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一章

4 婚約者

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 双子が六ヶ月になったころ、諒さんが仕事に復帰することになった。実は有名なデザイナーで、早く復帰したかったらしい。
 俺の体もかなり回復していたし、昼間は保育園に預けられることになったため、諒さんは育児から手を引きたいと言った。子供は嫌いじゃないけど、育児は相当に辛かったという。
 母親でも男だとあっさりしているのかもしれない。
 兄も多忙ということもあり、俺が双子の親代わりをして欲しいと言われた。兄から生活費に代わるぶんとしての、シッター代が払われることになり、念の為と契約書も交わした。

 子供達を保育園に送ったあと、リハビリがてら公園を散歩した。
 緑を見て自然を感じて、と医者に言われた事を思い出す。まるで心療内科みたいだ。
 オメガにとっての子宮全摘は精神科の対象なのかもしれない。ホルモンバランスが崩れるって言ってたし。

 ボーっと空を見て、視線を前方に戻すと男がいた。
 歳は同じぐらいだろうか? いかにもアルファという感じの男だ。
 そいつが俺を見て声を上げた。

「榊原健吾」
「そうだけど……誰?」
「誰? じゃないだろう。一方的に婚約破棄なんかして、どういうつもりだよ」
「え? 婚約破棄?」

 意味の分からない言葉の羅列に戸惑っていると、腕を掴まれた。何故か大きく体が震えたら、怯えたようにパッと手を離される。
 男は俺を掴んだ腕を反対の手で抑えるように握っている。恨めし気な視線。せっかくのイケメンが台無しだ。

「他の奴なんか受け入れられないだろ? お前が婚約者だから俺は噛んでやったのに」
「え……噛む?」
「お前は俺の番なんだよ!」

 幼い子供が地団太を踏んで言うような様子に、内容よりも記憶がないのが申し訳なくなる。婚約か、榊原の家なら、勝手に婚約させられていたかもしれない。流れで先に番になっていたのかな。
 番になるって、発情期に、そのやりながら噛まれるんじゃなかったっけ。俺、この人とヤってたのか。想像つかないけど、嫌じゃない……。
 いきなり絡まれても、嫌いになれない何かがある。
 でも、もう俺には結婚なんて無理だ。家同士の結婚なら子供も必要だし。子宮がなかったらオメガでも産むことはできない。
 記憶の件で婚約破棄になったから、兄もなかったこととして何も言わなかったのだろう。

「ご、ごめん、俺、記憶がないとこがあって。その、婚約破棄とかもよくわからないけど……理由はわかるかも」
「なんだよ」
「俺、子宮ないんだ。最近病気で取ってて、だから、その、子供とか無理だし、番も解除してくれて構わない」

 オメガから番の解除はできない。アルファならできるはずだ。

「かいじょ、って……」
「ごめん」

 呆然としている男に、深く頭を下げて逃げるように家に帰った。
 後をつけられたりしたら怖いから、途中で電車やバスに乗ったりして無駄に遠回りをした。


 家に帰って、不安になって諒さんに電話をした。

「すいません、忙しいとこ」
『どうしたの?』
「あの、俺って婚約とかしてたんですか?」
『ああ……君のお父さんが勝手にやってたみたいでね。和久が破棄しておいたよ。何? 何かあったの?』

 やっぱり父の仕業だった。

「いや、今日、公園を散歩してたら、その元婚約者だっていう奴が来て、番だって言うから……。あれ? 電波悪かったのかな。切れちゃった」

 掛け直そうか迷っていると、兄から電話がかかってきた。諒さんから何か聞いたにしては早くない?

『今日は家を出るな。子供達は俺が迎えに行く。帰ってから詳しいことは話す。分かったな』
「う、うん」

 何だろう、あの元婚約者、やばい奴なのかな。そんな風にはみえなかったけれど。
 話してる内容は変だったけど、いかにもアルファって感じで、女にも男にも不自由しなさそうな奴だったけど。
 ていうか、番、ってことは俺、あいつとヤったんだよね……。
 いつだ? 
 俺、発情期は完璧に抑えてたはずなのに。
 俺の記憶……、何か大事なことを忘れているのだろうか。
 下腹を見る。無くしてしまったもの。緊急手術だったからと大きな傷が残っている。

 番……か。これがあったら、あの可愛い双子のような存在を俺も得ることができたのだろうか。
 オメガであることをあんなに嫌がっていたのに、諒さんのおかげだろう。男のオメガでもアルファに尊重されて子供まで産んだ姿を、今更、羨ましいと思ってしまった。
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