん……」

「いや……あー? ……うん、まあ……これはほら不可抗力だから……そんな、睨まないで欲しいな……?」

 カレンを慰めるように抱きしめ、頭を撫でるルーカスを、エメラルドの瞳が睨み付けるようにじっと開いた扉の前で見下ろしていた。
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