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第十五話:はじめての依頼
しおりを挟む「じゃあ、よろしくお願いしますっ!」
剣士の少年──リュークが、少し緊張したように頭を下げた。
その横で、弓使いの少女がちらりとこちらを見て、黙って軽く会釈する。
もう一人の回復術師は、口元ににこにこと笑みを浮かべながら、ひらひらと手を振った。
「俺、エトって言います! まだひよっこだけど、がんばりますんで! よろしくっす、カナデさん!」
「カナデさんって呼び方でいいですか?」とリューク。
「うん、それで大丈夫。こっちこそ、よろしくね。みんな若いなあ……」
俺がそう呟くと、三人はきょとんとした顔で見上げてきた。
「カナデさんって、俺らよりちょっと年上……くらいですよね?」
「三十……まではいってない?」
「っていうか童顔じゃない? 下手したら俺より年下……?」
「あはは、ま、そんな感じってことで」
曖昧に笑って流す。
年齢は答えてもいいけど、正直に言ったら場が止まる気がするし。
目的地は街外れの小さな森。
そこに棲みついた“二つ牙(ダブルファング)”と呼ばれる中型魔獣が狙いだ。
目標は討伐じゃなく、魔石の採取。
幸い、三人ともその魔獣の習性を事前に調べていたようで、作戦も簡単なものが組まれていた。
「カナデさんは、できればちょっと後ろで見ててくれると……」
「敵が動いたとき、合図送ります!」
「……助けが必要なら、言いますから」
「了解。でも危なくなったら、勝手に前に出るからね」
「え、それって──」
「……それってけっこう怖いです」
「そういうタイプなんですね、カナデさん」
なんだかんだで、みんな少しずつ表情がほぐれてきているのが分かった。
森に入ると、木々の匂いが懐かしく胸に刺さった。
葉のざわめき。土を踏む音。風の音。
ずっとこういう場所で素材を探してきた。
違うのは──隣に誰かがいることだった。
「このあたりに棲んでるって情報が……」
「足跡ありました。大きさからして、たぶん一体だけ」
「でも近くに複数いる可能性もありますよね?」
息の合ったやりとりに感心しつつ、俺はすっと目を細めて地面を見た。
獣の足跡のそばに、小さな黒い粒が散っている。
「……これ、魔石の“かけら”だね」
「えっ、どれどれ?」
しゃがんで拾い上げた欠片を、エトが覗き込む。
「こういうの落ちてるの初めて見ました! どうして分かるんですか?」
「なんていうか……色と、手触りと、匂い?」
言いながら、自分でも曖昧だなと思った。
でも確かに分かる。目には見えない“違和感”が残っている。
それが《鍛眼》の影響なのか、職人の勘なのか、自分でもよく分からなかった。
「すご……」
「そういうの、私たちじゃ全然気づけないです」
「慣れだよ、慣れ。何百回も地面に這いつくばって探してたら、わかるようになるよ」
「“何百回も”って……」
「えっ、それって……?」
しまった、と思ったときには遅かった。
「え、カナデさんって、そんなに長く冒険してたんですか?」
「……んー、まあ、素材探しだけなら、ね」
笑ってごまかす。
三人とも少し首を傾げたが、無理に聞いてくることはなかった。
それがちょっと、嬉しかった。
やがて、小さな開けた草地に出たとき──リュークの声が低くなった。
「……いた」
茂みの向こう。
茶色い毛並みに黒い縞模様、肩ほどの高さの獣が、こちらに背を向けていた。
二つの大きな牙が、口の左右から湾曲している。
油断はできない相手だ。
「よし、予定通り、私が先に矢で注意を引きます。リュークは横から」
「俺が回復、カナデさんは後方で……!」
「了解」
俺は一歩下がりながら、腰の袋から“あの刃”を取り出した。
魔石を混ぜた──初めて《鍛眼》で打ち込んだ、小さな短剣だ。
初陣だ。
俺自身も、この刃がどんな力を発揮するのか、まだわかっていない。
──戦闘は、思ったより早く崩れた。
最初の矢が命中し、リュークが横から飛び込む。
斬撃が一閃した……が、魔獣は想像以上の反射速度でリュークを弾き飛ばした。
「うわっ──!」
「リューク! 回復!」
エトが回復魔法を放とうと詠唱に入った瞬間、魔獣は弓使いの少女に跳びかかっていく。
「避け──!」
俺は地面を蹴っていた。
頭で考えるよりも早く、体が動いていた。
短剣を握り、間に割り込む。
牙が目前に迫る──
刃を、振る。
──その瞬間、何かが共鳴した。
視界の奥が揺らぐ。
《鍛眼》の中で、魔石の“怒り”が、俺の気配と重なる。
そのまま、振り抜く。
刃が獣の肩を裂いた。
ただの一撃──なのに、血が風を巻き、魔獣の体が吹き飛ぶほどの衝撃が走った。
「……なっ……」
倒れた獣を見て、誰よりも驚いていたのは、俺自身だった。
「今の……俺の、刃……?」
短剣の先が、わずかに燻っているように光っていた。
その光は、魔石の記憶。
怒りの残響。
初めての《鍛眼》の“刃”。
それは確かに、“宿っていた”。
「……すご……」
エトがぽつりと呟いた。
「なに、あれ……一撃で……」
「……鍛冶師、なんですよね……?」
リュークが戸惑ったように言った。
俺は困ったように笑った。
「……うん。鍛冶師、だよ」
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