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三章
3-6
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健吾に「守る」と言われた。
強くなったとは思っていたけど、もう守らせて貰えないのかと少し寂しく思った。
マスクも、もう一つの薬も、もう必要がない。
味覚障害は面倒になって、栄養食ばかりにしてしまっている。砂を噛むような感触に唾液も出にくくて、飲み物で流し込む。
業務報告に来た田中は無駄に元気だ。支社長が相当効いているいるようだ。
「いかがでしたか? 奥様大丈夫でしょう?」
「何でお前が知ったかぶりしてるんだよ」
「おお怖! でも昨日よりすっきりした顔をされてますよ」
そりゃ隠し事があるよりは、ない方が気分は楽だ。
健吾の真意が知りたい。本当にあんなに思ってくれてるのだろうか。
無理はしていないだろうか。
家で、一人で何を思うのだろう。
田中がバサッと書類を出した。
「情報第二弾です。運命の子の調査書です。
木村永遠君二十一歳、尾張大学三年、就職活動の情報収集に今回の企業展に来たようです。家は一般的なベータ家庭で、十歳でオメガと診断されたのは本人も周囲も青天の霹靂だっようです。外見も、言っては何ですがオメガらしい綺麗系じゃなくて、やんちゃな子猫ちゃんって感じですね」
「なんだそのやんちゃな子猫って……」
「見ます?」
「見ない」
見る意味がない。永遠に会わない人間だ。そんな普通の家庭なら、余計にオメガとして被害に遭ったことはショックだろう。
「――……」
「何ですか?」
「いや、俺に言える言葉は何もない」
俺のせいで被害に遭ったことに対する罪悪感なのか、運命への興味か。
健吾。
会いたい。
健吾を腕に抱いて、他の誰も入る隙などないのだと実感したい。
眠れば、男達に押さえ付けられて犯される相手の夢を見る。
犯しているのは俺だったり、犯されているのは健吾だったり……。
夜中に飛び起きて、健吾を起こさなかったことにホッとして、彼に縋るように眠った。
「それでですね、所詮一介の会社員である私には限界がありまして、専務のお義兄さんの協力は得られませんか?」
「……ああ、そうだな。連絡する」
「ありがとうございます。どうぞ」
「ん?」
「一人で話すのは心細いでしょう。お義兄さん怖いし。途中で代わって頂いても結構ですよ」
「あのな……」
健吾といい、田中といい、俺はそんなに情けなく見えるのだろうか。色々諦めて、和久に電話をかけた。
『何だ』
「お忙しいところ失礼します。プライベートの相談ですが、今よろしいでしょうか」
『……大丈夫だ』
「ありがとうございます」
ちら、と田中を見ると、どこから出したのか旗を振っている。……何のつもりだ。
「実は、運命の番に会ってしまいまして……」
手短に経緯を話す。
この人に隠し事は無駄だし、協力を得られるなら、これ以上心強い人もいない。
健吾に聞いたばかりだが、何よりも運命というものをよく知っているはずの人だ。
『そうか。私はアルファ側の気持ちしか分からない。よく、耐えたな』
ぐっとこみ上げるものを飲み下す。眦が熱い。
すっと差し出されたハンカチに、出そうだった涙がすーっと引っ込んだ。いたな田中……。
「情けない話ですが、何をどうしたらいいのかさっぱり分からない状況です。信頼できる部下が色々動いてくれているのですが、それにも限界がありまして」
『協力が必要か』
「はい」
『任せろ。この話が終わったら代われ』
「はい」
『健吾はどこまで知っている?』
「ほぼ全て、です。俺が薬を服用していることは知りません」
『……二日後には諒が休暇に入る。健吾のことは諒に任せよう』
「申し訳ありません」
『いや、丁度良かった。こちらにも事情がある」
事情が何かは教えて貰えなかったが、健吾が諒に会えば分かるだろう。
電話を田中に変わり、何もできない自分の無力を呪った。
強くなったとは思っていたけど、もう守らせて貰えないのかと少し寂しく思った。
マスクも、もう一つの薬も、もう必要がない。
味覚障害は面倒になって、栄養食ばかりにしてしまっている。砂を噛むような感触に唾液も出にくくて、飲み物で流し込む。
業務報告に来た田中は無駄に元気だ。支社長が相当効いているいるようだ。
「いかがでしたか? 奥様大丈夫でしょう?」
「何でお前が知ったかぶりしてるんだよ」
「おお怖! でも昨日よりすっきりした顔をされてますよ」
そりゃ隠し事があるよりは、ない方が気分は楽だ。
健吾の真意が知りたい。本当にあんなに思ってくれてるのだろうか。
無理はしていないだろうか。
家で、一人で何を思うのだろう。
田中がバサッと書類を出した。
「情報第二弾です。運命の子の調査書です。
木村永遠君二十一歳、尾張大学三年、就職活動の情報収集に今回の企業展に来たようです。家は一般的なベータ家庭で、十歳でオメガと診断されたのは本人も周囲も青天の霹靂だっようです。外見も、言っては何ですがオメガらしい綺麗系じゃなくて、やんちゃな子猫ちゃんって感じですね」
「なんだそのやんちゃな子猫って……」
「見ます?」
「見ない」
見る意味がない。永遠に会わない人間だ。そんな普通の家庭なら、余計にオメガとして被害に遭ったことはショックだろう。
「――……」
「何ですか?」
「いや、俺に言える言葉は何もない」
俺のせいで被害に遭ったことに対する罪悪感なのか、運命への興味か。
健吾。
会いたい。
健吾を腕に抱いて、他の誰も入る隙などないのだと実感したい。
眠れば、男達に押さえ付けられて犯される相手の夢を見る。
犯しているのは俺だったり、犯されているのは健吾だったり……。
夜中に飛び起きて、健吾を起こさなかったことにホッとして、彼に縋るように眠った。
「それでですね、所詮一介の会社員である私には限界がありまして、専務のお義兄さんの協力は得られませんか?」
「……ああ、そうだな。連絡する」
「ありがとうございます。どうぞ」
「ん?」
「一人で話すのは心細いでしょう。お義兄さん怖いし。途中で代わって頂いても結構ですよ」
「あのな……」
健吾といい、田中といい、俺はそんなに情けなく見えるのだろうか。色々諦めて、和久に電話をかけた。
『何だ』
「お忙しいところ失礼します。プライベートの相談ですが、今よろしいでしょうか」
『……大丈夫だ』
「ありがとうございます」
ちら、と田中を見ると、どこから出したのか旗を振っている。……何のつもりだ。
「実は、運命の番に会ってしまいまして……」
手短に経緯を話す。
この人に隠し事は無駄だし、協力を得られるなら、これ以上心強い人もいない。
健吾に聞いたばかりだが、何よりも運命というものをよく知っているはずの人だ。
『そうか。私はアルファ側の気持ちしか分からない。よく、耐えたな』
ぐっとこみ上げるものを飲み下す。眦が熱い。
すっと差し出されたハンカチに、出そうだった涙がすーっと引っ込んだ。いたな田中……。
「情けない話ですが、何をどうしたらいいのかさっぱり分からない状況です。信頼できる部下が色々動いてくれているのですが、それにも限界がありまして」
『協力が必要か』
「はい」
『任せろ。この話が終わったら代われ』
「はい」
『健吾はどこまで知っている?』
「ほぼ全て、です。俺が薬を服用していることは知りません」
『……二日後には諒が休暇に入る。健吾のことは諒に任せよう』
「申し訳ありません」
『いや、丁度良かった。こちらにも事情がある」
事情が何かは教えて貰えなかったが、健吾が諒に会えば分かるだろう。
電話を田中に変わり、何もできない自分の無力を呪った。
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