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53 天秤
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「……知らないから、なんだって言うの?」
知らず、声が低くなった。
耳を塞いでいた手を離し、私は睨むようにしてパルマーク様を見つめる。
けれど流石と言うべきか、フェルに睨まれても動じない彼が、私の視線などに怯えるはずもなく──パルマーク様は困ったように眉尻を下げると、叱られた子犬のような顔をした。
「お願いですから、喧嘩腰にならないでください。俺はただ、貴女とレスターが本当に婚約解消するにしろ、しないにしろ、互いにしっかり話し合い、納得し合ったうえで決めるべきだと思う、と言いたかっただけで。もちろん貴女に告白した俺としては、二人には婚約解消してもらった方が喜ばしいというのが本音ですが、レスターは俺の親友でもありますし、円満に別れた方が、互いに次へと進みやすいですよね?」
「それは……うん、確かに……そうね」
パルマーク様の言葉に、私は素直に頷く。
悔しいけれど、彼は何も間違ったことは言っていない。正論だ。
レスターが目を覚ましてから、歩けなくなったと分かるまでは、学園に入学する以前のような時間を彼と過ごしていたけれど、やはりどこか以前とは違っていて。
楽しい──確かにそう感じるのに、素直にそう思うことができない。どうせ学園に戻ったら、また──といった気持ちが捨てきれない。そんな毎日で。
そのくせ婚約破棄のことを言い出せない自分が、卑怯なことも分かっていた。
レスターのことを思うなら、すこしでも早く婚約破棄を告げるべきだ。どうせこんな風に彼と話ができるのは、復学までの僅かな時間だけなのだから。だからこそ、今のうちに──。
そう思う気持ちと。
もうこれで最後になるんだから、もう少しぐらい別れを惜しんでも良いのではないだろうか? 婚約破棄してしまったら、会うこともなくなるかもしれないんだし──。
そんな気持ちとで。
二つの気持ちを秤にかけて、答えが出せないままレスターのところへ通い続けているうちに──彼は悲劇の宣告を受けた。
こんなことになる前に、婚約破棄をしていたら良かった? それとも、障害者になったという彼の悲しみを、一時的とはいえ傍で受け止めてあげることができたから、ここまで引き延ばしたのは正解だったといえるのだろうか?
今度はそんな疑問まで湧いてしまって。
「でも今はまだ……婚約破棄の話をするのは無理でしょう?」
漸くレスターの気持ちが落ち着いてきたと思えたのは、二日ばかり前のことだ。私といる時は明るい表情を見せてくれることが多くなったけれど、侯爵家の使用人達に聞く限りでは、私が帰るとまた暗い表情に戻ってしまうらしい。
だからまだ、そういった話をするのは早いと思っている。
「だけど、少しずつでもそういう方向に話を持っていかないと、最終的にユリアはあの男の家に取り込まれちゃうと思うよ? 本人の意思はどうあれ、格上貴族が格下に土下座までしたんでしょ? あっちの親は絶対にその気だよ」
「だからこそ、明日からはお前達が一緒に行くんだろ?」
ミーティアの言葉に、何やら思惑めいたものを感じる口調で答えたのはフェルだった。
「どういうこと?」
キョトンとして首を傾げる彼女に対し、「お前って鈍いよな……」と呟き、フェルがスクッと立ち上がる。
そうして彼は紅茶を一気に飲み干すと──飲み干さないと喋れないの⁉︎──顎を上げて得意気に喋り出した。
「俺が今後ユリアをレスターのところに一人で行かせないようにと考えたのには理由がある。一つ! あの男への同情で引き摺られないようにするため。一つ! あの男の親とニ対一で会って言い含められないようにするため。一つ! 間違っても監禁などされないようにするためだ」
「ほえ~……」
ミーティアが感心したように気の抜けた声を出す。その向かい側で、フェルを讃えるかのように拍手をするパルマーク様。
なるほど。ミーティアが私と一緒にレスターのところへ行くと言い出さなければ、代わりにパルマーク様を一緒に行かせるつもりで、今日は彼をここへ連れてきたのね。
「って、ちょっと待って!」
そこで大変なことに気付いた私は、思わず大きな声を出した。
「なんだぁ?」
「ユリア、どうしたの?」
「???」
三者三様の反応で見つめられる中、私はフェルに視線を定め、思い付いた疑問を口にする。
「もしもミーティアが一緒に行けなかった場合、私とパルマーク様が二人で行くのは問題ではないの?」
刹那、その場を静寂が支配した。
パルマーク様に婚約者はいない。けれど私には──たとえ周囲に認識されていなくとも──レスターという婚約者が──まだ──いる。
婚約破棄が成立していない以上、二人で歩いているところを学園の生徒達に見られようものなら、恋人同士だと思われるかもしれないし、そんな噂が広まりでもしたら、レスターと同じ穴のムジナということで、婚約破棄できなくなるかもしれない。
それに、どうやってパルマーク様をここまで来させたのかは分からないけれど、彼はまだもう暫く謹慎期間が残っているはずだ。そちらの問題はどうするのだろうか。
私が問題を提示すると、フェルは「う~ん……」と顎に手を当てて考えた後、名案を思い付いたとばかりに、ポン! と手を打った。
その顔に、何故だか私はとても嫌な予感がした──。
知らず、声が低くなった。
耳を塞いでいた手を離し、私は睨むようにしてパルマーク様を見つめる。
けれど流石と言うべきか、フェルに睨まれても動じない彼が、私の視線などに怯えるはずもなく──パルマーク様は困ったように眉尻を下げると、叱られた子犬のような顔をした。
「お願いですから、喧嘩腰にならないでください。俺はただ、貴女とレスターが本当に婚約解消するにしろ、しないにしろ、互いにしっかり話し合い、納得し合ったうえで決めるべきだと思う、と言いたかっただけで。もちろん貴女に告白した俺としては、二人には婚約解消してもらった方が喜ばしいというのが本音ですが、レスターは俺の親友でもありますし、円満に別れた方が、互いに次へと進みやすいですよね?」
「それは……うん、確かに……そうね」
パルマーク様の言葉に、私は素直に頷く。
悔しいけれど、彼は何も間違ったことは言っていない。正論だ。
レスターが目を覚ましてから、歩けなくなったと分かるまでは、学園に入学する以前のような時間を彼と過ごしていたけれど、やはりどこか以前とは違っていて。
楽しい──確かにそう感じるのに、素直にそう思うことができない。どうせ学園に戻ったら、また──といった気持ちが捨てきれない。そんな毎日で。
そのくせ婚約破棄のことを言い出せない自分が、卑怯なことも分かっていた。
レスターのことを思うなら、すこしでも早く婚約破棄を告げるべきだ。どうせこんな風に彼と話ができるのは、復学までの僅かな時間だけなのだから。だからこそ、今のうちに──。
そう思う気持ちと。
もうこれで最後になるんだから、もう少しぐらい別れを惜しんでも良いのではないだろうか? 婚約破棄してしまったら、会うこともなくなるかもしれないんだし──。
そんな気持ちとで。
二つの気持ちを秤にかけて、答えが出せないままレスターのところへ通い続けているうちに──彼は悲劇の宣告を受けた。
こんなことになる前に、婚約破棄をしていたら良かった? それとも、障害者になったという彼の悲しみを、一時的とはいえ傍で受け止めてあげることができたから、ここまで引き延ばしたのは正解だったといえるのだろうか?
今度はそんな疑問まで湧いてしまって。
「でも今はまだ……婚約破棄の話をするのは無理でしょう?」
漸くレスターの気持ちが落ち着いてきたと思えたのは、二日ばかり前のことだ。私といる時は明るい表情を見せてくれることが多くなったけれど、侯爵家の使用人達に聞く限りでは、私が帰るとまた暗い表情に戻ってしまうらしい。
だからまだ、そういった話をするのは早いと思っている。
「だけど、少しずつでもそういう方向に話を持っていかないと、最終的にユリアはあの男の家に取り込まれちゃうと思うよ? 本人の意思はどうあれ、格上貴族が格下に土下座までしたんでしょ? あっちの親は絶対にその気だよ」
「だからこそ、明日からはお前達が一緒に行くんだろ?」
ミーティアの言葉に、何やら思惑めいたものを感じる口調で答えたのはフェルだった。
「どういうこと?」
キョトンとして首を傾げる彼女に対し、「お前って鈍いよな……」と呟き、フェルがスクッと立ち上がる。
そうして彼は紅茶を一気に飲み干すと──飲み干さないと喋れないの⁉︎──顎を上げて得意気に喋り出した。
「俺が今後ユリアをレスターのところに一人で行かせないようにと考えたのには理由がある。一つ! あの男への同情で引き摺られないようにするため。一つ! あの男の親とニ対一で会って言い含められないようにするため。一つ! 間違っても監禁などされないようにするためだ」
「ほえ~……」
ミーティアが感心したように気の抜けた声を出す。その向かい側で、フェルを讃えるかのように拍手をするパルマーク様。
なるほど。ミーティアが私と一緒にレスターのところへ行くと言い出さなければ、代わりにパルマーク様を一緒に行かせるつもりで、今日は彼をここへ連れてきたのね。
「って、ちょっと待って!」
そこで大変なことに気付いた私は、思わず大きな声を出した。
「なんだぁ?」
「ユリア、どうしたの?」
「???」
三者三様の反応で見つめられる中、私はフェルに視線を定め、思い付いた疑問を口にする。
「もしもミーティアが一緒に行けなかった場合、私とパルマーク様が二人で行くのは問題ではないの?」
刹那、その場を静寂が支配した。
パルマーク様に婚約者はいない。けれど私には──たとえ周囲に認識されていなくとも──レスターという婚約者が──まだ──いる。
婚約破棄が成立していない以上、二人で歩いているところを学園の生徒達に見られようものなら、恋人同士だと思われるかもしれないし、そんな噂が広まりでもしたら、レスターと同じ穴のムジナということで、婚約破棄できなくなるかもしれない。
それに、どうやってパルマーク様をここまで来させたのかは分からないけれど、彼はまだもう暫く謹慎期間が残っているはずだ。そちらの問題はどうするのだろうか。
私が問題を提示すると、フェルは「う~ん……」と顎に手を当てて考えた後、名案を思い付いたとばかりに、ポン! と手を打った。
その顔に、何故だか私はとても嫌な予感がした──。
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