131 / 210
第二章 王国動乱
キッパゲルラの今
しおりを挟む
王都から北に進み、世界の果てにまで到達すれば、その手前に最果ての街キッパゲルラが存在する。
そのキッパゲルラは今、ゲイラー・ウッドによる公爵位請求戦争、そして次いで起こった邪龍騒乱によって荒れ果てた街を復興している最中であった。
以前であれば果てしなく時間が掛かり、遅々として進まなかった筈の復興作業、しかし今の彼らにはそれを推し進めるだけの財力と団結力を持っていた。
それは全てある一人の男の登場によるものであったのだが、今瓦礫の上によじ登りその特徴的な二股の舌を伸ばしているトカゲには関係のない話であろう。
「あっ!?くそ、逃げられた!!」
その二股の舌を伸ばしていたトカゲが、鈴のような鳴き声を上げてそこから逃げ出していく。
彼がいなくなった瓦礫の上には、柄の悪い屈強な男が飛び込んできており、その男は彼を捕まえ損なったと悔しそうに悪態をついていた。
「オーソン・・・その、疲れたのなら休んでいいのよ?」
いきなり瓦礫の上に飛び込むという奇怪な行動を取った屈強な男、オーソンに対して彼の背後からその様子を眺めていた黒髪の美女、レジーが心配そうに声を掛けてくる。
「へ?・・・あっ!いや、違う違う!別に頭がおかしくなった訳じゃねぇよ!?今、そこに貴重なトカゲがいたんだって!何でもあれを欲しがっている好事家がいて、あれを捕まえて持ってけばちょっとした財産になんだよ!!」
「あぁ、そういう・・・はぁ、心配して損した」
眉を顰め、オーソンの顔を覗き込むレジーの表情は本当に心配そうだ。
それに慌てて跳ね起きたオーソンは、必死に手を動かしては全然元気だとアピールしている。
彼は背後の瓦礫を指し示しては、そこに高値で売れるトカゲがいたのだと主張していたが、その主張はレジーを呆れさせるばかりであった。
「じゃあ、あんたはまだまだ元気って事よねオーソン?だったら向こうで瓦礫の撤去を手伝ってもらえる?人手が全然足りてないのよ」
「へ?いやいやいや!クタクタなのは本当なんだって!今日だってもう朝から働き詰めで・・・ちっとは休ませてくれよ!!」
「はいはい。疲れてるって言っても、その何とかっていうトカゲを追い駆ける元気はあるんでしょ?だったら働く働く!」
「何とかじゃなくて、フタマタスズトカゲっていう貴重な・・・お、おいレジー!勘弁してくれよぉ、本当クタクタなんだってぇ」
「何?私に『声』を使わせたいの?」
「ちょ!?そ、それは勘弁!!あれはマジでやばいから!!」
「じゃ、言われなくてもシャキシャキ働く!『アイアンスキン』何て、大層な異名貰ったんだから!」
「いやそれは肌が鉄みたいに固くなるってだけで、こういう単純労働には何の意味も・・・ちょ!?わ、分かったから!耳は、耳は止めろって!!付け根は痛いんだよ、付け根は!!」
オーソンが心配するような状態ではなく、逆に元気が有り余っている状態なのだと知ったレジーは、彼に新たな仕事を振るとそれに連れて行こうとする。
オーソンはそんな彼女に悲痛な表情で朝から働き詰めだと主張するが、そんな話を彼女が相手をするはずもなく、耳を摘ままれては無理やり引っ張られていくだけだった。
「ふふっ!あの二人、最近ますます息が合うようになっちゃって・・・本当、さっさと付き合っちゃえばいいのに」
そんな二人の様子を離れた場所から眺めていた赤毛の冒険者ギルド受付嬢、トリニアは微笑む。
彼女もどうやら朝から復興作業に従事していたようで、その頬には黒い煤のような汚れが張り付いていた。
「な、なんですと!!?」
きつい復興作業の合間にトリニアがそんな二人の光景を目にしては和んでいると、周囲をつんざくような大声が響き渡る。
「この声は・・・どうしたんですか、バートラムさん!?何かあったんですか!?」
その声にトリニアが振り返れば、そこには復興作業の陣頭指揮を取っていたユークレール家執事、バートラムの姿があった。
「お、おぉ、トリニア嬢でしたか。実は、王都に滞在している旦那様から手紙が来たのですが・・・そこに陛下が逝去されたと書かれているのです」
「陛下って・・・ジョン様が!?そんな、つい最近即位されたばかりじゃないですか!?」
よほど動揺しているのか、近づいてくるトリニアにバートラムは怯えたように顔を上げる。
彼の手をよく見てみれば、そこには封が破られたばかりの手紙が握られているようだった。
「えぇ、しかもそれだけではないのです。旦那様の手紙には、ユーリ殿が―――」
「ユーリさんが!?何かあったんですか、ちょっとそれ私にも見せてください!!」
「あっ!トリニア嬢、いけません!!」
即位したばかりの幼王が死んだという恐ろしいニュースを告げるバートラムはしかし、恐ろしい事はそれだけではないと口を開く。
その口から出たユーリという言葉に血相を変えたトリニアは、バートラムから手紙を奪い取りそれへと目を落とす。
その背後でバートラムが慌てた様子を見せたのは、彼女の行動に驚いたからか、それともその内容を彼女に見せたくなかったからか。
「そんな、ユーリさんが王を殺して捕まった・・・?」
ユーリが王を殺して捕まったと、その手紙には記されている。
その衝撃的な内容にトリニアは顔を真っ青に染めると、手紙をはらりと取り落としてしまっていた。
「トリニア嬢・・・あっ、こら!待たないか、この!貴様はいつもいつも!!」
そんなトリニアを心配そうに見つめるバートラム、その足元では何か小柄な生き物が駆け抜けていき、トリニアが落とした手紙を掻っ攫っていってしまっていた。
「・・・あいつが王を殺した、だと?」
バートラムが小動物を追い駆けて立ち去り、トリニアが茫然自失な状態なままふらふらとどこかへと消えていった後、彼らがいた場所から路地に少し入った場所からそんな声が響いていた。
それは瓦礫の山に埋もれ、ゴミと一体化するほどにボロボロになった布切れを纏う、隻腕の男の声であった。
「くくっ、くくくっ、くはははははっ!!やってくれるじゃないか、えぇ?」
垢と埃に塗れたその髪は、もはやかつての輝きを放つことはない。
それでも何とかくすんだ金色を保っているその髪を揺らす隻腕の男、マルコムは愉快そうに笑い声を響かせる。
「げほっ、げほっげほっ!!はぁ、はぁ、はぁ・・・王殺しなら死刑は確実か?処刑方法も簡単なものじゃなく、残酷な方法を取られるだろう。車裂きか、石打か・・・ふふふ、だが駄目だ。どんな残酷な処刑でも足りない・・・お前は俺が、俺がこの手で殺さないと・・・なぁ、そうだろう?お前もそう思うよな、ユーリィ!!?」
揺り動かされた髪に、舞った埃にマルコムは咳き込む。
その病的な咳は、吸い込んだ埃だけが原因ではないだろう。
彼のそのやせ細った身体からは、強烈な死の匂いが漂っていた。
それでもその瞳だけはギラギラと輝き、マルコムは残った右腕を伸ばすとユーリに復讐してやると誓っていた。
「・・・それ、本気?」
その声は、彼の頭上から響いてきた。
見上げればそこに、壁に張り付き垂直に立っている少女の姿があった。
「誰だ!?」
「誰でもいいだろ?それよりさ、兄ちゃん・・・それ本気か?」
すぐ傍の壁に張り付きこちらを見下ろす少女の姿に、マルコムは慌ててその場を飛び退き警戒の視線を向ける。
張り付いた壁からふわりと降り立った少女は、そんな彼に肩を竦めて見せると、再び先ほどと同じ問い掛けを繰り返していた。
「あぁ、本気だ。あいつは、あいつだけは・・・俺がこの手で殺してやる!!」
目の前の存在が誰かは分からない、しかしその想いだけは揺らぎようはない。
ユーリを殺す、それだけが今のマルコムの願いだった。
「ははっ!だったらさぁ・・・俺と手を組もうぜ兄ちゃん。そいつを、ユーリ・ハリントンを恨んでる者どうしさ」
マルコムの言葉に、目の前の少女は無邪気に嗤う。
そうしてフードを捲り手を差し伸べてきた彼女は、その左右で色の違う瞳を細めながら告げた言葉は、そんな表情とは似ても似つかないものだった。
そのキッパゲルラは今、ゲイラー・ウッドによる公爵位請求戦争、そして次いで起こった邪龍騒乱によって荒れ果てた街を復興している最中であった。
以前であれば果てしなく時間が掛かり、遅々として進まなかった筈の復興作業、しかし今の彼らにはそれを推し進めるだけの財力と団結力を持っていた。
それは全てある一人の男の登場によるものであったのだが、今瓦礫の上によじ登りその特徴的な二股の舌を伸ばしているトカゲには関係のない話であろう。
「あっ!?くそ、逃げられた!!」
その二股の舌を伸ばしていたトカゲが、鈴のような鳴き声を上げてそこから逃げ出していく。
彼がいなくなった瓦礫の上には、柄の悪い屈強な男が飛び込んできており、その男は彼を捕まえ損なったと悔しそうに悪態をついていた。
「オーソン・・・その、疲れたのなら休んでいいのよ?」
いきなり瓦礫の上に飛び込むという奇怪な行動を取った屈強な男、オーソンに対して彼の背後からその様子を眺めていた黒髪の美女、レジーが心配そうに声を掛けてくる。
「へ?・・・あっ!いや、違う違う!別に頭がおかしくなった訳じゃねぇよ!?今、そこに貴重なトカゲがいたんだって!何でもあれを欲しがっている好事家がいて、あれを捕まえて持ってけばちょっとした財産になんだよ!!」
「あぁ、そういう・・・はぁ、心配して損した」
眉を顰め、オーソンの顔を覗き込むレジーの表情は本当に心配そうだ。
それに慌てて跳ね起きたオーソンは、必死に手を動かしては全然元気だとアピールしている。
彼は背後の瓦礫を指し示しては、そこに高値で売れるトカゲがいたのだと主張していたが、その主張はレジーを呆れさせるばかりであった。
「じゃあ、あんたはまだまだ元気って事よねオーソン?だったら向こうで瓦礫の撤去を手伝ってもらえる?人手が全然足りてないのよ」
「へ?いやいやいや!クタクタなのは本当なんだって!今日だってもう朝から働き詰めで・・・ちっとは休ませてくれよ!!」
「はいはい。疲れてるって言っても、その何とかっていうトカゲを追い駆ける元気はあるんでしょ?だったら働く働く!」
「何とかじゃなくて、フタマタスズトカゲっていう貴重な・・・お、おいレジー!勘弁してくれよぉ、本当クタクタなんだってぇ」
「何?私に『声』を使わせたいの?」
「ちょ!?そ、それは勘弁!!あれはマジでやばいから!!」
「じゃ、言われなくてもシャキシャキ働く!『アイアンスキン』何て、大層な異名貰ったんだから!」
「いやそれは肌が鉄みたいに固くなるってだけで、こういう単純労働には何の意味も・・・ちょ!?わ、分かったから!耳は、耳は止めろって!!付け根は痛いんだよ、付け根は!!」
オーソンが心配するような状態ではなく、逆に元気が有り余っている状態なのだと知ったレジーは、彼に新たな仕事を振るとそれに連れて行こうとする。
オーソンはそんな彼女に悲痛な表情で朝から働き詰めだと主張するが、そんな話を彼女が相手をするはずもなく、耳を摘ままれては無理やり引っ張られていくだけだった。
「ふふっ!あの二人、最近ますます息が合うようになっちゃって・・・本当、さっさと付き合っちゃえばいいのに」
そんな二人の様子を離れた場所から眺めていた赤毛の冒険者ギルド受付嬢、トリニアは微笑む。
彼女もどうやら朝から復興作業に従事していたようで、その頬には黒い煤のような汚れが張り付いていた。
「な、なんですと!!?」
きつい復興作業の合間にトリニアがそんな二人の光景を目にしては和んでいると、周囲をつんざくような大声が響き渡る。
「この声は・・・どうしたんですか、バートラムさん!?何かあったんですか!?」
その声にトリニアが振り返れば、そこには復興作業の陣頭指揮を取っていたユークレール家執事、バートラムの姿があった。
「お、おぉ、トリニア嬢でしたか。実は、王都に滞在している旦那様から手紙が来たのですが・・・そこに陛下が逝去されたと書かれているのです」
「陛下って・・・ジョン様が!?そんな、つい最近即位されたばかりじゃないですか!?」
よほど動揺しているのか、近づいてくるトリニアにバートラムは怯えたように顔を上げる。
彼の手をよく見てみれば、そこには封が破られたばかりの手紙が握られているようだった。
「えぇ、しかもそれだけではないのです。旦那様の手紙には、ユーリ殿が―――」
「ユーリさんが!?何かあったんですか、ちょっとそれ私にも見せてください!!」
「あっ!トリニア嬢、いけません!!」
即位したばかりの幼王が死んだという恐ろしいニュースを告げるバートラムはしかし、恐ろしい事はそれだけではないと口を開く。
その口から出たユーリという言葉に血相を変えたトリニアは、バートラムから手紙を奪い取りそれへと目を落とす。
その背後でバートラムが慌てた様子を見せたのは、彼女の行動に驚いたからか、それともその内容を彼女に見せたくなかったからか。
「そんな、ユーリさんが王を殺して捕まった・・・?」
ユーリが王を殺して捕まったと、その手紙には記されている。
その衝撃的な内容にトリニアは顔を真っ青に染めると、手紙をはらりと取り落としてしまっていた。
「トリニア嬢・・・あっ、こら!待たないか、この!貴様はいつもいつも!!」
そんなトリニアを心配そうに見つめるバートラム、その足元では何か小柄な生き物が駆け抜けていき、トリニアが落とした手紙を掻っ攫っていってしまっていた。
「・・・あいつが王を殺した、だと?」
バートラムが小動物を追い駆けて立ち去り、トリニアが茫然自失な状態なままふらふらとどこかへと消えていった後、彼らがいた場所から路地に少し入った場所からそんな声が響いていた。
それは瓦礫の山に埋もれ、ゴミと一体化するほどにボロボロになった布切れを纏う、隻腕の男の声であった。
「くくっ、くくくっ、くはははははっ!!やってくれるじゃないか、えぇ?」
垢と埃に塗れたその髪は、もはやかつての輝きを放つことはない。
それでも何とかくすんだ金色を保っているその髪を揺らす隻腕の男、マルコムは愉快そうに笑い声を響かせる。
「げほっ、げほっげほっ!!はぁ、はぁ、はぁ・・・王殺しなら死刑は確実か?処刑方法も簡単なものじゃなく、残酷な方法を取られるだろう。車裂きか、石打か・・・ふふふ、だが駄目だ。どんな残酷な処刑でも足りない・・・お前は俺が、俺がこの手で殺さないと・・・なぁ、そうだろう?お前もそう思うよな、ユーリィ!!?」
揺り動かされた髪に、舞った埃にマルコムは咳き込む。
その病的な咳は、吸い込んだ埃だけが原因ではないだろう。
彼のそのやせ細った身体からは、強烈な死の匂いが漂っていた。
それでもその瞳だけはギラギラと輝き、マルコムは残った右腕を伸ばすとユーリに復讐してやると誓っていた。
「・・・それ、本気?」
その声は、彼の頭上から響いてきた。
見上げればそこに、壁に張り付き垂直に立っている少女の姿があった。
「誰だ!?」
「誰でもいいだろ?それよりさ、兄ちゃん・・・それ本気か?」
すぐ傍の壁に張り付きこちらを見下ろす少女の姿に、マルコムは慌ててその場を飛び退き警戒の視線を向ける。
張り付いた壁からふわりと降り立った少女は、そんな彼に肩を竦めて見せると、再び先ほどと同じ問い掛けを繰り返していた。
「あぁ、本気だ。あいつは、あいつだけは・・・俺がこの手で殺してやる!!」
目の前の存在が誰かは分からない、しかしその想いだけは揺らぎようはない。
ユーリを殺す、それだけが今のマルコムの願いだった。
「ははっ!だったらさぁ・・・俺と手を組もうぜ兄ちゃん。そいつを、ユーリ・ハリントンを恨んでる者どうしさ」
マルコムの言葉に、目の前の少女は無邪気に嗤う。
そうしてフードを捲り手を差し伸べてきた彼女は、その左右で色の違う瞳を細めながら告げた言葉は、そんな表情とは似ても似つかないものだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2,384
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる