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29 蔓
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ぬるぬるした蔓は黒く、少しだけあたたかかった。
呪いなのだろう靄を纏っているけれど、トーカには影響がない。ただ、全身にまとわりつく蔓を掴むのも難しくて、体勢を整えるためにずっともぞもぞと手がかりと足がかりを探している。
一方の蔓……デズグルのほうも、トーカを捕らえたはいいものの、普段ならば呪いですぐに動かなくなるはずの獲物が、いつまでも元気に抵抗していることに戸惑っていた。
「ぬるぬるぬるぬると気持ち悪い……っ。しかもっ、こんなにたくさんいらない。一本だけでいいのに」
捕まえた蔓を入れるために持ってきた麻袋も見失い、洞窟を出てやり直したほうがいいはずだと判断したトーカは、無理矢理抜け出そうと手足をバタバタさせようとした。しかし、デズグルもさらに絡みつこうと抵抗した。
その結果、トーカの衣服の中にまでデズグルが入り込んだ。素肌をぬるりと這う感触にびくりとしたトーカは、リナサナヒメトにしか許していない肌に植物といえど、他者が意思をもって触れてきたことにカッとなった。
「は、なせっ!」
怒りで震えたのを、獲物が弱った証と勘違いした蔓が、さらにぬるぬると粘液を擦り付けるように這い回る。服の中に入り込んだ蔓が増えたために、あちこちからビリビリと破れる音が響く。
そして、蔓はトーカの下穿きの中にも入り……
「させるかー!!」
トーカは目の前の蔓に噛みついた。噛んだところからドス黒い液体が出てきて蔓の動きが止まる。
「噛めばいいのか! このやろ!」
頭に血が上ったトーカが、獣のようにガブガブと手当たり次第に動く蔓全てに噛みついた。
気付けば、ずり落ちかけた下穿きだけを纏ったトーカだけが、動かないデズグルの渦の中に立っていた。動かなくなった蔓は掴むことができたから、腹いせに洞窟の壁に投げつける。
「はぁ、怒るって疲れるんだな。しかも、生きてる蔓なくなっちゃった……あーあ」
中庸の地で過ごしていた頃、サラリにはただの人よりはずっと頑丈になっているし、訓練したから強くなったと言われていた。
「こんな形で実感するんだ」
べちゃり、べちゃりと歩くたびに嫌な音を立てて、トーカは洞窟の出口に向かった。振り返るとまるでナメクジのようにトーカの歩いた跡が続いている。
入った時と変わらず結晶体が美しい洞窟で、トーカだけが粘液まみれの半裸という酷い状態だ。
「……オサヒグンラさまを恨んでいいよな、これ」
◇
洞窟の外では大猫姿のリナサナヒメトと、大蛇のオサヒグンラが睨み合っていた。ふたりとも神のため、争えば甚大な影響を及ぼすから牽制しながら、トーカの様子を伺っていた。
『どうだリナサナヒメト、我が闇の蔓に責められる嫁の姿もなかなか美しかろう』
『トーカは何をしていても美しい。嫌がらせをやめろ』
『そなたへの嫌がらせこそ我が唯一の楽しみだ』
リナサナヒメトは鼻で笑った。
『俺がおまえを嫌がってないと言ったら? 人が苦難を乗り越える姿も愛している』
『これはこれは、人間たちに盲目的に愛される地上の神とは思えない言葉』
『子が親を愛するのは本能だ。哀れで愛おしい俺の子どもたち』
「あー! オサヒグンラ! さま!」
洞窟から酷い格好で出てきたトーカは、対峙している神々を見ても動揺しなかったばかりか、オサヒグンラに駆け寄った。
『何を!?』
トーカは長い尻尾の先をむんずと掴んで、思いっきり噛みついた。殺す気はなく、ただぬるぬるにされた怒りを発散させるための勢いだったから、オサヒグンラも予測できなかった。噛み跡から黒い靄が吹き出す。
「やった! 効いた!」
『ふ、あはははは! トーカ! 素晴らしい!』
大猫の姿からいつも通りの小さな姿に戻り、腕に飛び込んだヒメサマを、トーカがしっかりと抱き抱える。
『リナサナヒメトの嫁ごときが』
「おれは、トーカだよ! 気付いたんだおれ。デズグルに効くならオサヒグンラさまにも一撃喰らわせられるかもって!」
『オサヒグンラ、お前が試練を承諾させたように、トーカもうまくやったということだ』
ヒメサマを抱えたトーカに攻撃することはできず、オサヒグンラはトーカが出てきた洞窟に入っていった。
『試練は変わらない。この洞窟は閉じる』
オサヒグンラが入ると同時に洞窟は崩れて、ただの荒れた土地になった。
「あっ」
『逃げられたな』
「ええ~、これ、おれどうすればいいんだよ……服……」
その時、大勢の人の気配がした。
「ああ、神よ! 生まれたもうたのですか!」
「……カフィラム……なんだよ生まれたって」
彼らの目には、粘液塗れで半裸のトーカは、生来の美貌のために神々しく映ったようだった。大事なところは完全に猫のふりをしているヒメサマで隠されている。
「はっ、いえ! 悪しき者を浄化してくださったのですね。感謝いたします」
「……そう見えるなら、そうなのかもな……とりあえず、何か着るものをくれ」
誤解を解くよりも、大勢の前でいつまでも半裸でいることが辛かったトーカだった。
呪いなのだろう靄を纏っているけれど、トーカには影響がない。ただ、全身にまとわりつく蔓を掴むのも難しくて、体勢を整えるためにずっともぞもぞと手がかりと足がかりを探している。
一方の蔓……デズグルのほうも、トーカを捕らえたはいいものの、普段ならば呪いですぐに動かなくなるはずの獲物が、いつまでも元気に抵抗していることに戸惑っていた。
「ぬるぬるぬるぬると気持ち悪い……っ。しかもっ、こんなにたくさんいらない。一本だけでいいのに」
捕まえた蔓を入れるために持ってきた麻袋も見失い、洞窟を出てやり直したほうがいいはずだと判断したトーカは、無理矢理抜け出そうと手足をバタバタさせようとした。しかし、デズグルもさらに絡みつこうと抵抗した。
その結果、トーカの衣服の中にまでデズグルが入り込んだ。素肌をぬるりと這う感触にびくりとしたトーカは、リナサナヒメトにしか許していない肌に植物といえど、他者が意思をもって触れてきたことにカッとなった。
「は、なせっ!」
怒りで震えたのを、獲物が弱った証と勘違いした蔓が、さらにぬるぬると粘液を擦り付けるように這い回る。服の中に入り込んだ蔓が増えたために、あちこちからビリビリと破れる音が響く。
そして、蔓はトーカの下穿きの中にも入り……
「させるかー!!」
トーカは目の前の蔓に噛みついた。噛んだところからドス黒い液体が出てきて蔓の動きが止まる。
「噛めばいいのか! このやろ!」
頭に血が上ったトーカが、獣のようにガブガブと手当たり次第に動く蔓全てに噛みついた。
気付けば、ずり落ちかけた下穿きだけを纏ったトーカだけが、動かないデズグルの渦の中に立っていた。動かなくなった蔓は掴むことができたから、腹いせに洞窟の壁に投げつける。
「はぁ、怒るって疲れるんだな。しかも、生きてる蔓なくなっちゃった……あーあ」
中庸の地で過ごしていた頃、サラリにはただの人よりはずっと頑丈になっているし、訓練したから強くなったと言われていた。
「こんな形で実感するんだ」
べちゃり、べちゃりと歩くたびに嫌な音を立てて、トーカは洞窟の出口に向かった。振り返るとまるでナメクジのようにトーカの歩いた跡が続いている。
入った時と変わらず結晶体が美しい洞窟で、トーカだけが粘液まみれの半裸という酷い状態だ。
「……オサヒグンラさまを恨んでいいよな、これ」
◇
洞窟の外では大猫姿のリナサナヒメトと、大蛇のオサヒグンラが睨み合っていた。ふたりとも神のため、争えば甚大な影響を及ぼすから牽制しながら、トーカの様子を伺っていた。
『どうだリナサナヒメト、我が闇の蔓に責められる嫁の姿もなかなか美しかろう』
『トーカは何をしていても美しい。嫌がらせをやめろ』
『そなたへの嫌がらせこそ我が唯一の楽しみだ』
リナサナヒメトは鼻で笑った。
『俺がおまえを嫌がってないと言ったら? 人が苦難を乗り越える姿も愛している』
『これはこれは、人間たちに盲目的に愛される地上の神とは思えない言葉』
『子が親を愛するのは本能だ。哀れで愛おしい俺の子どもたち』
「あー! オサヒグンラ! さま!」
洞窟から酷い格好で出てきたトーカは、対峙している神々を見ても動揺しなかったばかりか、オサヒグンラに駆け寄った。
『何を!?』
トーカは長い尻尾の先をむんずと掴んで、思いっきり噛みついた。殺す気はなく、ただぬるぬるにされた怒りを発散させるための勢いだったから、オサヒグンラも予測できなかった。噛み跡から黒い靄が吹き出す。
「やった! 効いた!」
『ふ、あはははは! トーカ! 素晴らしい!』
大猫の姿からいつも通りの小さな姿に戻り、腕に飛び込んだヒメサマを、トーカがしっかりと抱き抱える。
『リナサナヒメトの嫁ごときが』
「おれは、トーカだよ! 気付いたんだおれ。デズグルに効くならオサヒグンラさまにも一撃喰らわせられるかもって!」
『オサヒグンラ、お前が試練を承諾させたように、トーカもうまくやったということだ』
ヒメサマを抱えたトーカに攻撃することはできず、オサヒグンラはトーカが出てきた洞窟に入っていった。
『試練は変わらない。この洞窟は閉じる』
オサヒグンラが入ると同時に洞窟は崩れて、ただの荒れた土地になった。
「あっ」
『逃げられたな』
「ええ~、これ、おれどうすればいいんだよ……服……」
その時、大勢の人の気配がした。
「ああ、神よ! 生まれたもうたのですか!」
「……カフィラム……なんだよ生まれたって」
彼らの目には、粘液塗れで半裸のトーカは、生来の美貌のために神々しく映ったようだった。大事なところは完全に猫のふりをしているヒメサマで隠されている。
「はっ、いえ! 悪しき者を浄化してくださったのですね。感謝いたします」
「……そう見えるなら、そうなのかもな……とりあえず、何か着るものをくれ」
誤解を解くよりも、大勢の前でいつまでも半裸でいることが辛かったトーカだった。
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