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三章 姫と騎士と魔法使い
19、魔法使いの理念
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セスは『白雪の集い』に参加して確信した。魔女は自身を「魔法使い」ではなく俗称の「魔女」と呼ばせながら、魔法使いとしての自覚も確かに持っている。それは、魔女が幾度も「分け与える」「分かち合う」と口にしていたからだ。
それはこの国で伝えられる、現代魔法使いの成り立ちに関わる言葉なのだ。
古代の魔法使いたちを、我々と区別して本当の魔法使いと呼ぶ。
本当の魔法使いたちは祈るだけで魔法を使うことができた。彼らは魔法を独占し、魔法を持たない人々と対立していた。
これを重く見た一人の魔法使いが、人々の王と話し合い、魔法の叡智──<法式>を人々に分け与えた。王は魔法使いに感謝を示し、彼を大賢者として称え、魔法使いを保護することを約束した。
こうして世界は魔法と人々の力で発展していったのである。
◆
第5区の場末の酒場。『白雪の集い』の集会所である。
今日の集会はない。集会の日にはちらほら見られる女性客はおらず、昼間から酒を飲んでいる男たちがたむろしている。
そこへ一人の女性が現れた。
集会が開かれないにも関わらず、女店主に合言葉を告げた客の姿に、彼女は戸惑った。
ひっつめ髪に、頬にそばかすのある、落ちくぼんだ目をした女性。それは先日『魔女』から薬を受け取り、多くの人の前で仮死状態に陥った女性だったからである。
「あの後、夫からキスを受けて……こうして目が覚めたんです」
「本当かい!? そりゃめでたいじゃないか。魔女さまも喜ぶよ」
「ええ。お礼を言いたくて来たんです」
店主は喜んで奥への扉を開けた。
『魔女』は誰も居ないホールに一人佇んでいた。
女性の姿を認めると皺の多い顔いっぱいに目を見開いた。それからじっと彼女の瞳を見つめ、何かに気付いたようだった。
「お前さんの方から来てくれるとは思わなかったよ。珍しい子だったから気になっていたの。上手な変身魔法だね、坊や」
「やはり、バレていましたか」
女性は大きく息を吐いた。懐から文字が書かれた紙を取り出すと、大きく引き裂く。紙が散り散りになるのに合わせて、彼女の姿は銀髪の魔法使いへと変わっていった。
「初めまして、セス・ワイアットといいます」
「ワイアット家の……! どうりで、魔法がお上手ねぇ」
「やめてください。変身魔法は苦手なんです」
セスは変身魔法に苦手意識が強くて、できれば避けたいものだった。得意だったら女装なんてせずに済んだのかもしれない。
「まったく、嫌味な子だよ。前来たときの格好は何だい? 最初は本当に女の子かと思ったのに」
「それは、ありがとうございます」
セスは喜んで良いものか分からなかった。
「お世辞じゃあないよ。もし本当にお前さんが薬を必要としていたなら、薬をあげても良いと思っていたんだよ」
魔女の言葉に、セスは視線を落とす。彼は本題を切り出した。
「……あの薬はあなたの魔法で作ったのでしょう?」
魔女は口元に笑みを湛えた。セスは分析を聞かせる。
「あの薬は正真正銘、『真実の愛で目覚める薬』です。飲んで魔法が発動する仕組みですよね。複数の魔法を組み合わせて身体を仮死状態にして保存している。解除の条件も、『真実の愛のキス』だ。恐らく、魔法薬を作る力が、あなたに与えられた<ギフト>……ですよね」
<ギフト>は一人にひとつ与えられた特有の魔法だ。魔女は出来の良い生徒を見るように笑みを深くした。
「素晴らしい能力です。こんな形で魔法が発動するなんて、誰も真似できない。どうしてこんなことに使っているのですか?」
セスは、本当はこれが聞きたかった。
彼は騎士道を持たない。正義の心と言うものも、恐らく少ない。この薬を飲んだ人が眠り続けようが目覚めようが、実はどちらでも良かった。薬を飲むことを選択したのは本人なのだから。
騎士団の詰所で女性を説得したのは、彼女が死ぬとスカーレットが悲しむと思ったからだ。
だけれど魔女の行為が社会の秩序を乱すことは理解している。彼女が貴重な能力を、何故こんなことに費やすのか、純粋に疑問だったのだ。
「あなたは魔法使いの精神を持っている人です。魔法は人々に分け与えるためのものの筈だ」
魔女は大きく息を吐いた。やれやれ、と首を振る。
「私は確かに、魔法使いとして人の役に立ちたかったよ。その為の勉強もした。……でもね、名家の生まれでもない、<法式>を使わない魔法なんて認められなかったんだよ。差し出したものが受け取って貰えなかったら、どうしたら良かったんだい?」
セスは沈黙した。確かに、現状魔法使いは多くの問題を抱えている。
「だが『白雪の集い』に来る子たちには、私の魔法が必要だった」
魔女は言葉を切った。
「納得したかい?」
「……ええ」
セスはふと、騎士団の詰所での出来事を思い出した。
「先程の女性……僕が魔法で無理矢理起こしました。彼女は激昂した」
「そりゃあそうだろう。デリカシーの無い坊やだね。ということは、やはり真実の愛はなかったんだね」
「はい。彼女は生きる気力を失っています。でも、生きていれば魔女の罪が軽くなると言うと、希望を持っているようでした」
「お前は……これから騎士に捕まるって言う私に、何をさせたいんだい?」
「何も。ただ、あなたは既に、薬の有無に関係なく、彼女の生きる希望です。あなたが彼女の話をきちんと聞いたからだ」
魔女は唇を噛み締めた。
もう言うことはないと、立ち上がろうとしたセスに、魔女は声を掛ける。
「良いことを教えてあげる。メアリーと言う女の子に薬を渡したわ」
メアリー。
──スカーレットの信者であり、今回の情報提供者。
セスは走り出した。
それはこの国で伝えられる、現代魔法使いの成り立ちに関わる言葉なのだ。
古代の魔法使いたちを、我々と区別して本当の魔法使いと呼ぶ。
本当の魔法使いたちは祈るだけで魔法を使うことができた。彼らは魔法を独占し、魔法を持たない人々と対立していた。
これを重く見た一人の魔法使いが、人々の王と話し合い、魔法の叡智──<法式>を人々に分け与えた。王は魔法使いに感謝を示し、彼を大賢者として称え、魔法使いを保護することを約束した。
こうして世界は魔法と人々の力で発展していったのである。
◆
第5区の場末の酒場。『白雪の集い』の集会所である。
今日の集会はない。集会の日にはちらほら見られる女性客はおらず、昼間から酒を飲んでいる男たちがたむろしている。
そこへ一人の女性が現れた。
集会が開かれないにも関わらず、女店主に合言葉を告げた客の姿に、彼女は戸惑った。
ひっつめ髪に、頬にそばかすのある、落ちくぼんだ目をした女性。それは先日『魔女』から薬を受け取り、多くの人の前で仮死状態に陥った女性だったからである。
「あの後、夫からキスを受けて……こうして目が覚めたんです」
「本当かい!? そりゃめでたいじゃないか。魔女さまも喜ぶよ」
「ええ。お礼を言いたくて来たんです」
店主は喜んで奥への扉を開けた。
『魔女』は誰も居ないホールに一人佇んでいた。
女性の姿を認めると皺の多い顔いっぱいに目を見開いた。それからじっと彼女の瞳を見つめ、何かに気付いたようだった。
「お前さんの方から来てくれるとは思わなかったよ。珍しい子だったから気になっていたの。上手な変身魔法だね、坊や」
「やはり、バレていましたか」
女性は大きく息を吐いた。懐から文字が書かれた紙を取り出すと、大きく引き裂く。紙が散り散りになるのに合わせて、彼女の姿は銀髪の魔法使いへと変わっていった。
「初めまして、セス・ワイアットといいます」
「ワイアット家の……! どうりで、魔法がお上手ねぇ」
「やめてください。変身魔法は苦手なんです」
セスは変身魔法に苦手意識が強くて、できれば避けたいものだった。得意だったら女装なんてせずに済んだのかもしれない。
「まったく、嫌味な子だよ。前来たときの格好は何だい? 最初は本当に女の子かと思ったのに」
「それは、ありがとうございます」
セスは喜んで良いものか分からなかった。
「お世辞じゃあないよ。もし本当にお前さんが薬を必要としていたなら、薬をあげても良いと思っていたんだよ」
魔女の言葉に、セスは視線を落とす。彼は本題を切り出した。
「……あの薬はあなたの魔法で作ったのでしょう?」
魔女は口元に笑みを湛えた。セスは分析を聞かせる。
「あの薬は正真正銘、『真実の愛で目覚める薬』です。飲んで魔法が発動する仕組みですよね。複数の魔法を組み合わせて身体を仮死状態にして保存している。解除の条件も、『真実の愛のキス』だ。恐らく、魔法薬を作る力が、あなたに与えられた<ギフト>……ですよね」
<ギフト>は一人にひとつ与えられた特有の魔法だ。魔女は出来の良い生徒を見るように笑みを深くした。
「素晴らしい能力です。こんな形で魔法が発動するなんて、誰も真似できない。どうしてこんなことに使っているのですか?」
セスは、本当はこれが聞きたかった。
彼は騎士道を持たない。正義の心と言うものも、恐らく少ない。この薬を飲んだ人が眠り続けようが目覚めようが、実はどちらでも良かった。薬を飲むことを選択したのは本人なのだから。
騎士団の詰所で女性を説得したのは、彼女が死ぬとスカーレットが悲しむと思ったからだ。
だけれど魔女の行為が社会の秩序を乱すことは理解している。彼女が貴重な能力を、何故こんなことに費やすのか、純粋に疑問だったのだ。
「あなたは魔法使いの精神を持っている人です。魔法は人々に分け与えるためのものの筈だ」
魔女は大きく息を吐いた。やれやれ、と首を振る。
「私は確かに、魔法使いとして人の役に立ちたかったよ。その為の勉強もした。……でもね、名家の生まれでもない、<法式>を使わない魔法なんて認められなかったんだよ。差し出したものが受け取って貰えなかったら、どうしたら良かったんだい?」
セスは沈黙した。確かに、現状魔法使いは多くの問題を抱えている。
「だが『白雪の集い』に来る子たちには、私の魔法が必要だった」
魔女は言葉を切った。
「納得したかい?」
「……ええ」
セスはふと、騎士団の詰所での出来事を思い出した。
「先程の女性……僕が魔法で無理矢理起こしました。彼女は激昂した」
「そりゃあそうだろう。デリカシーの無い坊やだね。ということは、やはり真実の愛はなかったんだね」
「はい。彼女は生きる気力を失っています。でも、生きていれば魔女の罪が軽くなると言うと、希望を持っているようでした」
「お前は……これから騎士に捕まるって言う私に、何をさせたいんだい?」
「何も。ただ、あなたは既に、薬の有無に関係なく、彼女の生きる希望です。あなたが彼女の話をきちんと聞いたからだ」
魔女は唇を噛み締めた。
もう言うことはないと、立ち上がろうとしたセスに、魔女は声を掛ける。
「良いことを教えてあげる。メアリーと言う女の子に薬を渡したわ」
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セスは走り出した。
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