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12.這い寄る影と女神のしもべ②

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 フィリルアース王国はトゥイリアース王国の東側に位置している。主な産業は農業だ。国内を大河がいくつも縦断しており、その豊富な水源と肥沃ひよくな大地とで近隣諸国の食糧庫を満たしている。トゥイリアースでも農業は盛んだが、どちらかというと工業の方に特化しており、フィリルアースからの食糧の輸入は欠かせないものとなっている。そのフィリルアースでの蝗害こうがい、それも両国の国境付近で起きたものとあっては、お互いに見過ごせるものではなかった。
 トゥイリアースの王都ミリールを発ち、国境付近で一泊、翌日の昼にはクロエの滞在する街に到着した。
 マクスウェルは、食い荒らされた畑に顔を顰めた。

「分かっちゃいたが、酷いな」

 大事なこの時期に、草一本残っていない。改めて蝗害というものの恐ろしさを、マクスウェルは目の当たりにした。
 見渡す範囲のあちこちに煙が上がっている。いなごを退治する為に燃やした薬草の煙だ。燻す事で成分を空気中に拡散させる。蝗の死骸が道のあちこちに転がっているが、これでも随分と減ったそうだ。ピークの時にはこれが数センチはあったそうで、今はそれらは纏めて畑に掘った穴に放り込まれている。その穴も、掘った以上に死骸が積み上がったとかで、さもあろう、とマクスウェルは畑を見渡した。緑が溢れていて当然なはずのそこは、一面地面が剥き出しになっている。
 燻された薬草の匂いが鼻を掠める。すでに麻痺したはずの感覚に、目を細めた。風向きが変わったのだろう。ぴりぴりと目に痛みを感じる。

「行こう」

 その痛みに似たなにかが、胸を刺している気がする。マクスウェルは馬の手綱を引いて、一団を拠点へと促した。


 拠点となっている屋敷では、クロエがマクスウェルとレイナードを迎えた。屋敷は商家が有していたものだとかで、一時的にフィリルアース王家が借り受けているらしい。好きなように使っていいのだと、クロエはそう穏やかな口調で言った。

「そうなのか、有難いな」
「いいのよぅ。レイもゆっくりしてねぇ、必要な物があったら取り寄せるから、なんでも言って?」
「ああ、分かった」

 そうなんでもないように会話をするが、クロエの表情はどこか硬い。それも仕方ないだろう。収穫期には一面黄金が広がるという窓の外は、今は荒れた大地しか見えない。

「で、何か分かったか?」

 努めて明るく言うマクスウェルだったが、状況が良くないのは一目瞭然だった。そもそもクロエが詰めているこの部屋事態、様々なものが乱雑に置かれている。慌ただしく対応し、その後も落ち着いていない事が見て取れたのだ。
 クロエはすっと表情をかげらせた。

「それが、良く分からなくって」
「分からない、っていうのは?」
「うーんとね、まず、最初に被害があったのがここなのね」

 クロエは言って、中央に置かれた机の上の地図を指差した。クロエが指差したのは、今居る街より北の領地だった。

「ここは?」
「この街から半日ってところかしら。林業で成り立っているところなの」

 そう言って、つい、と指を動かす。

「その次がここ。最初の街から東に行ったところねぇ。最初の街もここも、ごく小規模の被害だったというの。それで、通常通りの駆除が行われた」

 マクスウェルは頷く。クロエはそれに頷き返してから、頰に手を添えて腕を組んだ。

「でね、群れの規模から言っても、それで落ち着くだろう、って話になったそうなの。それが数日後、突然この街の北を、大群が襲ったのよぅ」
「……どういうことだ?」

 クロエは首を横に振る。

「それが、わかんないの~……その数日で被害が爆発的に広がって、それでお父様が、トゥイリアースに遣いをやった方がいい、と仰った。それでこないだ、使者が来たのねぇ」
「だが、あれからそう時間は経ってないだろ。それでここまでの被害が出たって言うのか?」

 マクスウェルは窓の外に視線を向ける。窓の外は荒れ果てていた。黒く見える大地の中に、青々とした緑がひとつも見当たらない。それらは全て、昨日までに大挙してやってきた虫に食い尽くされたというのだ。
 それは普通なら起こり得ない事だろう。まるで斥候が立ち分隊が場を撹乱したかのようだ。軍隊ならば、それもおかしな事ではないが、相手は虫だ。それも食糧を食い尽くすだけが本能のもの。ただそれでも、本能的に一斉に飛び立てば全滅の恐れがあると察したのかもしれない。だから狩場を探っていたと、そういう事になるだろうか。
 マクスウェルがそう言えば、クロエは納得がいかないながらも頷く。

「そういう事になるわぁ。けど、こんなにすぐに被害が広がるはずがないでしょう? どうして急激に数が増えたのか、それを探ろうにも虫が多くってぇ」
「対処している間に、更に増えた、という事か」
「うん、そうなの~……」

 しょんぼりとクロエは肩を落とす。これでも頑張った、と言うクロエの手は黒く染まっていた。薬草を千切りった時に染まったのだろう。爪の間にもそれがある。王女という身分であっても、率先して民に混じり作業をしたに違いない。
 マクスウェルは、そんなクロエの手を取った。

「今はどうなんだ。収まっているのか?」
「ううん、それはどうかな……昨日たくさん虫が来て、たくさんやっつけた後なの。それで落ち着いているようには、見えるんだけどぉ……」

 そう言ってクロエはマクスウェルの手をそっと払い、地図の上に置かれていた瓶を手に取った。透明な瓶には、昨日やって来たと思われる蝗が一匹捕えられている。なにかの空き瓶に入れたようで、布で覆って紐で縛り、口が閉じられている。蝗には何も餌を与えていないそうだが、瓶の中で暴れ回っていた。元気があり余っているようだ。

「虫っていうのは、こんなに元気なものなのか?」
「うーん、ちょっと元気過ぎるかも~」
「だよなぁ」

 クロエの手の瓶を覗き込むのを止め、マクスウェルは姿勢を正した。蝗は部屋に入った時からずっと、瓶の中で跳ね回っていた。体力を温存しようとか、そういう本能はないのだろうか。
 そう思っていると、クロエは瓶を目の高さまで上げる。そうしてじっくりと蝗を眺めた。

「調べてみたんだけど、普通の虫よりも魔力量が多いみたいなの」
「そうなのか」
「えぇ。はじめこの街に来た時に、なんか変だな~って思って。そのうち、蝗がたくさん来たでしょう。そうしたら、違和感が強くなったのよねぇ」
「違和感」
「そうよぅ。なんか変だな~っていうのが強くなって。大群が来た時に、それがなんだか分かったわぁ」

 クロエは瓶を机に戻す。

「つまり?」
「これ、魔物かもしれないわぁ」

 クロエの言葉にマクスウェルは息を吐いた。これは、想像していたよりももっと重大な事件が起きてしまっているらしい。

「なるほどな。街にはすでに蝗が少なからず来ていた。少なくない数の、魔力を持った魔物が大量に居る状態だったんだな」
「そうなのよぅ。大群が来た時、小さい魔力の集まりが、どばっ! って押し寄せてきたのねぇ。それでわたし、鳥肌が立っちゃって。たくさん虫が来たからだと思ったんだけど、違ったわぁ。あれは魔力に反応していたんだって、分かったのがついさっき」

 はあ、というため息は、マクスウェルとクロエ両者のものだ。

「そうなってくるとまずいな」
「そうねぇ」

 魔物は、少なからず脅威になる。大半の人間は魔力を持っていない。魔力のない生き物からすると、魔力を持った生き物というのは本質的に敵わない相手になる。魔物は魔力を有しているから魔物と呼ばれる。この蝗が、あの大群が全て魔物だとしたら。小さな生き物だが、それでも大群となって人々に襲い掛かれば、魔力のない者には太刀打ちできないだろう。もしもそうなってしまえば、畑だけでなくこの土地に住む者全てが危険に晒される事になる。
 これは大変だなと、マクスウェルは腕を組んだ。

「とにかく、数を減らすしかないな。あとは状況次第で、陛下に応援を要請して」
「各地で冒険者が対応してくれてるわぁ。でも数が多いから、焼け石に水なのよねぇ~……」

 ふう、というクロエの吐いた息は自然と重くなる。

「食糧と薬草を持って来た。あとで分配しよう。それから、そうだな……被害を広げない、という事だが」
「収穫期ならねぇ。早めに刈ってしまう、という方法もあるんでしょうけれど……」
「まだ穂が出てないからな」
「そうなのよねぇ……」

 ようやく春になろうという頃合いでは、それも難しい。まだ小さな苗を守るか、虫を全滅させるしかなさそうだ。
 それを嘆いても仕方がない。マクスウェルは気を紛らわせるように頭を掻いた。

「今は落ち着いていると言ったな。今現在、被害の出ている場所はあるか?」
「被害は北から広がってる。大群あらかたやっつけたけれど、あぶれたやつがここから南と東の方に出ているみたいよぅ」
「そう、か……」

 地図には、赤く塗り潰された範囲があった。そこがどうやら蝗が飛来した場所らしい。この街の南と東にバツ印が書かれている。この街にもバツ印が書かれた跡があった。今はそれが塗り潰されている。
 東はフィリルアース王国の王都へ向かう方面で、南は広大な農業地帯に続いていく。もしも蝗が向かう先を選ぶ事があったら、きっと南へ向かうだろう。豊富な餌場となるのは間違いなくそちらだ。
 であれば、南へ向かうべきだろう。そう思ってマクスウェルは、街の南側につけられたバツ印を指差した。

「俺たちはこっちに行ってみる。お前はどうする」
「一度、お父様に会ってくるわぁ。ついでに東側の被害の確認もね。トゥイリアースから応援が来たのはわたしから言っておくから、マクスは現地に行って貰える~?」
「そうか、よろしく言っておいてくれ」
「はいはい~。でも、今日はだめよぅ? 明日にしたほうがいいわぁ」
「なんでだ」
「馬も人も、疲れてるでしょう~?」

 クロエのその言葉に、マクスウェルは目を見開いた。そしてちらりと扉の方へ視線を向ける。部下を見れば、彼らは万全とは言えないながらもぴしりと姿勢を正して控えていた。馬での移動は慣れているから、疲労感はそれほど無い。けれども馬はそうではない。人だってそれなりに疲れている。時間ももう、午後のお茶の時間を過ぎようという頃合いでは、移動だけで終わってしまうだろう。その状態で、小さいとは言え魔物を相手取るというのは得策ではない。
 それを、クロエに指摘されるまで気が付かなかった。気を張っているのはクロエではなくマクスウェルの方だったらしい。

「クロエの言う通りだな。近隣の調査は明日にしよう」
「それがいいわぁ。今日はゆっくり休んでちょうだい~」

 そう言って笑うクロエを、マクスウェルはじとりと見る。そして、蝗が入った瓶をクロエの手元から奪い取った。

「お前もだぞ」
「……はぁい」

 瓶へ伸ばしていたクロエの手がすっと下ろされた。クロエの目の下にはくっきりと隈ができている。ろくに寝ていないのは丸わかりだった。

「寝不足は美容の大敵だぞ、クロエ。明日からも調査できるように寝るんだ」
「い、今寝たら、夜眠れなくなっちゃうじゃない~」
「そん時は子守唄を歌ってやるよ」
「えぇ? マクスが歌うの~……?」
「なんでそこで不安そうな顔をするんだよ! いいから寝ろ!」

 とまあ、押し問答を少しばかりして、マクスウェルはクロエを寝台に押し込んだ。しばらく見張っていれば、すうすうと静かな寝息が聞こえてくる。やはりこちらへ来てからまともに眠っていなかったようだ。侍女からもそのように聞いた。はあ、とため息が漏れる。心配になるのは分かるが、無理はよくない。クロエが目覚めたらそれをきつく言わないと、とマクスウェルは寝室を後にした。
 クロエの寝室の扉を静かに閉めると、そこにはレイナードがいた。遠慮して廊下で待機していたのだ。これからの予定を詰めるのに丁度いい、とマクスウェルが口を開こうとした時、先にレイナードが視線を上げて言った。

「帰っていいか」

 その表情は真剣そのものである。

「いいわけあるか! お前は何をしに来たんだ」

 思わず叫んだマクスウェルをレイナードは制した。

「しっ。大きな声を出すなマクス。クロエが起きたらどうする」
「おま……お前な、誰のせいだとっ」

 元凶にそう言われて、マクスウェルは頭を抱える。
 そもそも、レイナードはマクスウェルの補佐官だ。護衛でもなければ厳密に言えば部下でもない。あくまで協力者、くらいのもので、肩書きはとりあえず与えられたもの。レイナードに王城での役職を与えてしまうと、ヴァーミリオン家の権威が余計に強固なものになってしまう。それを避ける為の措置だったが、それが逆効果になる場合もある。例えばそう、今回のように。
 レイナードは腕が立つし頭も回る。いざという時には、強力な魔法が役に立つので居て貰わないと困る。けれどもこの場で唯一、独断で行動が出来るのがレイナードだった。
 聞かずとも分かるが、それでもマクスウェルはレイナードに訊ねる。マクスウェルはこれでも真面目な男なのだ。

「一応聞いてやる。なんで急にそんな事言うんだ、お前は」
「いつ帰れるか、わからないだろう」
「まあ、そりゃあな」
「いつリリーに会えるかわからないじゃないか」
「…………」

 マクスウェルはぴくぴくと口角を震わせる。想像と一寸も違わない言葉が返ってきた。この後に及んでどうしてレイナードがこうもぶれないのか、理解が出来ない。

「叔父上に頼んで、遠距離でも会話ができるような魔道具でも作って貰うか……?」
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない……」

 お前が何を言ってるんだ、というつっこみは飲み込んで、マクスウェルはレイナードを睨み付ける。

「とりあえずだめだ、ケリがつくまで帰すわけにいかない。それは覚えておけ」
「………………」
「おい、聞こえないフリしても無駄だからな? 帰らせないからな絶対に」

 ついっとあらぬ方を見て、マクスウェルの言葉をなかった事にしようとするレイナードは、都合が悪くなるとそっぽを向く彼の父親の姿と重なる。
 おかしい、とマクスウェルは常々思っている。レイナードはアルベルトを反面教師に、これまで生活しているはずだった。まったく系統が違うようでいて、なぜか似た所のある二人は、やはり親子ということなのだろう。まだ聞き分けのある分、レイナードの方がましと言えるのが、なんとも頭の痛い事である。
 やれやれ、とマクスウェルは深く息を吐いて歩みを進めた。
 絶対に帰さん、こき使ってやる、とレイナードへの思いを新たに、胸に刻んで。


◆◆◆


 茂みが揺れる。身を隠す為に草葉を残していたは、もう用済みとばかりに青い葉に群がった。
 ぶぶぶぶ、と背筋が粟立つ羽音が、暗闇にこだまする。
 羽音はひとつではなかった。あまりにも膨大な振動が大気を震わせる。そのせいか、巣穴から顔を出した野鼠が目を回してひっくり返った。樹木に住まう小さな生き物はとうに棲家を放棄している。その棲家ももう、それらに貪り尽くされていた。
 残ったわずかな緑を食んで食い尽くすと、それはぬぅらりと身を起こす。そうして触覚をぴくぴくと動かすと、羽を広げた。羽を動かすと、その風圧で砂埃が辺りを覆う。
 すでには周囲の魔力を取り込んでいた。そのせいで、この辺りにはもう、が取り込むべき魔力が枯渇している。
 このままではいけないと、は飛び立った。は、飛び立った時点ですでに狙いを定めていた。
 南へ。本能の赴くままには進む。
 無数の影が、その後を追った。 


◆◆◆


 翌日早朝に、マクスウェル率いる一団は目的の街にやって来た。街の名前はソルシュレン、というそうだ。南の大地という意味らしい。
 その意味の通り、なだらかな平地が海の方まで続いている。フィリルアースの西部で一番の小麦の産地のひとつなのだそうだ。だが、例年では緑が広がっているはずのその大地は、今では煤と虫の死骸とで覆われてしまっている。

「はあ、すごいな……」

 渋い顔のレイナードを後ろに連れ、マクスウェルは呟いた。
 このソルシュレンの街は、昨日泊まった街に比べれば、蝗の被害は軽度だと言えるだろう。それはただただ、住民達の努力の結果であった。
 ソルシュレンでは、蝗の被害が北部で出た当初から最悪の事態を想定し、対策をしたそうだ。王都から騎士が来るよりも早く近隣に散っている冒険者を集め、薬草を準備した。たくさんの虫を纏めて退治するなら、棒を振るより水に沈めた方がいい。桶や空き樽を集め、そこに水を溜めておき、やって来た虫を網で捕らえてそこへ突っ込む。蓋をして重石を置けば後は放置する。次から次へとやって来るから、すぐに桶は満杯になってしまったそうだが、それでも結構な数を始末していた。
 子供から老人に至るまで街ぐるみでそれを行った。そのお陰か、小麦畑への侵攻はある程度抑えられている。
 ただそれも、今日までかもしれない。というのも、空が一面、虫で覆われていたからだ。燻された薬草の煙がそこら中に蔓延しているせいで、口元を布で覆っていないと呼吸もままならない。
 今朝、夜が明けた途端、マクスウェルの元に情報が入ってきたのだ。これまでにない蝗の大群が、急に南に現れた、と。慌てて馬を走らせ、やって来たところなのだが、日が陰るほどの大量の虫に圧倒されてしまっている。嫌がる馬を宥めて、なんとか街の中心部に着いたところだった。
 そこで冒険者から気になる事を聞いた。

「なんだかでかい個体を見かけたんだ。目の錯覚とも思ったが」

 そう証言したのは、普段は魔物を討伐して生活しているという冒険者だ。バルバスと名乗った彼は、仲間と共に虫を退治して回っていた。街から離れた箇所から重点的に見回りをしていたその途中、おかしな影を見たという。

「そもそも、あの大群はなんなんだ?」

 マクスウェルのその言葉に、バルバスは分からない、と首を横に振った。無礼ではあるが、非常事態なので、口調を改めずとも良いとマクスウェルは言ってある。

「夜中に飛んで来たようだ、としか」
「見張りは」
「今夜から立てようかと話していたところで。街中の住民に聞けば、見た奴もいるだろうが」

 ふむ、とマクスウェルは腕を組む。
 実際のところ、悠長に話している場合ではなかったのだが、どういうわけか急に現れた蝗の大群は畑の一部を占拠してそこから動かない。空を覆うくらいには周囲を飛び回ってはいるものの、何かを探るように旋回するばかり。巨大な蜂球のようにも見えるひとつの塊となって、不気味な羽音を轟かせていた。

「大人しいうちにあれを叩こうと、冒険者連中に声を掛けて攻撃したんだが」
「なるほど、返り討ちにあった、と」
「……その通りだ」

 バルバスはぐっと喉を詰まらせた。バルバスも、そして彼の仲間達も、あちこち傷だらけで衣類が裂けている。想像以上の抵抗にほとんどなす術がなかったという。
 だが、離れてみればこうして襲いかかってこない。ならば燻すしかないと、ありったけの薬草を燃やしているらしい。それらは効果があったようだった。一度は動きが鈍くなったものの、群れの大半が飛び回るようになってからはそれも減った。どうやら飛び回る事で、煙を拡散しているらしい。本能なのか、それとも知恵があるのかは分からないが、厄介な事だとマクスウェルは顔を顰めた。

「でかい奴っていうのは、あの中か?」

 マクスウェルは蝗の蜂球——この場合、蝗球こうきゅうとでも呼称すればいいのか——を指差した。バルバスはその指先を追うと頷く。

「ああ、あの中心で間違いない」
「どのくらいの大きさだ」
「……それは」

 バルバスの表情が歪んでいく。これまでの会話で、この男ははきはきとしているなと思っていたマクスウェルは、おや、と首を傾げた。煮え切らないこの態度、なにかあったなとすぐに察しがつく。

「何かあったか」

 そう問えばバルバスはがりがりと後頭部を掻いた。

「いや、殿下には申し訳ない。悪い夢だと、そうとしか思えなくて」
「——というと?」

 マクスウェルは、バルバスの顔を見上げる。バルバスの方はマクスウェルを見下ろす形で言った。

「ばかでかかった」
「ばかでかい」
「ああ、とんでもなくでかい」
「…………」

 頷くバルバスは真顔だ。嘘を言っているようにも冗談を言っているようにも見えない。だが、とんでもなくでかい蝗、というのは、一体どういう事なのか。

「と、とにかく確認してみよう」

 こうして事実確認が最優先となった。
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