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拾◆池田屋事変
二
しおりを挟む「まもなくここに左之さんと一くんがやって来る。二人は君たちがエゲレスに住んでいたことは知らない。そんな二人に君がさっきの男を「自分の兄」などと言ってしまったら、二人は悪気なく土方さんにそう伝えてしまうよ。そんなことになったら君たち二人はどうなるか……。君にわからない筈がない」
「……あ」
沖田さんの言葉に、私は大きく目を見開いた。
――ああ、確かにそうだ。沖田さんの言うとおりだ。もし土方さんにこの話が伝わったら、帝の話が嘘だったことがばれてしまう。私達の素性がおかしいことが知られてしまう。
だが、どうして沖田さんは私たちを庇うようなことを言うのだろうか。
「だから今はしっかりして。ただでさえ人が三人も死んだんだ。まずはこの騒ぎを治めなきゃいけない。僕だって君の面倒まで見ていられないんだよ。わかるだろう?」
その言葉は真剣だった。沖田さんの素直な気持ちに感じられた。そこにはただ、私のことを心配する感情しか見えない。
私は息を呑んだ。沖田さんの瞳が、真っ直ぐすぎて――。
「別に泣くなとは言わないよ。君にとって、こんな騒ぎに巻き込まれるのは初めてのことだろう。だから泣くなとは言わない。けれどとにかく、さっきの男のことは知らない振りをするんだ。君を守ろうとしている、秋月の為にも――」
心配そうに私を見つめる彼の瞳。それはただ優しくて、以前街で迷子になった私を見つけてくれたときの沖田さんのようだった。
気が付けば、私は多少冷静さを取り戻しているようだった。最初はよくわからなかった沖田さんの言葉も、ちゃんと理解出来るようになってきている。
両手の震えはまだ収まらないけれど、脳みそは理性を取り戻し始めていた。
それを自覚してやっと、私は沖田さんの言葉に頷くことが出来た。すると彼は、心底安心したようにほっと息をつく。
「いい子だ。じゃあ、この場は僕が説明するから君は何も言わないこと。――いいね?」
「……わかりました」
私は今度こそ深く頷いた。沖田さんはそれを見届けて、私に踵を返す。そうして彼は、すぐそこまで来ている巡察組の方へと駆けだしていった。
その背中を見つめ、私は考える。――どうして沖田さんは私たちを庇ってくれるのかと。今の沖田さんは、最初にあったときの彼とはまるで別人だ。その理由は一体何だろう……と。
けれど考えても、その答えはわからなかった。それでもただ一つはっきりしていることは、これ以上怪しまれるようなことを言ってはいけないのだということ。私を庇ってくれた沖田さんの為にも、原田さんや斎藤さんに勘付かれるような態度をしてはならない。
だから私は考える。さっき沖田さんは言った。泣いてもいい――けれど、先ほどの男については何も言わないこと、と。その言葉を、私は頭の中で何度も何度も繰り返す。
そうして、決めた。今だ心に残るこの動揺を、兄に似たあの人に対する波打つ感情を、この騒ぎに巻き込まれたことへの恐怖心へとすり替えるのだ、と。ここで泣きだす――それは、下手に冷静でいるよりもよっぽどまともで自然な反応なのだから。
ふと視線を動かせば、向こうから駆け寄ってくる斎藤さんと目が合った。私はそんな斎藤さんに心を読まれてなるものかと考える。だから私は涙を堪える素振りを見せて――その胸に敢えて飛び込んだ。
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