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第三章 毒であり薬
123 見て見ぬふり
しおりを挟む私がイクスに一時帰国してから早いもので三ヶ月が過ぎてしまっていた。
膨大な決裁書類の山は幾分か減りはしたが、まだまだ終わりが一切見えてはこないし、これはどう考えてみても一人でこなす量ではなかった。
そしてイクスの過保護達を始め使用人の皆にアルスに戻ると告げていた期限の一週間からは大幅に時は過ぎ去っていた。
一度アルス国から私の帰還について問い合わせがあったらしいが、仕事が忙しいから遅れると回答しているし、……たぶん大丈夫だろう。
冗談抜きで本当に忙しくて、アルスでの暇なお姫様生活が遥か昔の様に思えてきてしまう。
日々私はやる気の全く出ない書類仕事に忙殺されて、悩む暇すらないのはいい事だが、本すらのんびり読む時間がない。
それにこれだけ忙しいと錬金術の研究も実験も試作も何もかもする時間がなくて心が荒む。
錬金術は私にとって趣味であり生き甲斐、確かに錬金術のせいで人生がメチャクチャになったがそれはそれ、これはこれである。
というのに国際連合の執行官達は暇なのか通信の魔道具を使いたまには世界樹に遊びに来ない? とお誘いしてくる。
狂信者達の巣窟になど誰が好き好んで行くと思っているのか? 用事が無ければ絶対に行かない。
そして私は決裁書類に目を通し判子を押すという簡単で眠くなりそうな地味な作業を、行政府内の与えられた個室で一人毎日のように朝から晩まで行っていた。
正直もう書類なんて見たくないし、なんで私がこんな事しなきゃいけないのかと苛立ちが日々塵のように積り蓄積されていった。
そしてこの日せっかく私が数日かけて整理をやり終えた書類の山を、追加の決裁書類を持ってきた行政官がぞんざいに書類を置いて落とす。
書類は床に散乱し追加の決裁書類と混同し、挙げ句慌てて仕分けようとして机に置いていたインク瓶をぶちまけたのだった。
それはもう、私が怒るのも仕方ないと思う。
何ヵ月もこんな所で一人判子を押すだけのつまらない仕事を強いられていたのだから、精神的疲労も溜まるというもので。
それに対してその上司の行政官が慌ててやってきて涙ながらに必死に土下座して私に許しを乞い、ついでに命乞いまでしている所に。
コンコンコンと部屋の扉が叩かれて、もうこれ以上仕事を増やさないで欲しいと思いつつ入室許可を出せば。
そこに決しているはずのない人物が、扉を開けて現在進行形で命乞い最中の人間の居る部屋に入ってきた。
イクスになんて絶対にいるはずのないスラリとした長身の体躯に微笑んだら落ちない女なんていなさそうな見目麗しい上品で優雅なヤツ。
エメラルドグリーンの瞳にダークブラウンの髪は本日もさらりとしていて。
驚きに目を見開いた顔もカッコいいなと思ったが。
だが、なぜこのタイミングなのか?
と、やはり神なんていないなと私はこの時に思ったが来てしまったものはしょうがないし。
「え、お前いったいなにしてんだ?」
「これ? ……なんか命乞いされてる? なんでだろうね?」
「いや、お前がさせてるんだろ? 相変わらずだな?」
「これは、こいつらが勝手にやってるんだよ?」
「勝手に命乞いはしないだろ……?」
「あ、でもエディ何しにきたの? こんな所まで、暇なの?」
「……何しにってお前、帰って来ないから、迎えにきた。ずっと連絡もとれなくて……、心配してたんだぞ?」
「あっ、……ごめん、見ての通り仕事が冗談抜きで山積みで帰れなかった! あと連絡するのが面倒だった! それとまだ仕事終わらなくて当分の間アルス行けない!」
「……面倒ってなんだよそれ。はー……もうお前が無事ならそれでいいや」
エディは少し疲れたような安心したような表情で私の側にやってきて私の頭を優しい手つきで撫でる。
私の頭を無断で撫でるなんてこの国の人間が見たら驚き慌てふためくだろう。
実際に命乞いしてる奴が呆けてるし。
それにその行為を当たり前のように受け入れてしまってる私も私だと思うが。
久しぶりに聞くエディの声がとても心地よくて、私の頭を撫でるその手が優しくて。
……逃げて見て見ぬふりをしていた現実に引き戻された気がした。
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