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第九章 魔力を吸う札
這いずる札
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いつまで待てば良い?
謁見の間で不気味な札をただひたすらに見つめながら、ミルドはじっと時間が過ぎるのを待っていた。
ルーチェに黒い札の監視を言いつけられ、この場所へ残されてから、既にかなりの時間が経ったような気がする。
けれどルーチェは未だ戻っては来ない。
いつだ? あの方はいつ戻ってくる? 本当に戻ってくるのか?
何故彼が退出したのか分からない為、どの程度の時間待たされるのか、彼は此処へ戻るつもりがあるのか、それすらも知ることができない。
自分は此処でこうして、一体いつまで待たされれば良いのだろう?
しかも、未だ薄気味悪く動き続ける不気味な札を目の前にして──。
「……待てよ」
そこでミルドは、ふと嫌な考えが脳裏を過ぎり、思わず声を出した。
もしこの札がおかしな兆候を見せたらどうする?
自分が命じられたのは見張りだけとはいえ、そういったことが起きた場合、札を放り出して逃げることは許されないに違いない。
できるとしたら、室内にいる他の者にルーチェを呼びに行かせ、その間も札の動向を見張り続けることぐらいだろう。
だが、そうなった場合、自分は無事でいられるのか……?
思い浮かぶのは、痩せ細った老人のように変わり果てたアランの姿。
筋骨隆々で誰よりも若々しかったアランがあのような姿になったことに、ミルドはあの時かなりの衝撃を受けた。
もし、自分もああなってしまったら?
……いやでも、アランは黒い靄に取り憑かれていたから、ああなったんだ。あれに取り憑かれさえしなければ、恐らく問題はない、大丈夫だ。
だが、もし取り込まれてしまったら?
目の前の札から黒い靄が湧き出してきた場合、対処などしようがないではないか。対処など、できるわけがない。
だったら、先に始末を……。
剣の柄に手をかけるが、札に傷をつけたらその時点で靄が湧き出してくるかもしれないと思い、手を離す。
このままでは八方塞がりだ。
見張る以外にできることなど──。
そう思った瞬間──唐突に、札が動いた。
今の今までしていたように、陸に上がった魚の如くビクビクと跳ねる薄気味悪い動きではなく、何らかの目的を持っているかのように、ズズ……と一定方向へ向かって這いずったのだ。
「なんだ?」
初めて目にした動きにミルドは瞳を見開き、這いずる札を凝視する。
札が向かっている方向は壁だが、そんな筈はない。絶対に目的があって動いている。そう確信できる動きだった。
「この壁の先にあるのは……」
王宮内の部屋の配置を素早く思い描き、札が目指す場所にミルドは気が付く。と同時に、近場にいた男へと告げる為、大声を上げた。
「急ぎルーチェ様に連絡を! 黒い札が動き出したと!」
※ ※ ※ ※ ※
ミルドに言われ、急ぎルーチェの私室へと走った男は、室内への入室が許可されず、入り口前の廊下で右往左往していた。
「まだか? まだ入室は許可されんのか?」
入り口を守る衛兵に尋ねるも「只今来客中ゆえ、お待ち下さい」と返されるのみ。
何が起こったのかは分からぬが、焦ったミルドの様子から、ただならぬことが起きたのだということだけは予想がついた。
だから全力で息を切らせて此処まで走ってきたというのに、足止めされて入れないとは。
「では、外から用件を伝えるだけでも──」
と扉に近付こうとしたら、それすら衛兵達に止められた。
「陛下の邪魔をするのであれば、容赦できませんよ?」
「なっ……そ……!」
邪魔なんて、そんなつもりではなかったのに、容赦しないと言われれば男は黙って引き下がるしかない。
そもそも、異変があったら知らせるようにとミルドに申し付けて行ったのはルーチェの筈だ。
なのに、いざ異変を知らせに来てみれば、来客で言伝さえも断られる。
これでは言っていることとやっていることが矛盾しているではないか。
異変を伝えるのが遅れ、何かあったらどうするつもりなのかと男が眉間に深く皺を刻んだ時──部屋の中からルーチェの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「氷依!!」
一体何があったのかと、扉の前で彼等は顔を見合わせた。
謁見の間で不気味な札をただひたすらに見つめながら、ミルドはじっと時間が過ぎるのを待っていた。
ルーチェに黒い札の監視を言いつけられ、この場所へ残されてから、既にかなりの時間が経ったような気がする。
けれどルーチェは未だ戻っては来ない。
いつだ? あの方はいつ戻ってくる? 本当に戻ってくるのか?
何故彼が退出したのか分からない為、どの程度の時間待たされるのか、彼は此処へ戻るつもりがあるのか、それすらも知ることができない。
自分は此処でこうして、一体いつまで待たされれば良いのだろう?
しかも、未だ薄気味悪く動き続ける不気味な札を目の前にして──。
「……待てよ」
そこでミルドは、ふと嫌な考えが脳裏を過ぎり、思わず声を出した。
もしこの札がおかしな兆候を見せたらどうする?
自分が命じられたのは見張りだけとはいえ、そういったことが起きた場合、札を放り出して逃げることは許されないに違いない。
できるとしたら、室内にいる他の者にルーチェを呼びに行かせ、その間も札の動向を見張り続けることぐらいだろう。
だが、そうなった場合、自分は無事でいられるのか……?
思い浮かぶのは、痩せ細った老人のように変わり果てたアランの姿。
筋骨隆々で誰よりも若々しかったアランがあのような姿になったことに、ミルドはあの時かなりの衝撃を受けた。
もし、自分もああなってしまったら?
……いやでも、アランは黒い靄に取り憑かれていたから、ああなったんだ。あれに取り憑かれさえしなければ、恐らく問題はない、大丈夫だ。
だが、もし取り込まれてしまったら?
目の前の札から黒い靄が湧き出してきた場合、対処などしようがないではないか。対処など、できるわけがない。
だったら、先に始末を……。
剣の柄に手をかけるが、札に傷をつけたらその時点で靄が湧き出してくるかもしれないと思い、手を離す。
このままでは八方塞がりだ。
見張る以外にできることなど──。
そう思った瞬間──唐突に、札が動いた。
今の今までしていたように、陸に上がった魚の如くビクビクと跳ねる薄気味悪い動きではなく、何らかの目的を持っているかのように、ズズ……と一定方向へ向かって這いずったのだ。
「なんだ?」
初めて目にした動きにミルドは瞳を見開き、這いずる札を凝視する。
札が向かっている方向は壁だが、そんな筈はない。絶対に目的があって動いている。そう確信できる動きだった。
「この壁の先にあるのは……」
王宮内の部屋の配置を素早く思い描き、札が目指す場所にミルドは気が付く。と同時に、近場にいた男へと告げる為、大声を上げた。
「急ぎルーチェ様に連絡を! 黒い札が動き出したと!」
※ ※ ※ ※ ※
ミルドに言われ、急ぎルーチェの私室へと走った男は、室内への入室が許可されず、入り口前の廊下で右往左往していた。
「まだか? まだ入室は許可されんのか?」
入り口を守る衛兵に尋ねるも「只今来客中ゆえ、お待ち下さい」と返されるのみ。
何が起こったのかは分からぬが、焦ったミルドの様子から、ただならぬことが起きたのだということだけは予想がついた。
だから全力で息を切らせて此処まで走ってきたというのに、足止めされて入れないとは。
「では、外から用件を伝えるだけでも──」
と扉に近付こうとしたら、それすら衛兵達に止められた。
「陛下の邪魔をするのであれば、容赦できませんよ?」
「なっ……そ……!」
邪魔なんて、そんなつもりではなかったのに、容赦しないと言われれば男は黙って引き下がるしかない。
そもそも、異変があったら知らせるようにとミルドに申し付けて行ったのはルーチェの筈だ。
なのに、いざ異変を知らせに来てみれば、来客で言伝さえも断られる。
これでは言っていることとやっていることが矛盾しているではないか。
異変を伝えるのが遅れ、何かあったらどうするつもりなのかと男が眉間に深く皺を刻んだ時──部屋の中からルーチェの悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「氷依!!」
一体何があったのかと、扉の前で彼等は顔を見合わせた。
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