北の砦に花は咲かない

渡守うた

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三章 姫と騎士と魔法使い

18、生命は誰のもの?

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 まず老女が立ち去り、それから先程の女性が立ち去って集会が終わった。セスとスカーレットは急いで女性を追いかける。
 彼女は存外すぐに見つかった。広場で、夫と思われる男性と言い争いをしている。彼らを囲う野次馬を搔き分け、セスとスカーレットは前へと進んだ。

「この浮気者。私が何も知らないと思っているのね」
「いきなりなんだ!? こんな所でみっともないことはやめろ!」

 女性の罵倒に男が声を荒げる。
 女性は老女から貰った小瓶を懐から出した。

「これは『真実の愛で目覚める薬』よ」
「はぁ!?」

 男が目を見開く。野次馬たちも目を剥いた。女性はむしろ野次馬たちに見せつけるように小瓶を掲げる。

「これを飲んだら私は永遠の眠りにつくわ。真実の愛がある人のキスでなければ目覚めない。……あなたが浮気者じゃないなら、真実の愛がある筈よね。あなたが軽薄な裏切り者でなければ、ね……」

 そして男が止める間もなく、彼女は小瓶の中身を飲み干した。
 ぐらり。女性の身体が崩れ落ちる。男は慌てた。

「嘘だろ!? おいっ! ふざけるな!」
(薬を飲んだ。これでキスでもしてくれたら薬が本物か分かるけれど……)

 セスは遠目から女性の様子を観察しようと身を乗り出し──隣のスカーレットが居ないことに気が付いた。

「きみ! しっかりしろ!」

 スカーレットは倒れた女性の元へ駆け寄っていた。顔に手を当てて呼吸を確認し、回復体位を取らせる。
 女性の夫は突然現れたスカーレットに動揺した。そこで野次馬が自分たちを囲っていることを思い出したようだった。
 野次馬たちの好奇の目。
 男は青褪めた。
 ざわつく広場に雷鳴のような一喝が響く。

「見世物じゃないぞ! 散れ!」

 スカーレットである。
 迫力のある美貌のスカーレットに睨まれ、野次馬たちはたじろいだ。

「何をしている!」

 駆け付けた見回りの騎士が叫ぶ。その声に、集まっていた野次馬たちは慌てた。面倒に巻き込まれてはまずいと散り散りになる。
 セスは彼女の元へ駆け、小声で尋ねる。

「スカーレット、目立ってしまって良かったんですか?」

 彼女はその言葉に「あっ」と声を上げた。



 ◆
 女性とその夫は騎士団によって保護された。事情を知っているセスとスカーレットも騎士団に連行された。
 薬を飲んだ女性は、一見すると眠っているようだった。だがその身体は驚くほど冷たい。
 騎士の一人が現状を二人に報告しに来た。

「女性は仮死状態です。試しに、男性に接吻してもらいましたが目は覚めませんでした」
「薬は偽物ということか?」

 スカーレットの質問に騎士は首を横に振った。

「『真実の愛』が無いからかもしれません。男性は不倫の事実を認めているので」
「……人前でキスをさせられたら、彼は愛のない不誠実な男ということが証明されるという訳か。傷つけられた女性たちにとって、立派な復讐になるだろうな」

 なるほど、とセスは納得した。女性たちが仮死状態と言う、自分自身を傷つける行為をしてまであの薬を必要とする理由が分かった。
 あの、とセスは彼女の状態から所見を述べた。

「彼女を見ると、魔法で仮死に陥っているようです。回復魔法で目覚めさせることができるかもしれません」
「本当か!?」
「彼女が目覚めるのを望んでいるかは分かりませんが……」

 スカーレットは眉を寄せた。何を言っているんだ? と瞳が訴えている。セスはうまく言葉にできず、眠り続ける女性の元へと向かった。
 呼吸はない。しかし今にも起きだしそうなほど、穏やかな寝顔だった。

「手袋ありますか?」

 セスは騎士に問いかける。白手袋を受け取り、手袋越しに彼女の手を握る。
 女性自身の魔石に魔力が残っている筈だ。空気が揺れる。彼女自身の魔力を間借りして、セスは回復魔法を発動した。

「……ううっ……」

 女性の唇から掠れたうめき声が零れた。

「目覚めたかい!?」

 スカーレットが駆け寄る。女性は一瞬、喜色を瞳に宿した。しかし目覚めた自分の一番傍に居るのが夫でないことに気付き、青褪める。セスを見上げて突き飛ばした。

「いやっっ!! 触らないで!!」

 セスは身を引いて両手を上げた。スカーレットが慌てて間に入る。

「安心したまえ! 彼はあなたに不埒を働いた訳ではない! 回復魔法を使ったのだ」
「魔法ですって……?」

 彼女は視線を巡らせ、自分が騎士団に連れて来られたのだと理解した。目の前のスカーレットを睨みつける。

「誰がそんなことを頼んだのよ」
「えっ……」

 スカーレットは困惑した。

「でも、きみは眠り続けてしまうのに」
「私はそれを望んだのよ? この人が、主人が私を目覚めさせられないなら、もう眠ってしまいたかった」
「悪いのは彼で、きみが死ぬ必要はないだろう?」
「うるさい! 私はもう生きていたくないのよ! 尽くした相手に裏切られて、私の人生何だったのよ!! これからどうやって生きろって言うの?! あの、誰も帰ってこない家に戻れって言うの!? 死ぬのくらい好きにさせてよ……!」

 スカーレットは思わず後ろに足を動かしていた。

「こんなことになるまで誰も取り合ってくれなかったくせに! 魔女さま以外は……ッ!」

 女性は泣き崩れる。彼女の夫は気まずげに後ろへ離れた。

(「生きていればいつか良いことがある」……違う)

 スカーレットは口を開いては閉じる。

(「きみが死ぬと悲しむ人が居る」……違う!)

 拳を握り締めた。

(悲しむ人が居なくたって、生きて良いに決まっている! 誰かの為に生きろだなんて、その苦しさは私が一番分かっている筈だ! お祖父さまの望むようには生きられない私には……)

 どんな言葉も彼女を傷つける。スカーレットは何も言えなかった。
 セスがおもむろに口を開いた。

「あなたが死んだら、魔女はもっと重い罪で逮捕されます」
「え……?」

 女性は涙を流しながら顔を上げた。

「薬の効力が証明された以上、『白雪の集い』は検挙され、魔女も逮捕されるでしょう。あなたが死ねば、魔女は殺人者として逮捕される」
「そんな! 魔女さまは苦しんでいる私を助けようとしただけよ!」
「あなたが魔女に感謝しているのなら、今度はあなたが魔女を助ける番ではないでしょうか」
「私は、」

 彼女は黙りこくった。考え込んでいるようだった。
 セスはその様子を見届け、スカーレットを外へ連れ出した。


「勝手なことを言ってすみません。一時的にでも生きる理由があれば、彼女も落ち着くと思って」
「いや、ありがとう。私では……駄目だな」

 スカーレットは目を伏せた。説得する言葉を持たない自分に歯噛みする。セスはきっぱりと言い切った。

「僕は聞こえの良いことを言っただけです。僕は彼女の人生を背負えないし、救えないですから。生きるのも死ぬのも結局本人が決めることでしょう」

 続きを言うべきかセスは迷ったが、言葉にした。

「彼女はあなたを安心させる為に生きているわけではありません」

「どうしてそんなこと言うんだ」

 スカーレットが声を震わせる。セスはぎょっとした。彼女の目の縁に涙が浮かんでいたからである。
 彼は慌てて話を変えた。

「あの、お願いがあるのです。調査のためにも魔女の本当の目的を知るべきです。どうか僕に任せてくれませんか?」



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