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第ニ章 英雄の少女

85 震える身体

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「うわ……! なに、あれ」

「カレン様、ここは一旦オスカーに任せて離れましょう?」
 
 私の血縁上の両親ガルシア大公爵夫妻が、私の護衛達に対して私に会わせろと詰めよっていた。

 その状況を見てエルザが、私をこの場から離してくれようとする。

 けど、それは。

「エルザ……? でもオスカーじゃ、男爵じゃ、公爵には……逆らえないでしょう?」

「それは……ですが! 私達は貴女の騎士ですから。どうにかなります」

 そういってエルザは、私を安心させるように優しく笑ってくれた。


「オスカー? あの子は、私達の娘は今どこにいるのかな?」

「それは……」

 詰め寄るガルシア公爵に言い淀むオスカー。

 そこへ。

「オスカー、私が対応しますから。退いて下さい」

 そのあまりにも冷たい声音は、騎士達が知るカレンらしさがまるでなかった。
 
 そしてカレンはガルシア大公爵夫妻の前に、まるでそれはオスカーを守る様にして顔を出した。

 それは約17年ぶり。

 その別れは悲劇だと、このアルスでは知らないものなどいない親子の突然の再開だった。

「それで私に何の御用でしょうか? 貴方達と遊んであげる暇はないのですが?」

「リュスティーナ! 私は貴女のお母様よ? わかる? ああ、こんなに大きくなって……」

 公爵夫人が再会の喜びに瞳を潤ませながら。

 離ればなれになっていた愛しい我が子に、カレンに近づこうと手を伸ばす。

 けれど。

 その行為に対してカレンは特、権の紋章が刻まれた首飾りをポケットから取り出して。

 公爵夫人の前にシャラりと、つきだした。

「触らないで。それ以上私に近づけば、私の許可なく私に触れれば……この特権を使用することになります。こんなつまらないことで場の空気を乱したくありません、ご自分達の天幕にどうぞお帰り下さい」

 一瞬垣間見得たのは憎悪。

 そして嫌悪感。

 さまざまな感情を滲ませたカレンの表情。

 けれどその感情はすぐさま消え去り、カレンは淡々と公爵夫妻に警告する。

「……申し訳ない。気分を害してしまったようだ」

 さっと公爵夫人を公爵が押さえた。

「私が気分を害する事をわかった上で、こちらにやって来られた癖に……」
 
「どうしても娘に会いたい親の気持ち、少しはわかってはくれないかな?」

「……こうして騒ぎ立てられた事は、国際連合を通じてアルス国に厳重に抗議させて頂きます。それに私はあなたたちの娘ではありません。つまらない噂をこれ以上流すならば、私にも考えが有ること。覚えておいてくださいね? ガルシア公爵」

 ガルシア大公爵夫妻に対するカレンの対応は、非常に冷たく淡々としていて。

 感情を一切消した表情や声音は、普段のカレンを知るものからすれば本当に別人のような姿。
 
「カレンお嬢様! 先程は申し訳ございませんでした。私が……」

「……大丈夫。オスカーのせいではないしね? さて狩猟大会楽しむぞー! いらない邪魔は入ったけどこのくらい想定内だし……ね?」

「ですが……」

「大丈夫だよ? 前にも言ったけどね、もう私は誰にも期待なんてしていないから。最低限やってくれてればそれでいいから。そんなに必死になられても、ちょっと困る」

 諦めたような、悲しそうな表情をして。
 カレンは天幕の中に一人入って行った。

 残されたオスカーや護衛の騎士達は、自分たちの不甲斐なさにズキリと痛んだ。

 
「……私は一人で大丈夫」

 天幕のなかで、カレンは一人ぽつりとそう自分に言い聞かせた。

 ガタガタと震える身体。

 守ってくれた、軽口を叩いて大丈夫だと安心させてくれた彼はもうそこにはいない。

 イクスに居たときに戻っただけ。

 それは自分で選んできた道だから今、さら泣き言を言っても仕方がないしこの程度なんともない。
 
 大丈夫。

 この震えは一人でとめられる。

 カレンは自分を自分で抱きしめてあげる。

 そして一つ息を吐いて。

 いつもの自信に満ち溢れた、粗野で明るく誰にでも平等に接し貴賤に関係なく話すカレンに戻る。

「さて! 天才錬金術師カレンちゃん、参る!」

 そして天幕を颯爽とカレンは出ていく。

 苦難が待ち受けてるなんて何も知らずに。

 そこは狩猟大会の会場の森の中にある。

 安全地帯とされる皆が天幕を張る場所から、ほんの少しだけ進んだ所。

 魔獣討伐に出発する貴族達が集い。
 そして参加者の安全を祈願し待ったりする広場。

 その広場に無駄にやる気に満ち溢れたカレン、英雄様御一行が到着する。

 その場にいた者達は、一様に英雄様の到着を驚いた顔で出迎えた。

 驚いたのには訳がある。

 それはカレンが、その小さな身体に似つかわしくない一振の大剣クレイモアを背中に携え。

 そして艶やかで黒光りする巨大な軍馬に、一人で騎乗してその場に到着したからだ。

 まさか英雄様自ら魔獣討伐に行かれるなんて、誰も想定していなかった。

 普通貴族のご令嬢が参加する場合は、お抱えの自慢の騎士に戦わせるものだから。

 そしてまさかこの間まで馬に乗った事すらなかったとは思えない堂々とした騎乗をカレンは見せる。

 その姿は狩猟大会に皇女の護衛としてやってきていたエディも、確認して苦笑した。

 少し見ない間に一人で馬まで乗れるようになってしまったんだなと、エディはその姿に少し寂しさを覚えた。
 
 そしてカレンも。

 エディの姿を見つけてしまう。

 自分以外の女性を警護し、エスコートするエディのその姿を。
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