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陣触・上
18-4「人類は偉大だね。こんな時、平和的に勝負を決める方法がある」
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「ええ、そうです。パイセンたちは突然叫び出したと思ったら、僕を担いでバギーに乗り込んで……」
今、保安科の取調室ではリィン・ツクバが、手錠で拘束されぐったりと横たわるエロワ・ラプラードとライネ・ピエニの代わりに取り調べ用の事務机に座らされていた。優秀な保安科クルーたちの聞き込みと捜査によってリィンの冤罪は証明され、彼は事情聴取を受けていたのだ。
「前後に何か変わった事はなかったか? いくら疲れているとはいえ、第四世代人類である彼らがそこまで混乱した態度を取るとはとても思えん。いくら日頃から悪ふざけをするとは言ってもだ」
その場で冷静に発言するのはタイラーである。自室にて仕事をしていたタイラーはパラサの報告を受け、ただちに保安科の取り調べ室に急行していた。
彼らの様子が尋常ではないと報告を受けたためジェームス医師もこの場に呼び出されていた。彼は今エロワとライネを診察していた。
「えっと、確か…… ああそうだ! 医療科から差し入れで貰った栄養ドリンクを二人とも飲んでいました!」
そのリィンの証言を聞いて、ジェームス医師はギクリと肩を震わせた。
「ほう、どうやらジェームス先生に事情を聴かないといけないようだ」
ジェームスは冷や汗を垂らしながら言う。
「いや、ただの栄養ドリンクじゃよ。日頃から疲れているだろうと思って差し入れた。その時に瓶が数本余ったんで……」
「そこに酒を入れた。そうですな?」
タイラーにぴしゃりと言い当てられ、ジェームスは唸る。
「いや、ちょっとした出来心だったんじゃ。ただ、うっかりその酒入りの小瓶を栄養ドリンクの小瓶と混ぜちまってな、色とかで弾いたつもりだったんじゃが。まあ、飲んでも死にはしないし、いいかなと……」
それを聞いたタイラーは、直ちにジェームスを保安科に命令して拘束させ、彼とルピナスの居室を兼ねる医務室に保安科を派遣して家宅捜索を、数名の人員を格納庫へ放ってその飲み干されたであろう。小瓶の回収へ向かわせた。
「艦長。真っ黒です。医務室には秘密裏に酒を蒸留する装置が設置されていました!」
「残念ながら、こちらも黒です。格納庫の缶瓶のゴミ箱から彼らが飲み干したと思われるアルコールが検出された小瓶を二つ発見しました」
それぞれ戻って来た保安科クルーの報告である。
タイラーはそれを聞いて深いため息を吐く他なかった。
「ジェームス先生。貴方、市販の酒を蒸留してアルコール度数を上げて隠し持っていましたね?」
「量も減って収納に便利じゃし、サクッと酔えて最高じゃないか!?」
そのジェームス医師の開き直りとも取れる証言を聞いたタイラーは、彼に対して沙汰を達する。
「ジェームス先生。この艦において、貴方の医学的知識とその人生経験から来る乗員のカウンセリングは貴重です。私には貴方を営倉に拘束することは出来ません」
「ほっ」
それを聞いてジェームスはほっと胸を撫でおろすが、タイラーは続ける。
「別に貴方の酒好きも咎めるつもりはありません。このような事故さえなければね。ですが、もう事は起こってしまった。これでお咎めなしとは流石に参りません。向こう一カ月の酒断ちを命じます。医務室に保管されている飲料用のアルコール類は、私が責任を持ってお預かりします。医療用のアルコールは医務室から撤去し、病院室の医療科クルーの管理とします」
このジェームスが、こっそりと医療用のアルコールを希釈して飲んでいる事をタイラーはそのアルコールの発注具合から疑っていた。そしてそれは事実その通りなのである。
「おおおおお、横暴じゃ! 老人の唯一の楽しみまで奪おうというのか、この鬼!」
そしてこの狼狽ぶりである。タイラーは仕方なく最終手段を使う事とした。
「この一連の出来事をルピナスへばらしますよ? 彼女は今、機密格納庫に居るはずだ。彼らが騒いだのは知っているでしょうが、それに貴方の出来心とミスが関与している事までは知らないでしょう。それを知った上で私のこの判断すら否定したと知った彼女はなんと言うでしょうね?」
これにはジェームスも黙るしかなかった。
そんなジェームスの様子にタイラーは再び大きく溜息を吐くと、保安科に指示してエロワとライネの拘束を解かせ、彼らを病院室へ運ぶように指示した。
因みに病院室とは、医務室の真下にある病室さえ持つ大型の医療施設である。医療科の職員が普段勤めている場所である。
この規模の人員が暮らす『つくば』艦内において、医療は切っても切り離せない。いかに第四世代人類が各疾患に強いとはいえ、それは絶対ではない。体調不良も起こり得れば、生理的不調も当然に起こる。
そのため、体調不良になった患者はまず医務室へと行き、ジェームス、もしくは代わりに詰めている医療科のクルーによって診察を受け、治療が必要な際には病院室へと連れていかれるという訳である。
もっとも、医務室はその特性上込み合う事もままあるため、直接病院室へ出向く者も多い。勿論そちらでも診察治療が可能である。医務室はジェームスとルピナスの居室を兼ねるため、彼らが不在である時もやはり病院室が利用される。『つくば』には医療施設が二つあるのだ。
「ああ、パイセンがた、今回は貴方達も被害者だったのですね」
担架で運ばれていく酔いつぶれたエロワとライネを見送るリィンである。
「リィン伍長。お前たちは、今日は本来休みだろう。今からでも体を休めるといい」
タイラーの大岡裁きであった。
そんなやり取りが保安科の取調室であった数十分後、クロウはアザレアとミツキを伴って購買部へ足を運んでいた。
クロウは航空隊のブリーフィングルームから、ポスターを掴んでさっさと走り去ろうと心に決めていた。間違いなく自分に随伴しようと揉める人間がここには集まっている。危険地帯であるという自覚があったからだ。
だが、走り去ろうとするクロウの腕を掴み、ブリーフィングルームに引き留めた人物がいる。アザレアである。彼女はクロウと随伴する義務があるのだ。
「クロウ。それは良くない。向かい合わなければ事態は悪い方に行く。私もそうだった。クロウにはそうなって欲しくない」
アザレアにそう言われてしまえばクロウにはお手上げである。
クロウにアザレアが随伴する事は既に決定事項であるので、その他に随伴するとすればあと一名といった所だろう。その座を巡ってミツキとトニアとユキがクロウの想定通りににらみ合っていた。
「まだ、ルールが明確じゃない。でも、昨日の勝負の結果、私にはここで勝負の方法を決める権利があるはずだ。ミツキちゃんもトニーもそれでいいよね?」
「勿論、完膚なきまでに私の負けだもの。異論はないわ。むしろその勝者の権利を使ってこの随伴を強引に自分にしなかった貴女には敬意さえ覚える。トニア、貴女も異論は無くて?」
「勿論よ、ミツキ。私も貴女に負けたもの。その貴方に勝ったユキちゃんの言葉には従うべきでしょう」
だが、クロウの想像とは別に、即座に殴り合いの大喧嘩に発展する様子は無さそうである。
「人類は偉大だね。こんな時、平和的に勝負を決める方法がある」
ユキはそう言うと手を拳の形に構えた、ミツキとトニアは瞬時にその意図を察知してユキに倣って拳を構えた。と、その時、ミツキはこの場にエリサが居ない事に気が付いた。彼女は彼女から少し離れた所で事態を静観していたのだ。
「エリサ、何をやっているの。早く混ざりなさい」
「いえお姉さま、私は……」
それを見ていたユキとトニアも声を掛ける。
「ほらほら、エリサちゃん。こういうのはちゃんと混ざらないとダメだよ」
「そうよ。貴女だって大切な仲間なんだから」
その三人の反応に顔を染めながら、エリサはしずしずとその輪に加わった。それを確認してユキは声を張り上げる。
「じゃあ、行くよ! 最初はグー、じゃんけん、ポン!」
結果、複数回のあいこの後、勝ち残ったミツキがクロウとアザレアへ随伴する事となったという訳である。
この様子であれば、彼女らが殴り合いを始めるという状況はそうそう起こりえないだろう。クロウは内心ほっとしていた。
「アザレア、ちょっといいかしら?」
「なんだ、ミツキ少尉。断っておくが、私はクロウに危害を加えなければ貴女と争うつもりはない」
購買部へと向かう道すがら、クロウの後ろを歩く少女たちは言葉を交わしていた。
「私も今は貴女と争うつもりは無いの。それと私の事は呼び捨てでいい。これからは戦友よ?」
「分かった、ミツキ。私からも謝罪する。私もクロウ付き下士官になって少々舞い上がっていた。今朝の無礼を許して欲しい」
なんと、あのミツキから歩み寄り、アザレアと和解したのである。
その自身の、なんと、という感想をクロウは改めようと考えていた。もう、ミツキは自分を偽る必要も無ければ、クロウを遠ざけるためにあえて強い口調を使う事も無いだろう。
「出来れば貴女ともゆっくり話をしたいわ。ユキさんとトニア、それとエリサも加えて」
「了承した。クロウ、その時は護衛を離れる事を許して欲しい。私も彼女達と話したい」
クロウはアザレアに言われて頷いた。
「勿論構わないさアザレア。そもそも、艦内であればそう護衛も要らないだろう」
そのクロウの言葉に、ミツキは溜息を漏らしていた。
「それはどうかしらね? アナタ次第だとは思うけれど、しばらくはアザレアに背中を守って貰った方が良いと思うわ」
「えっと……」
そのミツキの言葉の意図を、クロウは計りかねていた。だが、購買部はもう目の前である。
今、その購買部は廊下まで続く長蛇の列が続いていた。購買部は比較的レジでは混むことはあるが、コンビニのような作りをしているため、そもそも店の前で行列が出来ているという事は珍しい。
クロウは訝しみながらも、その最後尾に並んでいるフォース・チャイルドの少年に声をかけた。
「やあ、何か混みあってあるけど、今日は何かあるのかい?」
「え、はい。今日はデックス初期型のプラモデルの発売日なんですよ。コレはその整理券の順番待ちです。ちょっと事情があって知り合いの為に並んでいるんですけど、どうやら一人一点までみたいですね。困ったなぁ」
言いながら、リィン・ツクバは振り返り、話しかけて来た人物がクロウだと知ると仰天した。
「クロウ・ヒガシ少尉!?」
思わず叫んだリィンに釣られて、その行列に並ぶ常備服姿の少年少女達も一斉にクロウに向いた。
「おい、本物だぜ、今日は、航空隊は訓練している日じゃないのか?」
「うっそ、生で初めて見た。写真撮らなきゃ!」
「くっそ! また綺麗どころを侍らせていやがる! デックスは好きだが奴は許せん!」
十人十色な反応ではあるが、彼らは間違いなくその場においてクロウに注目していた。
「はーい。騒がないで。店から出ている時点で、いつお叱りを受けてもおかしくないんだから!」
言いながら、主計科の常備服の上に購買部のエプロンを羽織ったフォース・チャイルドの少女が行列を誘導していた。彼女はどうやら購買部の店員であるらしい。
「カスミ、丁度良かった」
アザレアは彼女を認めると声を掛ける。
「おお、我が愛しの姉妹アザレアたん! 何々? アザレアもデックスのプラモ欲しいの?」
カスミとアザレアに呼ばれたフォース・チャイルドの少女も、アザレアを認めると大きく手を振りながら駆け寄って来た。
クロウは今更ながら、アザレアとルピナス以外のフォース・チャイルドに初めて遭遇した事に気が付いた。いや、実際には彼らはこの『つくば』艦内において様々な場所で見かけてはいる。だが、声を掛け合って面と向かったのはこれが初めてかも知れない。
クロウは自分を見て思わず自分の名前を叫んだ少年を見る。少年は気まずそうにクロウをちらちらと見ていたが、やがて意を決したのか口を開く。
「その、クロウ少尉。ぶしつけに失礼だとは思いますが、握手して頂いていいですか?」
「ん? ああ、勿論構わないけど」
言いながらクロウは、彼が差し出したその右手に自身の右手を重ねた。やんわりと握る彼の手をクロウは痛くない程度にしっかりと握った。二度三度とシェイクハンドして、自然に手を放す。
「ふあっ、感動だ……! あの、僕リィン・ツクバって言います! 技術科で、クロウ少尉が月で帰投するときに格納庫で誘導してたのが僕です!!」
「あ、ああ。そうだったのか。いつもありがとう!」
クロウは、そのリィンの勢いに若干気圧されながらも、その輝く瞳で迫る彼に対して丁寧に接するように努めようと思った。
それを見ていたミツキが、すかさずリィンとクロウの間に割って入る。
「おっと、お触りはマネージャーを通して貰っていいかしら? 悪気は無いのよ、この人ちょっと無頓着でね」
そのミツキを見て、リィンはその金色の目を見開く。
「凄い、美人さんです。貴女みたいな人、僕見た事ありません!」
「あ、あらそう、ありがとう。ミツキ・ヒガシ少尉よ。クロウと一緒に覚えてくれると嬉しいわ」
素直にそう言われてしまえば、ミツキも悪い気はしないらしい。微かに頬を染めながらクロウの腕を取った。照れ隠しのつもりらしい。
その一連のやり取りを見ていた周囲の行列のクルーたちが一斉に騒めき出した。せっかく店員のカスミが整列させたのに、である。
「あっちゃー、お客さん申し訳ないんだけど、あんたらちょっと人目に付き過ぎだわ。悪いんだけど、ちょっとバックヤード来てくれる? アザレアたんも何か用事があって来たんでしょ? そこで聞くからさ」
そう言ってカスミはクロウの背を押して、購買部の裏口へと彼らを連れて行くのだった。
今、保安科の取調室ではリィン・ツクバが、手錠で拘束されぐったりと横たわるエロワ・ラプラードとライネ・ピエニの代わりに取り調べ用の事務机に座らされていた。優秀な保安科クルーたちの聞き込みと捜査によってリィンの冤罪は証明され、彼は事情聴取を受けていたのだ。
「前後に何か変わった事はなかったか? いくら疲れているとはいえ、第四世代人類である彼らがそこまで混乱した態度を取るとはとても思えん。いくら日頃から悪ふざけをするとは言ってもだ」
その場で冷静に発言するのはタイラーである。自室にて仕事をしていたタイラーはパラサの報告を受け、ただちに保安科の取り調べ室に急行していた。
彼らの様子が尋常ではないと報告を受けたためジェームス医師もこの場に呼び出されていた。彼は今エロワとライネを診察していた。
「えっと、確か…… ああそうだ! 医療科から差し入れで貰った栄養ドリンクを二人とも飲んでいました!」
そのリィンの証言を聞いて、ジェームス医師はギクリと肩を震わせた。
「ほう、どうやらジェームス先生に事情を聴かないといけないようだ」
ジェームスは冷や汗を垂らしながら言う。
「いや、ただの栄養ドリンクじゃよ。日頃から疲れているだろうと思って差し入れた。その時に瓶が数本余ったんで……」
「そこに酒を入れた。そうですな?」
タイラーにぴしゃりと言い当てられ、ジェームスは唸る。
「いや、ちょっとした出来心だったんじゃ。ただ、うっかりその酒入りの小瓶を栄養ドリンクの小瓶と混ぜちまってな、色とかで弾いたつもりだったんじゃが。まあ、飲んでも死にはしないし、いいかなと……」
それを聞いたタイラーは、直ちにジェームスを保安科に命令して拘束させ、彼とルピナスの居室を兼ねる医務室に保安科を派遣して家宅捜索を、数名の人員を格納庫へ放ってその飲み干されたであろう。小瓶の回収へ向かわせた。
「艦長。真っ黒です。医務室には秘密裏に酒を蒸留する装置が設置されていました!」
「残念ながら、こちらも黒です。格納庫の缶瓶のゴミ箱から彼らが飲み干したと思われるアルコールが検出された小瓶を二つ発見しました」
それぞれ戻って来た保安科クルーの報告である。
タイラーはそれを聞いて深いため息を吐く他なかった。
「ジェームス先生。貴方、市販の酒を蒸留してアルコール度数を上げて隠し持っていましたね?」
「量も減って収納に便利じゃし、サクッと酔えて最高じゃないか!?」
そのジェームス医師の開き直りとも取れる証言を聞いたタイラーは、彼に対して沙汰を達する。
「ジェームス先生。この艦において、貴方の医学的知識とその人生経験から来る乗員のカウンセリングは貴重です。私には貴方を営倉に拘束することは出来ません」
「ほっ」
それを聞いてジェームスはほっと胸を撫でおろすが、タイラーは続ける。
「別に貴方の酒好きも咎めるつもりはありません。このような事故さえなければね。ですが、もう事は起こってしまった。これでお咎めなしとは流石に参りません。向こう一カ月の酒断ちを命じます。医務室に保管されている飲料用のアルコール類は、私が責任を持ってお預かりします。医療用のアルコールは医務室から撤去し、病院室の医療科クルーの管理とします」
このジェームスが、こっそりと医療用のアルコールを希釈して飲んでいる事をタイラーはそのアルコールの発注具合から疑っていた。そしてそれは事実その通りなのである。
「おおおおお、横暴じゃ! 老人の唯一の楽しみまで奪おうというのか、この鬼!」
そしてこの狼狽ぶりである。タイラーは仕方なく最終手段を使う事とした。
「この一連の出来事をルピナスへばらしますよ? 彼女は今、機密格納庫に居るはずだ。彼らが騒いだのは知っているでしょうが、それに貴方の出来心とミスが関与している事までは知らないでしょう。それを知った上で私のこの判断すら否定したと知った彼女はなんと言うでしょうね?」
これにはジェームスも黙るしかなかった。
そんなジェームスの様子にタイラーは再び大きく溜息を吐くと、保安科に指示してエロワとライネの拘束を解かせ、彼らを病院室へ運ぶように指示した。
因みに病院室とは、医務室の真下にある病室さえ持つ大型の医療施設である。医療科の職員が普段勤めている場所である。
この規模の人員が暮らす『つくば』艦内において、医療は切っても切り離せない。いかに第四世代人類が各疾患に強いとはいえ、それは絶対ではない。体調不良も起こり得れば、生理的不調も当然に起こる。
そのため、体調不良になった患者はまず医務室へと行き、ジェームス、もしくは代わりに詰めている医療科のクルーによって診察を受け、治療が必要な際には病院室へと連れていかれるという訳である。
もっとも、医務室はその特性上込み合う事もままあるため、直接病院室へ出向く者も多い。勿論そちらでも診察治療が可能である。医務室はジェームスとルピナスの居室を兼ねるため、彼らが不在である時もやはり病院室が利用される。『つくば』には医療施設が二つあるのだ。
「ああ、パイセンがた、今回は貴方達も被害者だったのですね」
担架で運ばれていく酔いつぶれたエロワとライネを見送るリィンである。
「リィン伍長。お前たちは、今日は本来休みだろう。今からでも体を休めるといい」
タイラーの大岡裁きであった。
そんなやり取りが保安科の取調室であった数十分後、クロウはアザレアとミツキを伴って購買部へ足を運んでいた。
クロウは航空隊のブリーフィングルームから、ポスターを掴んでさっさと走り去ろうと心に決めていた。間違いなく自分に随伴しようと揉める人間がここには集まっている。危険地帯であるという自覚があったからだ。
だが、走り去ろうとするクロウの腕を掴み、ブリーフィングルームに引き留めた人物がいる。アザレアである。彼女はクロウと随伴する義務があるのだ。
「クロウ。それは良くない。向かい合わなければ事態は悪い方に行く。私もそうだった。クロウにはそうなって欲しくない」
アザレアにそう言われてしまえばクロウにはお手上げである。
クロウにアザレアが随伴する事は既に決定事項であるので、その他に随伴するとすればあと一名といった所だろう。その座を巡ってミツキとトニアとユキがクロウの想定通りににらみ合っていた。
「まだ、ルールが明確じゃない。でも、昨日の勝負の結果、私にはここで勝負の方法を決める権利があるはずだ。ミツキちゃんもトニーもそれでいいよね?」
「勿論、完膚なきまでに私の負けだもの。異論はないわ。むしろその勝者の権利を使ってこの随伴を強引に自分にしなかった貴女には敬意さえ覚える。トニア、貴女も異論は無くて?」
「勿論よ、ミツキ。私も貴女に負けたもの。その貴方に勝ったユキちゃんの言葉には従うべきでしょう」
だが、クロウの想像とは別に、即座に殴り合いの大喧嘩に発展する様子は無さそうである。
「人類は偉大だね。こんな時、平和的に勝負を決める方法がある」
ユキはそう言うと手を拳の形に構えた、ミツキとトニアは瞬時にその意図を察知してユキに倣って拳を構えた。と、その時、ミツキはこの場にエリサが居ない事に気が付いた。彼女は彼女から少し離れた所で事態を静観していたのだ。
「エリサ、何をやっているの。早く混ざりなさい」
「いえお姉さま、私は……」
それを見ていたユキとトニアも声を掛ける。
「ほらほら、エリサちゃん。こういうのはちゃんと混ざらないとダメだよ」
「そうよ。貴女だって大切な仲間なんだから」
その三人の反応に顔を染めながら、エリサはしずしずとその輪に加わった。それを確認してユキは声を張り上げる。
「じゃあ、行くよ! 最初はグー、じゃんけん、ポン!」
結果、複数回のあいこの後、勝ち残ったミツキがクロウとアザレアへ随伴する事となったという訳である。
この様子であれば、彼女らが殴り合いを始めるという状況はそうそう起こりえないだろう。クロウは内心ほっとしていた。
「アザレア、ちょっといいかしら?」
「なんだ、ミツキ少尉。断っておくが、私はクロウに危害を加えなければ貴女と争うつもりはない」
購買部へと向かう道すがら、クロウの後ろを歩く少女たちは言葉を交わしていた。
「私も今は貴女と争うつもりは無いの。それと私の事は呼び捨てでいい。これからは戦友よ?」
「分かった、ミツキ。私からも謝罪する。私もクロウ付き下士官になって少々舞い上がっていた。今朝の無礼を許して欲しい」
なんと、あのミツキから歩み寄り、アザレアと和解したのである。
その自身の、なんと、という感想をクロウは改めようと考えていた。もう、ミツキは自分を偽る必要も無ければ、クロウを遠ざけるためにあえて強い口調を使う事も無いだろう。
「出来れば貴女ともゆっくり話をしたいわ。ユキさんとトニア、それとエリサも加えて」
「了承した。クロウ、その時は護衛を離れる事を許して欲しい。私も彼女達と話したい」
クロウはアザレアに言われて頷いた。
「勿論構わないさアザレア。そもそも、艦内であればそう護衛も要らないだろう」
そのクロウの言葉に、ミツキは溜息を漏らしていた。
「それはどうかしらね? アナタ次第だとは思うけれど、しばらくはアザレアに背中を守って貰った方が良いと思うわ」
「えっと……」
そのミツキの言葉の意図を、クロウは計りかねていた。だが、購買部はもう目の前である。
今、その購買部は廊下まで続く長蛇の列が続いていた。購買部は比較的レジでは混むことはあるが、コンビニのような作りをしているため、そもそも店の前で行列が出来ているという事は珍しい。
クロウは訝しみながらも、その最後尾に並んでいるフォース・チャイルドの少年に声をかけた。
「やあ、何か混みあってあるけど、今日は何かあるのかい?」
「え、はい。今日はデックス初期型のプラモデルの発売日なんですよ。コレはその整理券の順番待ちです。ちょっと事情があって知り合いの為に並んでいるんですけど、どうやら一人一点までみたいですね。困ったなぁ」
言いながら、リィン・ツクバは振り返り、話しかけて来た人物がクロウだと知ると仰天した。
「クロウ・ヒガシ少尉!?」
思わず叫んだリィンに釣られて、その行列に並ぶ常備服姿の少年少女達も一斉にクロウに向いた。
「おい、本物だぜ、今日は、航空隊は訓練している日じゃないのか?」
「うっそ、生で初めて見た。写真撮らなきゃ!」
「くっそ! また綺麗どころを侍らせていやがる! デックスは好きだが奴は許せん!」
十人十色な反応ではあるが、彼らは間違いなくその場においてクロウに注目していた。
「はーい。騒がないで。店から出ている時点で、いつお叱りを受けてもおかしくないんだから!」
言いながら、主計科の常備服の上に購買部のエプロンを羽織ったフォース・チャイルドの少女が行列を誘導していた。彼女はどうやら購買部の店員であるらしい。
「カスミ、丁度良かった」
アザレアは彼女を認めると声を掛ける。
「おお、我が愛しの姉妹アザレアたん! 何々? アザレアもデックスのプラモ欲しいの?」
カスミとアザレアに呼ばれたフォース・チャイルドの少女も、アザレアを認めると大きく手を振りながら駆け寄って来た。
クロウは今更ながら、アザレアとルピナス以外のフォース・チャイルドに初めて遭遇した事に気が付いた。いや、実際には彼らはこの『つくば』艦内において様々な場所で見かけてはいる。だが、声を掛け合って面と向かったのはこれが初めてかも知れない。
クロウは自分を見て思わず自分の名前を叫んだ少年を見る。少年は気まずそうにクロウをちらちらと見ていたが、やがて意を決したのか口を開く。
「その、クロウ少尉。ぶしつけに失礼だとは思いますが、握手して頂いていいですか?」
「ん? ああ、勿論構わないけど」
言いながらクロウは、彼が差し出したその右手に自身の右手を重ねた。やんわりと握る彼の手をクロウは痛くない程度にしっかりと握った。二度三度とシェイクハンドして、自然に手を放す。
「ふあっ、感動だ……! あの、僕リィン・ツクバって言います! 技術科で、クロウ少尉が月で帰投するときに格納庫で誘導してたのが僕です!!」
「あ、ああ。そうだったのか。いつもありがとう!」
クロウは、そのリィンの勢いに若干気圧されながらも、その輝く瞳で迫る彼に対して丁寧に接するように努めようと思った。
それを見ていたミツキが、すかさずリィンとクロウの間に割って入る。
「おっと、お触りはマネージャーを通して貰っていいかしら? 悪気は無いのよ、この人ちょっと無頓着でね」
そのミツキを見て、リィンはその金色の目を見開く。
「凄い、美人さんです。貴女みたいな人、僕見た事ありません!」
「あ、あらそう、ありがとう。ミツキ・ヒガシ少尉よ。クロウと一緒に覚えてくれると嬉しいわ」
素直にそう言われてしまえば、ミツキも悪い気はしないらしい。微かに頬を染めながらクロウの腕を取った。照れ隠しのつもりらしい。
その一連のやり取りを見ていた周囲の行列のクルーたちが一斉に騒めき出した。せっかく店員のカスミが整列させたのに、である。
「あっちゃー、お客さん申し訳ないんだけど、あんたらちょっと人目に付き過ぎだわ。悪いんだけど、ちょっとバックヤード来てくれる? アザレアたんも何か用事があって来たんでしょ? そこで聞くからさ」
そう言ってカスミはクロウの背を押して、購買部の裏口へと彼らを連れて行くのだった。
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宇宙で様々な技術が発達し、宇宙域に二足歩行知能生命体が溢れるようになった時代。
各星には様々な技術が広まり、多くの武器や防具を求め、道なる生命体や物質を採取したり、高度な
技術を生み出す惑星、地球。
その地球において、通称【マテリアラーズ】と呼ばれる、素材集め専門の集団がいた。
彼らにはスポンサーがつき、その協力を得て多くの惑星より素材を集める危険な任務を担う。
この物語はそんな素材屋で働き始めた青年と、相棒の物語である。
青年エレットは、惑星で一人の女性と出会う事になる。
数奇なる運命を持つ少女とエレットの織り成すSFハイファンタジーの世界をお楽しみください。
いつか日本人(ぼく)が地球を救う
多比良栄一
SF
この小説にはある仕掛けがある。
読者はこの物語を読み進めると、この作品自体に仕掛けられた「前代未聞」のアイデアを知ることになる。
それは日本のアニメやマンガへ注がれるオマージュ。
2次創作ではない、ある種の入れ子構造になったメタ・フィクション。
誰もがきいたことがある人物による、誰もみたことがない物語がいま幕を開ける。
すべてのアニメファンに告ぐ!! 。隠された謎を見抜けるか!!。
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25世紀後半 地球を襲った亜獣と呼ばれる怪獣たちに、デミリアンと呼ばれる生命体に搭乗して戦う日本人少年ヤマトタケル。なぜか日本人にしか操縦ができないこの兵器に乗る者には、同時に、人類を滅ぼすと言われる「四解文書」と呼ばれる極秘文書も受け継がされた。
もしこれを人々が知れば、世界は「憤怒」し、「恐怖」し、「絶望」し、そして「発狂」する。
かつてそれを聞いた法皇がショック死したほどの四つの「真理」。
世界でたった一人、人類を救えも、滅ぼしもできる、両方の力を手に入れた日本人少年ヤマトタケル。
彼は、世界100億人全員から、救いを求められ、忌み嫌われ、そして恐れられる存在になった。
だが彼には使命があった。たとえ人類の半分の人々を犠牲にしても残り11体の亜獣を殲滅すること、そして「四解文書」の謎を誰にも知られずに永遠に葬ることだった。
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