リセット

爺誤

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三章

3-5

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「専務、結構あっさり判明しましたよ。運命の番」
「早いな」
「事件になってます」
「教えてくれ」

 田中の表情はビジネスモードで読めない。

「就職活動中の大学生です。会場の駐車場のトイレで、発情状態を抑制剤で抑えたところを、アルファ含む三人の男に性的含む暴行を受けています。清掃中の札を不審に思った清掃員の通報で現行犯逮捕。本人は入院中なので、マスクは必要ありませんね」

 法整備や抑制剤で良くなったとはいえ、オメガを取り巻く現状は厳しいままだ。
 就職すら厳しいのは、馬鹿なアルファが襲いかかる危険が常にあるからだ。発情期前後に休暇が認められるのも、抑制剤を使っても敏感な者には気付かれてしまう。気付かれるだけならともかく、襲いかかる者もいないわけではないのだ。

「内容が内容なので公にはされていませんが、まあ、胸糞悪い話ですね」

「……俺にも責任があると思うか?」

「さあ。私はその辺りの機微は分かりかねます。とりあえず犯人が厳正に裁かれるように、優秀な弁護士を手配しておきました。やれることなんて、それぐらいですよ」

 薬の効果だけではない、気分の悪さだ。
 俺が助けになることはできない。何かしたら希望を与えてしまう。全力で運命を否定することに決めたのに、中途半端なことはできない。
 守りたいのは一人だけだ。裏切ることはできない。

「一人にしてくれ」
「こんな問題一人で考えても無駄です」
「じゃあどうしろと?」
「最初に相談しなきゃならない相手がいるでしょう」
「言えるはずがない。……絶対に知らせるなよ」

 返事がない。
 まさか健吾に知らせる気か?

「何故そこまで守ろうとするんですか?」
「何故って……」
「守るの意味を履き違えていませんか? 奥様との二十年は、運命の番程度で揺らぐものですか?」

 俺は健吾を苦しめたくないだけだ。俺の苦しみなんて、健吾の味わった苦しみに比べたら。
  
「お前に運命の意味なんてわからない」
「そりゃ、ベータには運命なんてありませんからね。だから余計に意味がわからないんです。専務は浮気した訳じゃない。浮気しないように薬まで使って頑張っています。奥様に協力してもらってはいけないんですか?」
「それは……」
「格好つけててもしょうがないですよ。自分でどうにもならないなら、周りに助けを求めるしかありません」

 ということで、と田中がスマホを出した。

「すいません。話しちゃいました。といってもRINEですが」
「はあ!?」

 画面を見ると、確かに相手は健吾だ。いつの間にIDを知ったんだ?
 ていうか健吾は。

『教えていただき、ありがとうございます。祐志にちゃんと帰ってくるように伝えてください』

 どう思っているのか分からない。
 帰りたくない。……いや、もう帰ろう。
 仕事にならない。

「帰る」
「専務は元々お休みですよ」

 田中がしてやったりと笑っている。

「早く支社に行っちまえ」
「出来上がるのが楽しみですよ!」

 仕事が少ない時期で良かったのだろうか。
 いや仕事が少なくなければ、あの企業展にも行かなかった。そうすれば出会うこともなく、事件にもならなかっただろう。


 俺は家に向かった。


 ◇


「おかえり」
「ただいま」

 何て言えばいいのかわからなくて、玄関先で立ち竦んでいると、健吾が中に入るように促してきた。
 上着を置いてソファに腰掛ける。
 お茶を入れて健吾が隣に座った。

「お疲れ様、祐志」 
「健吾……」
「俺が落ち込むと思った? それとも身を引くとか?」
「わからない。でも、知らせたらまずいと思ってた」

 健吾が俺の肩に頭を預ける。

「実感がないんだ。俺は祐志と相手が一緒にいるところを見てないし、祐志が急にアレルギーとか言い出してマスクし始めたことしかわからない」
「ごめん」
「辛い?」
「いや……、ただ相手の子が酷い目に遭ってしまったことに整理がつけられない」

 彼の発情ヒートのトリガーになったのは俺だ。

「啓一や光一とあまり変わらない年だよね」
「そ…うだ、な」

 子供ぐらいの年か。
 運命って何なんだろう。
 優秀な遺伝子を作るための本能だとしたら、何故、感情なんてものが存在するんだ。

「俺の友達にひろしっているだろ? あの子は運命の相手と結婚してる。兄さんと諒さんも運命だ」

 意外に多い。滅多にいないんじゃないのか? 俺と健吾が運命なら良かったのに。
 健吾が俺の頭を抱えて、強い声で言った。

「俺は祐志と運命じゃなくても、誰にも負けないぐらい祐志を愛してるよ」
「健吾、俺も愛してる。だから」
「祐志が俺を守ってきてくれたのは分かってる。でも今度は俺が守る。もう子供達を守る必要もないし、俺に祐志を守らせて」

 情けない。それとも嬉しいのだろうか。健吾の腕の中で涙が零れた。

「幸い専門家が身内にいるし、一緒に相談に行こう」
「あ……うん」
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