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彰、三神の目的を知る。

2 彰、人間社会で孤独だった理由を知らされる。

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ーーショウ、起きなさい。



ーーショウ、起きなさい。
 
 


 優しく誰かの呼ぶ声に、彰はゆっくりと意識を浮上させる。目を覚ました彰が見たのは、自分が寝かされているベッドのすぐ隣で優雅に本を読んでいるロキの姿だった。
 豪華なキングサイズのベッドに寝かせられていた彰は、厚手の寝具を着せられていた。起きた時に若干悪寒を感じたが、起きた時に外気の寒さに身体が震えたせいかもしれない。

「起きた?ショウ」

 目が合ったロキは彰に優しく声をかけるが、彰は喉に違和感を覚えて声が出せなかった。
 これは風邪を引いた時の喉の痛みと似ている。いがいがや口腔内が腫れて声を出そうにも痛みが走る。

「ロッ・・・ケホッ!ゴホッ!ゴホゴホッ!」
「ショウ!?」

 ロキの名前を出そうとした時、枯れた喉から彰は激しく咳込んだ。驚いたロキは、彰を横向きにすると、彼の背中を優しく摩る。

「大丈夫?ここは極寒の氷上地だから、人間の身体ではすぐに風邪を引いてしまうんだ。ちょっと待ってて」

 ロキは彰から離れテーブルから湯気が立つマグカップを持って来る。カップの柄を持ったまま彰に渡した。

「はいこれ。蜂蜜入りのレモンティーだよ。これで少しは咳も落ち着く筈だ」
「ケホッ!ケホッ!」

 起き上がった彰はロキから湯気が立つマグカップを受け取ると、一口ずつゆっくりと喉を動かして嚥下していく。

 温かく、そして甘い。蜂蜜の味がする。
 腫れた喉を通過する時は蜂蜜のとろみが痛みを緩和してくれているようで飲みやすい。咳も落ち着いていくのが分かる。胃に温かいレモンティーが落ちて来ると腹も温かくなっていく。

「大丈夫?」

 心配そうな表情でロキが彰に問う。
 目覚めた途端激しく咳込んだせいで、涙目になって呼吸が苦しくなったが、レモンティーのおかげで呼吸も落ちついてきた。大丈夫だと、彰はロキに頷いて合図を送る。

「良かった。ここコキュートスは、全ての世界において最大の極寒地なんだ。この城自体に結界を張っているから、強い寒気は入って来ないけど、どうしても寒い空気は流れてくるからね。慣れないうちはすぐに風邪を引いて熱を出すよ」

 ロキはそう言うと、彰に二錠分の錠剤を渡した。銀色に一錠ずつ包装されたそれは薬局で処方されたようなもので、包装内には『トラネキサム』と印字されている。不審に思った彰は、ロキに尋ねた。

「これ、確かに喉の腫れを抑えるやつだ。なんでロキがこれを?」
「そりゃあ人間界で取り寄せているからさ。オーディン兄さんの妻のライアン義理兄さんが、しょっちゅう風邪引くから、兄さんたちに譲ってもらったの。最近は人間界も便利でね、製薬会社にちょっと献金したら、一年分の薬をくれるんだ」
「なんだよそれ・・・」

 彰は呆れて顔を引き攣らせた。

 というか、人間界の製薬会社と繋がりあるんだ。そっちにもびっくりだ。
 
 『トラネキサム』は咽頭痛がある時に一番に処方される薬だ。数日内服すれば痛みも落ち着くだろう。
 それよりもなぜ自分はこんな凍てつくような冷気が流れているところにいるのか。

「ロキ、どうして俺ここにいるの?」
「ここコキュートスが僕達三神の棲まいだからさ。そしてショウは、三神であるこの僕ロキの妻になるんだよ」
「えっ・・・」

 ロキの言葉に彰は唖然とする。
 唐突に宣告された婚姻宣言に彰は戸惑い、ロキから離れようとベッドから降りようとする。

「どうしてだよ。俺、妻にはなりたくない」
「大丈夫。これでも僕は優しい神なんだ。これからはショウをいっぱい愛してあげる」

 ギュウと、自分から離れようとする彰をロキは逃がさないと、囲む腕に力を込めて抱きしめる。
 彼に抱きしめられると、抵抗を失くしてしまいそうになる感覚を彰は覚えた。

「ショウ、さすがに身体が冷えているね。これじゃ風邪引いちゃう。部屋を暖めようか」

 ロキは立ち上がると、奥の暖炉に木を投げ入れる。火はさらに大きくなって、パチパチと火柱を上げる。

「ショウ、まだ寒いよね?ここは寒い上に乾燥しているから、すぐに喉を痛めるよ。加湿を増やそう」

 ロキはそう言うと濡らした大判のタオルをベッドの周囲にかけた。冷たい空気に混じって水蒸気が部屋に拡がる。

 自分のために甲斐甲斐しく動いてくれるロキに、彰はユリアンの姿と重ねてしまう。
 淫魔城にいた頃から自分の面倒を一番先に見てくれたのは彼だった。それでも、アルカシスと同じ感情を抱いた事はない。優しい兄、そんな感じだった。実兄よりも兄らしい姿に彰はアルカシスの次に安心を感じていた。

 だがら、唐突にロキの妻になるんだよと宣言されても、そんな事考えもなかった。むしろ、ロキの妻になればアルカシスと二度と再会できなくなってしまうかもしれない。
 
 そう考えながらぼんやりとロキを見つめると、彼は彰の視線に気づきタオルを掛けると彰の隣に座った。

「見つめちゃって。そんなに僕に見惚れた?」

 彰の頬を撫でながら、ロキは怪しく微笑みを向けた。その怪しく微笑む姿に彰はドキドキしながらも彼に尋ねた。

「ロキ、どうしてユリアンの姿をしていたんだ?」
「そりゃあ、君を頂くためさ。ねぇ、ショウ。君は今まで、どうして誰からも疎外されていたと思う?」
「えっ?」

 彰は、虚をつかれて目を丸くした。今までそんな事は考えた事はなかったからだ。
 両親は自分よりも兄ばかり構っていて、友だちもいなかった。自分の居場所がなく、今まで虚無感があった。でも彰にとっては、むしろその生活が当たり前だった。だからこそ、ロキに聞かれても全く考えもしなかったのだ。

 目を丸くした彰を見て、フフフとロキは笑う。彼の中では、彰のその反応は想定内だったようだ。

「その様子だと聞かれるのは初めてだね。アルカシスでさえ、話さなかったでしょう?」

 確かにそうだ。アルカシスは話した事はなかった。
 彼でさえ話さなかった事をどうしてロキは聞いてくるのか。

 訝しんだ彰は、ロキを警戒しながら尋ねた。

「どうしてそんな事、聞いてくるんだ?」
「どうして?いいよ、教えてあげる。これからは僕と一緒になるから。ショウも知って損は無いだろうしね」

 ロキは彰の身体を自分に向けると、突然寝具をはだけさせて肩を露出し、彼の首筋に自らの鼻を這わせた。

「ロッ、ロキ!?何っ」

 突然の彼の行動に彰は驚きを隠せない。

「あぁ・・・やっぱりなんて芳しいんだ。ショウから芳醇な甘い香りがする」
「ーーっ!!」

 ロキの言葉に身の危険を感じた彰は、再びロキから離れようとする。しかし、ロキは彰の動きを先読みして、抵抗する動きを封じるよう再度抱きしめる。
 そのままロキは、彰をベッドに押し倒した。

「一度は交わった仲じゃないか。怖がらないでショウ。君はね」

 ロキの唇が彰の耳元に移動する。そのまま彰の耳元に息を吹きかけながら囁くように言った。

「君はね、僕たち三神が探していた『魅惑の人』という存在なんだ」





*  *  *


「み・・・」

 『魅惑の人』。
 それって何だ?

 ロキの言葉に彰は理解が追い付かなかった。ロキも、彰の表情を見てそれもそうかと肩を竦める。

「そりゃあショウは知らないよね?僕たち神の籍にあってもしょっちゅう出会うわけでもない。トール兄さんの妻ミシェル義理兄さん、あの人も『魅惑の人』だよ。僕はミシェル義理兄さんとも仲が良いから、すぐに気づく事ができた」

 ロキは彰の頭を両手で固定すると、自らの唇を彰の唇に重ね合わせる。そのまま彰の口腔内に舌を侵入させ、彰の舌と絡まり合わせる。

「んぅ、んっ」

 ジュルッ、チュッ、ジュルッ、チュウ

「んぅ、ん、ダメっ」
「顔を僕に向けて。僕を拒まないで」
「んっ、んっ、んはっ」

 絡まり合う舌のざらざらした感触と、互いの唾液が混ざり合う感覚にロキと彰は互いの舌を深く絡めていく。

「そう。んっ、んっ、美味しい、ショウ。んっ、もっと」
「んっ、んはぁ」

 ゆっくりと二人は離れる。キスで酸欠状態になった彰は、ぼんやりとした表情でロキを見つめる。対してロキは、口端から垂れる唾液を人差し指で絡め取るとそれを口に入れてゆっくりと味わう。

「美味しい・・・これが君の唾液の味なんだ」

 恍惚とした表情をロキは浮かべると、うっとりとした表情のまま自分の下にいる彰を見つめた。

「『魅惑の人』の放つ芳醇な香りは、神さえも魅了する。君が今まで人間社会から疎外されてきた理由は、君の放つその香りに得体の知れない恐ろしさを感じたからさ。人間達はね、君が自分達と同じ存在じゃないという事に本能で分かっていたんだよ」
「そんな」

 予想外の答えに彰は驚きを隠せなかった。
 自分が、周りの人達とは違う存在なんて。そんな事、受け入れられる筈ない。

 明らかに動揺している彰に、ロキは優しく語りかける。

「びっくりするよね。ショウの気持ちは分かるよ。でも本当なんだ。既に『魅惑の人』を知っている僕だからこそ分かった事なんだ。アルカシスも気づいていた筈だよ。彼も以前『魅惑の人』に会っていたからね」
「アルカシス様も?」
「そう。アルカシスは王に即位する以前、カラマーゾフ王の弟子だったんだ。彼が選んだペットにユダという美しい人間がいたんだ。彼も『魅惑の人』だった。そしてアルカシスは、彼を愛してしまったんだ。師匠の愛玩を、ね」
「ーーっ!!嘘だ・・・」

 ロキから告げられた言葉に、彰は信じられないと目を見開いた。


 アルカシスが、ユダを愛していた。


 ロキから告げられた事実に、彰はガタガタと身体を震え上がらせる。

 人間社会で孤立して、強制的に淫魔界に連れて来られて無理矢理主従関係を結ばされたが、彼は自分に優しく、愛してくれていると思っていた。
 彼からは恋愛感情はないと言われても、アレクセイやユリアンから自分はアルカシスのただ一人の存在と教えられて、もしかしてと・・・考えていた。


 でも、そうじゃなかった。


 アルカシスには、既に愛している存在がいたのだ。

 彰は、ロキから告げられた事実に目頭に涙を溜めていく。彰の泣く姿を見たロキが彼に覆い被さるように抱きしめた。

「ショウは、彼のペットとして無理矢理連れて来られたんだよね。ごめんね。ショックを受けると思っていたけど、いつまでも答えを出さない彼に縋る姿も見ていられなくて。ユダは死んでしまったけど、アルカシスは今もユダを想い続けているんだ。だから、君と『命の契約』を結ぶつもりはなかった」

 ロキの言葉に、彰はポロポロと涙を溢す。泣きじゃくる彰にロキはよしよしと頭を優しく撫でる。

「うっ、うっ、うっ・・・」
「つらいよね。ショウにとっては、アルカシスは初めて好きになった相手だった?でもね、ショウ。僕がいる。僕も、君を愛している。僕と夫婦になろう、ショウ」
「ロ・・・ロキ・・・」
「愛しているよ、ショウ。永遠に、僕と一緒になって」

 彰はロキの背中に腕を回した。応えるようにロキも彰に腕を重ね、泣き疲れた彰はそのまま眠りについた。





*   *   *


 寝付いた彰から離れたロキは、背後にいる人物に声をかけた。

「上手くいったよ。トール兄さん」

 部屋の死角から一人の壮美の男が現れた。銀髪の長い髪を優雅に揺らしながら起き上がったロキに声をかけた。

「お疲れ、ロキ。見事な演出だったね」
「なぁに、ショウを手に入れるためならこんなの僕にとって朝飯前だよ」
「おやおや、末恐ろしい。名俳優の演技につい私も感情移入してしまいそうだ。ーーこの子のようにね」

 男は眠っている彰の隣に腰を降ろすと、彰の黒く長い髪に指を絡めてくるくると玩ぶ。

「この子にとっては絶望以外の何物でもないだろうね。初めて好きになった者と結ばれる事はない、というのはね」

 男は玩んでいた指を離すと、立ち上がり部屋の扉へ向かう。扉を開ける直前ロキへ振り返り言った。

「その子が起きたら私の部屋へ連れて来なさい。身体のイソギンチャクも取ってあげる。まぁ、この子がこの顔を見てどんな反応をするのか楽しみだが」
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