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第3章

2.白馬の王子様

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 集団演習にあたり当然のことながらグループ分けがされた。こよりの先に何班か書いてあるという方法で本当にランダムに決められたのだ。

 その結果、朱璃は四班 秀美琳、蘇健翔、康汰亨こうたひょん惟孫淳いそんじゅんの5名であった。とりあえず団君とならなかったので良しとしよう。健翔と同じなのは本当に心強い。
「健々よろしくね」
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
「健翔、何とか問題を起こさないよう見張っといてくれ」
「朱璃頼むからじっとしてろ。健翔から離れるんじゃないぞ」
 何か引っかかるが気にしないでおこう。
 
 さて、新メンバーだが美琳とは最近いい感じに付き合えるようになったので問題なし。しっかり者だが、実は本物の箱入り娘で今期最年少(皆知らないが)なのでお姉さんがしっかりと守ってあげようと思う。
 惟孫淳君は秀派らしく美琳様と呼び名を変えられなかった中の一人だ。団君から何やら指示をもらっていたからちょっと注意。
 朱璃はメンバーを一人ずつ再確認する。
 康汰亨は今まであまり関わったことが無かったがとにかく大人しく小柄な少年だ。しかし星北州の州候推薦のメンバーであり優秀であることは間違いない。おそらく美琳の次に若いと朱璃は予想していた。整った容姿で美しいというより可愛いと表現してしまいそうな将来有望な美少年である。康家は多くの武官を排出している家系で現隊長にもいるらしく本人がその気になれば派閥が出来ていてもよさそうな名門の出だ。どこの派閥にも属さず言い方は悪いが影が薄い存在である。
 意図なしに悪目立ちしている朱璃に見習ってほしいものだと言われたことがあるので、よく観察して真似してみようと朱璃は心に決めていた。

 本日は顔合わせもそこそこに明日からの野外研修に向けての準備に取り掛かる。制限なしで必要物品は全て自分たちで決める。現地調達できるものは持って行かないのが鉄則であるが調達できる保証もないのが難しいところだ。
 話し合う中で美琳と汰亨は野営の経験はほとんどないことが分かり残念ながら戦力外となった。美琳だけではなく汰亨も箱入りだったようだ。

「4日目に本隊と合流し、翌日再び別行動でここへ帰ってくるってことか」
「今回は初演習なので4日目に補充ができ、健康状態などのチェックもある」
「じゃ、少し荷物減らせるな。私らの班はちっさい子が多いから荷物運びが不利やし助かったわ」
「一番足を引っ張ってるお前が言うな」
 孫淳の棘のある言い方に健翔が眉を上げたが朱璃は全く気にも留めなかった。
「あはは、そうだね。ごめん。食糧の調達で挽回するから許して下さい。もちろんお料理も任せて」
「……」
「ちょっと、健翔まで黙らんといてくれる?」
「ああ、いや、すまん」
「お前の作ったもの何か食えるかよ。美琳様ご安心ください。食糧は日数分確保しておきますのでこいつの作ったものを口にする必要などございません」
 孫淳に睨まれ肩をすくめる朱璃。反論しても時間の無駄だとさっさとあきらめ次の準備に取り掛かる。

 その様子を汰亨は興味深そうに見ていた。何かと騒がしく劣等生のイメージがある籐朱璃だが意外と能力が高いのではと思ったのだ。手際よく必要物品を集めてくるので野営の経験が豊富なのだろうか。

「朱璃は野営に慣れているようね」
 美琳も同じことを思ったのか少し感心したようだ。

「はい。師匠と半年近く旅をしたことがありますし、商団のお手伝いもしていたので経験はあります。ただ、お手伝中心で自分が率先してしてきたわけではありませんので上手く出来ないかもしれません」
「それで十分だ。実際行って学んでいけばいい。秀武官も康武官も誰でも初めての事は出来なくて当たり前だ。見ているだけではなくまずは手伝いをし覚えていけばいい。分からない事はきいてくれ。準備物にもちゃんと理由があるし、荷物の詰め方も決まりがある」
「そうやね。ごめんな。私一人でやってたわ。やってもらってばかりいても出来るようにならへんな。一緒にやろう」

 久遠のようにグイグイと引っ張っていくリーダーも居れば、健翔のように一歩引いて全体をみて皆を指導しながらまとめていくサポータータイプのリーダーもいる。
 リーダーだけではなくランダムに決めたチームでもそれぞれにうまく役割が決まっていく様子が面白いと朱璃は感心していた。
「うん、大事な事忘れてたな。まず、簡単に役割分担しなあかんわ。私はリーダーは蘇健翔君がいいと思いまーす」

「はぁ!! 何を馬鹿な」
 惟孫淳が目を剥いて怒鳴る。

 ったく、家柄とリーダーは関係ないのになぁ~と朱璃は思う。
 社会的地位や身分の高い人が偉いというのは権力を持った人という意味では間違ってはいないだろう。この国は朱璃のいた日本よりも身分社会であり、加えて男性中心の社会が成り立っているので美琳や白蓮が一目置かれた存在であることはむしろ凄いと思っていた。しかし、今回は健翔が適任だ。それをどうやって説得しようかと考えていた時思わぬ助っ人が現れた。

「私も蘇武官が良いと思う」
「美琳様!? 彼は地方貴族です。秀本家の美鈴様こそリーダーのふさわしい」
「そうでありたいとは思いますが、今の私では経験が不足し過ぎています。蘇武官や朱璃にも色々教えてもらわなければいけない立場です。それに身分など関係なく力を合わすべきだと劉長官もおっしゃっていたではありませんか」
「……承知しました。美琳様がそうおっしゃるならば」
 相変わらず美琳は莉己さんに夢中のようだ。今回のメイン講師である弘長官がスルーされている感もあるが気にしないでおこう。後は汰亨君の考えだけだ。
 皆の視線を受けて汰亨たひょんがおろおろしたように「僕も蘇武官がいいと思います」とだけ言った。

「健々、引き受けてくれる?」
 蘇健翔自身、どちらかと言えば『縁の下の力持ち』タイプでサポートに回ることが多かった。自分はその方が向いていると思っているのだが、せっかくなので成長につながるよう努力し期待に応えようとリーダー役を引き受けることにした。
「わかった。引き受ける。皆も力を貸してくれ。助けあって1週間乗り切ろう」
 
 朱璃が拍手をし、それにつられてしまった孫淳が朱璃をにらむ。
「落ちこぼれが足を引っ張るなよ」
「はーい。善処します」
『ワンワン』
「……」

「キュウ、そこはワンちゃう。がんばれがんばれ~や」
『ガンバレガンバレ、シューリッ。アーオナカヘッタ』

 惟孫淳と康汰亨が信じられないと言った表情を見せ、朱璃は大満足だった。(美林と健翔はもう知っている)
キュウはあの『ワンワン』を皮切りにとうとう言葉を話し出した。朱璃の独り言などもいつの間にか覚えていて油断ならないのだが話し相手ができたことは朱璃にとっても癒しになった。
 
 こうして5人と2匹で形成された四班の1週間サバイバルが始まった。


『百聞は一見にしかず』

 結果からいうと朱璃は今回の演習、野営で大変役に立った。それは孫淳も認めるしかなかった。
 何年も景雪と琉晟と一緒に旅した朱璃にとっては、この演習はお手のものだったからだ。
 もちろん朱璃も最初から出来たわけではない。この世界にきて初めての野営はキャンプに憧れていた朱璃の思い描いていたものと違っており大いに戸惑い、全く戦力にならなかった。だから美琳と汰亨の気持ちがよく解ったのだ。

 今回はまず目的地まで4日かけて移動する為3回夜を過ごす。朱璃は野営に慣れない二人の為によく眠れるために準備をしていた。野営する場所も周囲を注意深く見て決定し、シーツを張るだけの簡易テントも作ってやった。

 それから自称料理長としても張り切っていた。孫淳は最後まで反対していたが、じゃあ5人分の調理を出来るのか聞くと反論できなかった。普段から料理をしていない人が野営で出来るはずがないのだから当然だ。ふんっ。

 道中からの山野草を摘み食材を収集した。食べれる野草、茸、おやつの木の実の知識も豊富さに健翔も驚いたほどだ。他にも生き残るための最低限の知恵として火をおこす、水を得る、道具を作るなどの方法も美琳達に教えた。
 結果、夕食が終わるころには美琳と汰亨からの尊敬のまなざしを向けられ大いに照れてしまう朱璃であった。



「朱璃、私は、ずっと貴女に謝りたいと思っていたの」
 朱璃の作ったテントで仮眠を取り始めた時 突然美琳がそう言いだした。
「ど、どうしたの。急に」

「貴方と初めて会った時、同じ部屋になった時、下流層のものと同じだなんて正直すごく嫌だった。貴女の事を何も知らないのに教養が無いと見下していたの。だから貴女が嫌な目にあって居ても気にもならなかったし、辞めても当然だと思っていた。でも違った。貴女は変わってはいるけど賢くて能力もある。そして、いつも人の事を気にかけて思いやりに溢れてる。貴女を見下していた私の方がずっと卑しい人間なんだと気が付いたの。本当にごめんなさい」

「そんな、美琳さんはは卑しい人間じゃない。勤勉で責任感も強い。ずっとなんて高潔な魂を持った人なんだ尊敬しているんだから」

「いいえ。私は自尊心ばかり高くて、優遇されていても当たり前だと思う人間よ。武修院へ入ってもそれは変わらなかった。でも、貴女と逢って、自分が間違っていたと気が付いたの」

 朱璃は首を振り、美琳にしっかりと目線合わせた。
「自尊心が高いことは決して悪いことじゃないと思います。自分の人格を大切にして自分の言動や考え方に自信があるってことは悪い事ではありません。美琳さんは努力しているから自分に自信をもっていいんです。それに、自分が間違っていたってちゃんと認めることが出来るじゃないですか。自尊心が高すぎてダメな人はできないことをできないって言えないと私は思います。だから、美琳さんは恰好いい!」
 自尊心が低いといつも怒られている朱璃にとって憧れですらあるのだ。

「……ありがとう。朱璃は小さいのにとっても頼もしくて時々お姉さんみたいね」
「……えっと。それなんですけど、ここで年齢言わないのが決まりですが、私は見た目は若く見えるけど、結構年いっているので。美琳さんより年上ですよ。間違いなく(実は最年長かも)」
「……まぁ」
 そんなにつぶらな瞳でじっと見ないで欲しい。この国では16歳くらいなれば結婚していてもおかしくないので20歳だとなんとなく告白しにくい状況ではある。

「では、朱璃も結婚相手を探しているのかしら?」
「……いえ、私は別に。(私はこの間、振られたばかりだからね……。)それなんですが、美琳さんはどうして結婚相手を探しているのですか? 秀家のきまり?」

わたくしはそのくらいしか価値が無いから。秀本家は女であっても本家から出ることはなく婿取りが決まりなの。高位貴族で出来れば彩家と言われているけど、武修院には居なかったから」
「価値が無いとか言わないでください。いう考え方は私もそういう時があったから分からないでもないんですが、決してそんなことはありませんからね。それで、なんでまた劉長官? 歳は離れているし、結婚が似合わない人トップ5に余裕で入れる人ですよね」

「とっぷふぁいぶ? よく解りませんが、劉莉己様には小さいころお会いしたことがあるのです。いとこの同期だったので馬を買い付けに来られていました。周りはあまりお勧めしなかったのですが劉様は白毛の雌馬を気に入られ連れて帰られました。その時のお姿が……忘れられなくて、ここ武修院で講師としてお会いできたのは、運命だと思うのです」

「なるほど」
 要するに、幼いころ一目ぼれした人に再会したということか。まぁ、確かに白馬にのった莉己さん、えらい破壊力だっただろう。世間知らずな姫には見せてはいけないものやんな。それは。

 朱璃自身、男尊女卑の傾向の強い家庭で生まれ育っているので、親の進める結婚を無意識の受け入れていた。それしか自分の価値はないと美琳と同じようにそう思っていた。だから偉そうなことは言えないのだが、美琳にそんな風に思って欲しくないと思った。
 でも、それとは別に莉己さんの事が好きなのなら政略結婚でも幸せになるかも知れない。お姉さんとしては応援してあげたい。が、問題は莉己さん。朱璃は莉己の事はそこまで知っているけではないが、見た目に騙されてはいけないということはよく解る。景先生を転がせるのは、莉己さんと蘭雅王くらいだと思うので、朱璃の中では最強の部類に入る人たちだ。
 可愛い妹の夢は壊さずにいてあげたいけど、莉己さんはかなりの難関だと思う。いや、白馬の王子のまま結婚を辞退してもらう方が良いかも。でもどうやって。
 経験値が少ないだけでなく、そういう要素が欠如している朱璃の頭もパンクしそうになっていた。

「朱璃、私、劉長官に結婚を申し出ようと思っているのです」
「えっ!? いつ!? ここを出てからですよね」
「いえ、禁軍に配属されるのは目的ではないのよ」
「ああ、お婿さん探しが目的だったね。そっか……でも、急な求婚は絶対やめた方がいいと思う」
「どうして?」
「……うん。まぁ、(私失敗したからね)急だと劉長官に迷惑がかかるかも知れないし、もしかしたらお付き合いしている人がいるかも知れないし」
 莉己さんも独身なので断られると決まったわけではないが、万が一冷たくあしらわれたら可哀想だから手は回しておきたいと朱璃は思った
「まぁ、でも関係ありませんわ。秀家に劣る家など彩家以外にはありませんもの」

 意外にも断られるという選択肢は持っていないようだ。さすがお嬢様。
ここにきて自尊心の高さを発揮している美琳だったが、それが原因で朱璃との距離が再び離れてしまうことになる。しかもかなりこじれて。



『ツミナオトコ』
「どこで覚えたん。そんな言葉」
『オンナノユウジョウハハムヨリウスイ』
「だからどこで覚えてきたん」

 

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