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第十四話:火を継ぐ場所
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『鍛冶の涯てに、剣を宿して』
第十四話:火を継ぐ場所
街に降りるのは、何年ぶりだろう。
──いや、正確に言えば三百年ぶりになるのか。
けれど、そういう“数字”の実感はもう、とうに自分の中から失われていた。
風の匂いも、道を踏む足の重みも、街に入る前のざわめきも、全部が新鮮で懐かしい。
小道を抜けて、門の向こうに広がる石造りの街並みに、俺は思わず立ち止まった。
「……すごい」
つい声に出た。
街は、まるで絵本の中みたいだった。
高くそびえる塔。壁の紋章。大通りを行き交う多種多様な人々。
中には尻尾のある種族や、耳の長い者たちもいる。
人混みに揉まれても、誰も驚かず、誰も止まらない。
ここではそれが“日常”なのだろう。
胸が高鳴っていた。
異世界に転生して、長く火の前に立ち続けた。
でも──
「異世界で生きてるんだ」って、心から感じたのは、きっと今が初めてだった。
ふと見上げた先。
広場の一角に、大きな木造の建物が見えた。
横に掲げられた看板には、銀の剣と槌のマーク。
その下に、こう書かれている。
──冒険者ギルド・イシュレル支部
「……おぉ、本当にあるんだ」
ひとりごとのように呟いて、足を踏み出した。
扉を押すと、柔らかい木の香りと、革や金属の匂いが混ざった空気が出迎えた。
中は広く、想像していた以上に人で賑わっている。
剣を背負った戦士たちが談笑していたり、弓を整備している者、報酬の紙袋を抱えた者、
受付前には、討伐報告や依頼の更新を待つ人の列までできていた。
「……本当に、ギルドだ」
建物の作りは洗練されていて、床は磨かれ、柱には細かな装飾が施されていた。
古びた感じはなく、それでも使い込まれていることが伝わってくる。
静かに深呼吸してから、受付へ向かう。
受付に立っていたのは、短めの金髪をまとめた女性職員だった。
年は二十代半ばくらいか。凛とした顔立ちに、淡い青の制服がよく似合っている。
「いらっしゃいませ。登録をご希望ですか?」
「はい、あの……初めてなので、よく分からないんですが」
「ご安心を。案内いたします。では、お名前を」
「えっと……カナデ、です」
「カナデ様。はい、ありがとうございます。次にご職業を──」
「鍛冶師、です」
俺がそう言うと、女性職員のペンが、わずかに止まった。
目が、一瞬だけこちらを見てから、すぐに穏やかな表情に戻る。
「……戦闘職ではなく?」
「はい。まあ、戦えないわけじゃないんですけど……打つほうが専門です」
笑ってそう答えると、職員も少し笑った。
「そうですか。珍しいですね。……いえ、失礼いたしました。
近頃は後方支援型の冒険者も増えていますから。では、登録手続きを──」
手続きは思ったよりも簡単だった。
身分確認のための軽い魔道具チェックと、最低限の質問に答え、簡易的な実技審査は「鍛冶職は対象外」と言われて免除された。
最後に、職員が一枚の紙を差し出す。
「こちらが、今現在の低ランク依頼の一覧になります。
素材収集から護衛までございますが……鍛冶師様となると、素材回収依頼が適しているかと」
「へえ……」
紙を受け取って、ゆっくりと目を通す。
“スライムの核回収”
“魔獣の爪素材の採取”
“鉱石採掘場への同行補助”
“火山地帯からの耐熱素材回収” ──
「……すごいな。こんなにあるんだ」
つい独りごとが漏れた。
これまで、自分の足で素材を集め、魔物と戦い、火を起こして鉄を叩く──そんな孤独な鍛冶だった。
でも、今はちがう。
自分以外の誰かと組んで、歩いて、世界を回れる。
未知の魔石。知らない素材。
誰かのために作る、まだ見ぬ刃。
“旅”という言葉の実感が、じんわりと胸の奥に灯った。
そのとき、背後から声がかかった。
「あの、すみません!」
振り向くと、三人組の若い冒険者が立っていた。
全員まだ十代に見える。小柄な剣士、短弓を背負った少女、ローブ姿の回復術師。
その中の剣士が、少し遠慮がちに言った。
「あの……素材回収の依頼で同行してくれる人、探してたんです。
その、鍛冶師さんなら素材にも詳しいのかなって……」
言いながら、彼は不安げに目を伏せる。
まるで「変に思われるかな」と怯えているように。
俺は思わず笑ってしまった。
「もちろん。慣れてますよ、素材探しも、魔物の避け方も。
何より──初めての依頼って、ちょっとワクワクしますよね」
そう言うと、三人の顔がぱっと明るくなった。
……ああ、こういうのが、旅なのかもしれない。
素材、魔石、見知らぬ人たち。
まだ、火を入れていない鋼のように、未来は可能性に満ちていた。
そして、そのどれにも──俺はもう、背を向けるつもりはなかった。
第十四話:火を継ぐ場所
街に降りるのは、何年ぶりだろう。
──いや、正確に言えば三百年ぶりになるのか。
けれど、そういう“数字”の実感はもう、とうに自分の中から失われていた。
風の匂いも、道を踏む足の重みも、街に入る前のざわめきも、全部が新鮮で懐かしい。
小道を抜けて、門の向こうに広がる石造りの街並みに、俺は思わず立ち止まった。
「……すごい」
つい声に出た。
街は、まるで絵本の中みたいだった。
高くそびえる塔。壁の紋章。大通りを行き交う多種多様な人々。
中には尻尾のある種族や、耳の長い者たちもいる。
人混みに揉まれても、誰も驚かず、誰も止まらない。
ここではそれが“日常”なのだろう。
胸が高鳴っていた。
異世界に転生して、長く火の前に立ち続けた。
でも──
「異世界で生きてるんだ」って、心から感じたのは、きっと今が初めてだった。
ふと見上げた先。
広場の一角に、大きな木造の建物が見えた。
横に掲げられた看板には、銀の剣と槌のマーク。
その下に、こう書かれている。
──冒険者ギルド・イシュレル支部
「……おぉ、本当にあるんだ」
ひとりごとのように呟いて、足を踏み出した。
扉を押すと、柔らかい木の香りと、革や金属の匂いが混ざった空気が出迎えた。
中は広く、想像していた以上に人で賑わっている。
剣を背負った戦士たちが談笑していたり、弓を整備している者、報酬の紙袋を抱えた者、
受付前には、討伐報告や依頼の更新を待つ人の列までできていた。
「……本当に、ギルドだ」
建物の作りは洗練されていて、床は磨かれ、柱には細かな装飾が施されていた。
古びた感じはなく、それでも使い込まれていることが伝わってくる。
静かに深呼吸してから、受付へ向かう。
受付に立っていたのは、短めの金髪をまとめた女性職員だった。
年は二十代半ばくらいか。凛とした顔立ちに、淡い青の制服がよく似合っている。
「いらっしゃいませ。登録をご希望ですか?」
「はい、あの……初めてなので、よく分からないんですが」
「ご安心を。案内いたします。では、お名前を」
「えっと……カナデ、です」
「カナデ様。はい、ありがとうございます。次にご職業を──」
「鍛冶師、です」
俺がそう言うと、女性職員のペンが、わずかに止まった。
目が、一瞬だけこちらを見てから、すぐに穏やかな表情に戻る。
「……戦闘職ではなく?」
「はい。まあ、戦えないわけじゃないんですけど……打つほうが専門です」
笑ってそう答えると、職員も少し笑った。
「そうですか。珍しいですね。……いえ、失礼いたしました。
近頃は後方支援型の冒険者も増えていますから。では、登録手続きを──」
手続きは思ったよりも簡単だった。
身分確認のための軽い魔道具チェックと、最低限の質問に答え、簡易的な実技審査は「鍛冶職は対象外」と言われて免除された。
最後に、職員が一枚の紙を差し出す。
「こちらが、今現在の低ランク依頼の一覧になります。
素材収集から護衛までございますが……鍛冶師様となると、素材回収依頼が適しているかと」
「へえ……」
紙を受け取って、ゆっくりと目を通す。
“スライムの核回収”
“魔獣の爪素材の採取”
“鉱石採掘場への同行補助”
“火山地帯からの耐熱素材回収” ──
「……すごいな。こんなにあるんだ」
つい独りごとが漏れた。
これまで、自分の足で素材を集め、魔物と戦い、火を起こして鉄を叩く──そんな孤独な鍛冶だった。
でも、今はちがう。
自分以外の誰かと組んで、歩いて、世界を回れる。
未知の魔石。知らない素材。
誰かのために作る、まだ見ぬ刃。
“旅”という言葉の実感が、じんわりと胸の奥に灯った。
そのとき、背後から声がかかった。
「あの、すみません!」
振り向くと、三人組の若い冒険者が立っていた。
全員まだ十代に見える。小柄な剣士、短弓を背負った少女、ローブ姿の回復術師。
その中の剣士が、少し遠慮がちに言った。
「あの……素材回収の依頼で同行してくれる人、探してたんです。
その、鍛冶師さんなら素材にも詳しいのかなって……」
言いながら、彼は不安げに目を伏せる。
まるで「変に思われるかな」と怯えているように。
俺は思わず笑ってしまった。
「もちろん。慣れてますよ、素材探しも、魔物の避け方も。
何より──初めての依頼って、ちょっとワクワクしますよね」
そう言うと、三人の顔がぱっと明るくなった。
……ああ、こういうのが、旅なのかもしれない。
素材、魔石、見知らぬ人たち。
まだ、火を入れていない鋼のように、未来は可能性に満ちていた。
そして、そのどれにも──俺はもう、背を向けるつもりはなかった。
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