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陣触・上

18-5「安心してプライスレスよ」

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「ええっと、で、ご用向きはどういったご用件で?」

 購買部のバックヤードに一同を連れ込んだカスミは、そこでクロウ達に用件を尋ねていた。アザレアはその問いに対し、クロウが脇に抱えているポスターの筒を一本引き出すとソレをカスミに広げて見せていた。

「これを店に掲示させて欲しい」

「うっわ、このタイミングで? 火災現場にガソリン瓶投げこむようなものだよ、それ?」

 ここまで無自覚であったクロウも先ほどの行列の様子と、この発言でようやく納得がいった。つまり、表に居るデックスのプラモデルを並んでまで求める層と言うのは……

「わかっていると思うけど、今表に並んでいるの、基本的にあんたら航空隊のファンだからね? 私もさ、最初はこんなもん売れるの? って店長…… じゃなかった、主計長に聞いたんだけど、発売日発表と共にクルーから問い合わせの嵐じゃない? で、実際に店を開けてみればあの有様よ? 慌てて整理券作ったんだから。多分、100人位いるのかな?」

 彼女が店長と呼ぶのは、この購買部のオーナー兼店長を兼ねる主計長のヨヘム・レーヴェン大尉である。

 人は言う、彼に手配出来ない商品はない。と。

 そのヨヘムが、技術科とコラボレーションして、肝煎りで企画したのが今回のデックスのプラモデルであった。そこに需要が無い訳がないのである。

「ええっと、入隊希望の問い合わせ先は艦長か…… それなら何とかなるかな? 航空隊のブリーフィングルームを窓口にしなくてよかったね。もしそうだったら、即、入隊希望者で溢れかえってどうにもならなくなってたわよ、きっと」

 そしてそのヨヘムの薫陶を受けて、フォース・チャイルド随一の商才を発揮しているのが目の前のカエデ・ツクバであった。アザレアがクロウとミツキに耳元で教えてくれる。

「で、さっきから一緒に居るけど、その子も航空隊だっけ? ってか、私の兄弟はアザレアしか居ないはずだからそんな筈はないんだけどさ、えっと技術科のリィンだったわよね?」

 カエデにそう言われてクロウ達は後ろを振り返る。するとそこには先ほどクロウと握手をしたリィンがバックヤードまで付いてきてしまっていた。

 正確にはカエデのクロウ達を押す勢いそのままに巻き込まれてここまで連れて来られてしまっていたのだが、この瞬間まで誰にも気が付かれていなかった。リィンはどうにも何かの騒動に巻き込まれやすい体質が備わっていた。

「あ、どうも。すみません。付いてくる気は無かったんですけど、それにしても航空隊の隊員募集ですか……」

 彼は興味深そうにそのポスターを眺めていた。カエデは彼の視線をそのポスターから引き離すべく声をかけた。

「はいはい、アンタは客でしょ? 整理券先にあげるから、ちゃっちゃと買って帰っちゃいなさいな。何個欲しいの?」

「あ、じゃあ3ついいですか? ちょっと入院している人の差し入れにしたいので」

「ち、しょうがないわね。兄弟特権だからね? 絶対に誰にもバラすんじゃないわよ?」

 カエデは自分が誤って連れてきてしまったリィンを追い出すべく、彼に3枚の整理券を持たせると、彼の背中を押してバックヤードから廊下へと押し出した。

「フォース・チャイルドって兄弟仲いいんだなぁ」

「ん、みんな仲良し。艦内何処にでも兄弟はいる」

 その様子を見てクロウは思わず感想を口にしていた。それに答えたのはアザレアである。

「いいわ。そのポスター2枚頂戴。レジの横と一番目立つ所に張っておいてあげる」

 それを聞いてアザレアは広げていたポスターを丁寧に丸めると、クロウが抱えるポスターの束からもう一つポスターの筒を抜き取ってそれをカエデへと手渡した。

「その代わりと言っては何なんだけどさ、後で多分主計科の誰かが航空隊員の写真を何枚か取らせて貰いに行っていいかしら?」

「へぇ、ブロマイドでも作って売ろうって言うのかしら?」

 それを聞いたミツキである。「ああ、分かっちゃった?」と、カエデは舌を出しながら言う。

「私はプラモデルよりも、そっちの方が売れると見ているんだよね、航空隊って美男美女ばかりだからさぁ。ね、お願い! こっちとしても色々協力するからさ! 店長も喜んで協力してくれると思うし、ここは一つ相互利益って奴で!!」

「んー 私は航空隊では新参者だし、ユキさんにお伺いを立ててあげる、という約束でこの場はいいかしら?」

「十分よ! ミツキ少尉、だったっけ? ともかく貴女みたいに話の分かる人がいてくれて助かるわ。ここの彼なんて立ったまま気絶してるし」

 カエデの提案に対してミツキは手早く対応していたが、クロウが気絶している事には今気が付いた。クロウはカエデが自分たちの写真でブロマイドを作ると言った時点で気絶していた。

「まったく、変なところで気が小さいんだから」

 ミツキはその白目を剥くクロウの顔を、溜息を鼻で吐きながら見上げた。

 まだ、クロウの脇にはポスターの筒が5つ残っている。ミツキは仕方なくアザレアにアイコンタクトを取る。これは攻撃じゃないわよ、という意味である。アザレアが頷くと同時、ミツキはクロウがそのポスターを取り落とさないようにそのポスターをアザレアへ持たすと、クロウの鳩尾に当て身を入れた。

「ぐっふぅ!! 何だ、何が起こった!?」

 軽く吹っ飛ばされて、購買部のバックヤードをゴロゴロと転がるクロウを見下ろしながらミツキは言い放つ。

「何もまだ起こってないわよ。寝てないで次に行くわよ」

「ん? あれ? 何か凄くショッキングな出来事があった気がしたんだけどなぁ」

 どうやらクロウの中で、一連の出来事の記憶が抜け落ちているようである。ミツキはこのノミの心臓の幼馴染がまた気絶すると厄介なので黙っている事にした。アザレアとアイコンタクトを取ってその意思を共有する。

「? 二人ともいつの間にか仲良しだね?」

 そのアザレアとミツキの様子を見たクロウは、ミツキに打たれた鳩尾を摩りながら歩み寄っていた。

「このちょっと格好悪い英雄さんの姿は、そっと私の心に仕舞っておくわ。安心してプライスレスよ」

「そう、助かるわカエデ。コレは表舞台に立たせる前に私がどうにかしておく。それまでは生温かく見守って頂戴」

 クロウの腕をミツキとアザレアは両側から掴むと、クロウを引きずるようにそのバックヤードを後にしていた。



 その後、アザレアとミツキを伴って、クロウは数ヵ所の掲示板にポスターを掲示したが、それらを張り終えて航空隊のブリーフィングルームに戻っても特に異常は無かった。

 問題だったのは、ブリーフィングルームにポスターの掲示が終わったメンバーが全員戻って全員で食堂前まで移動してビラ配りを始めた時である。

 その場に居合わせた乗組員達によって航空隊はもみくちゃにされ、多めに用意していた筈の航空隊募集のビラはあっと言う間に奪い去られてしまっていた。

「ミツキからの報告で聞いてはいたが、ユキ、こいつはちょっと想定外だ。ついこの間まで『あいつら乗る機体もないんだぜw』とか『ぷっ、翼の無い航空隊w』とか言われていた私達が、まるで動物園で人気者のパンダ様だ」

 髪の毛をぼさぼさにされながらぼやくのはミーチャである。

「うん、私もちょっと後悔している所。クロウ君がいるから今回は集まりがいいかな、程度に思っていたちょっと前の自分を責めたい気分。ああ、いけないいけない。禅定波羅蜜ぜんなはらみつ! 後悔しない生き方をしないとね」

 ユキはこの所、難しい仏教用語を会話の端々に混ぜるようになっていた。そんなユキをどう扱うべきなのか、親友であるミーチャもこの所模索中である。

「何か私、色々触られたんだけど」

 その場にへたり込むトニアである。

「貴女、人が良さそうだもの。良かったわね、私の生前の時代じゃなくて。公共機関の乗り物に乗ったら絶対に痴漢に遭うタイプだわ、トニア」

「だ、大丈夫ですかトニア先輩!」

 彼女に肩を貸しながら、ミツキとエリサは言う。

「兄弟も一杯来た。航空隊に兄弟が増えるのは楽しみだ」

 アザレアはそう言いながら目を輝かせていた。

 一方クロウとケルッコ男子二名はおもむろに会話を始めた。

「ケルッコ」

「何だいクロウ?」

「なんで君の所にビラを貰いに行く人は女子ばかりなんだ? いや、僕の方も男女平等に来ては居たが」

 その女子たちを尻目に、男子二人は食堂の入り口横の壁に寄り掛かりながらしゃべっていた。

「ふふ、みんな知り合いさ」

「ケルッコ、どうやら僕は君の認識を改めないといけないかもしれない」

 そのやり取りを見ていたミーチャが会話に加わる。

「なんだクロウ、知らなかったのか? ユキが『純情殺し』なら、ケルッコは『つくば型最強の女たらし』だぞ。幸いなことにこの男は公私を分けるタイプらしくて航空隊には無害だから放置しているがな」

 それを聞いたケルッコは、肩を上げるジェスチャーを取って見せていた。

「え? 航空隊問題児多くないですか? 今更ですけど」

「既にハーレムを完成させつつあるお前を筆頭にな」

 吐き出すように言い放つミーチャに対して、一同は頷いていた。

「何か釈然としない……」

 クロウは、この状況を作り出した本人であるという自覚はあまりなかった。

 当然であるが、この直後から航空隊所属を希望するクルーたちが、タイラーに殺到する事となる。それはタイラーに取って久しぶりの不測の事態だった。ユキに許可をし、自身を窓口にするように指示したのは自分であったためタイラーは腹をくくるしか無かった。

 こうして、航空隊の拡充については一定の目途は立ったのである。

 兵を集め、戦の準備をすることは古来から重要なプロセスである。なんともお気楽なノリで、この『つくば』艦内においてそれが行われていたとしても、事態は刻一刻と迫っていた。
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