人を生きる君

爺誤

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28 洞窟探検

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 洞窟は街から半日ほど歩いた場所にあった。
 すでに数頭の馬と、兵士と神官が数名ずついたから、トーカとユノヒは少し離れた場所から様子をうかがった。

「すげえ、神官も来てる」
「神官は滅多に来ないものなのか?」
「へえ。あいつら、解呪できるのは一階より上のやつしかいないからって、よっぽど偉いやつから金を積まれないとやらねぇんす」
「……へぇ」

 トーカの読んだ文献では、人が困っていたら助けるのが神殿だ思っていたけれど違うらしい。学んだことは無駄ではないが、実際に経験することと両方必要なのだと理解する。

「あれだけ人がいると、こっそり入るのは無理だな。できれば一人で入りたいんだけど」
「俺が離れたとこで騒ぎを起こせばいいな」
「騒ぎ? 危なくない?」
「アウトローすれすれで生き延びてきたんで、逃げ足は人一倍でっせ」

 回復薬で元気有り余ってるし! と笑顔になったユノヒだった。前から三番目の歯が一本欠けている。

「そうか。じゃあ、頼む。これで貸し借りなしだ」
「よっしゃ。お互い無事に生き延びようや」
「ああ」

 トーカはユノヒの慣れない丁寧語がすっかり抜けたのが嬉しかった。
 とくに身体を鍛えているような感じではないのに、うまく音を立てずに草むらを移動していくユノヒの後姿を見送る。

「会うひとがみんな有能で、おれの強運すごくない?」
『すごいな。運は俺の管轄じゃないから……まぁ、祝いだったのか』

 運は天運が定める。ヒメサマはあの婚姻の場で素知らぬ顔をしていた神を思い浮かべた。
 オサヒグンラの罠にかかるトーカに、平等な機会を与えるために幸運の力を与えていても不思議はない。あの時、まだリナサナヒメトに馴染んでもいないただの人間だったトーカ相手になら、いくらでも影響を与えることができた。それはオサヒグンラも同じだったから試練などという悪戯を仕掛けられたのだ。

『直接の介入はできなくても、そういう手があったか』
「ヒメサマ?」
『これがうまくいけば、季馬も早く見つかるだろう。トーカは最強の幸運の持ち主だから』
「そうだな! あ、爆発!?」

 ユノヒが行った方向から、爆発音がして火の手が上がっている。草原に雲はなく、風だけが吹いているから、みるみるうちに火が燃え広がっていた。洞窟の周囲にいた者たちが駆け寄っていく。幸い、今の風は街の方角から吹いているが、風向きが変われば街も危ないかもしれない。

「思い切ったことを」
『行くぞ、トーカ。蔓を取ることの手伝いはできないが、洞窟の入口で見張りぐらいはできる』
「ありがと!」

 トーカは、駆け出した猫姿のヒメサマを追いかけて洞窟に向かった。
 洞窟の入口は低く、草原の草に隠れるほどだった。覗き込むと、中は暗いが広そうである。

「おれ、洞窟って初めてかも。村は山と岩があったけど、洞窟はなかったし」
『植物とはいえ魔物扱いをされているものだ。絡めとられたら危険だから、じゅうぶん注意するんだぞ』
「うん。わ、なんか中、ぬるぬるしてる。滑りそう……」

 緊迫感の感じられないトーカの声がだんだんと遠くなっていくのを、ヒメサマははらはらしながら見送った。

『ついていくべきだったか……』
『ついていったらよかったのに。その時点で嫁は失格だ』

 いつの間にか隣にいた大蛇に、ヒメサマは背の毛を逆立てて飛び退りフーっと威嚇をした。

『オサヒグンラ。わざわざ見にきたのか』
『そりゃあ見にくるだろう。中庸の地に引きこもっていたお前たちがやっと地上に降りてきたんだ。楽しまなくては。それにしても今回は可愛らしい姿だ。丸のみにしてやろうか』
『これはトーカに好かれるための姿だ!』

 言い切るやいなやヒメサマの身体が膨れ上がり、大蛇に襲い掛かった。


 ◇


 洞窟の外で何が起きているか知る由もないトーカは、濡れて滑る洞窟の中をゆっくりと進んでいた。

「水が溜まるほどじゃないけど、湿ってるからこんな感じなのかな」

 ユノヒの話だと少し奥に呪いを発する蔓、デズグルがあったはずだった。とにかく滑った地面に早く慣れようと足を上げたりすり足をしていた。

「洞窟は宝石が落ちてることもあるんだっけ……」

 普通の人間なら全く見えないだろう暗闇だったが、トーカは灯りがなくてもうっすらと見える。

「ヒメサマのつまだから、いろいろ影響を受けるんだっけ。どうせならおれも猫になれたら楽しそうなのに」

 滑る地面に慣れてきたトーカは、空間が広がったことに気が付いた。洞窟は入口が一番狭く、中はずいぶん広かった。
 顔を上げると、透明な結晶体がそこかしこから突き出てぼうっと光っている。

「これが宝石店…あれ? デズグルは、ぅわ!!」

 突然足に何かが巻き付いて、トーカは思いっきり転んだ……はずだった。
 地面ではない、ぬるぬるとした細長い蔓がその身体を受け止めていた。

「あ、ヤバ」

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