人を生きる君

爺誤

文字の大きさ
上 下
29 / 33

29 蔓

しおりを挟む
 ぬるぬるした蔓は黒く、少しだけあたたかかった。
 呪いなのだろう靄を纏っているけれど、トーカには影響がない。ただ、全身にまとわりつく蔓を掴むのも難しくて、体勢を整えるためにずっともぞもぞと手がかりと足がかりを探している。

 一方の蔓……デズグルのほうも、トーカを捕らえたはいいものの、普段ならば呪いですぐに動かなくなるはずの獲物が、いつまでも元気に抵抗していることに戸惑っていた。

「ぬるぬるぬるぬると気持ち悪い……っ。しかもっ、こんなにたくさんいらない。一本だけでいいのに」

 捕まえた蔓を入れるために持ってきた麻袋も見失い、洞窟を出てやり直したほうがいいはずだと判断したトーカは、無理矢理抜け出そうと手足をバタバタさせようとした。しかし、デズグルもさらに絡みつこうと抵抗した。
 その結果、トーカの衣服の中にまでデズグルが入り込んだ。素肌をぬるりと這う感触にびくりとしたトーカは、リナサナヒメトにしか許していない肌に植物といえど、他者が意思をもって触れてきたことにカッとなった。

「は、なせっ!」

 怒りで震えたのを、獲物が弱った証と勘違いした蔓が、さらにぬるぬると粘液を擦り付けるように這い回る。服の中に入り込んだ蔓が増えたために、あちこちからビリビリと破れる音が響く。
 そして、蔓はトーカの下穿きの中にも入り……

「させるかー!!」

 トーカは目の前の蔓に噛みついた。噛んだところからドス黒い液体が出てきて蔓の動きが止まる。

「噛めばいいのか! このやろ!」

 頭に血が上ったトーカが、獣のようにガブガブと手当たり次第に動く蔓全てに噛みついた。
 気付けば、ずり落ちかけた下穿きだけを纏ったトーカだけが、動かないデズグルの渦の中に立っていた。動かなくなった蔓は掴むことができたから、腹いせに洞窟の壁に投げつける。

「はぁ、怒るって疲れるんだな。しかも、生きてる蔓なくなっちゃった……あーあ」

 中庸の地で過ごしていた頃、サラリにはただの人よりはずっと頑丈になっているし、訓練したから強くなったと言われていた。

「こんな形で実感するんだ」

 べちゃり、べちゃりと歩くたびに嫌な音を立てて、トーカは洞窟の出口に向かった。振り返るとまるでナメクジのようにトーカの歩いた跡が続いている。
 入った時と変わらず結晶体が美しい洞窟で、トーカだけが粘液まみれの半裸という酷い状態だ。

「……オサヒグンラさまを恨んでいいよな、これ」


 ◇


 洞窟の外では大猫姿のリナサナヒメトと、大蛇のオサヒグンラが睨み合っていた。ふたりとも神のため、争えば甚大な影響を及ぼすから牽制しながら、トーカの様子を伺っていた。

『どうだリナサナヒメト、我が闇の蔓に責められる嫁の姿もなかなか美しかろう』
『トーカは何をしていても美しい。嫌がらせをやめろ』
『そなたへの嫌がらせこそ我が唯一の楽しみだ』

 リナサナヒメトは鼻で笑った。

『俺がおまえを嫌がってないと言ったら? 人が苦難を乗り越える姿も愛している』
『これはこれは、人間たちに盲目的に愛される地上の神とは思えない言葉』
『子が親を愛するのは本能だ。哀れで愛おしい俺の子どもたち』

「あー! オサヒグンラ! さま!」

 洞窟から酷い格好で出てきたトーカは、対峙している神々を見ても動揺しなかったばかりか、オサヒグンラに駆け寄った。

『何を!?』

 トーカは長い尻尾の先をむんずと掴んで、思いっきり噛みついた。殺す気はなく、ただぬるぬるにされた怒りを発散させるための勢いだったから、オサヒグンラも予測できなかった。噛み跡から黒い靄が吹き出す。

「やった! 効いた!」
『ふ、あはははは! トーカ! 素晴らしい!』

 大猫の姿からいつも通りの小さな姿に戻り、腕に飛び込んだヒメサマを、トーカがしっかりと抱き抱える。

リナサナヒメトの嫁にんげんごときが』
「おれは、トーカだよ! 気付いたんだおれ。デズグルに効くならオサヒグンラさまにも一撃喰らわせられるかもって!」
『オサヒグンラ、お前が試練を承諾させたように、トーカもうまくやったということだ』

 ヒメサマを抱えたトーカに攻撃することはできず、オサヒグンラはトーカが出てきた洞窟に入っていった。

『試練は変わらない。この洞窟は閉じる』

 オサヒグンラが入ると同時に洞窟は崩れて、ただの荒れた土地になった。

「あっ」
『逃げられたな』
「ええ~、これ、おれどうすればいいんだよ……服……」

 その時、大勢の人の気配がした。

「ああ、神よ! 生まれたもうたのですか!」
「……カフィラム……なんだよ生まれたって」

 彼らの目には、粘液塗れで半裸のトーカは、生来の美貌のために神々しく映ったようだった。大事なところは完全に猫のふりをしているヒメサマで隠されている。

「はっ、いえ! 悪しき者を浄化してくださったのですね。感謝いたします」
「……そう見えるなら、そうなのかもな……とりあえず、何か着るものをくれ」

 誤解を解くよりも、大勢の前でいつまでも半裸でいることが辛かったトーカだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

監獄にて〜断罪されて投獄された先で運命の出会い!?

爺誤
BL
気づいたら美女な妹とともに監獄行きを宣告されていた俺。どうも力の強い魔法使いらしいんだけど、魔法を封じられたと同時に記憶や自我な一部を失った模様だ。封じられているにもかかわらず使えた魔法で、なんとか妹は逃したものの、俺は離島の監獄送りに。いちおう貴族扱いで独房に入れられていたけれど、綺麗どころのない監獄で俺に目をつけた男がいた。仕方ない、妹に似ているなら俺も絶世の美形なのだろうから(鏡が見たい)

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

悪役師匠は手がかかる! 魔王城は今日もワチャワチャです

柿家猫緒
BL
――北の森にある古城には恐ろしい魔王とその手下たちが住んでいる――……なんて噂は真っ赤なウソ! 城はオンボロだけど、住んでいるのはコミュ障で美形の大魔法使いソーンと、僕ピッケを始めとした7人の弟子たちなんだから。そりゃ師匠は生活能力皆無で手がかかるし、なんやかんやあって半魔になっちゃったし、弟子たちは竜人とかエルフとかホムンクルスとか多種多様だけど、でも僕たちみんな仲よしで悪者じゃないよ。だから勇者様、討伐しないで! これは、異世界に転生した僕が師匠を魔王にさせないために奮闘する物語。それから、居場所を失くした子どもたちがゆっくり家族になっていく日々の記録。 ※ワチャワチャ幸せコメディです。全年齢向け。※師匠と弟(弟子)たちに愛され主人公。※主人公8歳~15歳まで成長するのでのんびり見守ってください。

処理中です...