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CCⅠ 星々の天頂と天底編 後編(1)

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第1章。同日同刻(1)


 マイチ侯爵の城がある街、マイチ・ウルプスからカウチの平原へは、
なだらかな山地を超えていかなければならない。

その平原の入り口に、マイチ公爵と3ヶ国の連合軍は、
昨夕には到着したのだが、夜間の奇襲とわなの存在を危惧きぐし、
少数の先発隊を除き、大半の部隊は手前で野営している。

朝の光が、世界を照らし始めた後、
最初は、左翼のレスト王国軍、次に右翼のメリオ王国軍、
そして、中央部分のマイチ侯爵軍に双月教国と武国の投降軍が順番に、
平原にゆっくりと、進み降りていっている。

・・・・・・・・

ラスカ王国のクラテス子爵は、こん戦いは、マイチ侯爵の城で行われた軍議で、
遊撃部隊として、中央陣のマイチ侯爵軍の背後に布陣することになったので、
侵入口の後方で仮天幕をはり、カウチの平原侵入への順番を待っている。

これは、ラスク王国軍が、双月教国のシュウレイ將のこもる城を落とした事で、
これ以上の武功をたてさせれば、戦利品の分け前で不利になると、
レスト王国軍副将のトロ侯爵、メリオ王国軍副将のビン侯爵の両爵が、
ラスカ王国軍に対して、カウチの平原内の布陣の遊撃部分での布陣を提案、
いや、強硬に主張したからである。

その天幕のなかでは、ラスカ王国指揮官のクラテス子爵の眼前、
折りたたみ式長机の上に、カウチ平原の地図が広げられ、
地図の上に置いてある、兵団を意味する各種駒の配置を
副將のオレス男爵、フゴク軍師、レンス・クリース・ラゴル・バレスの各將、
それに、セ二カとスパティアが凝視ぎょうししている。

この緊張感のなかに、スーッと見慣れた影が現れる。

「セーリア、武国軍の動きはどうだった?」

クラテス子爵は、地図を見つめたままで、セーリアに声をかける。

≪はい。部隊の大部分が、この平原の反対側にある侵入口から、
 直接この台地部分に、進軍しています。≫

セーリアは念動力で、駒を地図上で移動させながら、精神波で答える。

「では、平原のなかの大地の上に、なんらかのわなはなかったのか?」

≪細心に細心を重ねて探知をいたしましたが、どこにもそのようなものは。≫
 
「やはり、気になりますか?」

苛立いらだちを隠せぬ指揮官に、副官のオレス男爵が話かける。

「ああ、オレス。おれの直感が言うのよ、『これは、わなだ。』とね。」

一見、臆病おくびょう者ともとれる言葉だが、ここで苦虫にがむしつぶしたような
表情になる將はいない。

「フゴク軍師、双方の戦力差は、4対1。この地形で、武国が取れる戦術は、
奇襲手段は、ないだろうか。」

筆頭の將の立場から、レンス將が、フゴク軍師に意見を求める。

「この平原のなか、唯一の高地部分に陣をはるのは、理にかなっている行動とは
思えるのですが、戦力差を考えると、隠された意思があると思います。」

「それに、セーリア殿。あの件の上奏じょうそうを。」

その言葉に、セーリアはうなずき、精神波で答える。

≪武国軍の先陣のなかに、4つの強力な魔力量を、感じとれました。≫

「つまり?」

クラテス子爵は、真剣な表情で、フゴク軍師に質問する。

「戦死、もしくは、失踪しっそうしたと思われた、
ブーリカ・ウェリキン・ゲトラクス・イケニの武国の凶虎カウシム王太子の4騎士が、
参戦していると、臣は想像します。」

と、ふくみのある表情で、フゴク軍師は答える。

「だとしたら、フゴク殿。あなたが武国軍の軍師なら、どういう策を考える?」

副官のオレス男爵が、そこにいる全員を代表して、フゴクに質問する。

「は、臣なら、乱戦に持ち込んで、4騎士に精鋭をつけ、
指揮官ののみを狙います。」

「なるほどな・・・。わかった。いざとなれば、小爵が指揮を引き継ぎますので、
クラテスさまは、後方へ避難なされて下さい。」

「オレス、そのときは頼む。よし、いくとするか。」

左右を見渡し、クラテス子爵は、立ち上がろうとする。

「お待ち下さい。相手は、あの武国の凶虎カウシム王太子です。」

「わたしごときに見破られる戦術をとるとも思えません。
臣は、セ二カ殿とスパティア殿を本隊から外し、
あらかじめ、退却路の確保にあてることを、進言いたします。」

「フゴク殿!?」

レンス將が、さすがに、士気に関わると、百戦錬磨れんまの軍師をたしなめる。
だが、フゴクは、必死な表情で、なおも言葉を続ける。

武国の凶虎カウシム王太子に斜め上の戦術をとられたときには、
このフゴクが、しんがりを務めますので・・・。」

≪このセーリアも、終始クラテス様の影として、
 この戦いは望みたいと思います。≫

セーリアも礼儀を無視して、自分の心の底からの思いを、精神波で主張する。

武国の凶虎カウシム王太子とは、それほどの相手なのか!!』

オレス男爵も、各將も、詭道きどう戦にもふたりの戦士の青白い表情を、
まじまじと見つめたまま、次の言葉を発せられずにいた。


第2章。同日同刻(2)


 朝の光のなか、坂道の脇には、常咲種の木々が優美な薄桃色の花をつけ、
片方のゆるやかながけには、木々が枝々に白い花をつけ、輝いている。

 と3人が、アバウト学院へ続く坂道にさしかかるころには、
紺系・赤系・黄系・青系・紅系・茶系の支給服に身を包んだ学院生、
初等部の子供たち、新帝国政府からの訓練生で、
人通りが増えてきていた。

わたしも、茶色の支給服をまとい、学院に向かっている。
わたしの前を、わたしの契約者たるノエル、それにセプティ、
セプティの警護役のエレナが、いつもの日々のように歩いている。

わたしは、司祭のカシノに、ノアとして、紹介状を書いてもらい、
聴講生として、アバウト学院に通うことにした。
わたしの分身体で、常時ユウイを警護するのを、交換条件として・・・。

わたしの契約者のノエルは、よく言えば無邪気、悪く言えばバカ。
この世界に単独ひとりでいれば、他の人間に簡単にだまされるだろう。
もしその相手が、たとえば、わたしと出合った頃の、
前契約者のノープルような人間だったら、
ノエルは命まで、銀貨にかえられたであろう。

人間の世界は、妖精の世界より、はるかにみにくい。
他の妖精が、この世界のエーテルを、じかに取り入れる事ができるのなら、
この世界から、この生物を駆除くじょするのに、なんの躊躇ためらいもしなかった。
その点で言うと、わたしは同じ白光の妖精のラファイアより、
下衆げすな妖精か・・・。

 坂の手前の車泊まりの空き地に、ミカル大公国の紋章をつけた鉄馬車が、
いつものように止まっており、わたしと3人の到着を待って、
レリウス大公の3義妹のうち、セリナとミリナが、鉄馬車から降りてくる。

「「「おはよう。」」」

さわやかな言の音が、若い女性たちの口々から交わされ、空に溶けていく。

「キリナさんは、どうしたの?」

わたしは、年長者?の役割と割り切り、セリナにたずねてみる。

「ミカル大公国の雲行きがあやしくなっているらしく、婚約したトリハさんからの、
書状が届かないので、キリナ義姉は憔悴しょうすいしてしまって。
今日の講義は、自学がほとんどなので、家で休ませているわ。」

と、セリナが答える。

「エレナさん。ミカル大公国で内戦は起こるのでしょうか?」

セプティが、軍事にくわしい、エレナにたずねている。

「起こらない可能性の方が、低いわね。
だから今、トリハ宰相が、妥協だきょう点を見出すべく、努力しているんだと思う。」

歩きながらエレナが、たぶん、わざと冷静に答えている。

「ノア。講義が終わったら、キリナのところに、治癒ヒールに行かない?」

「ノアは、いつも言っているじゃない。心と体の健康は、連動しているって。」

わたしは、大きくため息をつき、ノエルの方を向く。

「ノエル、確かにそう言っているけど・・・。」

「いえ、ぜひお願いしたいわ。」

ミリナが、わたしに、お願いしてくる。

人間という生物には、わずかだが〖上澄うわずみ〗というべき、
清新な人格を持ち合わせている者たちがいる。
かなしみを経験し、心の中で、昇華させられた者たち・・・。

『ノエル。新帝国に来て、正解だったな。』

わたしは、心の中で、ノエルに語りかける。

『いざとなったら、トリハという奴に合力してやるか。』

ノエルが、この人生で余計なかなしみを背負うのを、わたしは認めはしない。

「では、ノアと一緒に、夕方に、お邪魔しようかしら。」

わたしは、如才じょさいなくミリナに、返事をする。

ん、ノエルが、サッコスかばんをまさぐっている。

「ミリナ。わたしね、このまえのお祭りのとき、
露天の屋台で、これを買ったんだ。」

ノエルが取り出したものには、なにやらデタラメな、
よく言えば神聖文様に似せたものが書いてある。

これを、ミリナに見せながら、わたしの契約者のノエルは言った。

「これは、聖ラファイスさまの、護符ごふらしいわ。
だから、真剣においのりすれば、
が、お力を貸してくれると思うの!」


第3章。同日同刻(3)


 その清新な大気のなか、妖精界魔力頂点ふたりの目の前で、
情けない容姿の若者が、なべに水を入れ熱してお湯をつくり、
それに携帯固形食糧を溶かして、濃厚なスープをつくっている。

ラファイアが、昼夜問わずに、鉄馬車を走らせたため、
あさっての朝には、武国国境に達するのが予想されるで、
少し早いが、10日に1度の食事を、作っている最中である。

「ラファイア。なんで、王国連合のやつら、からんでこないのよ。」

香茶を楽しんでいるラファイアに、暗黒の妖精はくってかかる。

「平和で、いいではありませんか。ラティスさん。」

「あのね~、ラファイア。あいつら職務怠慢たいまんよ。急ぎの旅でなかったら、
各国の王に代わって、わたしが、気合いを注入してやるんだけど。」

いいかげん、うざくなったのか、ラファイアは、

「あれだけ、精神波で【暗黒の妖精】となされば、マジ奴が来たと、
みなさん考えられて、おけになったんじゃありませんか。」

と、ぶっきらぼうに答えた。

ラファイアは、本来の妖精の姿に戻っているので、その心持ちに反応して、
7色の光粒が舞い散っている。
 
「あんた、それって、わたしをバカにしてるんじゃない?」

「それ以外に聞こえたのなら、どれだけでもあやまりますよ。」

「おまえな~!」

普段なら、ここでレクリエーションに突入だが、ふたりとも、
(もうひとりの暗黒の妖精と、を、しなければならないのかもしれない。)
という自覚のもと、魔力の無駄遣むだづかいはできないと、
単なるいさかいに、とどめている。

「ところで、ラティスさん。わたし考えたんですけど。」

「なによ。まあ、言ってみなさい。」

「アマトさんを、どこかのギルドに連れて行くんですよ。」

「それで・・・。」

「アマトさんは、あのご容貌ですし、たぶんお約束どおり、どこかの三下が、
{表に出な!}と、アマトさんに絡んでくると思うんです。」

「むろん、三下の方は、わたしが引き受けますので、ラティスさんは精神支配で、
その国の王女さまとか、公女さまとか、伯爵令嬢さまとかを誘導して、
その場に居合わせさせるんです。」

「・・・んで。」

「余裕で、三下を倒すアマトさんを、
『これは、超上級妖精の契約者をはるかに超える魔力。彼は、何者なの。』
なんて・・意識させ、ついでにその国の悩みもひとつでも解決して、
婿むこ入りさせるというのは・・・。」

「ふう~。」

ラファイアの話を聞いて、ラティスは、深く深く、ため息をつく。

「ラファイア。どこから、そんな話を拾ってきたか知らないけどね・・」

「まあ、ユウイとエリースのことを、置いていてもさ~。」

「それだったら、直接、王宮なりに乗り込んで、そこの全員に精神支配をすれば、
一発で終了じゃない。」

「わたしの精神波に対抗できるなんて、少なくともリーエなみの超上級妖精と
契約している人間がいなければ、無理じゃないの。」

「・・・・・・・・。」

ラティスにそこまで、たたみかけられて、さすがのラファイアもへこんで・・・、
なんてことは、全くない。

「けど、重大なのはそこではないわ、ラファイア。」

「それは、なんなんですか、ラティスさん。」

「その国のために、全身をして行動する勝気な、王女、公女、伯爵令嬢なんて、
現実いないわ。あのアマトに刃を向けたレウス公女なんて、むしろな方よ。」

「それに、そんな女性とアマトを、みなさいよ。」

「アマトは、生涯、尻にかれる程度じゃすまないわ。」

「というと・・・。」

「そうよ、ラファイア。足裏で踏みつけられる生涯になると思うわ!」

「足裏で踏みつけられる人生ですか・・・。」

ラファイアは、スープをすすっているアマトを、盗み見る。

「確かにです。ラティスさん。」

「見かけ清純派のエリースが、あれでしょう。
外観いやし系のユウイさえ、あれなのよ、ラファイア。
ふたりとも、人間の容姿としては、麗人にランクされるのは、
認めるけれどね。」

ラファイアは、深くうないている。

「だから、ラファイア。契約妖精として、アマトにを進ませては、
いけないのよ。」

「わかりました、ラティスさん。たしかに、アマトさんは、
しとやかで、3歩後ろを歩いてくれる女性がいると、信じていますからね。」

「一生涯、夢を見続けさせれば、アマトにとって、それは真実になるわ・・・。」

アマトが食事をしている間、妖精界魔力頂点のふたりの妖精は、
くだらぬ話で、もりあがっていた・・・。
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