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第二章 王国動乱

そして彼は姿を消す

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「あー・・・やっちまったぁ」

 王都クイーンズガーデン、その大通り沿いにある宿の二階の部屋からは陰気な声が響いていた。
 その声の主、ユーリ・ハリントンはベッドの上に深々と腰を下ろしては頭を抱え、ぶつぶつと後悔を呟き続けていたのだった。

「ヘイニーさん、申し訳ありません。俺、貴方にも迷惑を・・・」

 どんよりとした表情のユーリが横に顔を向けると、そこには同じく暗い表情の彼の主人、ヘイニー・ユークレールの姿があった。

「気にしないでくださいユーリさん、貴方は当然の事をしただけです。娘を守ろうとしただけなのですから。それでお咎めがあるなら、王の方が間違っているのです」
「ヘイニーさん・・・」

 知らなかったとはいえ王を一方的にボコボコにしてしまったのだ、そのことが大問題にならない訳がない。
 そして事の大きさは、それがユーリ個人の問題では済まず、主であるヘイニーにも類が及んでしまう可能性があるという事を示していた。
 しかしそれでもヘイニーは優しく微笑むと、自分は気にしていないとユーリに語り掛ける。
 その主人の余りの寛大さに、ユーリは思わず感動し薄っすら涙ぐんでいた。

「しかし、やはり事はそう簡単にはいかないでしょう。ユーリさん、貴方はしばらく身を隠した方がいい。幸い近くの領主に知り合いがいますから、そこで匿ってもらえるよう交渉しましょう」
「や、やっぱりそうなります?分かりました、急いで準備します!」

 自分は気にしないと口にするヘイニーも、周りも同じだと思うほど夢想家ではなかった。
 ヘイニーはユーリの身が危険だと考え彼に身を隠すことを勧め、ユーリ自身もそれに従うと慌てて身支度を開始していた。

「・・・おとーさん、あのね」
「ん?どうしたんだ、プティ?」

 そんなユーリの服の裾を、プティがおずおずと引っ張る。

「うん。そのね、おとーさん・・・ジョン君は、話せば分かってくれると思うの」
「そうだよ、おとーさん!あの時は変になってたけど・・・普段はそんなに悪い奴じゃないんだ!だから、ね」

 プティとネロの二人はユーリを上目遣いで見つめると、ジョンはそれほど悪い奴ではないと口にする。
 そうして彼女達は、ユーリに彼を直接会って話し合うように求めていた。

「えぇ!?そうは言ってもなぁ、相手は王様だぞ?うーん、まぁ会うだけなら何とかならなくもないかもだけど」

 二人の要求に、ユーリは頭を掻いて困っている。
 しかし可愛い娘二人からのおねだりに、ユーリは負けるとジョンに会って話すことを考え始めていた。

「私は反対です、マスター。危険すぎます」

 ユーリの言葉に、手を上げて喜ぶ二人。
 しかしそんな二人に、エクスが冷たい言葉を投げかけていた。

「えー!何でさー、エクスー!!」
「うー・・・エクスの言う事も分かるけど。で、でもねエクス!悪い子じゃないのは本当なんだよ?」

 今になって王に会いに行くなど危険だと説くエクス、それに反論するネロとプティ。
 それぞれに意見を異にする娘達に挟まれ、ユーリは困った表情を浮かべていた。

「開けてください、開けて!!」

 その時、部屋の外から扉をノックする激しい物音が響き、次いで怒鳴りつけるようなその声が聞こえてきていた。

「・・・何でしょうか?エクスさん、お願い出来ますか」
「承知いたしました」

 突然のその訪問に、ヘイニーは首を捻るとその対応をエクスに頼む。
 エクスはそれに立ち上がると、扉の方へと歩いていく。

「ボクが出るー!」
「あっ、待ってよネロ!」

 そんな彼女の脇をすり抜けて、黒と白の獣耳が駆けていく。

「あっ、こら!この役目は、私が頼まれたものですよ!」
「ふふーん、早い者勝ちだよー」

 自分が任された仕事を横取りしようとするネロとプティの二人に、エクスは声を上げる。
 そんな彼女の声に振り返ったネロは勝ち誇った表情で、伸ばした手で扉を開いていた。

「あっ!隣の部屋の・・・どうされたんですか?」

 そこに立っていたのは、この宿で隣部屋を取っている若い夫婦の妻の方だった。

「プティちゃん、それにネロちゃんも・・・あ、あのね、うちの人が酒を飲んでどこかにいってしまったの。また一緒に探してもらえる?」
「えー、またー!?もぅ、しょうがないなー」

 慌てた様子で駆け込んできた隣の部屋の若妻は、どうやら夫が酒を飲んで姿を消したことに焦っていたようだった。
 その捜索を申し訳なさそうに依頼してくる彼女に、ネロを腕を頭の後ろで組んで文句を言いながらも、仕方がないという表情で頷いて見せていた。

「やれやれ、全く人騒がせな」

 隣の若妻は頼みを受けてくれたネロとプティの二人に安堵の表情を浮かべると、その二人から色々と事情を尋ねられている。
 そんな彼女達の姿へと視線を向けながら、ヘイニーは深々と息を吐いていた。

「・・・何故、ヘイニー様はこのような宿にお泊りなのですか?貴族の方々は皆、この街に邸宅を持っていると聞きましたが」
「あぁ、それはですね。お恥ずかしながら、売ってしまったのですよ。ユーリさん達はやってくるまでは、私の領地は台所事情が厳しくて・・・でもそうですな、ユーリさんのお陰で財政状態も良くなりましたし、買い戻しても・・・おや、ユーリさんはどこに?」

 貴族であるヘイニーが、何故このような一般人も宿泊するような宿に泊まっているのかと、疑問を口にするエクス。
 それにヘイニーは照れくさそうに頭を掻くと、この街に持っていた邸宅を売ってしまったのだと白状する。
 そうしてユーリのお陰で余裕も出来たから邸宅を買い戻そうかと口にしたヘイニーは、そのお金を作った当人、ユーリへと声を掛ける。
 しかしそこに、ユーリの姿はなかった。

「・・・マスター?」

 さっきまでそこにいた筈のユーリ、そこに彼の姿はなく、代わりに開け放たれた窓とそこから吹き込んでくる風に揺れているカーテンの姿だけが、その場に残されていた。
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