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第五章 残酷な世界

201 動揺

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 人間の死など飽きるほど見てきたはずなのに、どうして涙が溢れてこんなにも胸が張り裂けそうなほど痛むのか。

 何も知らなかった、知ろうとなんてしなかった。

 自分の事で精一杯で周りを見る余裕すらなかった。

 それはただの言い訳で。

「おい! 馬鹿、息をしろ!」

 息の仕方を忘れてしまったみたいに呼吸が出来なくて。 

 私は全ての責任から逃げるように意識を手放した。
 
 ……だがとても残念な事に、この現実から夢の世界に逃げ続ける事なんて許される訳もなくて。

 ずっと意識を失っていられるくらいに、もう少しだけ身体が弱くても良かったと今切実に思うが、昔から風邪すら殆どひいたことがないくらいに健康優良児で親が驚くほど丈夫な私は目が覚めてしまう。

 だが心はそんなに丈夫ではなくて、涙がまた勝手にぽろぽろと溢れだして頬を伝い流れる。

 泣きたくなんてないのに止まってくれない、私にはオスカーの死を泣いて悲しむ資格なんてないのに。

 ……足音がする。

 誰かこちらにやってくる。

 泣いてる姿なんて誰にも見られたくないのに。
 
「……どこか痛む所はないか?」

「え、大、丈夫、どうして?」

 震えてうまく言葉が出ない。

 弱みなど誰にも見せたくないのに。

 この人は私の事を全て忘れてしまったのに、その優しい穏やかな声を聞くと、縋りついて泣いてしまいたくなる。

「……過呼吸を起こして倒れたから、俺が運んだ」

「あ、そっ……か。……っあ、……りがと」

「なあ、お前さ? 泣きたいなら大声で泣けよ、声押し殺して泣くとかやめとけ、ほら泣く胸なら貸してやろう!」

「へ……?」

 この男は頼んでもいないのに私のいる寝台の上にドカリと勝手に座り、無造作に人の腕を掴み抱き寄せて、まるで子どもをあやす様に背中をポンポンとしてくるから。

 もうなんか色々いっぱいいっぱいで、後の事なんてなにも考えずにその胸を借りて思いっきり泣いてやった。
 
 記憶の無いエディは言葉遣いも態度も私と同程度に乱暴な気がするけど、記憶が無くても優しい事に変わりはないらしい。

「でも、なんでそんなに多方面に命狙われてんの?」

「…………」

「それにオスカーってお前の護衛騎士の一人だったんだよな?」

「…………」

「……また無視か、まあ……いっか」



 どうしてオスカーがこの少女を魔女と言って殺そうとして、国際連合の懲罰委員会の執行官に殺されたのかわからない。

 だけど、確証なんて全然ないし根拠はないがこの少女がなにか悪い事をしたとはどうしても思えないし、護衛の癖に護衛対象を私情で殺そうとする奴が悪い。

 ……ぽろぽろと涙を溢すサファイアの瞳と震える身体がとても痛々しくて、本当はその身体に触れてはいけないんだろうが放っておく事が出来なかった。

 だが、寝台の上で抱きしめてから死ぬほど後悔した。

 ふわふわと癖のある艶やかなハニーブロンドは触り心地がとても良いし、小さくて抱き心地の良い身体は石鹸の匂いがしてずっと抱きしめていたくなって。

 ふと目が合うと切なそうにサファイアの瞳でこちらを見つめて、キスして欲しそうに甘く蕩けそうな顔をするから自分の理性と戦う羽目になった。

 いや、絶対そんな事はないってわかってるんだけど。

 抱きしめて背中をさすってやってれば、泣き疲れたのか眠ってしまったから寝台に寝かせようとしたら縋るように抱きついてきて離れない……! 何この子可愛い……!
 
 どうしようかなと、思ったが起こすのも可哀想な気がしてそのままのんびりと艶々と濡れたように輝く髪を撫でていたら部屋に入ってきたリゼッタに。

「エディ坊っちゃん? 何されてるんですか……!」

「え、いや、泣き疲れて寝たから……」

「いくらお二人が想い合っていたとしても、堂々と手を出してはいけませんと、あれほど言いましたでしょう! カレンお嬢様から離れて下さい! 指輪渡せば言い訳じゃありません!」

「は? 指輪? 何言ってんだ?」

「あら……? え、それ、記憶……戻られたんじゃ?」

「……いや戻ってないけど」

「まあ……それは……どうしましょう?」

「どうしましょう? って……え?」
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