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第五章 残酷な世界

246 隠していた狂気

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 小さなナイフの切っ先が首筋に触れた瞬間。

 金属特有のその冷たさに驚いたのか身体を動かすから、首筋の薄皮一枚が切れて赤い血が滴った。

「っい……」

「……あ、切れちゃった」

 首筋にナイフを宛がったままカレンは言葉を紡ぐ、その声にアルフレッドのアイスブルーの瞳は驚きに染まる。

「か……れん? ……私を、殺しに来たのかい?」

 その声にそれが誰だか気付いたのかアルフレッドは執務机に座ったまま、それ以上動く事なく話す。

「いや……殺しはしないよ? アルスの国王であるアルフレッド貴方にはまだ使い道が沢山あるからね」

「使い道……か」

 アルフレッドはカレンのその言葉に顔をしかめて、悲しそうで悔しそうな表情を見せる。

「あら……なにかご不満でも?」

「私は……君にとって殺す価値すらもないのかなってね、……もしかして、一人で来たの? オースティンは連れて来ていないのか……」

「残念ながら一人じゃないよ? 単独行動すると後でなにかと周りが五月蝿いからね、一応うちの国の人間も連れて来てる、貴方には……大事な話があってね」

「……なにをさせたい? 国王といっても私にも出来る事と出来ない事があるよ」

「出来なくてもやって貰うよ、アルフレッドに拒否権は無いんだ、とりあえずは三国同盟の破棄かなぁ?」

「私の一存では……え?」 

「……そんな返事は求めてない」

 ダンッ……!

「……い゛ッ?!」

 アルフレッドの首筋に宛がっていたナイフを、カレンはサッと逆手に持ち変えて。

 執務机の上に置いてあったアルフレッドの手を、何の躊躇もなく当たり前のようにカレンは貫いた。

「あははっ……涙目じゃん! べつに切断した訳じゃないんだからさあ? そんな痛そうにしなくても……アルフレッドは根性ないなぁ?」

 手の甲ををナイフで貫かれた激痛に唸るアルフレッドを、カレンはじっくりと眺めて腹を抱えて嗤う。

 カレンの声音はとても楽しそうなのに、表情はどこか空虚で氷のように冷たい。

「っう……いっ……、ど、うして……殺さないんじゃ……」

「え、そのくらいじゃ人間は死ねないよ? ほら大して出血もしていないでしょう? あと殺さないけど、拷問しないとは、私は一言も……言ってないね?」

 発せられたその言葉に、アルフレッドは目を大きく見開きカレンのその表情を見て言い知れぬ恐怖が身体に駆け巡りガタガタと震えだす。

 ……それはいつも人懐っこい笑顔を浮かべるカレンのサファイアの瞳には狂気が宿り、見透かしたようにアルフレッドを冷たく見返していたから。

「ご……拷問……? え……カレン?」

「まあ大人しく私に従うって言うならさ、そもそも面倒だし早く帰って休みたいから、アルフレッドと遊んであげるつもりはあまりないんだけど……どうする?」

「え、カレン? 君はさっきからなにを……言ってるんだ? そんな脅しをされた所で、同盟の破棄なんて重要な事を私の一存では……決められないんだ」

「……その返事は求めてないって言ってるのにね? 何度も同じこと言わせられるの私……キライなんだよね……あははっ、馬鹿なアルフレッド! どうせ従う事になるのに……ね?」

 カレンは歪んだ嗤いをその顔に浮かべ退屈そうに、突き刺していたナイフを引き抜き、アルフレッドを馬鹿にしたように嘲笑った。

 
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