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第三章 毒であり薬
141 事故現場
しおりを挟むまだ昼だというのに外はどんよりと暗く、荒天で雨風がとても激しくて。
雨脚は衰えないどころかいっそう激しくなるばかりで、外になんて出たくないのに普段イクスでは乗らない馬車に乗せられて移動する。
「それで、現場の状況は?」
「郊外地域にある錬金術師の自宅兼研究室から早朝に爆発音が聞こえて管理局に通報。そして現場に管理局職員が二名が駆けつけて運悪く今回の事故現場を視認してしまった職員一名が発狂し、もう一人の職員は現場を直接見ることがなかった為に一応は無事。そしてその後、報せを受けて高位の錬金術師が錬成事故を確認……」
「その錬成事故起こしたやつは?」
「準高位の錬金術師一年目の二十八歳女性で、お前と同じ薬系の錬金術師だな。そんでその処理に当たろうとした高位の錬金術師数名が錬成継続してると気づかずに錬成陣内に侵入、一人は吹き飛ばされて身体を強く打ちほぼ即死状態、もう一人は左腕が引きちぎれ現在現場で治療中」
「そんなオブラートに包むなんてどうしたのルーカス? 死んだやつ全身バラバラのぐっちゃぐちゃって言えばいいじゃん」
「お前ねぇ? 一応お前の彼氏に配慮してんだよ? 俺はお前と違って常識的なの」
「あ、俺の為か。多少は大丈夫だから、ありがとな」
「おう、いいってことよ!」
そうして私達の乗った馬車は、現場となった錬金術師の自宅に到着した。
そこは二階建ての普通の一軒家で。
子どもでもいるのだろう、庭にはブランコが一台木の枝を利用して作られていた。
そして現場周辺は一般人が立ち入り禁止となっていて、錬金術師達によって封鎖され辺り一帯は物々しい雰囲気となっていた。
雨の中乗ってきた馬車から降り、ルーカスの案内で家の中に入る。
家の中に入っていけば奥の部屋から苦痛に耐える悲鳴のような声が聞こえてきて、現在治療されている錬金術師のものだとわかった。
どんどん家の奥に行くと。
血液の臭いが家中に充満していて、鉄臭いような酸っぱいような独特の臭いがした。
そして案内されてやってきたその場には。
左腕が文字通り引きちぎれ止血されながら輸血されている錬金術師の服を着用した男性が、蒼白な顔で仲間の錬金術師達に治療されていた。
そして床にはおびただしい血液が一面に広がり、この男性のものではない人体の一部が散らばっていた。
「酷いな、コレ……」
「錬成事故なんて大概こんな感じだよ? だから俺たちのお給料めちゃくちゃいいんだよね。錬金術師のハイリスクハイリターンってリスクはほぼ命のリスク、俺はこんな危険な事絶対にしないけど! 安全第一!」
「カレンはこんな危険な事を……?」
「そいつはコレ以上の危険を余裕で犯してる、古代式を使うなんて正気沙汰じゃない」
「……それで、現場はどこ? あ、エディは流石に見ない方がいいと思うよ? っていうか見ないで、騎士のエディが発狂なんかしたら私達錬金術師じゃ抑えられないし」
「……カレン、そんなに酷いのか?」
「酷いとか生易しいモノではないかな? だからお願い、エディは待ってて? 私は大丈夫だからね」
「あー……現場はその扉開けたらすぐ見れるけど、今まで見た中で一番ヤバいやつだから、覚悟しろよ? 俺も一瞬発狂しそうになったもん……!」
「てゆーか、その錬金術師は何を錬成したの?」
「……賢者の石」
「は? なんで準高位風情が最高位しか読めない文献のレシピを知ってんの? 禁書室でも無断侵入したの? あそこの警備体制ゆるゆるだもんな」
「いや、古書店で賢者の石の製法が書かれた文献を見つけたとか同居人が言ってて、これがそうらしいけど、内容合ってるのか?」
ルーカスが古めかしい本を広げて渡してくる。
中は一応古代語で書かれているが文法もおかしくて、まるで古代語をかじっただけの者によって書かれた物のようで。
「……全部デタラメ、材料も工程も全部違う。こんなんじゃ失敗して当たり前、まずね古代式の錬成陣じゃないと賢者の石は作れないから。準高位程度の知識じゃ絶対に無理。こんな出所不明の文献鵜呑みにして錬成するなんて……馬鹿な事を」
「っ助けて下さい! 妻を、アビゲイルを!」
突然私達のいる場所に一人の泣き腫らした目の男性がやってきて崩れ落ちるように座り込む。
そして涙ながらに必死に懇願し始めるが、その姿はあまりにも痛々しい。
「え、ルーカスこの人誰……?」
「……錬成事故起こした錬金術師の夫、現場は見てないから発狂はしてないけど」
「お願いします、妻は、娘の病気を治療するために! 錬金術師様! どうか!」
「……残念だけど、助けることは出来ない。錬成事故を起こして錬成継続している時点で命はない」
「……いや、カレン。それがさ? まだ一応生きているんだよ、その錬金術師……」
「は? どういう事!?」
「見ればわかる。そしてもう一人助けに入った俺の知り合いも一緒に中で生きてる……けど、どうしたらいいのか俺には……わからなくて」
いつもの楽しそうに笑ってお調子者の様に振る舞うルーカスが、苦しそうな顔をする。
それほどまでに状況が悪いという事なのだろう。
「……助けられるかどうかは現状をまだ一切見てないからわからないけど、出来る事はするから」
「ああ、お前の判断に従うよ。俺にはあんな難解な陣を解除なんて出来ないしな」
……難解な錬成陣か。
通常使用される錬成陣とは異なるということか、それとも陣の破損等の予想を立てる。
ある程度の錬成陣の形式は知ってはいるが、全ての解除用の錬成陣は私でも知らない。
序列一位なら知ってそうだけど。
最悪この辺り一帯を封印するしかないのかな、これ私の仕事じゃないのに。
そしてそんな私達を側で心配そうに、でも静かに見守っていてくれたエディに声をかける。
「エディ、大丈夫! そんなに心配しないで? とりあえず中の様子を見てくる! もー……そんな顔しないでよ、私はね最高位に格付けされた特別な錬金術師だよ、失敗はしない」
「っああ、何かあったら直ぐ呼べよ? すぐに行くから、……頼むから無茶すんな?」
「うん! ちょっと行ってくる!」
正直私もこの扉の中には入りたくない。
それに中の様子なんて、錬成事故の現場なんて見たいとは絶対に思わない。
意を決して扉を慎重にゆっくりと開ける。
室内は薄暗く、扉を開けた直後から血液の臭いと腐敗した何かの臭い薬草の臭いが入り交じり充満していて。
吐き気がする。
そして、掠れるような弱々しい声が聞こえた。
その方向に、目をゆっくりと向けるとそこには。
錬成陣の錬成光。
今もなお龍脈からマナを引き出し続けているのだろう、バチバチと火花のように陣の中で光っていた。
そして。
その錬成陣の上には、頭部と頸椎だけなのに何か人の言葉を口にする人であったであろう何かがいた。
その傍らにはルーカスの知り合いだろう錬金術師が、全ての肢体が喪失しているにも関わらず血液の一滴も流さずに怯え涙を流していて。
その周囲には人体の一部や、なにかよくわからない赤黒いナニかが散らばっていて。
それは一般人が見てしまえば、恐慌状態に陥ってしまっても仕方ないと思えるほどに猟奇的で。
見慣れている私ですらその光景に背筋が凍る。
「これは……酷い、なにをしたら……ここまで」
錬成陣は通常使われてるものを無理に変形させていて、古代式に似せて描かれていた。
が、それはとても歪なもので原因は錬成陣の不備だろうと推測ができた。
錬成陣を変形させるなんて自殺行為でしかない。
だがきっとそれは古代式を描きたかったのであろう事が、容易にみてとれた。
古代式の陣は複雑で描くのも難しく、一般的に使われてるモノとは危険性も格段に高く。
それが存在するという情報でさえ、高位からしか情報の開示がなされない錬成陣。
だがその分龍脈の力は最大限利用できる。
この現状をどうするか頭を悩ませていたら、急に部屋の扉が開け放たれた。
何事かと思い振り向けば。
先ほど助けてくれと懇願してきた、この錬成事故を起こした錬金術師の夫が部屋に入ってた。
それに気付きエディとルーカスが止めに入る。
「ちょ……なにしてるの? 入っちゃダメ! っエディ! 目を閉じて!」
その私の言葉は、一歩遅くて。
「っえ……な、なんだコレ……!?」
「エディ見るな……!」
「っ……な、コレが人間」
エディが錬成陣内を視認して吐き気を感じたのかその場で苦悶の表情で口元を押さえ耐える。
錬金術師はこういった事に耐性が出来ている。
理由は簡単で錬金術師と成る為の試験では、錬成事故の映像をこれでもかと見せられる為だ。
『それでもお前は錬金術師になるのか?』 と。
そしてその映像から目を背けた時点で不合格となり、学科試験なんぞ受けさせては貰えない。
だから錬金術師は人の死に。
惨たらしい死に一定の耐性が出来ているが、いくら人の死を見てきたといっても騎士ではこんな凄惨な現場など見ないから。
今、発狂していないだけでもエディは凄いと思う。
「ルーカス何してる! あんたにはお留守番も出来ないの? ほんと使えねぇ!」
「だって、コイツが勝手に! うわ、発狂した!」
「そんな事よりルーカス、これはもう助けられない。錬成を解除した時点で絶命する。だからお別れして」
「……え、あ、そっか。やっぱ駄目だったか」
「今は龍脈の力で脳はどうにか生き長らえているけど心肺機能がもう停止してると思うし、錬成事故起こした方は胴体すらもう残ってない」
いくら万能薬のポーションでも出来る事と出来ない事があって、今回は出来ない事の方だった。
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