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第四章 喪失
196 忘れてはいけない
しおりを挟む浮かれていた。
忘れてしまっていた。
絶対に忘れてはいけないのに。
この世界はとても不条理で残酷だと言うことをわかっているつもりでいただけで、私は何もわかってなどいなかった。
私が誰かを愛してはいけない理由なんてそれはとても簡単で、私へ向けられた憎悪が大切な人達に向かうのを避ける為。
大事な人達はみんな遠ざけて、つまらないものに囲まれて過ごしてさえいれば憎しみは全てちゃんと此方に向くからわたしは安心できた。
耳をつんざくような異音に穏やかな朝は撃ち破られる。
寝室のまわりを取り囲まれたとわかるその複数の足音に、咄嗟にエディは剣を握り、私をその腕の中に隠す。
私に大丈夫だと安心させるようにいつもの優しい声音で言って強くその腕に抱いてくれたその直後、激しい爆発音に視界は暗転し、身体に強い痛みが走る。
……何が起きたのかわからない。
激しい爆発音と、強い衝撃と身体の痛み。
どこかから聞こえた人の声や足音が遠ざかっていく。
転移装置特有の警報音が聞こえる。
朦朧とする意識をどうにか繋ぎ止めて、重い目蓋をあけて痛む身体で起き上がれば粉塵が舞いちり所々から炎があがる。
「エディ……?」
血が流れ出す、赤い赤い真っ赤な赤い血が。
その目蓋は固く閉ざされて、ブラウンの髪は赤に染まる。
転移装置特有の警報音が鳴り響く。
「血が……」
流れ出すその温かい血液を止めなくてはいけないと思うのに、どうしてか身体が思うように言うことをきいてくれない。
まるでエディは眠っているようで。
足音が聞こえる。
「カレン様っ!」
「助けて……エディ……血が、止めなきゃ……いけないの……でも私っ、何も出来ない……どうしよう、血が……たくさん、やだ」
「お怪我を、カレン様……!」
白いローブ、私の知っている声。
「私はいいからっ! エディがっ……エディが死んじゃう! アンゲルスっ、もう失いたくない……もう、こんなのやだっ……お願い、助けて、私なにも出来ない……」
今、泣いてる場合じゃないのに、胸が痛い苦しい。
「……かしこまりましたカレン様、アンゲルスがすぐにお助けしますので、もう大丈夫ですよ? 安心して下さいね」
執行官がガラスの瓶を取り出して蓋を開け、その煌めく紫色の液体を意識なく横たわるエディの口もとに押しあてて口内に流し込む。
ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を拭う事もなく、カレンは呆然とその光景をただ震えながら見ることしか出来ない。
「エディは……大丈夫だよね? ねえ、アンゲルス……?」
「はい、ご覧の通り呼吸が安定致しました。ほらカレン様、大丈夫だったでしょう? ですから次はカレン様のお怪我の治療をさせて頂いてもよろしいですか?」
手をそっとのばす。
まっ白だったその顔色は少しずつ赤みを取り戻し、みて取れるほどに力強い呼吸を繰り返し、しっかりと脈を刻み温かい。
大丈夫、大丈夫エディは死なない、大丈夫。
「っあ、……りがとう……私、何も、出来なっ……くて……」
「大丈夫、大丈夫ですよ、カレン様。傷を見せて下さいね?」
「っうん……でも、エディが守ってくれたから……怪我ほとんどしてないよ? どうして……ホムンクルス出てこなかったの、なんで……? いつも、ちゃんと……守って」
「恐らくは結界が張られていたのでしょう、魔法や魔道具の類いが使えないように、カレン様を逃がさないように……」
何か考え込むように執行官は周囲をちらりと見回す。
他の執行官達は忙しく周囲を警戒し、時折とても心配そうにカレンに視線を向けて、再び警戒に戻る。
「どうしてっ……?! ホムンクルスを隠してる影が魔道具だって……、隠してたのに……気付かれるなんて……」
「さあ……とりあえずここを移動しましょう? 私達がカレン様のお側にいればそう簡単に襲ってくることはないと思いますが絶対とは言いきれません、それに彼も休めてあげないと、いくらエリクサーを使ったとしても、血を多く失い過ぎていますからね? 引き続き彼の治療をしなくては」
「うん……」
「さあ、カレン様は彼をちゃんと抱いてあげていて下さいね? 直ぐに転移しますよ、……本当によくカレン様を守ってくれました、だから貴方の命だけは助けますよ」
転移装置特有の警報音が鳴り響く。
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