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四章

29話【アル】

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◆◇◆◇◆◇

 眠りこけていた騎士たちを叩き起こし、南部にある森の入り口へアルたちを送り届ける頃には太陽が傾いていた。

 森の横には地竜が4頭で引く豪華な馬車が3台、彼らの帰りを待っていた。アルが戻って来たと分かると、従者ヴァレットとメイドが整列し頭を下げる。

「お帰りなさいませ。ご無事で何よりです」

「ああ、儀式は終わった。戻って父上へご報告しよう」

 汚れた外套をメイドが預かり、土がついた肌を温かい濡れタオルが拭う。泥が付いた靴の替えに艶のある革靴が用意されていた。
 騎士たちが協力して運んできた戦利品は馬車の荷台に詰め込む。

「スレイン!」

『ア?』

 アルの呼び声に顔を顰める。彼は従者から受け取った物をスレインに差し出した。

「約束の報酬だ。これを街で売れば良い値が付く。そして帝都で人気の銘柄の煙草だ。…中毒性があるから吸いすぎには呉々も注意するんだぞ」

 報酬と煙草と小言。報酬だと渡されたのは宝石が填め込まれた指輪だった。白髪の青年は上機嫌に指輪を弾き、落ちて来たそれを掴み取る。

『報酬は現金だと思ってたんだが』

「はは、悪いなスレイン。実は金の手持ちは前金だけなんだ。だが、約束する。この指輪を売れば暫く遊んで暮らせるくらいの価値になるだろう」

『へぇ…』

 取引では現金、ではなく報酬を支払う、と明言していた。スレインは思い返し、アルにしてやられたと鼻を鳴らす。

 宝石を覗き込んで吟味すると、確かに価値の高そうなものだ。サファイアが最も美しく輝くよう緻密な計算によりカットされている。

 煙草は赤いパッケージに大鷲が描かれており、こちらも恐らく高級品だ。スレインは気に入ったと口角を持ち上げて内ポケットへしまう。

「スレインたちが良ければ、このまま帝都にある屋敷へ来ないか?命の恩人として父上に紹介したい。勿論それ相応のもてなしをする」

『嫌に決まってんだろ?貴族の屋敷なんて息が詰まる』

 アルの申し出に対して青年は心底嫌そうに舌を出した。

「ふぅ、君ならそう言うと思ったさ。……しかし、これだけは覚えておいてくれ。君たちから受けた恩は忘れない。何か困った事があったら力になる」

『もう会う事もないだろ』

「分からないだろ?それに僕はまた会える事を願っている」

 柔らかく笑う褐色の肌を持つ青年に、スレインは面食らう。挑発しても不躾な態度でも一笑で全てを許す青年に感じたのは不快感ではなく器の大きさだった。

『…そうかよ』

 ぶっきらぼうな態度にもすっかり慣れたアルは続ける。

「帝都に来る事があったら、まずベラクールを訪ねると良い。彼の家は大きくて分かりやすいからな」

 横でベラクールが「お待ちしてますよ!」と大きく頷いた。

「では、お別れだスレイン、クルル。今回の事は本当に助かった。心配は無用だと思うが、気を付けてな。また会おう」

 握手を交わそうと手を差し出して、アルはクスクスと笑う。

「貴族と宜しくは嫌だったな」

 すると差し出された手をスレインが握って、そのまま肘を立てる。思わぬ握り方をされ、今度はアルが面食らった。

『?、男が約束をする時はこうするって聞いたんだが…違ぇーの?』

「ははは!そうだな!この握手の方が僕も好きだ」

 別れの握手ではなく約束の握手。明らかに貴族を嫌悪している彼が、まさか握り返してくれるとは思ってもみなかった。
 これにはベラクールも驚き、礼儀の欠片もない握手の仕方を注意するのを失念した。

 するとクルルもスレインの真似をしてアルと手を繋ぐ。握り方はめちゃくちゃで、ただ単に青年の真似をしただけだった。

「2人とも元気でな」

「道中お気を付けて!」

 馬車に乗ったアルとベラクールは窓から手を振る。騎士たちや従者、メイドたちも別の馬車に乗り込み、準備が整うと地竜が動き出した。

 クルルが手を振る動作の意味について聞いてきたので『あー…サヨナラって挨拶』と教えると、少女も手を振り返した。

「有り難う御座いました!」
「是非帝都へ遊びに来て下さいね」

 騎士たちも陽気に手を振る。

 息を吐いたスレインは指輪からガンマを出す。アルの話では道を南に下ると街道に当たると教えてもらっていた。

『クルル、俺たちも行くぞ』

「ん!」

◆◇◆◇◆◇

 スレインたちと別れた馬車は帝都オルティシアへ向かっている。アルとベラクールが向かい合う馬車の中で、褐色の肌の青年は握られた手をいつまでも見つめていた。

「…変わった方々でしたね」

「ああ、変わっているな。でも…面白くて良い奴らだった」

「…そうですね」

 穏やかに微笑む青年に、ベラクールもつられて笑う。
 上質な上着を羽織ったアルは「また会いたいものだ」と吐露した。

「しかし、全く見聞を持ち合わせていない様子…少し心配です」

「あの2人であれば、大丈夫じゃないか?」

 新鮮だった。身分が高いと分かると、態度を変える者が殆どだ。取り入ろうとする者や見え透いて利用しようとする者、まさに魑魅魍魎。
 そんな中でもスレインのバカ正直な態度は清々しかった。

「次に会う時も変わらず接してほしいな…」

 まるで友人のように、分け隔てなく。

 流れる景色を眺めながら遠くを見つめる。憂を含んだ表情の主に、ベラクールは複雑な眼差しを向けた。

「アルジュナ様…」

 ファヴレット帝国第二皇子アルジュナ・ヴァイセルフ・エルディア=ファヴレット。
 彼はファヴレット帝国で15世代続く皇族の1人であった。

「それにしても!見事なアップシートでした!まさか白露ビャクロ殿の手を借りず…」

 空気を変えようとしているのはバレバレだった。しかし、アルジュナはベラクールの思惑に乗ってやる。

「自力で成し遂げねばならないからな。精霊術師には厳しいルールだ」

 アップシートの規約によって精霊の介入は禁止されている。喚び出してはならないし、魔力も譲渡してはならない。精霊術師の彼はルールを定めた先先先代の皇帝の愚痴を溢した。
 
 アルジュナの契約した精霊、白露は彼の願い通り帝都へ残り貴族の動向を見張っている。

「ベラクールも慣れない剣でよくやってくれた」

「そりゃぁ、皇子の為ですから」

 アルジュナの儀式が差し迫った頃、貴族からベラクールの同行を問題視されたのだ。

 彼は帝国を支える第3騎士団大隊長、ベラクール・ラッセン。ある大会で優勝し名を馳せた平民上がりの騎士だ。
 同時に、幼いアルジュナの剣の師であり、彼が精霊術師の道に進もうとも誰よりも応援している家臣である。

 身分や肩書に難癖を付ける貴族たちの反対を押し切って、儀式に同行してもらったは良いものの、彼が愛用する武器の所持は一切認められなかった。

 代わりに帯刀が許されたのは、雷魔法が付与された剣だ。一見、アルジュナの身を按じて強力な剣が選ばれたと錯覚するが、ベラクールは土属性で相性が悪い。
 実力の半分も出せない剣で、魔の巣窟マーレへ挑めと言っているようなものだった。

 彼が断れば忠誠心が足りない、と騎士団長の座を奪える。アルジュナが怪我をすれば強力な剣を預かっていながら皇子に傷を負わせたと実力不足を理由に退団させられる。

 どちらにしろ皇族の勢力の衰退を望む貴族派による悪質な嫌がらせだった。

「僕らが帰った時の奴らの顔が見ものだな」

「全くですね」

 2人はクツクツと笑う。

「スレインが貴族を嫌うのも分かる」

「しかし、分別というものが…。見たところ第一皇子くらいの年齢でしたし」

「いや、姉さんくらいじゃないか?」

 白髪の青年は人相を隠しており、年齢に繋がる情報が少ない。互いに頭を捻って考えた後で結論は見送った。

 アルジュナが「そう言えば、姉さんの誕生日が近いな」と思い出したように言う。

「左様ですね。プレゼントは何かお決まりですか?」

 毎年皇族の誕生日には盛大なパーティーが開かれる。多くの貴族を帝都オルティシアへ呼び寄せ、数日間祝会を開催する。
 中でも貴族の誰が何を贈るかは重要で、その贈り物で忠誠心が解るとさえ言われていた。

 身内であるアルジュナの贈り物で仲を勘繰る者は居ないだろうが、粗末な物は贈れない。

「まだ決めてはいない。…父上は地方に預けていた珍しい魔物を与えると言っていたな」

「珍しい魔物、ですか?」

「ああ。見てのお楽しみだと僕にも教えてくれなかった」

「皇帝陛下が仰るのであれば、それは見て驚くような魔物でしょう。強く稀少な魔獣か…皇女に贈るのでしたら幻獣のように美しいのやも…」

「何にせよ、楽しみではあるな」

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