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第一章 二度目の国外追放
11 降りやまぬ雨
しおりを挟む空にはどんよりと、暗雲がたちこめていて。
今にもどしゃ降りの雨が降りだしそうな私の心を反映したかのような、素晴らしい門出の朝である。
ここアルス国の国境門から転移装置まで馬で森を抜け街道を休みなく走り続けて、一刻の距離らしい。
とりあえず馬で休みなく駆ける算段らしいが、問題は私の体力が持つかどうか。
それをエディを含め数人の騎士達が、大変深刻そうな顔で話し合っている。
当の本人である私は蚊帳の外。
そしてブレックファスト中だ。
二日ぶりの食事はとっても美味しい!
生きてるって素晴らしいな!
肉うまー!!
まあ。
金貨二万枚相当のエリクサーもどきが犠牲になったが、仕方ない!
仕方ない……。
そして話し合っている騎士達はそんな私を心配して馬車を今からでも用意すべきか話し合い中。
みたいだが、馬車だと森を迂回するルートになるので二日ほどかかってしまう。
馬車で行くとなると通れる道には転移装置のある街まで宿がないらしく途中野営になり、それはそれで私の身体に多大な負担が。
とか、どうやらこうやら聞こえてくる。
騎士達になにやら心配されているが私は元々健康で、丈夫なのが取り柄のまだ十七歳のピッチピチな美少女である。
たまたま発現した魔力のせいで体調不良に陥ったが、そこまで心配されると逆に居心地が悪い。
わたしは深窓の令嬢でもなければ、薄幸のなんたらでもない。
どちらかといえば錬金術師は体力勝負だ。
そんな無駄な心配は必要ないので、連れていくならさっさと連れていって頂きたい。
それに金貨2万枚のエリクサーもどきで、体調は完全回復している。
そういえば、行く道には魔獣が出るらしい。
それを聞き、まじか!
アルス魔獣でるんか!
と、魔獣素材のレシピが頭に浮かび上がり。
これからの研究用の素材が豊富そうなアルスでの錬金術生活で稼ぎ出す金勘定が弾き出され。
私は一転して幸せ気分になった。
そして私にとって至極どうでもいい話し合いが終わり、結局は馬で駆ける事になったらしい。
話し合いの必要はあったのかな……?
そして私の可愛いお尻は大丈夫かな?
お馬さんって想像以上にとても跳ねるのだ。
そして用意されているのは、巨大な黒光りする鬣のイケメン軍馬である。
……まぁ馬車で二日も嫌だったけど。
それ絶対暇そうだなって。
せめて書物でもあれば暇潰しでもできるが、イクスから緊急的に持ってきて貰った私物の中には薬と数着の衣服のみだった。
そうこうしている内に、空からポタポタと大粒の雨が降りだした。
イクスから薬のついでに持ってきて貰った錬金術師の正装を着込む。
その上から防水加工が施された外套を巻き付ける。
錬金術師の正装はエディに見た目等色々言われたが、いろいろ陣が付与されていて錬金術失敗時の爆発の耐性の他に防汚防水保温などあるのでとても実用的だと説明すれば、しぶしぶ着用を許可された。
イクスを出る前に着せられたワンピースあれ、着る意味なかったんじゃ?
って思ったけど。
こんな事態になるだなんて予想してなかっただろうし、私は優しいので突っ込むのはやめてあげた。
私はとっても優しい女の子なのだ。
そしてまたエディと一緒に騎乗するらしく、イクスで乗った馬より大きい軍馬にふわりと軽々と抱き抱えあげられながら乗せられて。
後ろから私をエディがまた抱き込む様に騎乗してから、私が馬から落ちない様にエディと私をロープで固定しエディの外套の中に入れられた。
なにこれ、密着感はんぱねぇ……!
これは!
恋愛未経験の十七歳の乙女には刺激が強すぎるぜ!
それにエディは男なのに、とてもいい匂いがして。
私、二日ほど風呂はいってないのに!
汗臭い自信あるのに!
あ、私臭う? 大丈夫?
そんな馬鹿みたいな事ばかり考えていたら。
「カレン、出発するわよ」
と、耳元で告げられて馬が駆け出した。
この二日間エディと過ごしてわかった事。
それはこの男、過保護すぎるのだ。
そして私以外には普通の男性の口調で喋り、私にだけオネェ言葉で軽口になる。
どっちがこの男の素なのかわからない。
……だんだんと雨が本降りになり視界が悪い。
騎士達と一緒に、馬でぬかるんだ道を駆ける。
馬に乗り慣れない私に配慮してか、スピードは抑えてくれている気がするが……。
やはり馬の背はとても高くて怖い。
ロープで固定されていて落ちる心配は多少軽減したけれど、怖いもんは怖いのである。
それに加えて出会ってまだ二日程度の男に抱きつくなんて恥ずかしすぎて、17歳思春期真っ只中のナイーヴなお年頃故に身体に変に力が入りとても疲れた。
叩きつける冷たい雨に体力を奪われながら。
馬が半刻ほど走った所で、急に止まった。
「あぁ、まずいな……」
エディの緊張した声がした。
嫌な空気がその場に漂う。
私は外套の間から顔をだし前方を窺ってみると。
そこには。
一頭の巨大な魔獣の姿。
書物で読んだ事と、錬金術の素材として使用した事のあるそれは。
ライカンスロープ
別名で狼男とも呼ばれる。
ウルフ系の魔物で、爪は錬金術の素材にも使われる貴重素材だ。
体躯は二メートルを軽く超え、ガッチリとした筋肉質の身体に鋭い牙。
噛まれたら簡単に私の細く繊細な愛らしい腕なんて持っていきそうな鋭利な牙がその存在をこれヤベェ奴だと私に実感させる。
だがそこはこんな愛らしい見目でも、百戦錬磨の英雄と誉れ高かったらしい錬金術師様である。
「うわーー! すごーー! あの爪欲しいなーー!」
外套の間から、きゃっきゃと顔を覗かせて興奮していると。
「ほんと……、貴方は……」
エディは呆れたように笑い、また溜め息を溢す。
だから幸せにげちゃうよ?
禿げるよ?
「ここでは迂回できない、全隊討伐準備!」
ここは山の谷間、迂回ルートがない。
「「「はっ!!」」」
エディが討伐の指揮を執る。
「何があってもカレン様に近づけるな! 髪の毛一本傷つけてさせてはならん!」
え?
髪の毛くらいなら数本なら全然大丈夫だけどな?
錬金術の素材に、自分の髪とか血液とか使うしな?
とか思うけど。
そういえば私、国賓待遇だっけ?
そりゃ怪我させたらまずいわ。
と、一人納得した。
エディの馬は私を乗せているためにゆっくりと魔獣を刺激しないように後方へと下がる。
雨がいっそう強くなり、稲光が走る。
その時、ライカンスロープが。
ライカンスロープの血走った目が、後方へ下がった私の目と、目があう。
「……っえ?」
『がぁあああぁっ!!』
ライカンスロープは、突然。
私めがけて一心不乱に狂ったように走ってくる。
警戒していた騎士達も、そこに佇んでいただけのライカンスロープが突如として血走った目を見開き咆哮をあげながら守るべき存在である私に猪突猛進するとは予想だにしなかったらしい。
……だが、さすが騎士というべきか。
咄嗟に腰にに下げている大層立派そうな剣を、ライカンスロープの歩みを止めようと振り上げたが。
一歩遅く騎士達の切っ先は空を切る。
そして騎士達の間を軽々と掻い潜り、私にその凶悪な爪をのばした。
「業火」
私をその腕で強く抱きしめ。
エディがそう呟くのが聞こえた、その瞬間。
ライカンスロープが赤いとても赤い炎に一瞬にして包まれた。
突然の事で今なにが行われたのかわからない。
その爪が私に届き。
私の身体を簡単に引き裂き。
死に至らしめるであろう時間まで、ほんのわずか瞬きひとつのほんの一瞬。
そして私は、コレが魔法なのかと理解した。
ライカンスロープまでの距離は少し離れている、それなのに燃え盛る炎はとても熱くて美しくて。
「大丈夫?」
そう、頭を優しく撫でてくれたエディが。
……とても怖かった。
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