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第二章 王国動乱

ジョンは激怒した

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「あの男を・・・あの男を今すぐここに連れてくるのだ!!余、自ら処刑してくれる!!」

 王城黒百合城、その黒く聳える威容から伸びる回廊は、王の妻達が過ごす後宮へと繋がっている。
 その回廊に立ち並ぶ柱の数は、両手の指では足りないだろう。
 それらの柱の影の間から、それよりも少ない数の一団の姿が覗いていた。
 集団の先頭を歩いているのは、その中でも一際小柄な子供でしかなかった。
 しかしその彼が一声上げただけで周りの者達は怯え、慌てふためている。
 それは彼こそがこの国の王、第十七代国王ジョン・カイル・リンドホーム=エルドリッチその人であったからだ。

「へ、陛下・・・実は、その男の事で分かった事がございます」

 回廊全体に響き渡るようなジョンの怒鳴り声に、彼の背後に控えていた集団の中の一人、眼鏡を掛けた気弱そうな若者がおずおずと声を掛けてくる。
 彼らは皆若くまだ経験も浅そうであったが、揃って学識の高そうな身形をしており、恐らく王のために用意された側近達であろう。

「素性が分かったのならば連れてくればよかろう!!何故そうしない!?」

 眼鏡の若者が怯えた様子でようやく声を発したのは、その相手がこの国の最高権力者というだけではないだろう。
 彼は怯えていたのだ、その振り返ったジョンの怒りに狂った血走った目に。

「そ、それが例の男、ユーリ・ハリントンと名乗っているようなのですが・・・彼はどうやらあのユークレール家の家宰を務めているようでして」

 家宰とは、その家の政務の一切を取り仕切る役職だ。
 つまりその職に就くという事は、その家のNo.2になるという事を意味している。

「それがどうした!?さっさとそのユーリ何とかというのをひっ捕らえてくればよかろう!!」

 眼鏡の若者はわざわざユークレール家の名を強調して、ジョンに何かを察して欲しそうに語っていた。
 しかしそんな彼の思惑など無視して、ジョンは再び怒鳴り声を上げる。
 ジョンの背後では、興奮の余り彼の頭からずれてしまった王冠をそっと直している側近の姿があった。

「そ、それは流石に・・・ユークレール家はあの四大貴族の一員であり、その中でも最も歴史のある名家でもあります。その家宰ともなりますと、そう簡単に手を出す訳には・・・」

 ユークレール家の名を出しても収まる事のないジョンの怒りに、側近達は顔を見合わせてはひそひそと話し合っている。
 そんな彼らから再び眼鏡の若者が進み出ては発言する、その発言には他の側近達も賛成だと何度も頷いて見せていた。

「だったら!そのユークレール家も取り潰せばいいではないか!!」
「ユ、ユークレール家をお取り潰しになさると!?いけません!そんな事をしては、陛下の名誉に関わります!!」

 眼鏡の若者の言葉に再び激高したジョンの動きは激しく、彼の頭から吹き飛んでしまった王冠を側近の者が慌ててダイビングキャッチしている。
 何とか王冠を拾った彼は、そのまま口論へと発展したジョンと若者の姿に戸惑いながらも、何とかジョンの頭へとそれを戻そうと試みていた。

「何故だ、何故いけない!?余は王ぞ!!王が何故、臣下である貴族の顔色なぞを窺わなければならぬ!!!もういい、貴様らには頼らん!!」
「陛下!?どこに行かれるのです、お待ちください!!」

 王冠を拾った側近がジョンの頭にそれを何とか戻しほっと一息をついていると、彼の目の前では決定的な決裂が起こっていた。
 もはや頼りにならぬと踵を返したジョンは、側近達を切り捨て後宮へと続く回廊を駆けていく。

「おい、ほっとけよ」
「え?で、ですが・・・」

 自分達を捨てて飛び出していくジョンを、眼鏡の若者は慌てて追い駆けようとしている。
 その手を他の側近達が掴み、彼を引き留めていた。

「私達はもう頼りにならないんだろう?結構じゃないか、勝手にさせておけば。それとも追い駆けて、ユークレール家のお取り潰しに関わろうとでも?私はご免こうむるな」
「その通りその通り、あのような歴史ある名家のお取り潰しなど・・・誰から恨みを買うか分かったものではありませんからな」
「それが賢明でしょう。王が勝手にやった、だから我々には責任はないと。いやはやチューダー君はよくやってくれましたな、彼のお陰で我々は陛下をお止めしたのだという言い訳も出来ましたからな。お手柄ですぞ」

 去っていった王の後姿へと視線を向けながら、側近達は口々にその行いを非難し眉を顰めている。
 彼らはそれと対比するようにチューダーと呼ばれた眼鏡の若者の行いを褒め称え、その肩を労うように次々と叩いていく。

「は、はぁ・・・それはその、お褒め預かり光栄です先輩方」

 自らを褒め称えてくる先輩達に、チューダーは何とも言えない表情でお礼の言葉を口にする。
 彼の目の前では側近達が慌ててその場を離れようとしており、これから行われる王の振る舞いにあくまでも無関係であろうとしている様子だった。

「陛下・・・」

 側近達の後ろをついて行くチューダーは最後に一度振り返り、そう口にする。
 その視線の先には、後宮へと消えていくジョンの姿が映っていた。
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