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CCⅠ 星々の天頂と天底編 後編(1)
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第1章。同日同刻(1)
マイチ侯爵の城がある街、マイチ・ウルプスからカウチの平原へは、
なだらかな山地を超えていかなければならない。
その平原の入り口に、マイチ公爵と3ヶ国の連合軍は、
昨夕には到着したのだが、夜間の奇襲と罠の存在を危惧し、
少数の先発隊を除き、大半の部隊は手前で野営している。
朝の光が、世界を照らし始めた後、
最初は、左翼のレスト王国軍、次に右翼のメリオ王国軍、
そして、中央部分のマイチ侯爵軍に双月教国と武国の投降軍が順番に、
平原にゆっくりと、進み降りていっている。
・・・・・・・・
ラスカ王国のクラテス子爵は、今戦いは、マイチ侯爵の城で行われた軍議で、
遊撃部隊として、中央陣のマイチ侯爵軍の背後に布陣することになったので、
侵入口の後方で仮天幕をはり、カウチの平原侵入への順番を待っている。
これは、ラスク王国軍が、双月教国のシュウレイ將の籠る城を落とした事で、
これ以上の武功をたてさせれば、戦利品の分け前で不利になると、
レスト王国軍副将のトロ侯爵、メリオ王国軍副将のビン侯爵の両爵が、
ラスカ王国軍に対して、カウチの平原内の布陣の遊撃部分での布陣を提案、
いや、強硬に主張したからである。
その天幕のなかでは、ラスカ王国指揮官のクラテス子爵の眼前、
折り畳み式長机の上に、カウチ平原の地図が広げられ、
地図の上に置いてある、兵団を意味する各種駒の配置を
副將のオレス男爵、フゴク軍師、レンス・クリース・ラゴル・バレスの各將、
それに、セ二カとスパティアが凝視している。
この緊張感のなかに、スーッと見慣れた影が現れる。
「セーリア、武国軍の動きはどうだった?」
クラテス子爵は、地図を見つめたままで、セーリアに声をかける。
≪はい。部隊の大部分が、この平原の反対側にある侵入口から、
直接この台地部分に、進軍しています。≫
セーリアは念動力で、駒を地図上で移動させながら、精神波で答える。
「では、平原のなかの大地の上に、なんらかの罠はなかったのか?」
≪細心に細心を重ねて探知をいたしましたが、どこにもそのようなものは。≫
「やはり、気になりますか?」
苛立ちを隠せぬ指揮官に、副官のオレス男爵が話かける。
「ああ、オレス。おれの直感が言うのよ、『これは、罠だ。』とね。」
一見、臆病者ともとれる言葉だが、ここで苦虫を嚙み潰したような
表情になる將はいない。
「フゴク軍師、双方の戦力差は、4対1。この地形で、武国が取れる戦術は、
奇襲手段は、ないだろうか。」
筆頭の將の立場から、レンス將が、フゴク軍師に意見を求める。
「この平原のなか、唯一の高地部分に陣をはるのは、理にかなっている行動とは
思えるのですが、戦力差を考えると、隠された意思があると思います。」
「それに、セーリア殿。あの件の上奏を。」
その言葉に、セーリアは頷き、精神波で答える。
≪武国軍の先陣のなかに、4つの強力な魔力量を、感じとれました。≫
「つまり?」
クラテス子爵は、真剣な表情で、フゴク軍師に質問する。
「戦死、もしくは、失踪したと思われた、
ブーリカ・ウェリキン・ゲトラクス・イケニの武国の凶虎の4騎士が、
参戦していると、臣は想像します。」
と、含みのある表情で、フゴク軍師は答える。
「だとしたら、フゴク殿。あなたが武国軍の軍師なら、どういう策を考える?」
副官のオレス男爵が、そこにいる全員を代表して、フゴクに質問する。
「は、臣なら、乱戦に持ち込んで、4騎士に精鋭をつけ、
指揮官のみしるしのみを狙います。」
「なるほどな・・・。わかった。いざとなれば、小爵が指揮を引き継ぎますので、
クラテスさまは、後方へ避難なされて下さい。」
「オレス、そのときは頼む。よし、いくとするか。」
左右を見渡し、クラテス子爵は、立ち上がろうとする。
「お待ち下さい。相手は、あの武国の凶虎です。」
「わたし如きに見破られる戦術をとるとも思えません。
臣は、セ二カ殿とスパティア殿を本隊から外し、
あらかじめ、退却路の確保にあてることを、進言いたします。」
「フゴク殿!?」
レンス將が、さすがに、士気に関わると、百戦錬磨の軍師をたしなめる。
だが、フゴクは、必死な表情で、なおも言葉を続ける。
「武国の凶虎に斜め上の戦術をとられたときには、
このフゴクが、しんがりを務めますので・・・。」
≪このセーリアも、終始クラテス様の影として、
この戦いは望みたいと思います。≫
セーリアも礼儀を無視して、自分の心の底からの思いを、精神波で主張する。
『武国の凶虎とは、それほどの相手なのか!!』
オレス男爵も、各將も、詭道戦にもたけたふたりの戦士の青白い表情を、
まじまじと見つめたまま、次の言葉を発せられずにいた。
第2章。同日同刻(2)
朝の光のなか、坂道の脇には、常咲種の木々が優美な薄桃色の花をつけ、
片方の緩やかな崖には、木々が枝々に白い花をつけ、輝いている。
わたしと3人が、アバウト学院へ続く坂道にさしかかるころには、
紺系・赤系・黄系・青系・紅系・茶系の支給服に身を包んだ学院生、
初等部の子供たち、新帝国政府からの訓練生で、
人通りが増えてきていた。
わたしも、茶色の支給服を纏い、学院に向かっている。
わたしの前を、わたしの契約者たるノエル、それにセプティ、
セプティの警護役のエレナが、いつもの日々のように歩いている。
わたしは、司祭のカシノに、ノアとして、紹介状を書いてもらい、
聴講生として、アバウト学院に通うことにした。
わたしの分身体で、常時ユウイを警護するのを、交換条件として・・・。
わたしの契約者のノエルは、よく言えば無邪気、悪く言えばバカ。
この世界に単独でいれば、他の人間に簡単に騙されるだろう。
もしその相手が、たとえば、わたしと出合った頃の、
前契約者のノープルような人間だったら、
ノエルは命まで、銀貨にかえられたであろう。
人間の世界は、妖精の世界より、遥かに醜い。
他の妖精が、この世界のエーテルを、直に取り入れる事ができるのなら、
この世界から、この生物を駆除するのに、なんの躊躇いもしなかった。
その点で言うと、わたしは同じ白光の妖精のラファイアより、
下衆な妖精か・・・。
坂の手前の車泊まりの空き地に、ミカル大公国の紋章をつけた鉄馬車が、
いつものように止まっており、わたしと3人の到着を待って、
レリウス大公の3義妹のうち、セリナとミリナが、鉄馬車から降りてくる。
「「「おはよう。」」」
爽やかな言の音が、若い女性たちの口々から交わされ、空に溶けていく。
「キリナさんは、どうしたの?」
わたしは、年長者?の役割と割り切り、セリナに尋ねてみる。
「ミカル大公国の雲行きが怪しくなっているらしく、婚約したトリハさんからの、
書状が届かないので、キリナ義姉は憔悴してしまって。
今日の講義は、自学がほとんどなので、家で休ませているわ。」
と、セリナが答える。
「エレナさん。ミカル大公国で内戦は起こるのでしょうか?」
セプティが、軍事に詳しい、エレナに尋ねている。
「起こらない可能性の方が、低いわね。
だから今、トリハ宰相が、妥協点を見出すべく、努力しているんだと思う。」
歩きながらエレナが、たぶん、わざと冷静に答えている。
「ノア。講義が終わったら、キリナのところに、治癒に行かない?」
「ノアは、いつも言っているじゃない。心と体の健康は、連動しているって。」
わたしは、大きくため息をつき、ノエルの方を向く。
「ノエル、確かにそう言っているけど・・・。」
「いえ、ぜひお願いしたいわ。」
ミリナが、わたしに、お願いしてくる。
人間という生物には、わずかだが〖上澄み〗というべき、
清新な人格を持ち合わせている者たちがいる。
哀しみを経験し、心の中で、昇華させられた者たち・・・。
『ノエル。新帝国に来て、正解だったな。』
わたしは、心の中で、ノエルに語りかける。
『いざとなったら、トリハという奴に合力してやるか。』
ノエルが、この人生で余計な哀しみを背負うのを、わたしは認めはしない。
「では、ノアと一緒に、夕方に、お邪魔しようかしら。」
わたしは、如才なくミリナに、返事をする。
ん、ノエルが、サッコスをまさぐっている。
「ミリナ。わたしね、このまえのお祭りのとき、
露天の屋台で、これを買ったんだ。」
ノエルが取り出したものには、なにやらデタラメな、
よく言えば神聖文様に似せたものが書いてある。
これを、ミリナに見せながら、わたしの契約者のノエルは言った。
「これは、聖ラファイスさまの、護符らしいわ。
だから、真剣にお祈りすれば、
聖ラファイスさまが、お力を貸してくれると思うの!」
第3章。同日同刻(3)
その清新な大気のなか、妖精界魔力頂点ふたりの目の前で、
情けない容姿の若者が、鍋に水を入れ熱してお湯をつくり、
それに携帯固形食糧を溶かして、濃厚なスープをつくっている。
ラファイアが、昼夜問わずに、鉄馬車を走らせたため、
あさっての朝には、武国国境に達するのが予想されるで、
少し早いが、10日に1度の食事を、作っている最中である。
「ラファイア。なんで、王国連合のやつら、絡んでこないのよ。」
香茶を楽しんでいるラファイアに、暗黒の妖精はくってかかる。
「平和で、いいではありませんか。ラティスさん。」
「あのね~、ラファイア。あいつら職務怠慢よ。急ぎの旅でなかったら、
各国の王に代わって、わたしが、気合いを注入してやるんだけど。」
いいかげん、うざくなったのか、ラファイアは、
「あれだけ、精神波で【暗黒の妖精】と連呼なされば、マジやばい奴が来たと、
みなさん考えられて、お避けになったんじゃありませんか。」
と、ぶっきらぼうに答えた。
ラファイアは、本来の妖精の姿に戻っているので、その心持ちに反応して、
7色の光粒が舞い散っている。
「あんた、それって、わたしをバカにしてるんじゃない?」
「それ以外に聞こえたのなら、どれだけでも謝りますよ。」
「おまえな~!」
普段なら、ここでレクリエーションに突入だが、ふたりとも、
(もうひとりの暗黒の妖精と、お遊びを、しなければならないのかもしれない。)
という自覚のもと、魔力の無駄遣いはできないと、
単なる諍いに、とどめている。
「ところで、ラティスさん。わたし考えたんですけど。」
「なによ。まあ、言ってみなさい。」
「アマトさんを、どこかのギルドに連れて行くんですよ。」
「それで・・・。」
「アマトさんは、あのご容貌ですし、たぶんお約束どおり、どこかの三下が、
{表に出な!}と、アマトさんに絡んでくると思うんです。」
「むろん、三下の方は、わたしが引き受けますので、ラティスさんは精神支配で、
その国の王女さまとか、公女さまとか、伯爵令嬢さまとかを誘導して、
その場に居合わせさせるんです。」
「・・・んで。」
「余裕で、三下を倒すアマトさんを、
『これは、超上級妖精の契約者を遥かに超える魔力。彼は、何者なの。』
なんて・・意識させ、ついでにその国の悩みもひとつでも解決して、
婿入りさせるというのは・・・。」
「ふう~。」
ラファイアの話を聞いて、ラティスは、深く深く、ため息をつく。
「ラファイア。どこから、そんな話を拾ってきたか知らないけどね・・」
「まあ、ユウイとエリースのことを、置いていてもさ~。」
「それだったら、直接、王宮なりに乗り込んで、そこの全員に精神支配をすれば、
一発で終了じゃない。」
「わたしの精神波に対抗できるなんて、少なくともリーエなみの超上級妖精と
契約している人間がいなければ、無理じゃないの。」
「・・・・・・・・。」
ラティスにそこまで、畳みかけられて、さすがのラファイアも凹んで・・・、
なんてことは、全くない。
「けど、重大なのはそこではないわ、ラファイア。」
「それは、なんなんですか、ラティスさん。」
「その国のために、全身を賭して行動する勝気な、王女、公女、伯爵令嬢なんて、
現実いないわ。あのアマトに刃を向けたレウス公女なんて、むしろましな方よ。」
「それに、そんな女性とアマトを、くっつけてみなさいよ。」
「アマトは、生涯、尻に敷かれる程度じゃすまないわ。」
「というと・・・。」
「そうよ、ラファイア。足裏で踏みつけられる生涯になると思うわ!」
「足裏で踏みつけられる人生ですか・・・。」
ラファイアは、スープをすすっているアマトを、盗み見る。
「確かにです。ラティスさん。」
「見かけ清純派のエリースが、あれでしょう。
外観癒し系のユウイさえ、あれなのよ、ラファイア。
ふたりとも、人間の容姿としては、麗人にランクされるのは、
認めるけれどね。」
ラファイアは、深く頷いている。
「だから、ラファイア。契約妖精として、アマトにいばらの道を進ませては、
いけないのよ。」
「わかりました、ラティスさん。たしかに、アマトさんは、
お淑やかで、3歩後ろを歩いてくれる女性がいると、信じていますからね。」
「一生涯、夢を見続けさせれば、アマトにとって、それは真実になるわ・・・。」
アマトが食事をしている間、妖精界魔力頂点のふたりの妖精は、
くだらぬ話で、もりあがっていた・・・。
マイチ侯爵の城がある街、マイチ・ウルプスからカウチの平原へは、
なだらかな山地を超えていかなければならない。
その平原の入り口に、マイチ公爵と3ヶ国の連合軍は、
昨夕には到着したのだが、夜間の奇襲と罠の存在を危惧し、
少数の先発隊を除き、大半の部隊は手前で野営している。
朝の光が、世界を照らし始めた後、
最初は、左翼のレスト王国軍、次に右翼のメリオ王国軍、
そして、中央部分のマイチ侯爵軍に双月教国と武国の投降軍が順番に、
平原にゆっくりと、進み降りていっている。
・・・・・・・・
ラスカ王国のクラテス子爵は、今戦いは、マイチ侯爵の城で行われた軍議で、
遊撃部隊として、中央陣のマイチ侯爵軍の背後に布陣することになったので、
侵入口の後方で仮天幕をはり、カウチの平原侵入への順番を待っている。
これは、ラスク王国軍が、双月教国のシュウレイ將の籠る城を落とした事で、
これ以上の武功をたてさせれば、戦利品の分け前で不利になると、
レスト王国軍副将のトロ侯爵、メリオ王国軍副将のビン侯爵の両爵が、
ラスカ王国軍に対して、カウチの平原内の布陣の遊撃部分での布陣を提案、
いや、強硬に主張したからである。
その天幕のなかでは、ラスカ王国指揮官のクラテス子爵の眼前、
折り畳み式長机の上に、カウチ平原の地図が広げられ、
地図の上に置いてある、兵団を意味する各種駒の配置を
副將のオレス男爵、フゴク軍師、レンス・クリース・ラゴル・バレスの各將、
それに、セ二カとスパティアが凝視している。
この緊張感のなかに、スーッと見慣れた影が現れる。
「セーリア、武国軍の動きはどうだった?」
クラテス子爵は、地図を見つめたままで、セーリアに声をかける。
≪はい。部隊の大部分が、この平原の反対側にある侵入口から、
直接この台地部分に、進軍しています。≫
セーリアは念動力で、駒を地図上で移動させながら、精神波で答える。
「では、平原のなかの大地の上に、なんらかの罠はなかったのか?」
≪細心に細心を重ねて探知をいたしましたが、どこにもそのようなものは。≫
「やはり、気になりますか?」
苛立ちを隠せぬ指揮官に、副官のオレス男爵が話かける。
「ああ、オレス。おれの直感が言うのよ、『これは、罠だ。』とね。」
一見、臆病者ともとれる言葉だが、ここで苦虫を嚙み潰したような
表情になる將はいない。
「フゴク軍師、双方の戦力差は、4対1。この地形で、武国が取れる戦術は、
奇襲手段は、ないだろうか。」
筆頭の將の立場から、レンス將が、フゴク軍師に意見を求める。
「この平原のなか、唯一の高地部分に陣をはるのは、理にかなっている行動とは
思えるのですが、戦力差を考えると、隠された意思があると思います。」
「それに、セーリア殿。あの件の上奏を。」
その言葉に、セーリアは頷き、精神波で答える。
≪武国軍の先陣のなかに、4つの強力な魔力量を、感じとれました。≫
「つまり?」
クラテス子爵は、真剣な表情で、フゴク軍師に質問する。
「戦死、もしくは、失踪したと思われた、
ブーリカ・ウェリキン・ゲトラクス・イケニの武国の凶虎の4騎士が、
参戦していると、臣は想像します。」
と、含みのある表情で、フゴク軍師は答える。
「だとしたら、フゴク殿。あなたが武国軍の軍師なら、どういう策を考える?」
副官のオレス男爵が、そこにいる全員を代表して、フゴクに質問する。
「は、臣なら、乱戦に持ち込んで、4騎士に精鋭をつけ、
指揮官のみしるしのみを狙います。」
「なるほどな・・・。わかった。いざとなれば、小爵が指揮を引き継ぎますので、
クラテスさまは、後方へ避難なされて下さい。」
「オレス、そのときは頼む。よし、いくとするか。」
左右を見渡し、クラテス子爵は、立ち上がろうとする。
「お待ち下さい。相手は、あの武国の凶虎です。」
「わたし如きに見破られる戦術をとるとも思えません。
臣は、セ二カ殿とスパティア殿を本隊から外し、
あらかじめ、退却路の確保にあてることを、進言いたします。」
「フゴク殿!?」
レンス將が、さすがに、士気に関わると、百戦錬磨の軍師をたしなめる。
だが、フゴクは、必死な表情で、なおも言葉を続ける。
「武国の凶虎に斜め上の戦術をとられたときには、
このフゴクが、しんがりを務めますので・・・。」
≪このセーリアも、終始クラテス様の影として、
この戦いは望みたいと思います。≫
セーリアも礼儀を無視して、自分の心の底からの思いを、精神波で主張する。
『武国の凶虎とは、それほどの相手なのか!!』
オレス男爵も、各將も、詭道戦にもたけたふたりの戦士の青白い表情を、
まじまじと見つめたまま、次の言葉を発せられずにいた。
第2章。同日同刻(2)
朝の光のなか、坂道の脇には、常咲種の木々が優美な薄桃色の花をつけ、
片方の緩やかな崖には、木々が枝々に白い花をつけ、輝いている。
わたしと3人が、アバウト学院へ続く坂道にさしかかるころには、
紺系・赤系・黄系・青系・紅系・茶系の支給服に身を包んだ学院生、
初等部の子供たち、新帝国政府からの訓練生で、
人通りが増えてきていた。
わたしも、茶色の支給服を纏い、学院に向かっている。
わたしの前を、わたしの契約者たるノエル、それにセプティ、
セプティの警護役のエレナが、いつもの日々のように歩いている。
わたしは、司祭のカシノに、ノアとして、紹介状を書いてもらい、
聴講生として、アバウト学院に通うことにした。
わたしの分身体で、常時ユウイを警護するのを、交換条件として・・・。
わたしの契約者のノエルは、よく言えば無邪気、悪く言えばバカ。
この世界に単独でいれば、他の人間に簡単に騙されるだろう。
もしその相手が、たとえば、わたしと出合った頃の、
前契約者のノープルような人間だったら、
ノエルは命まで、銀貨にかえられたであろう。
人間の世界は、妖精の世界より、遥かに醜い。
他の妖精が、この世界のエーテルを、直に取り入れる事ができるのなら、
この世界から、この生物を駆除するのに、なんの躊躇いもしなかった。
その点で言うと、わたしは同じ白光の妖精のラファイアより、
下衆な妖精か・・・。
坂の手前の車泊まりの空き地に、ミカル大公国の紋章をつけた鉄馬車が、
いつものように止まっており、わたしと3人の到着を待って、
レリウス大公の3義妹のうち、セリナとミリナが、鉄馬車から降りてくる。
「「「おはよう。」」」
爽やかな言の音が、若い女性たちの口々から交わされ、空に溶けていく。
「キリナさんは、どうしたの?」
わたしは、年長者?の役割と割り切り、セリナに尋ねてみる。
「ミカル大公国の雲行きが怪しくなっているらしく、婚約したトリハさんからの、
書状が届かないので、キリナ義姉は憔悴してしまって。
今日の講義は、自学がほとんどなので、家で休ませているわ。」
と、セリナが答える。
「エレナさん。ミカル大公国で内戦は起こるのでしょうか?」
セプティが、軍事に詳しい、エレナに尋ねている。
「起こらない可能性の方が、低いわね。
だから今、トリハ宰相が、妥協点を見出すべく、努力しているんだと思う。」
歩きながらエレナが、たぶん、わざと冷静に答えている。
「ノア。講義が終わったら、キリナのところに、治癒に行かない?」
「ノアは、いつも言っているじゃない。心と体の健康は、連動しているって。」
わたしは、大きくため息をつき、ノエルの方を向く。
「ノエル、確かにそう言っているけど・・・。」
「いえ、ぜひお願いしたいわ。」
ミリナが、わたしに、お願いしてくる。
人間という生物には、わずかだが〖上澄み〗というべき、
清新な人格を持ち合わせている者たちがいる。
哀しみを経験し、心の中で、昇華させられた者たち・・・。
『ノエル。新帝国に来て、正解だったな。』
わたしは、心の中で、ノエルに語りかける。
『いざとなったら、トリハという奴に合力してやるか。』
ノエルが、この人生で余計な哀しみを背負うのを、わたしは認めはしない。
「では、ノアと一緒に、夕方に、お邪魔しようかしら。」
わたしは、如才なくミリナに、返事をする。
ん、ノエルが、サッコスをまさぐっている。
「ミリナ。わたしね、このまえのお祭りのとき、
露天の屋台で、これを買ったんだ。」
ノエルが取り出したものには、なにやらデタラメな、
よく言えば神聖文様に似せたものが書いてある。
これを、ミリナに見せながら、わたしの契約者のノエルは言った。
「これは、聖ラファイスさまの、護符らしいわ。
だから、真剣にお祈りすれば、
聖ラファイスさまが、お力を貸してくれると思うの!」
第3章。同日同刻(3)
その清新な大気のなか、妖精界魔力頂点ふたりの目の前で、
情けない容姿の若者が、鍋に水を入れ熱してお湯をつくり、
それに携帯固形食糧を溶かして、濃厚なスープをつくっている。
ラファイアが、昼夜問わずに、鉄馬車を走らせたため、
あさっての朝には、武国国境に達するのが予想されるで、
少し早いが、10日に1度の食事を、作っている最中である。
「ラファイア。なんで、王国連合のやつら、絡んでこないのよ。」
香茶を楽しんでいるラファイアに、暗黒の妖精はくってかかる。
「平和で、いいではありませんか。ラティスさん。」
「あのね~、ラファイア。あいつら職務怠慢よ。急ぎの旅でなかったら、
各国の王に代わって、わたしが、気合いを注入してやるんだけど。」
いいかげん、うざくなったのか、ラファイアは、
「あれだけ、精神波で【暗黒の妖精】と連呼なされば、マジやばい奴が来たと、
みなさん考えられて、お避けになったんじゃありませんか。」
と、ぶっきらぼうに答えた。
ラファイアは、本来の妖精の姿に戻っているので、その心持ちに反応して、
7色の光粒が舞い散っている。
「あんた、それって、わたしをバカにしてるんじゃない?」
「それ以外に聞こえたのなら、どれだけでも謝りますよ。」
「おまえな~!」
普段なら、ここでレクリエーションに突入だが、ふたりとも、
(もうひとりの暗黒の妖精と、お遊びを、しなければならないのかもしれない。)
という自覚のもと、魔力の無駄遣いはできないと、
単なる諍いに、とどめている。
「ところで、ラティスさん。わたし考えたんですけど。」
「なによ。まあ、言ってみなさい。」
「アマトさんを、どこかのギルドに連れて行くんですよ。」
「それで・・・。」
「アマトさんは、あのご容貌ですし、たぶんお約束どおり、どこかの三下が、
{表に出な!}と、アマトさんに絡んでくると思うんです。」
「むろん、三下の方は、わたしが引き受けますので、ラティスさんは精神支配で、
その国の王女さまとか、公女さまとか、伯爵令嬢さまとかを誘導して、
その場に居合わせさせるんです。」
「・・・んで。」
「余裕で、三下を倒すアマトさんを、
『これは、超上級妖精の契約者を遥かに超える魔力。彼は、何者なの。』
なんて・・意識させ、ついでにその国の悩みもひとつでも解決して、
婿入りさせるというのは・・・。」
「ふう~。」
ラファイアの話を聞いて、ラティスは、深く深く、ため息をつく。
「ラファイア。どこから、そんな話を拾ってきたか知らないけどね・・」
「まあ、ユウイとエリースのことを、置いていてもさ~。」
「それだったら、直接、王宮なりに乗り込んで、そこの全員に精神支配をすれば、
一発で終了じゃない。」
「わたしの精神波に対抗できるなんて、少なくともリーエなみの超上級妖精と
契約している人間がいなければ、無理じゃないの。」
「・・・・・・・・。」
ラティスにそこまで、畳みかけられて、さすがのラファイアも凹んで・・・、
なんてことは、全くない。
「けど、重大なのはそこではないわ、ラファイア。」
「それは、なんなんですか、ラティスさん。」
「その国のために、全身を賭して行動する勝気な、王女、公女、伯爵令嬢なんて、
現実いないわ。あのアマトに刃を向けたレウス公女なんて、むしろましな方よ。」
「それに、そんな女性とアマトを、くっつけてみなさいよ。」
「アマトは、生涯、尻に敷かれる程度じゃすまないわ。」
「というと・・・。」
「そうよ、ラファイア。足裏で踏みつけられる生涯になると思うわ!」
「足裏で踏みつけられる人生ですか・・・。」
ラファイアは、スープをすすっているアマトを、盗み見る。
「確かにです。ラティスさん。」
「見かけ清純派のエリースが、あれでしょう。
外観癒し系のユウイさえ、あれなのよ、ラファイア。
ふたりとも、人間の容姿としては、麗人にランクされるのは、
認めるけれどね。」
ラファイアは、深く頷いている。
「だから、ラファイア。契約妖精として、アマトにいばらの道を進ませては、
いけないのよ。」
「わかりました、ラティスさん。たしかに、アマトさんは、
お淑やかで、3歩後ろを歩いてくれる女性がいると、信じていますからね。」
「一生涯、夢を見続けさせれば、アマトにとって、それは真実になるわ・・・。」
アマトが食事をしている間、妖精界魔力頂点のふたりの妖精は、
くだらぬ話で、もりあがっていた・・・。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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