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第 4 章

2. 十人十色

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「色男いいご身分だな」

 出たなーケリー。むっとして朱璃が葎の背中をにらむ。
 ちなみにケリーというのは朱璃のお気に入りドラマの登場人物で厳しく毒舌だがやり手な所が似ていることから心の中でそう呼んでいる。

「お前みたいな奴でもここでは女扱いしてもらえるのか。ありがたいよな。というよりお前しかいないから此処の連中の感覚が可笑しくなっているだけか」
「ちょっとー。みんなの事悪く言わんといて。それに女は私だけちゃうし」
「はぁ? 蒼家と秀家の姫と同列と思ってるのかよ。あっちは泥中の蓮、高嶺の華な訳。お前とは違う」
「わ、わかってるわっ! それより私らの事をそんな低レベルな考えで語らんといてくれる? 同期愛をはぐくんでるんやから」

 わざわざ追い駆けて来て、小走り状態で文句を言う朱璃のコロコロ変わる表情に葎は小さく微笑んだ。
 耳まで赤くなるのはちょっと珍しい。あ、結構本気で怒ってるな。
 いつも笑顔でいい子の朱璃がそういった負の感情を見せることに特別感があり気分が良いのだ。
 
「愛ね~。ふん。下心見え見えなのに気付かないなんて、めでたい頭だよな。武修院でも花咲いたままかよ」
「……! り~つ~。あんた~ ホンマに腹立つわ……」

 孔雀団で初めて会ってから、事あるごとに言い合いをして、朱璃はほぼ一方的に負けている。
 そう、葎にはお口では勝てないのだ。

「おっそい。止まるな。短い脚は回転数で補え」
 地団太を踏む朱璃の姿に満足げな笑顔を見せる葎。
「ふふふっ。いつもながらむかつくわ」
 数メートル先の宿敵めがけ朱璃が助走をつけて飛び蹴りする。
 当然避けられストレスが溜る。
「うっき~!」

「残り少ない脳みそがとうとう筋肉に変わってしまったのか。ご愁傷様」
 現代風に言えば「ザ しょうゆ顔」のイケメンの葎だが、そのわざとらしい笑顔が癇に障る。朱璃は毎回相手にしないでおこうと思ってはいるのだが巧みな揚げ足取りにまんまと引っかかっている。そしてそんな自分が情けなく、その気持ちを表現するとまさに「うっき~!」なのだ。

「おやおや 痴話げんかですか?」
 いつの間に背後に現れた莉己に二人とも驚く。彼らの気配に気が付かないほど白熱していたのだ。

「朱璃ちゃんいじめるなって言うたやろ~」
 後ろからがばっと抱きつこうとする飛天だったが、泉李が朱璃の肩を掴みひょいっと避ける。
 勢いよく莉己に抱きつきそうになる飛天は当然容赦なく見えない速さの拳骨に見舞われていた。
「うげっ」

「朱璃の剣と、例の防具が出来たって聞いてね。見に来たんだ」
「例の防具?」
 朱璃が首をかしげた。まさかの王様訪問の理由はそれだと分かったが、何のことか見当がつかない。
 守衛のいる大きなの天幕に入るように促され朱璃は素直に従った。

 奥から葎が大きな箱を持ってき、中から朱璃の剣と弓矢を取り出した。
「わぁ! ありがとうございます」

 いつも嫌味ばかり言う葎であったが、仕事は出来る男である。孔雀団の頭領飛天の側近として非常に優秀だと皆が認めていた。葎が居なければ孔雀団は回らないだろうと朱璃も思ってはいる。
 
 久しぶりに手元に戻ってきた愛刀と弓矢を抱きしめ頬ずりする朱璃の様子に皆が目を細める中、葎から飛天にとあるものが手渡された。

「へ~。それが例の防具か」
「?」
 蘭雅を始め、泉李、莉己の順に廻し見されてきた防具が最後に朱璃の元に届けられた。

 手にしてみてその軽さに朱璃は驚いた。皮革製で全面を保護する胸甲と背面を保護する背甲に分かれており肩ベルトで結ぶ様式だ。
「朱璃ちゃんのの代わりや。前に言うてたやろ。ほら、あれ」
「「防弾チョッキ」」

 飛天には朱璃の欲しいと思う便利道具の開発を依頼することがある。もちろん異世界人よそものである自分がこの世界の文明の発展にちゃちゃを入れない方が良いとは考えているが、まぁ、欲に勝てないこともある。
(突然この世界に来ちゃって苦労しているのだから、ちょっとくらいは神様も許してくれるだろう)が朱璃の言い分だ。
 また、景雪が朱璃を弟子にした最も大きな理由が異世界文化なので、むしろもっと情報をよこせと言わんばかりで朱璃の方が警戒しているくらいだ。この世界の調和が崩れても師匠に言わせれば「知ったこっちゃない」の一言で済まされるに違いない。
 防弾チョッキの話も随分前に話したことがあり、礼服下に着こむ鎧のようなものを命を狙われやすい王は常に着るべきだと力説したことがあった。

「革製だけやなくて防御力を上げれるようにいろんなタイプがあるで。これはなサイの皮で作っててな、表面は漆塗にして強度を上げてる。長距離の矢なら穴もあかん。すごいやろ。普段用のもっと薄い奴もあるで」

 にかっと笑う飛天が久しぶりに恰好よく見えた。

「凄い……」
「景雪の注文が多くて難儀したわ~。あいつは首周りの防御にこだわったんやけどな襟をつけると普段はうっとおしいやろ。外の出る時はつけれるようなのを考え中やねん」
「本当に軽くて動きやすそうですね。朱璃の本来の売りである俊敏性を生かすことができる」
「ああ、馬にも乗りやすそうだ」
「……」

 防具を見つめる朱璃の目に涙が浮かぶ。色々考えて自分の為に作ってくれたのだと思うと胸が熱くなった。
優しさが染み入る。私はこんなにしてもらってばかりでいいのだろうかと朱璃は申し訳なく思う。つい、すみませんと口に出しそうになり、はっとする。飛天に何度も怒られた。「すみませんじゃないやろ」と。

「ありがとうございます。すごくうれしいです。いつも、……いつも気にかけて下さって感謝してます」

 隣にいた泉李が朱璃の頭をガシガシと撫で、飛天が肩を抱いた。
「でもな、ちょっと欠点があるねん。それをつける時の注意事項や」

 飛天の真顔につられ朱璃が背筋を伸ばす。
「任務の時はつけとかなあかんけど、それ以外は脱ぐか、せめてここの紐を緩めなあかん」
「なんで?」
「胸の成長の邪魔になるからに決まっているやろ。まだ大きくなる可能性はあるからな。諦めたらあかん」
「天さん!?」
 目を剥く朱璃に飛天はまだ続ける。
「いや、小さいのがあかんと言うてるんやないで! 俺はそういうのも好きやし、ましてや朱璃ちゃんのならそんなことは気にせえへんっ! それに俺やったらいくらでも大っきくしてあげれる  ぐぇっつ」

「そのいやらしい手つきをやめなさい」
 案の定莉己に蹴り飛ばされる飛天に朱璃はため息をつく。ボンが足首かじってるけどほっておいていいかな。
「馬鹿は相手にしなくても良いですよ。でも、相談ならいつでも乗りますからね  ふふっ」
 春の女神のような笑顔だけど、遠慮させていただきます。

「ちょっと試着してくれないかな。着心地とか教えてくれると参考になるし。別に見せてくれなくてもいいから」
「はいっ」
 蘭雅の提案に朱璃はすぐさま同意した。かなり実用性が高いがいくつか気になる点があったからだ。

「おお~。凄く着け心地がいいです。締め付けも調整出来るんですね。程よい締め付け感がいいです」
 更紗模様の布の間仕切りの向こうから朱璃が実況中継する。
「腕は挙げれる?」
「はい。肩当ては動くので全く支障はありません。柔らかいし、あ、でも外旋すると、ちょっと痛いかな」

 口で説明するのがめんどくさくなった朱璃は間仕切りから出ることにした。
「ほら、ピッタリです」

 露出度が高いのだが、朱璃にとってはタンクトップくらいになので全く気にせず5人の前でくるくる回って見せた。
「大きさの調整がしやすいのがいいですね。これなら3サイズほどあれば、殆どの人が男女問わず着用できますね」
「防御力が、少し不安だ。胸部はもう少し甲片を重ねて、繋ぎ合わせるようにして強化できないか」
「そうだな、最近、武具の精錬度が上がってきているからな。重さで叩き下ろすものより刺し殺すタイプで急所を狙らわれる」
「だとしたら、脇下が弱いです。やっぱり首やうなじもカバーしないと」

 いくら防具を兼ね備えたさらしと言っても、実際着ているのを見ると弱点が目につき、丸腰状態の朱璃を守らんがための補強材が増えてくる。
「それやったら、鎧と変わらへんやん」
 呆れたように飛天が突っ込む。

「あくまでさらしの代わり、なら十分か」
「まぁ、素材を金属にすればかなり防御力は高くなるしな、簡易的な鎧として外に着れるやつ作って見よか」

 5人の意見を聞いていた朱璃の頭に西洋のドレス下のコルセットが頭に浮かんだ。
「じゃあ、天さん!! 逆にもうちょっと素材を薄くして、胸から下だけを覆えるコルセットみたいなのも作って! 胸の部分は少しゆとりを持たせて苦しくないようにするねん。ちょっときれいな色をつけたら貴族の奥様達の防具として売れる! 絶対売れる! あと、あとな、腰だけをきつく巻けるの作って欲しいねん。一枚ものでちょっときつめに縛れるようにして、調理場の丁さん達が腰痛やねん」

「おおっ。よー解らんけど天さんに任しとき! 葎、記録しといて。朱璃ちゃん後で、絵書いてもろてな」
「はいっ」

 このようなやり取りを何度となしに見たことのある莉己や泉李はいつものごとくほほえましく見ていたが、初めてみる蘭雅は首をかしげた。
「それってさ、朱璃の世界に実在するものだろ? 朱璃が絵を描けばいいだけじゃないの」
「それは」
 飛天がしまったと顔を上げる。

「壊滅的に画力がないんですよ。そいつ」
「……」「……」「……」

「あははっ。やっぱり~? そうなんだろうなぁって思った。あははっ。ねぇっ朱璃。今度俺の絵書いて」
「うう~ 蘭さん。かんべんして下さい」
「いいじゃないですか。私は朱璃の絵大好きですよ。独創的で。ふふふっ」

 くすっと笑う葎がムカつくが絵心が残念だとか昔からよく言われ、自分でも認めざる得ない。頭でイメージするものを絵で表現するのって本当に難しいと朱璃はため息をついた。
 

「そろそろ、服着て来い」
 先ほどから何度か目のやり場に困った泉李がようやく口にした。言いかけてはなぜか蘭雅に止められていたのだ。
「はい。あ、これ、美琳の分もありますか?」

「朱璃ちゃんはいい子やね」
 飛天が朱璃を抱きしめすりすりする。足にはまだボンが咬み咬みしているが気にしてないようだ。
「もう少し改良したら、女武官全員に支給できるように手配しよう。いいよな」
「もちろん。防護下着の開発も期待してるよ」
「ありがとうございます!!」

 うれしすぎて深々とお辞儀をする朱璃に蘭雅も目を細める。
「なるほど」
 飛天がさんざん朱璃の胸の事をひやかしてはいたが、ばっちり谷間も出来上がっていた。お世辞にも豊満とまでいかないがそこまで悲観することないだろうと蘭雅は思う。教えてやった方が良いかなぁなんて思っていると隣の莉己に脇腹をされる。

「朱璃。もういいから早く着替えてきなさい。年頃の娘が、そんな姿でうろうろするんじゃありません」

 はっとした朱璃が赤面する。
 やばい。服着てへんかった。
「も、申し訳ありません。お目汚し失礼しました」
「ううん。目の保養させてもらったよ。ありがとう」
「……!」

 逃げるように間仕切りの裏にかくれてしまった朱璃をニコニコ笑いながら手をふる蘭雅に飛天が詰め寄った。角度的に莉己と蘭雅しか見えなかったようだ。
「せっかくいい眺めだったのに」
「私に部下をいやらしい目で見ないでください」
「朱璃ちゃんを汚すな~」
「何がだよ。朱璃は俺の義妹にしようと思っているのに」
「な、なんやとお~」
「ふっ。無理ですよ」

 蘭雅と莉己の間に不穏な空気が流れる。いや、周りに花があれば枯れるような邪悪な気が漂う。

「なに笑顔で見つめ合ってんねん。きしょいわ」
「はぁ。馬鹿の事言ってないでお前ら働けよ。若い奴らの道具選びのアドバイスしてやれ。ほら、朱璃も手伝え」
 戻ってきた朱璃も捕まる。やはり数が多すぎて、まだ経験の少ない子には一つを選ぶのは至難の業と言える。

「はっはっはっ。今年は張り切っていつもの倍以上持ってきたからな!」
「はっはっはじゃねーよ。ちょっとは考えろよ。国宝級の剣まで入ってるから、手伝いの武官が騒いでるじゃねーか。ボケ」
「頭領……いい加減にしないと殺……」
 葎のオーラが怖い。無断で何を持ち出してきたんですか。
「天さん。どんまい」





 その頃、戻ってこない朱璃の事を心配する友人たちが落ち着かない時間を過ごしていた。
 朱璃が入って行った天幕の前にはかなりの腕と思われる護衛の武官が2人鎮座している。

「どうなってんだ? てか、おまえらあの怪しい人たち誰か知ってるんだな」
 久遠と健翔は顔を見合わせる
「まぁな。これで、お前にはかなりショックな事かも知れないが、朱璃の師匠の目安が付いた」
「……何だって」

 先日、朱璃の本当の弓矢の実力を見てしまい、師匠から厳しい課題を受けていたと知ってから、彼らは朱璃の師匠は誰なのかが気になっていた。宗将軍、劉長官がこの国で指折りの名将であり、朱璃を可愛がっている事。剣の基本形を全く教えずたった3年で剣舞が舞えるほどの名手を育てた。かなり変人である(朱璃談)。これらの事から幾人の名が浮かび上がっていたが決定的な決め手が無かったのだ。
「俺がショックをうけるってどう言うことだよ……」


「たっだいま~。皆決まった? ど、どうしたん」
 なぜか膝を抱えている紫明に朱璃が驚く。

「ちょっとな。心配するな。……それがお前の剣と弓矢か! ちょっと見せてもらってもいいか」
 首をかしげながらも朱璃は久遠と健翔に道具を渡す。

「ああ、さすがにいいものだな」
「片刃なんだな。めずらしい。それに弓矢もみごとな」
「ふふふっ。立派過ぎるやろ。どっちも師匠からいただいた大切なものなんや。道具に負けないように腕を磨かんとな」

「お、おれにも見せて」
「う、うん」
 急に立ち上がった紫明にどぎまぎしながら朱璃が頷く。一体どうしたと言うのか!?

 紫明は久遠と健翔それぞれから刀と弓矢を受け取るとしみじみと眺め、しばらくするととそれを抱きしめた。

「……久遠さんや。これ、どういった状況かな?」


 やがて事情を聞いた朱璃は道具を抱きしめる紫明を気の毒そうに見つめた。
 久遠らは飛天と一緒に居た蘭雅の事を王様だと見抜き、その流れで秦景雪が自分の師匠ではないかと思ったらしい。景雪が隠居した立場上あまり公にしない方が良いと判断したこともあるが(皆からも景雪の弟子だと言うことは百害あって一利なしだから隠すようにとも言われていた)朱璃は今まであえては言わなかったことを謝罪した。
 久遠らは咎めることは一切無かったが、実は紫明が伝説の名官史 秦景雪のそれはそれは重い信者だと恐ろしい真実を明かしたのだ。
 
「ごめんな。隠すつもりはなかってん。紫明の憧れの名官史が、まさか景先生の事だと夢にも思わなくて……ホンマにごめんな」
「……わかってる。俺もまさかお前の変人師匠が、あの方だと思いもしなかったから」
「今度、先生のサイン。いや、いらなくなった筆とか書とか、貰ってくるからっ」
「い、いや、け、結構だ! そんな恐れ多い!!……書き損じたゴミで十分だ……。よろしく頼む」
「ま、まかせといて」

 がっちりと握られた手の痛みに耐えて握り返しながら、朱璃はあふれんばかりの景雪の愛読書(春本)も分けてあげようと心に誓うのであった。


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