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一章
3 忘れたもの
しおりを挟む長い夢を見た。
俺がオメガで、あれ?
何の夢だ?
目が覚めたら、兄と兄の番だという人がいた。
「に、いさ、ん?」
「目が覚めたか。俺がわかるか?」
「はい」
「こっちは俺の番だ」
兄の番は男性だった。オメガなんだろう。あんなに男のオメガを嫌っていたのに。
「さ、かきばら、けんごです」
「榊原諒です。和久とは君が入院する前に籍を入れさせていただきました」
「あ、おめでと、ござい、ます」
話をするのがひどく難しかった。体も動かない。
それなのに皆普通に話してくる。優しくない……。あ、兄が優しかったことなんて、オメガとかアルファとかよくわかってなかった幼い頃だけだったかも。幼い頃からアルファ確定といった能力を見せていた兄は、俺にはわからない理由でいつも忙しかった。
「お前は栄養失調で倒れていた。倒れた拍子に頭を打ったようで昏睡状態になっていた。——どこまで覚えてる? 何月何日か答えてみろ」
「え、昨日、は、四月、十五日かな? 俺、どれぐらいねてた?」
「今は五月一日だ」
「うわぁ…」
二週間も寝てたのか。
人間って二週間でこんなに何にもできなくなるんだ。身体が重すぎて、全く自由に動かせなくて怖い。
そして倒れている間に検査した結果、子宮に異常が見つかり、全て摘出したと教えられた。
子宮なんて、元より使う予定もなかったものだ。構わない。でも、何かひっかかる……?
子宮を失ったことで発情期も恐らくほとんどなくなるだろうと聞いた。煩わしいものがなくなるのは嬉しい。
「それなら、生まれた時に取ってくれれば良かったのに」
オメガをあんなに嫌うなら、取ってしまって、ベータのように扱ってくれたら幸せになれたのに。
俺のぐちに、医者が何とも言えない顔をしている。優しい、いい人だ。困らせちゃ悪い。
「必要なさそうでも、生まれつきあるものは無くなれば体に変調を起こすこともあります。特に生殖器関係はホルモンバランスが崩れやすいんです。君は当分自宅療養ですよ」
「でも俺、療養とかできる環境じゃ……」
一人暮らしだし。ネット通販を駆使すればゆっくりできるかな? でも金がない、学費を流用すればいけるか?
あの父親がこんな事態になった俺に手を差し伸べるとは思えない。むしろ学費も生活費も打ち切られる可能性が高すぎる。
途方に暮れていると、兄が救いの手を差し伸べてくれた。
「俺のところに来い」
「え、新婚さんでしょ? ちょっとそれは」
「赤ん坊がいる。世話を手伝え」
「それって療養……?」
兄の番の諒さんは、派手な外見とは裏腹に性格は優しげな人で安心だけど、兄は苦手だ。けれども背に腹は代えられない。兄の圧力に負けて世話になることにした。
でも、結婚と出産近くない? 諒さん子供産んでたのか……。
兄の結婚も、子供が出来ていた事も全然教えて貰えなかったのか、俺。分かっていても寂しいものがある。体が弱ると心も弱るのかもしれない。
俺の意識が戻ってひと月後、何とか退院許可が下りた俺は兄達の新居にお邪魔した。
俺の体は、体力はまだまだだが、機能的には問題ない。歩けるし喋れる。
初めて踏み入れる真新しい高級マンションで待ち受けていたのは、愛らしい二人の赤ん坊だった。
「えっ!? 双子!!」
「そうなんだよー。大変だから助けて。あ、こっちが啓一でこっちが光一だよ。名前は変えれるからね!」
「別に変えなくても、良い名前じゃないですか?」
「あっ、最近は子供にも好みとかあるだろうし、ねっ!」
諒さんは不思議系らしい。赤ん坊の名前の好みとかどうでも良いだろう。デザイナーだそうだから違う世界に住んでるのかも。自分の名前が不満だったとか、そういう経験があるのだろうか。
双子は四ヶ月だと言う。
首が座ったばかりだそうで、まだふにゃふにゃの感触に、心が温かくなった。手を出すと、ぎゅっと指を握ってくる。思わず笑みが零れる。
「可愛い……」
「良かった……ぐすっ」
えっ、泣いてる?
諒さんの反応に驚いた。そんなに育児が辛かったんだろうか。双子だもんな、大変なんだろうな。
双子はミルク育児をしているから誰でも面倒を見られるそうで、諒さんと交代で見ることになった。
諒さんは不器用で、ミルクの粉をばら撒いてしまったり、オムツ交換では高確率で子どものオシッコを浴びるので、自然に俺が双子を見る時間が多くなっていった。
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