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54 現実と虚構
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謹慎生活三週間目──王太子であるカーライルは、今日も今日とて山のような課題と執務に追われ、その鬱憤から室内の物へと当たり散らしていた。
「あーーーー! 腹が立つ! 早く俺をここから出せ! 一体いつまで閉じ込めておくつもりなんだ!」
ガシャーン! と何かの割れる音が響き、続いてドサドサッ! と、これまた何かが大量に落ちる音が、廊下にまで聞こえてくる。
散らかった部屋は毎日カーライルが湯浴みをする際にメイド達が必死で片付けをするのだが、こう毎日では彼女らだって堪らない。そのため、片付けに入るたび花瓶などの割れやすい物は二度と持ち込まないようにし、徐々に室内から物を減らしてはいるのだが、本棚の本などは流石に持ち出せないため、日々同じことの繰り返しとなっている。
「まさか、あと二ヶ月間ずっとこのままってことないわよね?」
カーライルの気が済むまで聞こえ続ける室内の音に、疲れた顔をしながらメイドの一人が呟く。それを聞いた他のメイド達も、同様に疲れた顔でため息を吐くが、それが自分達の仕事である以上やるしかない。
「陛下は、王太子殿下をどうなされるおつもりなのかしら……」
今代の国王陛下の直系血族は、王太子であるカーライル一人だけだ。だからこそ、今まではカーライルが『やらかし』をしても、大目に見られてきた節がある。
しかし今回はどうだろうか?
聞いた話によると、カーライルがほぼ一方的に側近候補であった侯爵令息を痛め付け、一生治る見込みのない障害を負わせたらしい。しかも、その理由が女絡みであったとか。
「学園に入学するまでは、いくら陛下が薦めてもずっと婚約を嫌がっていらしたのに、まさか他人の婚約者を欲しがるなんて……ねぇ」
「そこを何とかするのが権力だと思うのだけど、どうして殿下は権力ではなく暴力に訴えられたのかしらね……」
まさかそれが小説内の展開だったから、などと王宮メイド達が知るはずもない。逆に言えば、わざわざ小説内の展開をなぞらなくとも、カーライルが王族としての権力を行使すれば、もっと簡単にユリアを手に入れることができたのだ。
だが悲しいかな、カーライルは転生者であるが故に、そんな簡単なことすら知らなかった。否、頭から抜け落ちていたと言うべきか。
彼らの生きる世界は、小説通りではない。
元はそこが小説内の世界であったとしても、その中に『転生者』という異質な存在が紛れ込んだことで、大なり小なりの変化は必ず表れるものだ。しかも、小説内の登場人物達が生きている以上、その多少の変化によって未来が変わっていくのも当然のこと。
そのことを理解しているミーティアと、理解していないカーライルとでは、小説内への順応力が天と地ほども違っている。
もしも二人の立場が逆であったなら──性別のことは置いておいて──ミーティアはヒロインからレスターを切り離し、且つユリアを幸せにするために奔走し、最終的に名君となっただろう。そして見た目だけしか取り柄のないカーライルは、小説内の展開通りにレスターや王太子を誘惑するふしだらな女として、相手にもされなかったはずだ。
しかしそうではなかったために、カーライルが王太子として転生してしまったために、内容がぐちゃぐちゃになってしまった。さらに運の悪いことに、彼はまったくそのことに気付いていないときている。
せめて彼がもう少し我慢強く、小説の内容通りに話を進めていたのなら、ここまで話が拗れることはなかったのかもしれない。若しくは、彼が小説内の世界を現実のものとして受け止めることができていたなら、もっと違う未来もあっただろう。
だが彼は、罪を犯してしまった。
一人の有望な若者の未来を、自分勝手な行動によって、黒く塗り潰した。
国王の次に国のことを、国民のことを考えねばならない、王太子という立場にありながら──。
「今回のやらかしは、さすがの陛下でも庇いきれないだろうって宰相様が仰っていたそうよ」
「そりゃそうよね。実際のところ殿下より、怪我を負わされた令息の方が優秀だったって話じゃない」
「じゃあもしかして、ただの妬みも含まれていたりして?」
「「「いやだぁ~」」」
メイド達は笑いながら、その場を去って行く。
いつの間にか室内から音が聞こえなくなり、中にいる人物が外の会話に耳を澄ましていることも知らないで。
「俺よりもレスターの方が優秀だって? そんなことあるはずがない! 俺は王太子だ……最後にはレスターを殺し、好きな女を手に入れて、国王となる運命なんだ……」
実際の小説の最後は、ヒロインが王太子と結ばれたところで終わっており、二人のその後については何も書かれていない。
だがカーライルは、何故か自分が幸せになることを信じ、それを全く疑っていなかった。
「俺が今こんなことになっているのは、きっとレスターを殺し損ねたせいだ。アイツさえちゃんと殺せていれば、俺は今頃……」
他人を殺してまで得る幸せに、どれほどの価値があるのか。
思考回路がどんどん危うい方向へと向かっていっていることに、本人はまったく気付いていない。
「待ってろよレスター。すぐに俺がとどめを刺しに行ってやるからな……」
腰に差した剣を抜き、カーライルは刀身に自身を映すと、ニヤリと笑う。
さて、問題はどうやってここを抜け出すかだが……。
ふと窓の方を見た彼は、カーテンを切り裂いた。
「あーーーー! 腹が立つ! 早く俺をここから出せ! 一体いつまで閉じ込めておくつもりなんだ!」
ガシャーン! と何かの割れる音が響き、続いてドサドサッ! と、これまた何かが大量に落ちる音が、廊下にまで聞こえてくる。
散らかった部屋は毎日カーライルが湯浴みをする際にメイド達が必死で片付けをするのだが、こう毎日では彼女らだって堪らない。そのため、片付けに入るたび花瓶などの割れやすい物は二度と持ち込まないようにし、徐々に室内から物を減らしてはいるのだが、本棚の本などは流石に持ち出せないため、日々同じことの繰り返しとなっている。
「まさか、あと二ヶ月間ずっとこのままってことないわよね?」
カーライルの気が済むまで聞こえ続ける室内の音に、疲れた顔をしながらメイドの一人が呟く。それを聞いた他のメイド達も、同様に疲れた顔でため息を吐くが、それが自分達の仕事である以上やるしかない。
「陛下は、王太子殿下をどうなされるおつもりなのかしら……」
今代の国王陛下の直系血族は、王太子であるカーライル一人だけだ。だからこそ、今まではカーライルが『やらかし』をしても、大目に見られてきた節がある。
しかし今回はどうだろうか?
聞いた話によると、カーライルがほぼ一方的に側近候補であった侯爵令息を痛め付け、一生治る見込みのない障害を負わせたらしい。しかも、その理由が女絡みであったとか。
「学園に入学するまでは、いくら陛下が薦めてもずっと婚約を嫌がっていらしたのに、まさか他人の婚約者を欲しがるなんて……ねぇ」
「そこを何とかするのが権力だと思うのだけど、どうして殿下は権力ではなく暴力に訴えられたのかしらね……」
まさかそれが小説内の展開だったから、などと王宮メイド達が知るはずもない。逆に言えば、わざわざ小説内の展開をなぞらなくとも、カーライルが王族としての権力を行使すれば、もっと簡単にユリアを手に入れることができたのだ。
だが悲しいかな、カーライルは転生者であるが故に、そんな簡単なことすら知らなかった。否、頭から抜け落ちていたと言うべきか。
彼らの生きる世界は、小説通りではない。
元はそこが小説内の世界であったとしても、その中に『転生者』という異質な存在が紛れ込んだことで、大なり小なりの変化は必ず表れるものだ。しかも、小説内の登場人物達が生きている以上、その多少の変化によって未来が変わっていくのも当然のこと。
そのことを理解しているミーティアと、理解していないカーライルとでは、小説内への順応力が天と地ほども違っている。
もしも二人の立場が逆であったなら──性別のことは置いておいて──ミーティアはヒロインからレスターを切り離し、且つユリアを幸せにするために奔走し、最終的に名君となっただろう。そして見た目だけしか取り柄のないカーライルは、小説内の展開通りにレスターや王太子を誘惑するふしだらな女として、相手にもされなかったはずだ。
しかしそうではなかったために、カーライルが王太子として転生してしまったために、内容がぐちゃぐちゃになってしまった。さらに運の悪いことに、彼はまったくそのことに気付いていないときている。
せめて彼がもう少し我慢強く、小説の内容通りに話を進めていたのなら、ここまで話が拗れることはなかったのかもしれない。若しくは、彼が小説内の世界を現実のものとして受け止めることができていたなら、もっと違う未来もあっただろう。
だが彼は、罪を犯してしまった。
一人の有望な若者の未来を、自分勝手な行動によって、黒く塗り潰した。
国王の次に国のことを、国民のことを考えねばならない、王太子という立場にありながら──。
「今回のやらかしは、さすがの陛下でも庇いきれないだろうって宰相様が仰っていたそうよ」
「そりゃそうよね。実際のところ殿下より、怪我を負わされた令息の方が優秀だったって話じゃない」
「じゃあもしかして、ただの妬みも含まれていたりして?」
「「「いやだぁ~」」」
メイド達は笑いながら、その場を去って行く。
いつの間にか室内から音が聞こえなくなり、中にいる人物が外の会話に耳を澄ましていることも知らないで。
「俺よりもレスターの方が優秀だって? そんなことあるはずがない! 俺は王太子だ……最後にはレスターを殺し、好きな女を手に入れて、国王となる運命なんだ……」
実際の小説の最後は、ヒロインが王太子と結ばれたところで終わっており、二人のその後については何も書かれていない。
だがカーライルは、何故か自分が幸せになることを信じ、それを全く疑っていなかった。
「俺が今こんなことになっているのは、きっとレスターを殺し損ねたせいだ。アイツさえちゃんと殺せていれば、俺は今頃……」
他人を殺してまで得る幸せに、どれほどの価値があるのか。
思考回路がどんどん危うい方向へと向かっていっていることに、本人はまったく気付いていない。
「待ってろよレスター。すぐに俺がとどめを刺しに行ってやるからな……」
腰に差した剣を抜き、カーライルは刀身に自身を映すと、ニヤリと笑う。
さて、問題はどうやってここを抜け出すかだが……。
ふと窓の方を見た彼は、カーテンを切り裂いた。
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