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第ニ章 英雄の少女
59 置かれた距離
しおりを挟むガウンとドレスを寝台の上に脱ぎ散らかし、リゼッタさんにお湯を貯めて貰った温かい湯にゆったりと浸かる。
疲れてるから今日は一人にしてと言って、久しぶりの一人でのんびりと湯船に浸かる。
無駄に広い大理石の浴室はとても静かで。
湯の上に花びらが浮かべられていて、まるでお姫様気分だ。
石鹸をふわふわに泡立てて、塗りつけられた香油や化粧品をガシガシ落とす。
「甘い、匂い……」
最近は香油の甘い匂いが髪や身体に染み付いてきてお風呂でどんなき丁寧に洗っても全然落ちない。
その甘い香りが。
私に香油を毎日丁寧に塗って艶々になったと喜んで笑っていた、そのもうきっと向けられる事のないその笑顔と言葉を思い出させる。
……感傷に浸っていても仕方ないと、湯で洗い流し再び浴槽に浸かる。
これにキンキンに冷えたエールがあれば完璧だと思うが、研究室までいかねばならないのが今はとっても憂鬱で。
さすがの私でも今日はもう正直疲れ果ててしまっていて、明るく元気な自分を演じるのさえ嫌になった。
そんな行動を取らなければよかったと少し後悔しても今さら後の祭りだし、もし私がその言葉にと状況に屈して頭を垂れたその時点で。
それはどうせ起こる事態で。
私の上に人を置いてはいけない。
それは私の下に居る者達への侮辱となりえてしまうから。
誰に媚びへつらう必要がないのではなくて、私は媚へつらってはいけない。
そんなつまらない高みへとのぼってしまった者の末路は、なんと滑稽なことか。
……流石に湯に浸かり過ぎてだるくなってきた。
湯船から出て全身を拭いてバスローブを着る。
棚に置いてある夜着を見てつい思い出してしまう、そんな薄っぺらい格好でうろうろするなと叱ってきたうちのお世話係を。
やることなす事いちいち、いちゃもんつけて来てたなってつい笑いが溢れて。
それを手に取り汗のひいた身体にそのたっぷりとフリルが使われたうちの護衛好みなんだろう、夜着に着替えてふんわりした肌触りのガウンを肩にかけて。
これでお小言は貰わないだろうと浴室から出ると、部屋に入ってきたばかりのエディに運悪く、覚悟もなく遭遇してしまう。
「あ……なんか、用? お小言はいらないよ?」
大丈夫。
ほら、いつも通りに出来ている。
「あ……いや」
「えー? なに。用がないのに来たの? 本当に暇だね? 私は暇じゃないのでほっといてもらおうか? 本を……読まなきゃいけないからね!」
「ああ、なにかあれば……呼べ」
「あー、はいはい」
そう言って出ていくエディは男の人の言葉で。
今までその言葉使いにムカついてたのにね?
距離をとられたのかと、少しだけ寂しくなった。
ハイは一回って。
もう叱ってくれないんだね?
そして、翌日ママが帰りやがった。
……いや、ちょっと待てよ?
違うそうじゃない、今は帰らないで?
今は駄目でしょう?
本当になんなんだろうあの人は。
ちょっとはさ、空気を読んでほしい。
今は帰っちゃだめだろう!?
そしてあの夜会での報告書がきたけれど、内容なんて想像通りでつまらない。
ただそれを受け取った時には、エディはもう私の知ってる彼ではなくなっていて。
愛想笑いなんて、そんなの初めてだね?
いつもはこいつ馬鹿じゃね?
って顔してくるのにね。
ああ、完全に距離取られちゃったな……って。
きっともう軽口でなんて話してはくれないし、、私を叱りつけてくることもない。
なんだ私の望んだ通りじゃないか?
と……自分にいくら言い聞かせてみても。
胸が苦しい。
私が近づくと彼の表情が凍るんだ、それがあまりにも辛くてきっともう元には前みたいな気楽な関係には戻れない。
どんなに望んでも。
そんなことわかっていた事だったのにね?
だから辛そうな貴方を見るのは私も辛く苦しくて、もうこの関係は終わらせなきゃいけないと。
決意したんだ。
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