31 / 53
四章
29話【アル】
しおりを挟む◆◇◆◇◆◇
眠りこけていた騎士たちを叩き起こし、南部にある森の入り口へアルたちを送り届ける頃には太陽が傾いていた。
森の横には地竜が4頭で引く豪華な馬車が3台、彼らの帰りを待っていた。アルが戻って来たと分かると、従者とメイドが整列し頭を下げる。
「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」
「ああ、儀式は終わった。戻って父上へご報告しよう」
汚れた外套をメイドが預かり、土がついた肌を温かい濡れタオルが拭う。泥が付いた靴の替えに艶のある革靴が用意されていた。
騎士たちが協力して運んできた戦利品は馬車の荷台に詰め込む。
「スレイン!」
『ア?』
アルの呼び声に顔を顰める。彼は従者から受け取った物をスレインに差し出した。
「約束の報酬だ。これを街で売れば良い値が付く。そして帝都で人気の銘柄の煙草だ。…中毒性があるから吸いすぎには呉々も注意するんだぞ」
報酬と煙草と小言。報酬だと渡されたのは宝石が填め込まれた指輪だった。白髪の青年は上機嫌に指輪を弾き、落ちて来たそれを掴み取る。
『報酬は現金だと思ってたんだが』
「はは、悪いなスレイン。実は金の手持ちは前金だけなんだ。だが、約束する。この指輪を売れば暫く遊んで暮らせるくらいの価値になるだろう」
『へぇ…』
取引では現金、ではなく報酬を支払う、と明言していた。スレインは思い返し、アルにしてやられたと鼻を鳴らす。
宝石を覗き込んで吟味すると、確かに価値の高そうなものだ。サファイアが最も美しく輝くよう緻密な計算によりカットされている。
煙草は赤いパッケージに大鷲が描かれており、こちらも恐らく高級品だ。スレインは気に入ったと口角を持ち上げて内ポケットへしまう。
「スレインたちが良ければ、このまま帝都にある屋敷へ来ないか?命の恩人として父上に紹介したい。勿論それ相応のもてなしをする」
『嫌に決まってんだろ?貴族の屋敷なんて息が詰まる』
アルの申し出に対して青年は心底嫌そうに舌を出した。
「ふぅ、君ならそう言うと思ったさ。……しかし、これだけは覚えておいてくれ。君たちから受けた恩は忘れない。何か困った事があったら力になる」
『もう会う事もないだろ』
「分からないだろ?それに僕はまた会える事を願っている」
柔らかく笑う褐色の肌を持つ青年に、スレインは面食らう。挑発しても不躾な態度でも一笑で全てを許す青年に感じたのは不快感ではなく器の大きさだった。
『…そうかよ』
ぶっきらぼうな態度にもすっかり慣れたアルは続ける。
「帝都に来る事があったら、まずベラクールを訪ねると良い。彼の家は大きくて分かりやすいからな」
横でベラクールが「お待ちしてますよ!」と大きく頷いた。
「では、お別れだスレイン、クルル。今回の事は本当に助かった。心配は無用だと思うが、気を付けてな。また会おう」
握手を交わそうと手を差し出して、アルはクスクスと笑う。
「貴族と宜しくは嫌だったな」
すると差し出された手をスレインが握って、そのまま肘を立てる。思わぬ握り方をされ、今度はアルが面食らった。
『?、男が約束をする時はこうするって聞いたんだが…違ぇーの?』
「ははは!そうだな!この握手の方が僕も好きだ」
別れの握手ではなく約束の握手。明らかに貴族を嫌悪している彼が、まさか握り返してくれるとは思ってもみなかった。
これにはベラクールも驚き、礼儀の欠片もない握手の仕方を注意するのを失念した。
するとクルルもスレインの真似をしてアルと手を繋ぐ。握り方はめちゃくちゃで、ただ単に青年の真似をしただけだった。
「2人とも元気でな」
「道中お気を付けて!」
馬車に乗ったアルとベラクールは窓から手を振る。騎士たちや従者、メイドたちも別の馬車に乗り込み、準備が整うと地竜が動き出した。
クルルが手を振る動作の意味について聞いてきたので『あー…サヨナラって挨拶』と教えると、少女も手を振り返した。
「有り難う御座いました!」
「是非帝都へ遊びに来て下さいね」
騎士たちも陽気に手を振る。
息を吐いたスレインは指輪からガンマを出す。アルの話では道を南に下ると街道に当たると教えてもらっていた。
『クルル、俺たちも行くぞ』
「ん!」
◆◇◆◇◆◇
スレインたちと別れた馬車は帝都オルティシアへ向かっている。アルとベラクールが向かい合う馬車の中で、褐色の肌の青年は握られた手をいつまでも見つめていた。
「…変わった方々でしたね」
「ああ、変わっているな。でも…面白くて良い奴らだった」
「…そうですね」
穏やかに微笑む青年に、ベラクールもつられて笑う。
上質な上着を羽織ったアルは「また会いたいものだ」と吐露した。
「しかし、全く見聞を持ち合わせていない様子…少し心配です」
「あの2人であれば、大丈夫じゃないか?」
新鮮だった。身分が高いと分かると、態度を変える者が殆どだ。取り入ろうとする者や見え透いて利用しようとする者、まさに魑魅魍魎。
そんな中でもスレインのバカ正直な態度は清々しかった。
「次に会う時も変わらず接してほしいな…」
まるで友人のように、分け隔てなく。
流れる景色を眺めながら遠くを見つめる。憂を含んだ表情の主に、ベラクールは複雑な眼差しを向けた。
「アルジュナ様…」
ファヴレット帝国第二皇子アルジュナ・ヴァイセルフ・エルディア=ファヴレット。
彼はファヴレット帝国で15世代続く皇族の1人であった。
「それにしても!見事なアップシートでした!まさか白露殿の手を借りず…」
空気を変えようとしているのはバレバレだった。しかし、アルジュナはベラクールの思惑に乗ってやる。
「自力で成し遂げねばならないからな。精霊術師には厳しいルールだ」
アップシートの規約によって精霊の介入は禁止されている。喚び出してはならないし、魔力も譲渡してはならない。精霊術師の彼はルールを定めた先先先代の皇帝の愚痴を溢した。
アルジュナの契約した精霊、白露は彼の願い通り帝都へ残り貴族の動向を見張っている。
「ベラクールも慣れない剣でよくやってくれた」
「そりゃぁ、皇子の為ですから」
アルジュナの儀式が差し迫った頃、貴族からベラクールの同行を問題視されたのだ。
彼は帝国を支える第3騎士団大隊長、ベラクール・ラッセン。ある大会で優勝し名を馳せた平民上がりの騎士だ。
同時に、幼いアルジュナの剣の師であり、彼が精霊術師の道に進もうとも誰よりも応援している家臣である。
身分や肩書に難癖を付ける貴族たちの反対を押し切って、儀式に同行してもらったは良いものの、彼が愛用する武器の所持は一切認められなかった。
代わりに帯刀が許されたのは、雷魔法が付与された剣だ。一見、アルジュナの身を按じて強力な剣が選ばれたと錯覚するが、ベラクールは土属性で相性が悪い。
実力の半分も出せない剣で、魔の巣窟マーレへ挑めと言っているようなものだった。
彼が断れば忠誠心が足りない、と騎士団長の座を奪える。アルジュナが怪我をすれば強力な剣を預かっていながら皇子に傷を負わせたと実力不足を理由に退団させられる。
どちらにしろ皇族の勢力の衰退を望む貴族派による悪質な嫌がらせだった。
「僕らが帰った時の奴らの顔が見ものだな」
「全くですね」
2人はクツクツと笑う。
「スレインが貴族を嫌うのも分かる」
「しかし、分別というものが…。見たところ第一皇子くらいの年齢でしたし」
「いや、姉さんくらいじゃないか?」
白髪の青年は人相を隠しており、年齢に繋がる情報が少ない。互いに頭を捻って考えた後で結論は見送った。
アルジュナが「そう言えば、姉さんの誕生日が近いな」と思い出したように言う。
「左様ですね。プレゼントは何かお決まりですか?」
毎年皇族の誕生日には盛大なパーティーが開かれる。多くの貴族を帝都オルティシアへ呼び寄せ、数日間祝会を開催する。
中でも貴族の誰が何を贈るかは重要で、その贈り物で忠誠心が解るとさえ言われていた。
身内であるアルジュナの贈り物で仲を勘繰る者は居ないだろうが、粗末な物は贈れない。
「まだ決めてはいない。…父上は地方に預けていた珍しい魔物を与えると言っていたな」
「珍しい魔物、ですか?」
「ああ。見てのお楽しみだと僕にも教えてくれなかった」
「皇帝陛下が仰るのであれば、それは見て驚くような魔物でしょう。強く稀少な魔獣か…皇女に贈るのでしたら幻獣のように美しいのやも…」
「何にせよ、楽しみではあるな」
10
お気に入りに追加
1,588
あなたにおすすめの小説
平凡すぎる、と追放された俺。実は大量スキル獲得可のチート能力『無限変化』の使い手でした。俺が抜けてパーティが瓦解したから今更戻れ?お断りです
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ファンタジー
★ファンタジーカップ参加作品です。
応援していただけたら執筆の励みになります。
《俺、貸します!》
これはパーティーを追放された男が、その実力で上り詰め、唯一無二の『レンタル冒険者』として無双を極める話である。(新形式のざまぁもあるよ)
ここから、直接ざまぁに入ります。スカッとしたい方は是非!
「君みたいな平均的な冒険者は不要だ」
この一言で、パーティーリーダーに追放を言い渡されたヨシュア。
しかしその実、彼は平均を装っていただけだった。
レベル35と見せかけているが、本当は350。
水属性魔法しか使えないと見せかけ、全属性魔法使い。
あまりに圧倒的な実力があったため、パーティーの中での力量バランスを考え、あえて影からのサポートに徹していたのだ。
それどころか攻撃力・防御力、メンバー関係の調整まで全て、彼が一手に担っていた。
リーダーのあまりに不足している実力を、ヨシュアのサポートにより埋めてきたのである。
その事実を伝えるも、リーダーには取り合ってもらえず。
あえなく、追放されてしまう。
しかし、それにより制限の消えたヨシュア。
一人で無双をしていたところ、その実力を美少女魔導士に見抜かれ、『レンタル冒険者』としてスカウトされる。
その内容は、パーティーや個人などに借りられていき、場面に応じた役割を果たすというものだった。
まさに、ヨシュアにとっての天職であった。
自分を正当に認めてくれ、力を発揮できる環境だ。
生まれつき与えられていたギフト【無限変化】による全武器、全スキルへの適性を活かして、様々な場所や状況に完璧な適応を見せるヨシュア。
目立ちたくないという思いとは裏腹に、引っ張りだこ。
元パーティーメンバーも彼のもとに帰ってきたいと言うなど、美少女たちに溺愛される。
そうしつつ、かつて前例のない、『レンタル』無双を開始するのであった。
一方、ヨシュアを追放したパーティーリーダーはと言えば、クエストの失敗、メンバーの離脱など、どんどん破滅へと追い込まれていく。
ヨシュアのスーパーサポートに頼りきっていたこと、その真の強さに気づき、戻ってこいと声をかけるが……。
そのときには、もう遅いのであった。
スキルスティール〜悪い奴から根こそぎ奪って何が悪い!能無しと追放されるも実はチート持ちだった!
KeyBow
ファンタジー
日常のありふれた生活が一変!古本屋で何気に手に取り開けた本のタイトルは【猿でも分かるスキルスティール取得法】
変な本だと感じつい見てしまう。そこにはこう有った。
【アホが見ーる馬のけーつ♪
スキルスティールをやるから魔王を倒してこい!まお頑張れや 】
はっ!?と思うとお城の中に。城の誰かに召喚されたが、無能者として暗殺者をけしかけられたりする。
出会った猫耳ツインズがぺったんこだけど可愛すぎるんですが!エルフの美女が恋人に?何故かヒューマンの恋人ができません!
行き当たりばったりで異世界ライフを満喫していく。自重って何?という物語。
悪人からは遠慮なくスキルをいただきまーーーす!ざまぁっす!
一癖も二癖もある仲間と歩む珍道中!
拾った子犬がケルベロスでした~実は古代魔法の使い手だった少年、本気出すとコワい(?)愛犬と楽しく暮らします~
荒井竜馬
ファンタジー
旧題: ケルベロスを拾った少年、パーティ追放されたけど実は絶滅した古代魔法の使い手だったので、愛犬と共に成り上がります。
=========================
<<<<第4回次世代ファンタジーカップ参加中>>>>
参加時325位 → 現在5位!
応援よろしくお願いします!(´▽`)
=========================
S級パーティに所属していたソータは、ある日依頼最中に仲間に崖から突き落とされる。
ソータは基礎的な魔法しか使えないことを理由に、仲間に裏切られたのだった。
崖から落とされたソータが死を覚悟したとき、ソータは地獄を追放されたというケルベロスに偶然命を助けられる。
そして、どう見ても可愛らしい子犬しか見えない自称ケルベロスは、ソータの従魔になりたいと言い出すだけでなく、ソータが使っている魔法が古代魔であることに気づく。
今まで自分が規格外の古代魔法でパーティを守っていたことを知ったソータは、古代魔法を扱って冒険者として成長していく。
そして、ソータを崖から突き落とした本当の理由も徐々に判明していくのだった。
それと同時に、ソータを追放したパーティは、本当の力が明るみになっていってしまう。
ソータの支援魔法に頼り切っていたパーティは、C級ダンジョンにも苦戦するのだった……。
他サイトでも掲載しています。
『殺す』スキルを授かったけど使えなかったので追放されました。お願いなので静かに暮らさせてください。
晴行
ファンタジー
ぼっち高校生、冷泉刹華(れいぜい=せつか)は突然クラスごと異世界への召喚に巻き込まれる。スキル付与の儀式で物騒な名前のスキルを授かるも、試したところ大した能力ではないと判明。いじめをするようなクラスメイトに「ビビらせんな」と邪険にされ、そして聖女に「スキル使えないならいらないからどっか行け」と拷問されわずかな金やアイテムすら与えられずに放り出され、着の身着のままで異世界をさまよう羽目になる。しかし路頭に迷う彼はまだ気がついていなかった。自らのスキルのあまりのチートさゆえ、世界のすべてを『殺す』権利を手に入れてしまったことを。不思議なことに自然と集まってくる可愛い女の子たちを襲う、残酷な運命を『殺し』、理不尽に偉ぶった奴らや強大な敵、クラスメイト達を蚊を払うようにあしらう。おかしいな、俺は独りで静かに暮らしたいだけなんだがと思いながら――。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
異世界召喚されたら無能と言われ追い出されました。~この世界は俺にとってイージーモードでした~
WING/空埼 裕@書籍発売中
ファンタジー
1~8巻好評発売中です!
※2022年7月12日に本編は完結しました。
◇ ◇ ◇
ある日突然、クラスまるごと異世界に勇者召喚された高校生、結城晴人。
ステータスを確認したところ、勇者に与えられる特典のギフトどころか、勇者の称号すらも無いことが判明する。
晴人たちを召喚した王女は「無能がいては足手纏いになる」と、彼のことを追い出してしまった。
しかも街を出て早々、王女が差し向けた騎士によって、晴人は殺されかける。
胸を刺され意識を失った彼は、気がつくと神様の前にいた。
そしてギフトを与え忘れたお詫びとして、望むスキルを作れるスキルをはじめとしたチート能力を手に入れるのであった──
ハードモードな異世界生活も、やりすぎなくらいスキルを作って一発逆転イージーモード!?
前代未聞の難易度激甘ファンタジー、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる