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第 4 章

4. 保健衛生委員長出動

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 今日は待ちに待った休暇である。武修院に入隊して5か月、初めての休暇(しかも夜の8時まで鍛錬は禁止!)を得た12期生達は近隣の町の繰り出す者、家に帰る者、ひたすら寝る者などなど思い想いの時間を満喫していた。
 朱璃は近隣の市場で食べ歩き、まさに両手に団子状態でご満悦だ。

「あー美味し~。これもめちゃくちゃ美味しい! あー最高やー!」

 休暇を修得するまでは多少苦労があったので美味しさもひとしおであり、朱璃は両手を空に突き上げてガッツポーズをした。

 
 ことは2週間前にさかのぼる。朱璃は上官相手に奮闘し丸一日の休暇を修得することに成功したのだ。
 
 これは思いのほか骨が折れた。なぜなら武修院には休暇と言う概念がなく、自由時間は自主鍛錬時間と考えられていたからだ。
 もちろん体調を自己管理することは武官として非常に重要なので、無理強いはしていない。夜間は過度な鍛錬は禁止され、消灯時間も決まっているほどだ。鍛錬をすることも規則正しい生活を強いられることも問題ないのだが、朱璃はひとつだけ不満があった。

 それは6か月間、外出出来ず、武修院ここに拘束されることだ。
 
 厳しい鍛錬を受けると言うだけでも相当ストレスがたまるのに、14歳から20歳の子同士が共同生活をしなくてはならない。ましてや貴族や平民などという身分制度が壁を作っている状況はお互いにストレス以外何ものでもないだろう。
 
 また、なかには親元から初めて離れた子もいる。家や家族が恋しくなっても可笑しくない。外部との遣り取りは手紙だけ許可されているが、遠方出身なら大変な時間がかかる。最年長の朱璃でさえ泉李が居なかったら間違いなくホームシックだ。
 そう考えるとこの状況はとても可哀想な環境と言える。

 せめてストレス発散できるように何とかしないと! 朱璃は考えて一つの結論に達した。
 
 よし、休みをもらおう。自由時間があればストレス発散できる。私の場合、市場で美味しいものを食べ歩けば元気がでる。皆がそれぞれ「したいこと」をする時間を作るんだ。

 入団間もない頃にそう決意した朱璃だったが、交渉するどころか朱璃自身がそれどころではなくなってしまい今日に至ってしまった。
 
 本来ならもっと早くに交渉したかったのに、皆ごめんな。心の中で謝る。そして今さらだが『武修院に休日を作ろう会』を発足させる。(会員はまだ一人)
 
 交渉するに当たり一人御がりではいけないので、まず始めに皆の想いや考えをを聞いてみることにした。

 自分の時間が無いのは辛くないか、家人や友人との交流が途絶えることは寂しくないかと尋ねると皆一様に答えた。
「訓練生だから仕方がない(当然だ)」
 そういうものだと受け入れている者がほとんどだった。さすが禁軍の武官を目標にしている者たちなので、自分に厳しく、強制的に鍛錬をさせられているという考えはないようだ。しかし中には辛いと思ってはいけないのだと言う者もいて朱璃はその気持ちも痛いほど理解できる。かつて、自分もそうだったから……。
 いくら自分が決めた事でも辛く苦しいこともあり、時には逃げ出したいときもある。頑張りすぎて苦しくなったときに、ちょっと一休みしてもいいんだよと言われどれほど救われたか。
 
 武修院に休むことに罪悪感を抱く、空気があることは間違いない。そういう体質が問題なのだと思った。弱い立場の自分たちでも休暇を取る権利があると主張できるようになるのは骨が折れるが、上官に休日の必要性を理解してもらえば何とかなるかも知れない。

 というわけで、(ほぼ自称)保健衛生委員長の出番である。

 
 例によって泉李に面会を申し込み、出来るだけ多くの上官に相談したいと言ったところ、武修院に関わる上官のほとんどが参加した。
 朱璃は単純に喜んでいたが、当然、訓練生が上官を招集し、議題を提示し協議するなど前代未聞の事であった。

 その上、驚くべきことに禁軍の隊長が数人こっそりと混じっていた。実は禁軍では歩果ポカの有効性が思った以上に立証されてきており、ごく一部の者が発案者は秦景雪ではなく籐朱璃その弟子であると認識し実際に朱璃に会ってみたいと思ったからだ。

 何故ばれてしまったかというと景雪の本性を知るものは「秦景雪が自分の利益にならないことをするはずがない」と思ったこと。また、誰かさんが「私の可愛い娘自慢」をしたせいであるのだが、当人は全く悪びれてはいない。

 朱璃は集まった人の多さに驚き、実はこんなに武修院関係者がいるのだと感心していた。
 中には明らかにただの関係者じゃないだろうと言う風格の者もいたが人なのだろうと勝手に納得し気にしないことにした。

 彼らも物おじせずニコニコとあいさつをする愛らしい娘に興味津々だった。
 思った以上に幼く感じる容姿に目尻を下げる者もいれば、不機嫌な様子で威嚇する者もいたが朱璃の様子は一向に変わらず、その様子に「あほか?かしこか?」と言って笑う者もいた。(実は余計な事をいう者は泉李から肘鉄をくらい莉己から蹴とばされていた)

 
 そんな異様な集会であったが朱璃は普段と変わらぬ態度で自分の提案を発表した。

「頑張り過ぎてる私たちに休みを下さい」
 
 朱璃は現在の休みが無い状態が及ぼす悪影響について力説する。
 まずは肉体的な疲労が溜ると疾病や事故の危険性が高まる。体のバランスが崩れ病気にかかりやすくなったり、身体が思うようについていかず転倒したりなど怪我をしやすくなること。普段と同じように過ごしているつもりでも、心臓や脳に重大な疾患が突然発症し先日まで普通であったのに突然亡くなる、過労死の危険があること。
 
 また、もっとも重要なのは目に見えない精神負担ストレスだ。
 精神負担が大きくなることで情緒面が不安定になり、うつ気分、不安、不眠などの症状が出てき作業の効率低下、ミスが起こりやすい状況が怪我や事故につながる事。その結果、行動上の問題が起こり共同生活を行っているこの武修院の環境にも影響を及ぼすこと。また、過労と同じで精神負担が体の機能に悪影響を与え、疾病発症の危険性を上げていること。
 
 今の武修院は「休むなんてとんでもない」と言う風潮にあり、休むことに罪悪感を抱きやすい。また、目標を持って努力している彼らは「休むと迷惑がかかる」「休むと皆に遅れをとってしまう」という強い責任感や危機感もあり休もうとしない状態だ。気付かぬうちに疲労が積もり、度が過ぎれば心身とも壊れてしまう。
 
 心身を壊す前に、休息が必要不可欠であることを教え、周りを気にせず自己回復に努めることが出来るよう休暇を取ることを義務化してほしい。
 
 まだ若い子たちは特に上手くストレスを解消する方法を知らずにいる。個々にあった発散方法をみつけ、上手にストレスと付き合えるように誘導すべきだ。
 
 家族や友人、恋人と会う時間も作れず気が付けば疎遠になり精神的支えが不足しており、同じ立場である同期の仲間が支え合っていても限界がある。
 本来ならそれ補足するのは教育者的立場であるあなたたちの仕事ではないか。厳しい中にももう少し彼らの心の支えであろうという姿勢を見せてほしいと嘆願した。

 そうすれば、卒院時に半数以上も残らないなんてことが当たり前でなくなる。もともと優秀な人材を入隊させているのに半数も残らないなんてもったいない。育て方次第で多くの優秀な訓練生を無駄にしなくても良くなるに違いない。

 
 朱璃の必死の提案はまだまだつたないものだったが、その場に集まった人たちに誠実さを感じさせ一理あると思わせた。殆どの者が若い頃同じように辛い経験をしてきているので、あのころの自分と置き換え切なさまで感じるものもいたほどだ。
 しかしその中で途中何度も聞こえるように馬鹿にしたような発言をするもの者がいた。

「何を言い出すのかと言えば、何を甘えた事を。くだらない。聞いてはおれん。黙らんか」
 朱璃を見下し中断させようとする発言をしたのは、最初から朱璃にいい印象を持っていなかった隊長の一人だ。

 誰だか知らない何度も邪魔してくれたM字禿げさん。ほんま邪魔やなぁと内心うんざりしながら、朱璃は冷ややかな目で向き直った。

「どなたか存じ上げませんが、私の言ったことを甘えと言う一言で片づけるようなお方とはお話が合わないと思います。貴重なお時間をこれ以上浪費させるのは申し訳ありませんのでお帰り下さって結構です」

「……なっ 生意気な」
「お言葉ですが、その生意気な小娘の提案を聞きに自ら足を運ばれたのしょう。もうご期待に添えたのではありませんか?」
「……なんと慇懃無礼な! いくら秦景雪の手の者であっても卑しい身分の分際でよくもこの私にそのような口がきけたな」

「くすくすっ 傲慢無礼よりましだと思いますけどね」
「朱璃……今のはちょっとこいつ似てたぞ。わざとなら良いが無意識なら注意しろよ。莉己化してからでは遅い」
「失礼ですね。朱璃、怒ったあなたも素敵ですよ。ふふふっ」
「恐れ入ります。ふふふっ」
 泉李はやめてくれよと肩を竦めた。
 
 3人の息の合ったおふざけにM字隊長以外はある意味引いていた。「莉己化!? いや、今のだれ? 怒った? もしかして、そっち系!?」
 周りの変な空気を無視し泉李は話を元に戻した。

「それにしてもそんなに危うい状態なのか? この間の一件で随分空気が良くなり荷が下りたと思っていたが」

「まぁ、正直言うと12期生はもう大丈夫です。皆の笑顔も戻りましたし危機的状況は脱したと思います。ですが今期はたまたま上手く言っただけですし、来期再来期、5年10年先も考えて頂きたいのです。それとも武修院を無事に卒院する人数が増えると困りますか?」

「いや、どこの班も人手不足が慢性的な問題になっている。一人でも多く卒院してくれるに越したことはない」

「そう上手くいくか? 俺は朱璃ちゃんがいた今期は特別だと思っているのだが。お前さんがあいつらを笑わせ、悩ませ、心の支えとなり、あいつらを変えた。だからこそ現段階で脱落者がたったの4名だ」
 
「と、とんでもないです。わたしなんか」

 弘由仁の言葉に朱璃が少し赤くなる。褒めてくれたのも嬉しいが、朱璃ちゃんと呼ばれたことに喜びを隠せていない。そのあたりまで気が付いたのは莉己と泉李だけだった。

 柑長官からも最もな意見が出た。
「休日を義務化することで鍛錬の時間が減る。能力不足の卒院生が増えても仕方がない。足手まといが増えると逆にこっちの不利益になる」

「休暇を入れ込むことで武修院のレベルが落ちるはずがなく、むしろ上がると信じています。また、ここでの経験を生かして禁軍で待ち受けるさらなる緊迫状態や気苦労を乗り越えることが出来るようになり、禁軍での脱落者が減るのではありませんか」

「厳しいだけが成果を生むわけではないと言う理念は判るが根拠が弱いな」
「それについては、見ていて下さいとしか言えませんが、強制されるばかりでなく自分で考えて行動する習慣も大切だと思っています」
「欲望を抑制できずに自己管理も出来ないような者は要りませんから、勝手に脱落してもらったらよいのではないですか」
「そりゃそうだ」
 
 莉己の言うことは正論だが、高校生くらいの年でそこまで完璧な子ばかりではないと朱璃は思う。久遠や健翔は時別出来た子たちだ。あと、紫明も。彼らにも年相応な面があるし……。
 朱璃は数週間後に控えた模擬交戦に向けた作戦会議の事を思い出しながら少し笑った。
 いいやん若気の至り
 それに、このおえらい方達も若いころはやんちゃしてたんじゃないかなぁ。景先生なんて今でも欲望のまま生きておられますし。

「生意気言って申し負けないのですが……、彼らのほとんどは15~18歳です。思春期真っ最中、反抗期真っ只中なんですよ。長官たちは指導者的立場もおありで難しいかもしれませんが、もう少し彼らを支えて頂きたいのですけど、どうでしょうか?」

「思春期? 反抗期? なんだそれは」

 泉李の質問に、そう言う概念が無いのかと朱璃は悩む。どう説明しよう。

「私の国では〝思春期”というのは、子どもから大人に変わる時期を言います。これまでの知識が積み重なり物事を自分の頭で深く考えるようになって、親に対する葛藤や人生に矛盾や不安が湧き上がってくるそんな時期なんです。自立に向けて段階なので矛盾ある態度、良い子悪い子のような両面態度を出すことがあります。それも成長過程なのですがその時期を〝反抗期〟と言います。それを乗り越え、みな大人になっていきます。今はそんな難しい時期であることをご理解ください。長官たちも覚えがありますよね。親や上司に反抗しトゲトゲした時期。思い出して、男同士なんですから上手く対応してください。上手くいけば長官たちのようないい男に育ちますよ」

「……お前、いくつだ。今、うちの婆さんに見えた」
「失礼なっ。正真正銘ぷるんぷるんの20歳ですよ。反抗期真っ只中の同級生を見てきただけです(ドラマや小説もね)」
「くっくっく。だからあいつらの扱いが上手いんだな」
「え~上手くないですよ。悩めるお母さんの気持ちになっているだけです」
「お母さんね」

 なぜか皆笑い出し、朱璃は口をとがらせる。なんか馬鹿にされてる?

「ふふふっ。で、貴女はあったのですか? 反抗期」
「どうでしょうか……。あったと思いますけど、すぐにあきらめてしまったんですよね。矛盾に逆らうのをやめた方が楽だと。反抗期無かった分、今反抗期なんです。きっと」

 朱璃はM字さんを除きぐるりと皆を見渡す。
「なので、休暇制度を要求します!」

 その後、小一時間に及ぶ話し合いの結果、7日~14日に1回程度(状況に応じて)休暇を修得するように規約改正する方向性が決まり、12期生は試験的に導入することで合意した。

 満足げな朱璃はついでに来週から行われる禁軍との模擬交戦についても一つお願いごとをして帰っていった。
 交戦後に武修院生主催で親睦会をしたいと言う申し出だったので快く承諾されたのだが、これについては、後に「もっと深堀りして内容を尋ねれば良かった」と一同後悔することになる。
 
 
 結局、朱璃を批判した隊長は完全に放置されたままだった。
 もはや眼中にない様子で意見交換をする面々に背を向け自ら立ち去るしかなかった彼の眼には、憤然たる思いがみなぎっていた。彼を無視したのは朱璃ではなく(朱璃は一応相手をしている)他の長官たちなのだが、彼の恨みの矛先は生意気な小娘に向かっていた。
 この事が後に朱璃が禁軍で所属する班決めに多少影響するのだが、M隊長が怨恨を残して退出したことを誰も気にもかけていなかった。
 
 名だたる長官を相手にひるむことなく自分の意見を主張している可笑しな娘、籐朱璃の方に関心を持たずにはいられなかったからだ。
 
 隊長たちは朱璃がご機嫌で帰った後、口々に朱璃を好意的に評価しさらに彼女の保護者二人に多くの質問をしてきた。卒院後自分の隊に欲しいと思うほどには興味を持ったのだ。

 しかし莉己の言葉に若干引いた。いや関わらない方が身のためかもと本能で感じたと言ってもよい。

「こんな事彼女にとっては大したことではありませんよ。朱璃の事を知りたいって? うふふっ 彼女が誰の弟子かお忘れですか? あの子は彼の顔に落書きが出来るなんですよ。可愛いでしょう。 うふふ」
 


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