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彼女達の証明
17-1「お待たせいたしました。私はこちらでお相手します」
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宇宙歴3502年1月18日1009時。
ミツキとユキの機密格納庫乱闘事件から一夜明け、クロウ達当事者はVR訓練室へ集められていた。
この場合の当事者とはクロウを中心とした人間関係の当事者である、ユキ、トニア、アザレア、エリサ、そしてミツキである。それに加え、この場には何故かタイラー、そしてオーデル。そしてシドとパラサが加わっており、航空隊のミーチャとケルッコも観戦客として参加していた。全員がVR上の道着姿である。
「やあ、みんな! シド・ザ・ブートキャンプへようこそ!!」
この場の主催者はなんとシドである。各員が、シドの持つ道場のVR空間に没入した所でシドはそう言い放ち、笑顔も眩しくサムズアップして見せた。当然、即座にパラサからの鉄拳制裁が飛んだ。
腰の入ったいい一撃だった。80kgを超えるシドの巨体は顔面へもろに貰ったその一撃で宙を飛び、道場の床の間の横、掛け軸がかかる壁に激突していた。
「いててて、まあ。こんな感じで、この場所なら好きにやり合えるだろう。こういうのはとことんやった方がいい」
頭を摩りながら立ち上がるシドである。そのシドの意図はいい別にいいのであるが。
「シド先輩。どうして僕だけ荒縄でぐるぐる巻きなんですか? 納得できないんですが」
「お前は賞品だからだ、クロウ少尉。ついでに口答えも、誰かに対する贔屓も出来ないように猿ぐつわをしておこう」
シドに対して非難を投げるクロウに対して、タイラーは素早く手ぬぐいを取り出すとクロウの口にそれで猿ぐつわをしてしまった。
「んご、んがごごごご!」
タイラーはその猿ぐつわが緩まない事を確認すると、クロウの前髪をかき上げてその額に賞品という札を張り付けた。
「ふっ、これでいい。シド大尉。賞品は床の間で構わんな?」
「あ、ああ。ありがとうございます艦長」
道着にマスクという姿のタイラーはノリノリでクロウを担ぎ上げると床の間にクロウを設置した。
「んがんごんぐ?」
「ああ、こんなに面白い見世物もそうそうないだろう? お前はしばらくそこで大人しくしていろ。結果を見届ける権利はくれてやる」
その猿ぐつわ越しのクロウの疑問の声に対してさっさと応えると、タイラーは床の間の前、師範席へと腰を下ろした。
次いで、オーデルも表情を変えぬままタイラーの横へ、シドとパラサも同じ列へと座る。
ミーチャとケルッコは観戦席である上座の反対側の畳へと腰掛けていた。
場に残ったのはユキ、トニア、アザレア、エリサ、ミツキである。
「このまま全員でかかって貰っても私は一向に構わないのよ?」
その場に居合わせた少女達を見回して、ミツキは優雅に微笑みながら言う。
「それも面白そうだけどね。私には貴女とやり合う理由はあっても他のメンバーとやり合う理由はないかな? ああ、エリサちゃんは別ね。少しだけ実力が見たい」
それを聞いたユキの感想である。トニアがその言葉に続ける。
「私は、そうねユキちゃんと一緒。ミツキさんとはいずれやり合わないといけないと思っていたわ。エリサちゃんはユキちゃんが見ると言うなら私は必要ないでしょう」
「私は、そもそも、やり合う理由がない。このメンバーの中で徒手格闘する場合、私は不利。観戦する」
続けてアザレアが宣言する。アザレアはこの場において静観する事に決めたようだ。
トニアは「そうね。アザレアは今回参加しない方がいいわ」と同意し、ユキは「アザレアはこの後私も頼んであげるから艦長から『要人警護』の訓練を受けて。多分アザレアは今後クロウの護衛として徹した方がいいと思う」と助言する。
アザレアはトニアとユキの言葉に素直に頷いてミーチャとケルッコが座る観戦席へ歩き、腰を下ろした。
「では、私はユキ隊長と模擬戦をするだけですね。私には逆にミツキお姉さまと戦う理由がありません」
そう言いながら、エリサはユキを見る。その堂々としたエリサの所作にユキは微笑んで頷いた。
「ごめんね、エリサちゃん。軽くで大丈夫だよ。訓練の成果を少しだけ見せてね」
そのユキの優しい声色に、若干緊張の色を見せていたエリサの顔色が少しだけ和らいだ。
「つまり、私への挑戦者は、トニア少尉と、ユキ大尉という認識でいいのかしら?」
そのミツキの問いへ、ユキとトニア、そしてエリサは頷いた。
「シド、決まったよ。最初は私とエリサ伍長の模擬戦。その後はトニアとミツキ少尉。最後は私とミツキ少尉。ミツキ少尉は連戦になるけど平気?」
「構わないわ。この場所は肉体的な疲労は抑えた設定のようだし、心の持ちようを鍛える場、なのでしょうね。便利な事だわ」
そのユキの問いに対して、ミツキは余裕の笑みを浮かべていた。この場における対立関係はほぼ明確化された。
「承った。立会人として承知する。艦長、オーデル元帥、よろしいですね?」
シドは正座のまま少女たちのやり取りを聞き、極めて真面目な声色でそう言った。その声にタイラーとオーデルは確かに頷く。
「では、ユキ・シデン大尉。エリサ・リッツ伍長。獲物を持って前へ」
続けて、シドはユキとエリサに指示を出す。それを聞いて、ミツキとトニアは控え席へと移動した。
「えっと、エリサちゃん。獲物の出し方は分かる? VR空間のっていう意味だけど」
「ご心配には及びませんわユキ隊長。ちゃんとルウ中尉に伺っております」
自身の前に立つエリサに向かってユキは心配して声を掛けたが、エリサはそれに丁寧に答えると、さっとリスコンが巻かれている左手を振ってメニューを空間表示し、その中を操作していた。
それを見ながら一人クロウは疎外感を感じていた。クロウはシドにあの操作を教わっていない。インストールされてそれが出来る事は知っているから構わないが、エリサのあの慣れようは実際に手順として教えてもらっているからだろう。
今更ながら、シドの適当な訓練の仕方にクロウは怒りを感じていた。訓練の内容自体は確かに為にはなるのだが。
「お待たせいたしました。私はこちらでお相手します」
言いながら、エリサがVR空間の切れ目から取り出したのは、薙刀である。
「なるほどね、身長の不足を補ういいチョイスだね」
そのエリサの獲物を見ながらユキも自身の獲物を取り出す。それはその場に居るユキを以前から知るメンバーにとっては意外過ぎる武器だった。
因みに、エリサとユキには身長差が10cm程度ある。エリサの方が頭半分ほど低いのである。とは言ってもユキは154cm程度の身長であるので身長としては低い方である。だが、ユキの武器はそれ故に異質だった。
「なるほど、トンファーか。短所を長所とするか」
それを見たタイラーは小さく呟く。そう、ユキが持つ彼女の武器は琉球空手で用いられるL字型の打撃武器、トンファーである。
しかも、彼女のトンファーは異質である。幅は広く、金属で出来ておりいかにも重そうだ。言うなればそれはトンファーの形をしたハンマーであるとも言える。彼女はそれを両手に携えていた。
彼女らはそれらの獲物を手に取ると、道場の上座、今クロウが飾られている床の間の上の神棚に向かって一礼し、互いに向かい合って一礼した。
「よろしい。では両者構え」
シドはそれを確認すると、彼女らへ号令をかける。それを聞いたエリサは薙刀を中段に、ユキはトンファーを逆手に握ったままボクシングの構えを取った。
それを目撃したクロウは猿ぐつわのまま心の中で舌を巻く。
――――上手い!
そのユキの姿を見てである。トンファーは、手の先から肘程の長さのある棒に取っ手を取り付けた武器である。
その武器は不完全な武器ともされ、熟練者で無ければ扱う事すら難しい。一方、それを熟練者が使用した場合恐ろしい攻撃力と防御力を兼ね備えるのがトンファーという武器である。
今、ユキはそのトンファーを手に構え、脇を締めてボクシングの基本のような体制を取っていた。その姿勢には一切の隙が無い。トンファーは言うなれば籠手であり、武器でもあるのだ。
結果、長いリーチを持つ薙刀を持つエリサから見たときでも攻めにくい。
ここでその長い薙刀を振り回せばよいと考えるのは素人である。ユキがそのリーチの短い武器を選択している時点で、ユキはインファイターなのである。その振り回した薙刀の柄を止められ懐に入られれば勝負にすらならない。
だからこそ、エリサの攻め手は限られる。線で攻めるのではなく、点で攻めるのだ。
「はぁっ!」
エリサは気合と共にユキの喉元に向かって突きを繰り出していた。薙刀のそのリーチを十二分に活かした鋭い突きである。
ユキはそれを左手に持ったトンファーの背で刃を受け流し、火花を散らしながらまるでエリサの薙刀自身をレールとするように自身を射出していた。
――――速いっ!
それを真横から観戦していたクロウは、そのユキの動きを完全に捉えていた。ユキはそのエリサの突きが来ると同時にその突きの切っ先をトンファーの背で受けてそのまま受け流しながら自身の身を屈め、その身体の重心の動きを利用して加速していたのだ。
勝負は一瞬だった。エリサはその突きを放った姿勢のまま動けず、ユキの右のトンファーの先がエリサの顎の数ミリ手前でピタリと止まっていた。ユキが寸止めをしていたのである。
「参りました」
エリサはその切っ先にぽたりと汗を一滴垂らしながらユキにそう言った。エリサにユキの姿がどこまで見えていたのかはクロウには分からない。だが、正対していた場合、クロウもユキの姿を追えたかどうかは怪しい。ユキの速度はそれ程までに驚異的だった。
「勝負あり。構えを解け」
シドはエリサの言葉を聞いて即座に宣言する。それを聞いたユキとエリサは肺に溜まった空気を吐き出した。
「いい突きだった。ただ、リーチの長い武器は、取り回しでどうしても隙が出来る。今後の課題にしてね」
言いながらユキは構えを解いた。エリサもゆっくりと構えを解く。両者は元の位置に戻って一礼した。
「次、トニア少尉、ミツキ少尉、前へ」
ユキとエリサが下がったのを確認してシドは続ける。
「ねえ、ちょっとシド。私もしかしてこのエリサを見るために呼ばれたの?」
何事も無かったかのように続けるシドに対してパラサである。
「ああ、そうだぞ。凄まじい突きだった。後で褒めてやれ」
シドは視線をパラサに向ける事無くそう言った。その時パラサの視界に祖父であるオーデルの表情が映った。なんとオーデルはエリサのその姿に感涙を流していた。
わからない。パラサは視線を戻して心の中で頭を抱えた。もしかして自分が異常なのだろうか。
「んご。んん!」
そんな疑問が浮かんだパラサの耳に拘束されたクロウが上げる悶え声が届いた。
そうだ、コイツに説明させよう。パラサは瞬時にそう思った。クロウの猿ぐつわを乱暴に解き、パラサはクロウの襟首を掴む。
「クロウ少尉。状況を説明しなさい!」
「今の今まで猿ぐつわされていた人間に言う言葉ですか!?」
クロウが抗議の声を上げるがそのような事はパラサには関係無いのだ。
「アナタ達みたいなガチムチ脳筋と一緒にしないでくれるかしら? 私は航海科よ! 本来は戦闘員ですら無いわ!」
先の『つくば型』大運動会で先頭に立って並み居る敵戦術科をボコボコにしていたとは思えない少女のセリフである。思わずそれを知るタイラーとオーデルは噴き出した。
だが、その年長者二人をパラサはギロリと睨んで黙らせると、パラサはクロウに畳みかける。
「今からアンタは賞品兼実況よ。先にさっきのエリサとユキの試合を説明しなさい」
「ああ、はい……」
クロウは仕方なく、先ほどの試合を思い出しながら説明する。
「まず、前提としてエリサ伍長の薙刀の突きはすさまじいものでした。ユキさんの恐らく鋼鉄で出来たトンファーの背に『刺さっていた』位なので。あれを正面から受け止めるのは刀では現実的じゃありません。僕なら柄を払います」
言われて、控え席に座っていたエリサは顔を朱く染め両手で手のひらを押さえていた。
「多分、エリサ伍長はルウ中尉の訓練で、ルウ中尉やミツキを相手に相当に実戦的な訓練をしたんじゃ無いでしょうか? それこそ命を落とすほどの」
言われて、パラサはエリサを見る。エリサはクロウの賛美にさらに照れ、最早顔を隠してお辞儀のような姿勢になっていた。頭から湯気が立ちそうである。
「それをもってして、ユキさんの反応は異常でした。その刺さった薙刀の切っ先を弾いて滑らせ、薙刀の刃から柄をレールにして自身の身体の加速に使ったんです。それを察知したエリサ伍長も一瞬半歩下がりましたけど、ユキさんの加速に付いていけませんでした」
その声を聴いたユキはクロウに笑いながら手を振って見せていた。
「こんな感じでいいですか?」
クロウは冷静にパラサを見上げた。
「そう。私じゃ分からないわ。クロウ少尉、そのままこの先も実況を続けなさい」
「はあ、わかりましたよ、もう」
パラサは言いながらクロウの襟首を開放するとその隣に座った。
ミツキとユキの機密格納庫乱闘事件から一夜明け、クロウ達当事者はVR訓練室へ集められていた。
この場合の当事者とはクロウを中心とした人間関係の当事者である、ユキ、トニア、アザレア、エリサ、そしてミツキである。それに加え、この場には何故かタイラー、そしてオーデル。そしてシドとパラサが加わっており、航空隊のミーチャとケルッコも観戦客として参加していた。全員がVR上の道着姿である。
「やあ、みんな! シド・ザ・ブートキャンプへようこそ!!」
この場の主催者はなんとシドである。各員が、シドの持つ道場のVR空間に没入した所でシドはそう言い放ち、笑顔も眩しくサムズアップして見せた。当然、即座にパラサからの鉄拳制裁が飛んだ。
腰の入ったいい一撃だった。80kgを超えるシドの巨体は顔面へもろに貰ったその一撃で宙を飛び、道場の床の間の横、掛け軸がかかる壁に激突していた。
「いててて、まあ。こんな感じで、この場所なら好きにやり合えるだろう。こういうのはとことんやった方がいい」
頭を摩りながら立ち上がるシドである。そのシドの意図はいい別にいいのであるが。
「シド先輩。どうして僕だけ荒縄でぐるぐる巻きなんですか? 納得できないんですが」
「お前は賞品だからだ、クロウ少尉。ついでに口答えも、誰かに対する贔屓も出来ないように猿ぐつわをしておこう」
シドに対して非難を投げるクロウに対して、タイラーは素早く手ぬぐいを取り出すとクロウの口にそれで猿ぐつわをしてしまった。
「んご、んがごごごご!」
タイラーはその猿ぐつわが緩まない事を確認すると、クロウの前髪をかき上げてその額に賞品という札を張り付けた。
「ふっ、これでいい。シド大尉。賞品は床の間で構わんな?」
「あ、ああ。ありがとうございます艦長」
道着にマスクという姿のタイラーはノリノリでクロウを担ぎ上げると床の間にクロウを設置した。
「んがんごんぐ?」
「ああ、こんなに面白い見世物もそうそうないだろう? お前はしばらくそこで大人しくしていろ。結果を見届ける権利はくれてやる」
その猿ぐつわ越しのクロウの疑問の声に対してさっさと応えると、タイラーは床の間の前、師範席へと腰を下ろした。
次いで、オーデルも表情を変えぬままタイラーの横へ、シドとパラサも同じ列へと座る。
ミーチャとケルッコは観戦席である上座の反対側の畳へと腰掛けていた。
場に残ったのはユキ、トニア、アザレア、エリサ、ミツキである。
「このまま全員でかかって貰っても私は一向に構わないのよ?」
その場に居合わせた少女達を見回して、ミツキは優雅に微笑みながら言う。
「それも面白そうだけどね。私には貴女とやり合う理由はあっても他のメンバーとやり合う理由はないかな? ああ、エリサちゃんは別ね。少しだけ実力が見たい」
それを聞いたユキの感想である。トニアがその言葉に続ける。
「私は、そうねユキちゃんと一緒。ミツキさんとはいずれやり合わないといけないと思っていたわ。エリサちゃんはユキちゃんが見ると言うなら私は必要ないでしょう」
「私は、そもそも、やり合う理由がない。このメンバーの中で徒手格闘する場合、私は不利。観戦する」
続けてアザレアが宣言する。アザレアはこの場において静観する事に決めたようだ。
トニアは「そうね。アザレアは今回参加しない方がいいわ」と同意し、ユキは「アザレアはこの後私も頼んであげるから艦長から『要人警護』の訓練を受けて。多分アザレアは今後クロウの護衛として徹した方がいいと思う」と助言する。
アザレアはトニアとユキの言葉に素直に頷いてミーチャとケルッコが座る観戦席へ歩き、腰を下ろした。
「では、私はユキ隊長と模擬戦をするだけですね。私には逆にミツキお姉さまと戦う理由がありません」
そう言いながら、エリサはユキを見る。その堂々としたエリサの所作にユキは微笑んで頷いた。
「ごめんね、エリサちゃん。軽くで大丈夫だよ。訓練の成果を少しだけ見せてね」
そのユキの優しい声色に、若干緊張の色を見せていたエリサの顔色が少しだけ和らいだ。
「つまり、私への挑戦者は、トニア少尉と、ユキ大尉という認識でいいのかしら?」
そのミツキの問いへ、ユキとトニア、そしてエリサは頷いた。
「シド、決まったよ。最初は私とエリサ伍長の模擬戦。その後はトニアとミツキ少尉。最後は私とミツキ少尉。ミツキ少尉は連戦になるけど平気?」
「構わないわ。この場所は肉体的な疲労は抑えた設定のようだし、心の持ちようを鍛える場、なのでしょうね。便利な事だわ」
そのユキの問いに対して、ミツキは余裕の笑みを浮かべていた。この場における対立関係はほぼ明確化された。
「承った。立会人として承知する。艦長、オーデル元帥、よろしいですね?」
シドは正座のまま少女たちのやり取りを聞き、極めて真面目な声色でそう言った。その声にタイラーとオーデルは確かに頷く。
「では、ユキ・シデン大尉。エリサ・リッツ伍長。獲物を持って前へ」
続けて、シドはユキとエリサに指示を出す。それを聞いて、ミツキとトニアは控え席へと移動した。
「えっと、エリサちゃん。獲物の出し方は分かる? VR空間のっていう意味だけど」
「ご心配には及びませんわユキ隊長。ちゃんとルウ中尉に伺っております」
自身の前に立つエリサに向かってユキは心配して声を掛けたが、エリサはそれに丁寧に答えると、さっとリスコンが巻かれている左手を振ってメニューを空間表示し、その中を操作していた。
それを見ながら一人クロウは疎外感を感じていた。クロウはシドにあの操作を教わっていない。インストールされてそれが出来る事は知っているから構わないが、エリサのあの慣れようは実際に手順として教えてもらっているからだろう。
今更ながら、シドの適当な訓練の仕方にクロウは怒りを感じていた。訓練の内容自体は確かに為にはなるのだが。
「お待たせいたしました。私はこちらでお相手します」
言いながら、エリサがVR空間の切れ目から取り出したのは、薙刀である。
「なるほどね、身長の不足を補ういいチョイスだね」
そのエリサの獲物を見ながらユキも自身の獲物を取り出す。それはその場に居るユキを以前から知るメンバーにとっては意外過ぎる武器だった。
因みに、エリサとユキには身長差が10cm程度ある。エリサの方が頭半分ほど低いのである。とは言ってもユキは154cm程度の身長であるので身長としては低い方である。だが、ユキの武器はそれ故に異質だった。
「なるほど、トンファーか。短所を長所とするか」
それを見たタイラーは小さく呟く。そう、ユキが持つ彼女の武器は琉球空手で用いられるL字型の打撃武器、トンファーである。
しかも、彼女のトンファーは異質である。幅は広く、金属で出来ておりいかにも重そうだ。言うなればそれはトンファーの形をしたハンマーであるとも言える。彼女はそれを両手に携えていた。
彼女らはそれらの獲物を手に取ると、道場の上座、今クロウが飾られている床の間の上の神棚に向かって一礼し、互いに向かい合って一礼した。
「よろしい。では両者構え」
シドはそれを確認すると、彼女らへ号令をかける。それを聞いたエリサは薙刀を中段に、ユキはトンファーを逆手に握ったままボクシングの構えを取った。
それを目撃したクロウは猿ぐつわのまま心の中で舌を巻く。
――――上手い!
そのユキの姿を見てである。トンファーは、手の先から肘程の長さのある棒に取っ手を取り付けた武器である。
その武器は不完全な武器ともされ、熟練者で無ければ扱う事すら難しい。一方、それを熟練者が使用した場合恐ろしい攻撃力と防御力を兼ね備えるのがトンファーという武器である。
今、ユキはそのトンファーを手に構え、脇を締めてボクシングの基本のような体制を取っていた。その姿勢には一切の隙が無い。トンファーは言うなれば籠手であり、武器でもあるのだ。
結果、長いリーチを持つ薙刀を持つエリサから見たときでも攻めにくい。
ここでその長い薙刀を振り回せばよいと考えるのは素人である。ユキがそのリーチの短い武器を選択している時点で、ユキはインファイターなのである。その振り回した薙刀の柄を止められ懐に入られれば勝負にすらならない。
だからこそ、エリサの攻め手は限られる。線で攻めるのではなく、点で攻めるのだ。
「はぁっ!」
エリサは気合と共にユキの喉元に向かって突きを繰り出していた。薙刀のそのリーチを十二分に活かした鋭い突きである。
ユキはそれを左手に持ったトンファーの背で刃を受け流し、火花を散らしながらまるでエリサの薙刀自身をレールとするように自身を射出していた。
――――速いっ!
それを真横から観戦していたクロウは、そのユキの動きを完全に捉えていた。ユキはそのエリサの突きが来ると同時にその突きの切っ先をトンファーの背で受けてそのまま受け流しながら自身の身を屈め、その身体の重心の動きを利用して加速していたのだ。
勝負は一瞬だった。エリサはその突きを放った姿勢のまま動けず、ユキの右のトンファーの先がエリサの顎の数ミリ手前でピタリと止まっていた。ユキが寸止めをしていたのである。
「参りました」
エリサはその切っ先にぽたりと汗を一滴垂らしながらユキにそう言った。エリサにユキの姿がどこまで見えていたのかはクロウには分からない。だが、正対していた場合、クロウもユキの姿を追えたかどうかは怪しい。ユキの速度はそれ程までに驚異的だった。
「勝負あり。構えを解け」
シドはエリサの言葉を聞いて即座に宣言する。それを聞いたユキとエリサは肺に溜まった空気を吐き出した。
「いい突きだった。ただ、リーチの長い武器は、取り回しでどうしても隙が出来る。今後の課題にしてね」
言いながらユキは構えを解いた。エリサもゆっくりと構えを解く。両者は元の位置に戻って一礼した。
「次、トニア少尉、ミツキ少尉、前へ」
ユキとエリサが下がったのを確認してシドは続ける。
「ねえ、ちょっとシド。私もしかしてこのエリサを見るために呼ばれたの?」
何事も無かったかのように続けるシドに対してパラサである。
「ああ、そうだぞ。凄まじい突きだった。後で褒めてやれ」
シドは視線をパラサに向ける事無くそう言った。その時パラサの視界に祖父であるオーデルの表情が映った。なんとオーデルはエリサのその姿に感涙を流していた。
わからない。パラサは視線を戻して心の中で頭を抱えた。もしかして自分が異常なのだろうか。
「んご。んん!」
そんな疑問が浮かんだパラサの耳に拘束されたクロウが上げる悶え声が届いた。
そうだ、コイツに説明させよう。パラサは瞬時にそう思った。クロウの猿ぐつわを乱暴に解き、パラサはクロウの襟首を掴む。
「クロウ少尉。状況を説明しなさい!」
「今の今まで猿ぐつわされていた人間に言う言葉ですか!?」
クロウが抗議の声を上げるがそのような事はパラサには関係無いのだ。
「アナタ達みたいなガチムチ脳筋と一緒にしないでくれるかしら? 私は航海科よ! 本来は戦闘員ですら無いわ!」
先の『つくば型』大運動会で先頭に立って並み居る敵戦術科をボコボコにしていたとは思えない少女のセリフである。思わずそれを知るタイラーとオーデルは噴き出した。
だが、その年長者二人をパラサはギロリと睨んで黙らせると、パラサはクロウに畳みかける。
「今からアンタは賞品兼実況よ。先にさっきのエリサとユキの試合を説明しなさい」
「ああ、はい……」
クロウは仕方なく、先ほどの試合を思い出しながら説明する。
「まず、前提としてエリサ伍長の薙刀の突きはすさまじいものでした。ユキさんの恐らく鋼鉄で出来たトンファーの背に『刺さっていた』位なので。あれを正面から受け止めるのは刀では現実的じゃありません。僕なら柄を払います」
言われて、控え席に座っていたエリサは顔を朱く染め両手で手のひらを押さえていた。
「多分、エリサ伍長はルウ中尉の訓練で、ルウ中尉やミツキを相手に相当に実戦的な訓練をしたんじゃ無いでしょうか? それこそ命を落とすほどの」
言われて、パラサはエリサを見る。エリサはクロウの賛美にさらに照れ、最早顔を隠してお辞儀のような姿勢になっていた。頭から湯気が立ちそうである。
「それをもってして、ユキさんの反応は異常でした。その刺さった薙刀の切っ先を弾いて滑らせ、薙刀の刃から柄をレールにして自身の身体の加速に使ったんです。それを察知したエリサ伍長も一瞬半歩下がりましたけど、ユキさんの加速に付いていけませんでした」
その声を聴いたユキはクロウに笑いながら手を振って見せていた。
「こんな感じでいいですか?」
クロウは冷静にパラサを見上げた。
「そう。私じゃ分からないわ。クロウ少尉、そのままこの先も実況を続けなさい」
「はあ、わかりましたよ、もう」
パラサは言いながらクロウの襟首を開放するとその隣に座った。
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