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第二章 王国動乱

誰が彼の者を殺したのか

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 王都クイーンズガーデン、その王城である黒百合城には回廊で繋がった離れとして後宮が設けられている。
 後宮という施設の性質上、そこに立ち入れる人間が著しく制限されているのは当然であった。
 今、その後宮の扉へと手を伸ばした男、ジーク・オブライエンはその中でもトップの入室制限が掛けられている存在だろう。
 何故ならば彼は、その後宮の主と公然と敵対関係にある人物なのだから。
 そのジークがいささか乱暴な手つきで後宮の扉を押し開くと、彼はぎょろりとその鋭い眼光を巡らし、部屋の中を見回していた。

「・・・何しに来たのよ」

 ジークが見下ろす先、そこには憔悴した様子のメリッサがお気に入りのソファーにぐったり横になっていた。

「陛下の葬儀が終わりましたぞ、太后陛下」
「あぁ、それはご親切にどうも」

 ジークは冷たい瞳でメリッサを見下ろしながら彼女の息子の葬儀が終わったと告げる、彼はそれを告げると後ろ手で開いた扉を閉じていた。
 それに何とかソファーの上で身体を起こしたメリッサはぞんざいな仕草で答えると、近くのテーブルに残っていたワインを啜っている。
 彼女はそれを何とか味わおうと舌を伸ばしていたが、もはや乾燥しそこに張り付いているだけのワインの残り滓ではそれが届く筈もなく、苛立つ彼女はそれを床へと乱暴に叩きつける。

「ふふっ、ふふふっ、あはははは・・・はぁ~ぁ、今の私の姿は、貴方にはさぞや気分がいいでしょうね?それを眺めに来たのかしら、オブライエン卿?」

 メリッサはそれを叩き割ろうと強く叩きつけたつもりなのだろう、しかし弱り切った彼女の力は弱く、床に敷かれたぶ厚い絨毯の上に転がったワイングラスは罅が入るだけで割れもしない。
 それを目にしたメリッサは顔を押さえて笑い出すと、やがて疲れたように溜め息を漏らし、ジークに向かって皮肉げに唇を釣り上げて見せる。

「舐めるんじゃないわよ!!ジョンが、あの子が死んだってねぇ・・・今のこの国の支配者は私なのよ!!それをあんた何かに―――」

 ジークは変わらず、むっつりと押し黙ったまま彼女を冷たく見下ろすだけ。
 そんな彼の変わらぬ態度が気に食わないとメリッサは牙を剥くと、彼に向かって吠え掛かる。
 ソファーから転がり落ち、床を這いずりながら髪を振り乱して吠える彼女の表情は凄まじく、まさに悪鬼といった様相であった。

「それは、違う。今のこの国の支配者はこの私、ジーク・オブライエンである」
「は?あんた、何を言って・・・」

 そんな彼女を淡々と見下ろしながらジークは告げる、この国の支配者は自分であると。
 ジークの言葉に、メリッサは意味が分からないと顔を上げる。

「当初の約束通り、私は今もこの国の摂政である。摂政とは、幼い王の代わりに政務を取り仕切る役職だ。そしてその幼い王が正式に実務を取り仕切る前に亡くなれば、王の代理として国を治めるのが太古からの習わし・・・つまり今現在はこの私、ジーク・オブライエンこそがこの国の王である」

 そしてジークは告げる、自らこそがこの国の王であると。

「っ!?そういう事、あんたは始めからこれを狙って・・・ふふっ、あははははっ、はーっはっはっは!!!」

 そこまで説明されてメリッサはようやく気付いていた、ジークが始めからそれを狙っていたという事を。
 それを理解したメリッサは顔に手を当てると、大声で笑いだしてた。

「ジークゥゥゥゥ!!!」

 そしてそれを突如潜めた彼女は近くに転がっていたナイフを掴み取ると、ジークに向かって飛び掛かっていく。

「・・・私に敵うとお思いか?このジーク・オブライエンに」

 ジークは動かない。
 いや一歩足りとも動いていないようにしか見えない動きで、彼は剣を引き抜くと僅かに身を躱し、メリッサが身に纏った服を剣先で床へと縫い留めて、彼女を磔にしてしまっていた。

「・・・私をどうするつもり?」

 その圧倒的な強さにメリッサは理解していた、かつて天下に並ぶ者なしと謳われた男、ジーク・オブライエンは今も最強なのだと。
 そんな彼に歯向かって自分が敵う訳がない、それを知ったメリッサは窺うように尋ねる。

「何も。ただ、喉が渇いただろう。ワインでも飲み、喉を潤しては如何か?こちらに丁度、二十年物のシャトー・リーベンがある」

 メリッサの問い掛けに、ジークは素っ気なく肩を竦めるだけ。
 その代わりに彼はどこかから一本のワインを取り出すと、その栓を抜き近くのグラスへと注いでいた。

「二十年物のシャトー・リーベンですって?あんたまさか!?」

 ジークが持ち出してきたのは、相当の高級銘柄であろう。
 しかしそれを耳にしたメリッサの表情は、異常なほどに強張り焦ったものへと変わっていた。

「そう、貴方がかつて夫であるカール殿下を毒殺するのに使ったワインだ」

 そうそれは、メリッサがかつて夫を毒殺するのに使ったワインと同じものであった。

「っ!?わ、私はカールを殺すつもりなんて!!」
「存じております、太后陛下。全てね・・・」
「・・・どういう事?」

 ジークが口にした事実に、メリッサが叫んだ言葉には嘘はない。
 そしてその事実は、ジーク自身も認めていた。
 必死に弁明しようとしていた事実をその相手が先に知っていると口にする、そんな展開に訳が分からないとメリッサはジークの顔を見詰めていた。

「あの日、貴方はカール殿下の父君であるウィリアム陛下を毒殺しようとした。夫であるカール殿下に王位を手に入れさせるために」
「そうよ!!それが何が悪いの!?夫の成功を望むのは、妻の務めでしょう!?そのためなら私は・・・」
「だが、あの日死んだのは夫であるカール殿下だった」
「っ!それは何かの手違いで!!私は―――」

 メリッサは元々、夫であるカールを殺すつもりはなく、その父であるウィリアムを殺そうとしていたのだと口にする。
 それは恐らく真実であろう、夫であるカールを殺しても彼女に何のメリットはなく、逆に父であるウィリアムを殺せば夫が王位につくというはっきりとしたメリットがあるのだから。
 しかしその日、毒ワインを飲んで死んだのは夫であるカールだった。
 それをメリッサは、手違いだったのだと叫ぶ。

「そう、手違いだった。何故ならあの日、私もまたウィリアム陛下を毒殺しようとしていたのだから」

 そしてジークは告げる、あの日の真実を。
 自分もまたウィリアムを毒殺しようとしていたという、その真実を。

「は?あんたもあの爺を毒殺しようとしていたですって?私と同じタイミングで?だから・・・だからカールが手違いで毒を飲むことになった?はははははははっ!!!何よそれ!!そんなの、そんなの・・・」

 自らが主張していた手違い、それが異なる勢力が同時に同じ事を企てたために起こったのだと知ったメリッサは、狂ったように笑い声を上げる。

「私、馬鹿みたいじゃない」

 そして彼女は全てを失い、抜け殻となる。
 狂ったように身体を暴れさせて笑っていた彼女は今や、糸の切れた人形のようにその場に項垂れるばかりであった。

「・・・カール殿下は王の器を持つお方であった。太后陛下、貴方という毒を胸中に抱えてもなお、な」

 動かなくなったメリッサを見下ろし、ジークは一人呟く。
 その瞳は、彼女の姿を通して別の誰かを見ているようだった。

「このジーク・オブライエン、二度はしくじるつもりはない」

 動かないメリッサ、そして彼女の近くに置かれた毒ワインへと視線をやったジークは、踵を返すとその部屋を後にする。
 その際に彼が呟いた言葉を、彼女が耳にする事はない。

「・・・ご苦労な事だ」

 後宮へと続く道を進むジークは、その途中にまだ年若い貴族の子女達の集団とすれ違う。
 彼らはその年齢の子供らしい無邪気な笑みを浮かべて後宮への道を急いでいる、しかしその様子はどこか違和感のあるものであった。

「太后陛下へのご処分はどうされますか?」
「必要ない、好きにさせろ」
「・・・随分とお優しいのですね、彼女に」

 回廊も終わりに差し掛かり、柱の陰に控えていたジークの側近、マービン・コームズがスッと彼の背後へと付き従う。
 メリッサの処分をどうするのかと尋ねてきた彼に、ジークはその必要はないと返していた。

「・・・そうでもない」

 メリッサへの寛大な処分に随分とお優しいと口にしたマービンに、ジークはチラリと後ろを振り返るとそう口にする。
 マービンはその仕草の意味が分からず、不思議そうに首を傾げていた。

「準備は整っているな?」
「はっ、滞りなく」

 一瞬の沈黙にも彼らは歩みを止めることなく、先に進み続ける。
 ジークの問い掛けに答えるマービンの声は、自信に溢れたものであった。

「では、急ぐぞ。リリーナ殿下の・・・いや、リリーナ陛下の戴冠式へ」

 ジークはそう口にして、玉座の間へと続く巨大な扉を開く。
 それは、彼が築く新時代へと続く扉のようだった。
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