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第四章 喪失

162 クリスティーナ

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 カレンの双子の妹である公爵令嬢クリスティーナ・ガルシアは婚約者のアルフレッドが大嫌いだった。

 国に決められた婚約者として仕方なく隣に立っているが気が全くあわないし、女の様な容姿で全然好みでもないし、コイツさえいなければと何度思った事か。

 それにクリスティーナには恋する相手が他にいた。

 姉に魔力さえあればこんな男の婚約者になんて成らずに済んだのにと幼い頃よりその立場を不満に思い日々苛立っていた。

 でも本来アルフレッドの婚約者となって王妃になるはずだった姉が魔力無しと鑑定され国外追放されてしまったものは仕方ないし、なんて可哀想なお姉様だと、クリスティーナはカレンを憐れんでその嫌で嫌で仕方ない立場に我慢していた。

 ……特効薬が発表されたあの日のまでは。
 
 幼いクリスティーナにとって未来の王妃という自由のない立場は嫌で嫌で仕方なかったし、屋敷にいても姉を失った悲しみで心が壊れた母親がいて気が滅入るし、外に出れば淑女としての立ち居振舞いが求められて休まらない。

 だが国外追放されてしまった可哀想な姉よりはマシだと自分に言い聞かせて、好きな人は別に居るのに好きでもない男の婚約者として過酷な王妃教育に耐え忍ぶ日々。

 だが世界に死病カトレアが流行り出して全世界が恐慌状態に陥っていた時に、その死病の特効薬を開発したとして、隣国に国外追放されたはずの姉が世界を救った英雄として写し出された。

 ふわふわのハニーブロンドにサファイアの瞳を自信に満ち溢れさせて語るその凛とした姿に、激しい苛立ちを幼いクリスティーナは覚えた。

 貞淑に一歩下がってを美徳とするこの国の常識からは大きく外れて自信に満ち溢れて自由で揺るがない何かを感じさせるその尊大な振る舞いはクリスティーナが絶対に出来ない事。

 なのに可哀想な姉と蔑んできた片割れが自分の理想としてそこに写し出され、世界から称賛される。

 私から自由を奪った癖にどうしてと、姉への称賛を聞くたびに胸が苦しくなり一人で耐える日々。

 皇太子の婚約者たる公爵令嬢クリスティーナに泣き言など絶対に許されない。

 それから数年経ち姉への称賛が事が耳に入っても胸が苦しくなくなって、この現状に諦めがついてそろそろ皇太子と成婚かと周りが言い始めていた時に。

 姉に魔力が発現してこのアルスに国賓としてやってくると聞かされて、クリスティーナは愕然とした。

 どうしてよりによって今なの……?

 それにどうして彼がお姉様を迎えに行ったの?

 クリスティーナがずっと密かに想い続けていた相手は、エディ・オースティンだった。

 初めて父であるガルシア公爵に王城に連れられて行ったあの日、まだ騎士団に入りたてだったエディにクリスティーナは出会い恋をした。

 エメラルドの様な瞳が印象的な騎士の少年は道に迷った幼いクリスティーナを父の元まで手をひいて案内してくれた。

 とても昔の事でエディ自身はそれを覚えてすらいないけれど、剣だこのある手にひかれて王城を歩いたあの日の事をクリスティーナは鮮明に覚えていた。

 なのに、私から自由を奪った姉はこちらに来てからも自由に生き続ける、姉は王城に謁見に来ることもパーティーに来ることも全てを拒み好き勝手しても誰にも何も言われない。

 それに会うことを拒む癖にガルシア家と目と鼻の先に居を構えて自由に振る舞い彼を一人占めして。

 やっと歓迎の宴に来たと思えば、彼に大事そうにエスコートされて楽しそうにやってきた。

 そして初めて間近でみたその容姿はクリスティーナの理想そのもので、蜂蜜色の艶やかな髪に愛くるしい蒼玉の瞳は自信に満ち溢れ、小さな身体に不釣り合いな豊かな胸元は男達を魅了するように視線を集めた。

 カレンはアルス女性の理想の姿だった。

 そして男性とも対等に聡明さを滲みだして話し、まるで王者のような風格まで出すその雰囲気にクリスティーナは自身が叶わなかった全てを持ち合わせたカレンに嫉妬なのか、嫌悪なのか、わからない激情に心が揺らぎ、目の前が真っ暗になる。

 そして悲劇が起きて特別な方達にまで敬われるその姿を認識し眠っていた胸の苦しみが戻ってくる。

 この世界はなんて残酷なのかと苛立った。

 アルフレッドが姉に惚れた事等どうでもよかった。

 ただ危篤になった母を死の淵からその才能で救い上げ、屋敷中に姉を称賛する声が響いてきてクリスティーナは一人胸の痛みに苦しむ。

 私はどんなにがんばっても、それは当たり前で。

 なのに姉は称賛される、英雄だから。

 そしてこの日、突然凶行に及び明らかに姉は罪を犯したのに、無罪放免されて彼に大事そうに連れ帰られる姿をみて。

 ……生き別れた双子の片割れにクリスティーナは憎悪し殺意が沸いて、そんな自分が嫌になった。
 
 姉に憎しみを抱いた所で自分がこの立場から逃げられるわけでも、彼が手に入るわけでもない。

 それに姉が特効薬を開発して世界を救ったのは紛れもない事実で、自分が姉になれるわけでもない。

 ただクリスティーナは今まで自身も避けてきた双子の姉であるカレンと一度会って二人で話がしてみたくなった。

 それで何か変わるなどクリスティーナ期待してはいないけれど、このままこの残酷な世界に翻弄されて生きて、唯一の片割れである姉カレンを憎しむのは間違っている気がしたから。
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