笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア

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 その後も、司さんはたくさん話をしてくれた。学生時代はかなり好き勝手していたと笑いながら言っていたが、正直それは信じられない。司さんは俺が来た時から変わっていない。だから、きっと高校生の時もこんな感じで余裕がある態度だったんだろうとしか思えない。






 時間はあっという間に過ぎていった。





 時刻はすでに、19時を回ろうとしていた。窓の外の夕暮れに目をやった司さんは、さて、と目を細めた。














「そろそろ帰るか」












 司さんが少しだけ残ったコーヒーを飲み干して微笑む。袖口からチラリと見えた時計の輝きが、まるでもう時間だと声を上げているようで。





 


 _____気がつけば、俺は、つかささん、と拙く言葉を発してしまっていた。














「……自分が誰なのか、分からないんです」















突然話し出した俺に、桐生さんは怪訝そうにするわけでもなく穏やかに頷いた。聞く体勢に入って、ゆったりと椅子に腰掛けたまま優しく見守る。俺はその優しさに対して、つっかえるように言葉を紡いだ。















「俺は今、……『龍神瑚珀』として、生きているのに、」







「うん」









「しかし、でも、俺はずっと、あの頃の『佐伯瑚珀』だった頃を何度も思い出して、」







「うん」







「何だか、……どちらの時も、誰にも必要とされていないような、気分になって、しまい、」







「………瑚珀」







「俺は、なぜ、自分が、俺、が、存在しているのかが、……自分の存在意義が、分からなくて」







「瑚珀」








「俺は、俺だけがずっとあの頃から抜け出せていないような、取り残されている、ような、そんな、」











 カタン、と音がして椅子が揺れた。言葉は途中で途切れた。


 気がつくと司さんがいつの間にかこちらに来ており、俺は抱きしめられていた。逞しい腕が俺の体を包み込むように覆い、そっと頭を撫でられる。背中越しに見えた店内の様子が、まるで異世界のように見えた。

 

 司さんの鼓動が聞こえる。規則正しい、確かな音。その音に重ねるように、低音の声がゆっくりと、落ちてくる。












「俺は、お前の本当の母親の事情は知らない。

 
 何か、どうしても離れなくちゃならない事情があったのかもしれない。


 もしかしたら、瑚珀の言う通り、本当に瑚珀のことを嫌いになったのかもしれない。

 それは、

 俺には分からないことだ」










 だけどな。









「俺はこっちにお前が来た時から本当に大切に思っているし、それは完治さんもいすずさんも同じだ。あの二人は気遣ってるんじゃない、本当にお前を心から愛してる。
 だから、瑚珀は実の母親のことをどれだけ忘れられなくても良いけど、それでもあの二人の愛だけは信じなきゃならない」







 だってそれは、今ある現実の、確かなものだからだ。









 宥めるように、背中に回った手が優しく動く。








「瑚珀は、信じたいことだけを信じれば良い。それが真実か、そうじゃないかなんて気にするな。それで他人に何か言われることがあるなら、絶対に俺が守るよ。
 でも、もしそれが知りたい時は瑚珀が自分で決めて、自分で答えを探すんだ。もちろん探さなくてもいい。知らないほうが良い時もあるだろう。好きにして良い。何を選んだって大丈夫だ。

 瑚珀はもっと自由になって、もっと色んなことを望んで良いんだよ」








 でも、これだけは忘れるな。






 


「幸せになってほしい、そう思っている人間がいるってこと。俺は瑚珀の幸せを心から願ってるし、愛してる。そしてそれは絶対に俺だけじゃないはずだ。完治さんといすずさんと俺だけじゃなくて、きっと学園にもいる。そういう人はこれからも増えるよ。俺が保証する」







愛してる。






俺を愛している人が、いる。大事に思ってくれる人がいて、俺は信じて良いと司さんは言う。














本当に?














そう疑う声がした。









また、嫌われるかもしれない。なのに同じことを繰り返すのかと。





 


母にはいらないと。お前なんか愛さないと、そう切り捨てられた俺に、愛される資格はあるのだろうか。





だって、いつか、俺みたいな人間の周りには誰もいなくなるんじゃないかと、今でもずっと思っている。















 ______でも。











 
 

 もしも。











 もしも、司さんの言う通り、俺を愛してくれる人が、いるなら。俺が必要だと行ってくれる人が、いるなら。

 










 視界はぼやけて、何も見えなくなってしまった。頬を伝うそれが、いつぶりの涙だったか分からないことに気がついて俺は、情けないな、と思ったが、もう止められなかった。





























 ___信じてみたいと、思った。
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