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第ニ章 英雄の少女
71 離別の先に
しおりを挟むカレンの優しさに気付いても。
一度感じてしまった恐怖心や忌避感は、そう簡単に人は拭い去れない。
前の様に話す事が上手く出来なくなってしまったエディは、この感情を知られれば傷つけてしまうと思いカレンから距離を置いてなるべく会わないようにした。
だけどどんなに気付かれぬ様に振る舞ったとしても、勘の良いカレンは気付いてしまう。
そしてそんなエディの態度に、カレンは傷つき段々と深まる二人の距離と溝。
それはお互いを想いあっての事だけに、大変痛ましく切なく苦しい。
だから苦しいだけのその関係をもう終わらせようと、カレンが動き出して。
どしゃ降りの雨の日に、エディはカレンに別れを解放を告げられてしまった。
嫌いになったわけでも嫌になったわけでもない、その別れの言葉はエディに深く突き刺さる。
そんな辛い決断をカレンにさせてしまった罪悪感、それと絶対に隠し通さねばいけなかった感情を知られてしまった羞恥心で。
エディはカレンの言葉に従うしかなかった。
そしてカレンがエディの為に隠れて用意していてくれた居場所に戻る。
騎士団を辞めてまで英雄の専属護衛になったのに、途中で辞めてまた騎士団に戻り騎士団長の席に付くなんて。
確実に嫌みや嫉妬、嘲笑の的になるだろうとエディは覚悟していた。
なのに。
今回カレンの専属護衛解任は、全て我が儘な英雄の自分勝手な理由よって行われた事になっていた。
それが王城全体で周知の事実となっていて。
騎士団に復帰したエディは驚いた、けどこれはカレンが自分の為を思って流してくれた優しい嘘だと直ぐに気付く。
本当にどこまでも優しいのか彼女は。
わざわざ泥をかぶってまで自分を傷つけた相手にこんな配慮をするなんて、嫌いになるほうが難しいじゃないか。
普段は人を何だと思っているのかと思うような不遜な態度なのに、根はとても優しくて。
カレンから離れてやっと本当に自分は彼女の事を愛していて、あの日突然の出来事で抱いた恐怖心や忌避の感情は偽りであったと確信する。
ただ、信じたくなかったんだ。
守ってあげなければいけないだけの存在だったはずのカレンが、自分など必要のないという事実に。
だが今さらそれに気付いた所で後の祭り。
もうどんなに足掻いた所で、カレンの元にはもう戻れない。
一度手放してしまえばもう戻れないその居場所。
会いに行こうにも護衛対象と護衛としての接点しか二人にはなくて、英雄たる錬金術師にそう簡単には会えない事はわかっていた。
そしてカレンにエディは会えぬままに、あの王城での騒動が起こる。
その日エディは騎士団長として、国王陛下の警護として待機していた。
そこへあの日以来一度も姿も声も感じることの出来なくなった、愛しい人が現れた。
謁見の間の大きな両開きの二枚扉が、ゆっくりと騎士達によって開け放たれて。
錬金術師の式服と呼ばれる、床に引きずるほど長い高級な生地をふんだんに使った最高位の錬金術師だけが着用を許されるという黒衣の中に、何故かドレスではなく自分達騎士のようなズボン姿で。
またアイツ好き勝手な服を着ているなと、駄目な子を見る眼差しになってしまった自分にえでは動揺した。
もうカレンの服装に口出しなんて出来ぬ立場、それに話しかける事すらもう許されぬ立場。
なのにまだ自分は彼女の世話係の気分で居たのかと、エディは恥ずかしくなった。
だが、カレンの一挙手一投足から目が離せない。
カレンから離れてそんな月日は経っていないはずなのに、また綺麗になって少し大人びた。
ずっと彼女をそばで見守り続けようと思っていたのに、その弱さから手離した。
今、オスカーの居る場所がとても羨ましいと心の底から思えてエディは自嘲してしまう。
そんな時、唐突に事件は起こる。
謁見の間に突然侵入した、先の騒動で処刑された国王の側近の娘が叫び声をあげながらカレンに攻撃魔法を放ったのだ。
そして護衛であるオスカーはあろうことか、カレンから遠く離れていてカレンを守るものなどそこには存在しなかった。
炎の塊がカレンに直撃し、炎上するその様をエディは騎士の隊列からただ目を見開き目撃した。
魔法で、その炎を消火しようとするが一向に消えぬ火の手。
燃え盛るその炎を見ればもうカレンは助からないと頭ではわかっていた、けどそんな事実は到底受け付けることが出来なくて。
他の騎士達も加わり消火してやっと火の手がおさまり、カレンの変わり果てた姿がそこにあると覚悟して見れば。
そこにはカレンの無惨な亡骸ではなく。
人の大きさほどの赤黒く粘液を滴らせた異様でおぞましく身の毛もよだつ……なにか。
ぬちゃり……
とろみのある粘液を滴らせたそれは、全体が赤黒くそれでいてピクピクと痙攣し。
まるで血管のようなものが脈打ちそして張り巡らされているようで。
そして、ぐちゅ、ぐちゅ…と変化し始め床にどろりと、崩れ落ちた。
その異形な存在が崩れ落ちたその中央には火炎に晒されたとは思えないほど無傷のカレンが。
そこにはいて。
その場に不釣り合いな笑みがエディから溢れた。
それからの事態などもうエディにとってはどうでもよくて、ただカレンが生きていた事が嬉しくて。
そしてやはり彼女を諦める事などできぬと、またカレンの側に戻る方法がないかと模索し始めたのだった。
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