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第四章 喪失

194 星降る夜に

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「さむいー! これ絶対に凍死するやつ!」

 冷たい海風が吹き荒み、雪が降り積もる極寒の海岸でのんびりと海を眺めていたカレンは今、冷えきった身体をガタガタと震わせていた。

「……それは、寒いから帰ろうって言うのになかなか帰ろうとしないお前が悪いと思うが。とりあえず別荘に戻って風呂にでも入って温まれ、風邪ひくぞ?」

「お風呂なんてのんびりしてたら真っ暗闇の中、馬で街道走らなきゃいけなくなるよ? それに遅いって絶対にネチネチと文句言われるよ、執行官のヤツに!」

「ああ、泊まりになるって言ってあるから大丈夫」

「えっ……お泊まり?!」

 そんな大事な事は早く言えとカレンはエディに詰め寄るが、笑って適当に誤魔化してくるからやっぱり何か企んでるか、私に何か隠してるなと思い至り、見上げればいつも通り微笑み返してきて普段通りのように見えるが何か違う。

 こいつ隠し事するの下手なんだよなと考え事していると、雪で転びそうになるから後でまた問い詰めようと思い至り、オースティン公爵家の別荘に寒さにうち震えながら戻ってくれば。

 エディが鍵を開けて室内に入れば暖炉には既に火が入れられており何故かふんだんに食材やお酒等が一通り揃えられていて、ご丁寧に可愛らしいドレスまで用意されていてなんて至れり尽くせり……。

「……実家に連絡したから使用人が先に来て用意していったんだろう、ちょっと家に連絡するからカレンは風呂入ってろ」    

「うん、温まってくる」

 案内してくれた浴室には大きな猫足のバスタブがあって、入浴剤が何種類も取り揃えられ石鹸類も数種類用意されていたりして、こちらも至れり尽くせりでまるでお姫様気分だ。

 白い花が混ぜ混まれた入浴剤を湯船に投げ込めば甘い香りが浴室に満ちてふわりと湯に花びらが舞う。

 ……王都から私を離してまでなにがしたいのかなんて、大体の予想はついた。

 私の事を全てから守ろうだなんて彼らは相変わらずお節介で過保護で傲慢だなと思うけど、それはきっと優しさからくる事で無碍にも出来なくて、余計に腹が立つから帰ったら蹴り倒そう。

 ふわふわに泡立てて遊んでいた石鹸をきれいに洗い流し、甘い香りの花が浮かぶ湯から出る。

 窓の外を見ればもう夕暮れ時で空は青と茜色が入り交じり真ん丸な月が既に浮かんでいた。

 浴室からでて部屋にいけばエディは暖炉に薪を足していて、私の為に部屋を暖めていていてくれた。

「カレン、髪また濡れたままじゃないか……」

「ほっといたらそのうち勝手に乾くよ?」

 ため息をつき、呆れた様に私の髪をタオルで丁寧に拭いてくる所はオネェ言葉を操っていた最初の頃と何も変わらない、ただ一つ変わった所といえばその瞳が熱を宿し甘い口づけを落とし抱きしめてくる所か。

 他愛ない会話をして、二人きりの幸せな時間を過ごす。

 それはきっと普通の恋人同士ならば当たり前の事だけど、でも私達にとってそれは特別な時間なのに。

 ……疲れていたのかいつの間にか眠ってしまったようで、目がふと覚めれば寝台の上で未だに見惚れてしまう美形に抱きしめられていて。

 私が起きたのに珍しくエディは寝息を立ててすやすやと眠っているから、起こさないようにそっとその腕から抜け出して寝台を降りテラスの窓を開けて外に出る。

 冷たい夜の風が身体を包みガタガタと震えるけれど、その光景から私は目が離せない、この世界は残酷で不条理だけどやっぱり美しい。

 真ん丸のお月様と、爛々と輝いて光るたくさんの星達が夢の世界のように夜空を幻想的に彩る。

 ひとり寒空の下で震えながら空を見上げていたら温かな腕に抱きしめられて、ふいに笑みが溢れる。

「お前は何をしてるんだ外になんか出て、急にいなくなるから驚いたぞ?」

「……ん、夜空が綺麗で見てた」

「ああ、今夜は満月か。でもそんな格好で外にでたら風邪を引くし、何も言わずに勝手に俺から離れるな、危ないだろう?」

「もうエディは心配性だなぁ……?」

 ……星が地上に降る、夜の闇にひとつふたつと光の線を描くように無数の煌めく光が落ちていく。

 幻想的なその光景に見惚れていたら私を抱きしめていた腕が緩み離れるから、どうしたのかとエディを見れば。

 急にその場に傅いて私の手を握り優しく微笑んで。

「……カレン、二人で共に生きていこう?」

「え……っと?」

「私エディ・オースティンはカレン・ブラックバーン貴女だけを一生涯愛し、幸せにするとここに誓う、だから私と結婚して共に生きてくれませんか?」

「……はい、喜んで?」

「なんで疑問形なんだよ、お前は」 

「いや、だって突然すぎて普通に驚いたし、びっくりした!」

「……本当はな? さっきしようとしてたんだ。でもお前がお茶を入れてる間にソファでぐっすり寝てたから求婚出来なかったんだ」
 
「あー……、それは本当ごめん、ちょっと疲れてたっぽい」

「……ほら、左手を出せ」

 左手の薬指にエメラルドとサファイア、ダイヤモンドの三石が使われた豪華絢爛な婚約指輪をエディにつけて貰う。

「私の左手が急に豪華になった! きらっきらだー!」

「……どんな感想だよ、求婚されて婚約指輪付けてそんなこと言うヤツお前くらいだと思う」
 
「でも……本当にいいの?」

「何がだよ……」

「私と結婚なんてしたら、……エディは後悔すると思うよ? 私は貴方に何も話してない隠し事ばかり、それに私は……」

「……しないよ絶対に。カレンお前と一緒に生きられないほうが絶対に俺は後悔する、お前の言う罪が何なのかなんて知らない、けど一緒に背負って償ってやるから心配すんな」

「っはは、もうエディには敵わないなぁ……」

「だからもう絶対にお前を俺は手離さない、愛してる」

 星が降る。

 残酷な現実はもう変える事は出来ないけれど、それでもずっと側にいたいとその温かな腕の中で許しを乞うように願う、それは叶わぬ願いだと彼女は知りながら。
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