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彰、三神の手に堕ちる。

3 彰、『命の契約』を知る。

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目が覚めた彰は隣で寝ていたアルカシスがいなくなっている事に気づくと、一瞬寂しさが募ったが、すぐにどこか安心した気持ちになった。

 なぜ自分はあそこまでアルカシスに食らい付いていたのか。
 彼が、自分に気があるわけではなかったのはもともと分かっていたではないか。
 なのに、しつこく聞いてしまいアルカシスは気分を害しただろう。でも、諦めきれなくて、ベッドでの彼が言ったあの一言が引っかかっている。

『君は私の【ただ一人の存在】だ。君以外にペットはいらない』

 あの言葉の意味通りならば、ニュアンスは違うかもしれないがまさかと期待してしまう。

 彰が物思いにふけっていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえる。
 反射的に扉を開けた彰はそのままその相手に抱きつかれて尻餅をついた。

「ショウー!会いたかった!!」
「うわっ!?」

 扉を開けた途端抱きついてきたユリアンと、その背後から苦笑いするアレクセイだった。



*   *   *


 尻餅をついた彰は、腕を回して彰の頬にチュチュとキスするユリアンをそのままにアレクセイに尋ねた。

「二人とも、どうしてここに?」
「主上がショウの傍にいなさいとね。ここ最近雨が止まないでしょう?水の神と直接交渉に行かれたんですよ」
「水の神?」
「この淫魔界と人間界の水流を司る神の事だよ。彼等は定期的に雨を降らせるんだけど、あまりにも雨量が多いと水害が発生してしまうんだ。主上はそれを止めるために今城を空けていてね。その間、ショウを頼むと言うわけ。早い話が神と直接交渉して雨を止めてもらうよう抗議しに行ったってわけ」
「そうなんだ」

 以外だと思ったが、アルカシスは王だ。彼に強制的に異界転移させられた彰はこの淫魔界の常識がよく分からないが、こちらでは『淫魔王』と『水の神』って同じ立場なのか?

「ねぇ、ショウ。そんなことより」

 ユリアンは彰のガウンがはだけている事に目を細めた。それは色気が含まれていて、目が合った彰はドキッとしてユリアンから視線を離すが、察したユリアンに両手で顔を固定され視線がぶつかる。

「フフフ。顔を逸らしちゃダーメ。せっかくのお誘いなんだから喜んで受けなきゃ」
「ちょ、ま、待ってユリアン兄さん・・・!そ、そういうわけじゃっ」
「つれない事言わない。主上が命じたのは君の護衛と世話。つまりセックスもお誘いする君の世話に含まれるって事さ」
「お、俺はそんなつもりじゃ・・・!」

 先日彼に始めて会って感じたが、ユリアンは自分への執着が強い。自分にとっては『優しい兄』と思っていたが、彼はそうでもない。始めて会ったばかりの彼のあの言葉が印象的だった。

『友達になろうなんて言っても、僕はそれじゃ満足できない。もっと深く君と繋がり、もっと深く君を知りたい』

「ショウは可愛いのにつれなくて寂しいなぁ。せっかく主上は留守なんだし、主上とは違う遊びをいっぱいしようって張り切って来たのに」

 ユリアンの楽しそうに笑うその表情と言葉に、どこか下心を含んだニュアンスが隠れている事を察した彰は、彼から離れようともがいた。

「ゆ、ユリアン兄さん・・・!ちょ、ちょっと・・・!アレクセイさんっ」
「こらこらユリアン、ショウから離れなさい」

 迫るユリアンにアレクセイは二人の間に入り仲介する。アレクセイは呆れたようにユリアンに言った。

「ユリアン、今回はショウの安全のために主上が私と貴方を付けたのですよ?まずは仕事に徹してください」

 アレクセイに注意されたユリアンは頭を撫でて謝罪する。

「ごめんねショウ。何せ、カラマーゾフ王の会談からショウが心配だったから、つい舞い上がって」

 カラマーゾフ?それって誰だ?
 
「カラマーゾフ王?こないだのあの人?」

 確かアルカシスに紹介されたと思う。あまりに唐突にキスをされたから、名前よりも無理矢理という印象しか残らなかったが。

「ああ、そういえばショウはお会いしたのでしたね。先日は支配地域の変更がないかの確認のための会談だったんですよ。私達淫魔は人間と同様、肌の色や趣向も様々です。人間のように国として区別し、安定維持のため一つの国の中から魔力が一番強い淫魔を選びます。そしてその者が淫魔王として一国を治めるのですよ」

 淫魔界にも、人間界と同様の国の自治権があった事に彰は驚いた。
 人間界では地域で違えど政治基盤で国のトップが選出される。でも淫魔界は強い魔力を持つ者がトップになれるなんて人間界よりシンプルだ。なるほど、アルカシスは単に淫魔王というわけではなく、魔力が一番強いから部下に慕われているのか。

「凄い人だったんだ。アルカシス様って」

 アレクセイから聞いた彰は、思わず本音を呟いた。彰の本音にユリアンとアレクセイはクスッと笑った。

「アハハッ、ショウは素直だね!そうだよ、確かに主上は凄い方なんだよ」
「面白いね、ショウ!今の言葉は戻られたら、主上にも言ってみてください。きっと喜ばれますよ」

 二人はまだ笑っている。
 なんだか褒められているというより、小馬鹿にされていて釈然としない気分になった彰は、笑っている二人に食ってかかる。

「何だよ二人して!そんなに可笑しいかよ!」

 恥ずかしい。自分が空気読んでない人間みたい。
 笑いながらも、アレクセイが説明する。

「すみません、思わず・・・っ。ここ数日間降り続く雨に、主上の雰囲気がピリピリしていらしたから」
「えっ?」

 笑いを堪えるアレクセイの言葉に、彰は耳を疑った。

 初耳だ。さっきまで一緒にいた時には全くそんな雰囲気はなかったのに。

「ショウが来てからだよ。主上の雰囲気が変わったのは。ショウがいない時にはそりゃもう恐ろしいったら・・・。でも主上はどうして、ショウをペットとして囲うだけなのかな?『命の契約』をしてショウとパートナーになればいいのに」

 ユリアンが言った。『命の契約』という言葉を始めて聞いた彰は、彼に聞き返した。

「『命の契約』って?」
「そうか。まだ主上から聞いてないんだ。『主従契約書』を書かせる事で、淫魔王は人間をペットとして囲う事ができる。これは淫魔王の意思で可能なんだ。『命の契約』はその上にある儀式でペットに淫魔王と同程度の寿命を与える事をペットが受け入れるんだ。これでペットは淫魔王と対等な立場になれるし、言って見れば両思いの結婚式って事」
「対等な立場?」
「そう。『主従契約書』は淫魔王の一方的な結婚の儀式。その段階では名前の通り主とペット。支配する者とされる者の関係でしかない。でも『命の契約』はペット側からの結婚の儀式。やっぱり人間からすれば無理矢理結ばされたものだからね。だから人間の意思を表出するために『命の契約』という儀式が設けられたんだ」

 淫魔王に見初められた人間の中には、ペットとして囲う事で精神が崩壊する者もいた。そのため淫魔達は彼等の意思を表出する儀式を設ける事で彼等を対等な立場として迎え入れる事にしたという。

 話を聞いた彰は、以前彼に言われた事を思い出した。

『君は私の大事なペットだからね。ペットの管理は主の務め。そもそも私に、君達人間のような恋愛感情はないよ』

 恐らく彼はこれからも『命の契約』をしてくれないだろう。アルカシスにとって、自分はただのペットなのだから。

「多分、アルカシス様はこれからもしないと思う。その『命の契約』って」

 落ち込んだ表情を浮かべた彰を見て、アレクセイとユリアンは目を合わせた。二人とも、驚いているのがよく分かる。

「何言ってるんですかショウ!淫魔王のペットは淫魔王が精気を得るための大事な存在です!しないという事はあり得ないですよ!」
「そうだよ何言ってるのさ!君は主上に選ばれた【ただ一人の存在】だよ!もっと自信持って!だってショウ、君は主上の命その物って事なんだよ!」

 ユリアンに言われて、今度は彰が驚いた。

「ええ!?俺が?」
「ショウ、ペットは換えがきかないんです。例えば貴方を人間界に戻して、別の人間をペットに迎えたとしましょうか?ですが淫魔王はいくら精気を得ても満足しません。なぜだと思いますか?」

 アレクセイに聞かれて、彰は嘘!?と脳内で狼狽している。だってもしそうなら、アルカシスの言った意味が分からないじゃないか。

「淫魔王が精気を得らない状況は、魔力の枯渇だけでなく命に直結します。だからペットの選出は、淫魔王になれば慎重に選ぶんです。でも貴方を始めて見た時、主上はすぐに貴方を連れてきたんです。この意味、分かりますか?」

 アレクセイに接近され気圧されて彰は引いてしまったが、さすがに彼が言わんとしている事は彰も分かった。

 もしかして、アルカシスは・・・。

「ショウ、もし主上と言葉を交わして齟齬があるなら、私とユリアンが仲介します。貴方は主上にとって、大切な存在なのですから」

 アレクセイの語気は強い。ユリアンも頷いている。なんだか恥ずかしいし、むず痒くなる。

「ショウ、大丈夫。僕とアレクセイがいるから、心配しないで」

 ユリアンも言ってくれている。なんだか頼もしい二人だ。

 部屋の窓の雨音が強くなる。
 すると遠くから津波が押し寄せ部屋の窓を直撃する。

「「ショウ!!」」
「うわっ!?」

 ユリアンが彰を抱きしめ、アレクセイが二人の前に出た。津波は窓を破壊する事なく、波自体は消失した。

「つ、津波っ?」
 
 驚いた彰は、ユリアンに抱きしめられたまま、消えていく津波を見た。
 一体何が起こったんだ。

「恐らく水の神の仕業だよ。今まで主上が結界を張っていたからただの雨程度だったけど、彼の狙いが見つかったんだ」
 
 彰を抱えたままユリアンが言った。アレクセイも彼に同意する。

「今主上は不在です。急いで帰還の一報を入れなければ」

 アレクセイが苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。
 もし水の神が城に入れば、自分達には荷が重い。

「僕が行く。ショウもそのまま連れ出した方が主上も守り易い」
「ーーっ、ユリアン!」

 ユリアンは彰を抱えたまま、アレクセイの制止を振り切り、部屋を出た。

「ユリアン!待ちなさい!」

 津波はもう一度窓に激突する。今度は窓を粉々に砕き、部屋に水が侵入した。

「しまった!」

 アレクセイは反射的に水から離れた。すぐにユリアンと彰を探すが、既に二人の姿はなかった。



*  *  *

 ユリアンは彰を抱えたまま城の廊下を走っていた。ガウン姿の彰は、はだけながらもユリアンを抱きしめていた。

「ユリアン兄さん・・・!」
「大丈夫。このまま主上と合流しよう」

 彰を抱えたまま、ユリアンは城内を走り続ける。城の地下に入ったユリアンはすぐに扉を閉めた。目の前には澄んだ水溜りが広がっている。

「これ・・・!?」

 綺麗な水だ。
 しかし水溜りの中から、一人の壮年の男が現れた。

「だっ、誰っ?」

 知らない男だ。
 彰は、彼を見ると胸騒ぎを覚えた。

 まずい。早くここを離れないと。

 すると男は、ユリアンと彰に向かって恭しく頭を下げた。

「お疲れ様でございます。ロキ様」
「うん、君も、お迎えありがとう」

 彰の頭上から、ユリアンとは違う声が男に労いの言葉をかける。不審に思った彰はユリアンと目を合わせるが、今自分を抱えているのは、ユリアンとは全く違う金色の髪を靡かせた美麗の男性だった。ユリアンと風貌が全く違う男性に、彰は驚く。

「違う・・・!ユリアン兄さんじゃない!?」

 ロキ、と呼ばれた美麗の男性は彰と目を合わせると抱えている彰に向かってニコリと微笑んだ。

「ユリアンは僕の淫魔としての仮の姿だよ。初めまして。僕は三神の一人のロキ。君を迎えに来たんだよ、ショウ」

 その途端、彰の視界に手の平を広げ視界を覆う。すると強烈な眠気が彰を襲った。
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