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拾◆池田屋事変
一
しおりを挟む「……私……探さないと……」
――あの日、私や喜平くん、そして妙ちゃんを守ってくれたあの人は、私の兄とよく似た顔をしていた。その人の登場はあまりに突然で、……不意打ちで。だから私は、沖田さんの前だというのにも関わらず、いつもの冷静さを保つことが出来なかった。
私を心配そうに見上げる喜平くんにも、妙ちゃんにも……沖田さんが私に向ける複雑な視線にも何一つ上手く対処することが出来ず、私はただ震える両手を握り締めることしか出来なかった。
「……探さないと」
その時の私にだって、ちゃんとわかっていた。ここに兄がいる筈ないって。あれは、ただ兄と顔が似ているだけの人なんだって。けれどそうはわかっていてもやっぱりその顔は兄に瓜二つで――髪型や服装は違っていてもそれは確かにお兄ちゃんの顔そのもので。
だから私は、いつもの理性を取り戻せなかったのだ。
「――私、……探してきます」
私はただ本能のままに言葉を放つことしか出来なかった。自分のこの言葉によって沖田さんがどう思うのかという考えには至らず、震える声で訴えることしか出来なかった。
どうにか沖田さんの両手から逃れ、兄によく似たあの人を探しにいきたい一心で……。けれど勿論、沖田さんがそれを許す筈がない。
「駄目だよ」
沖田さんの腕は、私の両肩を捕まえて放さない。彼は声を荒げることこそしなかったが、本当ならそうしたいとでもいうように、肩を掴む両手により一層強を込める。
それでも私は懇願した。あの人を探しに行かせて欲しい。この腕を放して欲しい――と。
「お願い……放して。私……探さなきゃ。――お兄ちゃんを、探さなきゃ」
私はあのとき、多分こんな言葉を繰り返していたと思う。自分の言葉の重さも知らず、あの人と話をしてみたいという一心で、それこそ無我夢中で。沖田さんにどう思われるかなんて、考える余裕もなくて。
「放して下さい!」
けれど、そうやって声を張り上げた私を、沖田さんは見捨てなかった。私の可笑しな言動も、辻褄の合わない言葉の内容を問いただすこともせず、沖田さんはただただ辛そうな表情で私を見つめる。その瞳は、決して私を疑ってはいなかった。
あれから数日たった今ならわかる。あれは沖田さんの優しさだったんだって。
「駄目だよ」――と、私の眼前で静かに呟く沖田さん。私を決して行かせてくれることはなかったけれど、私をその場にとどめることが私と帝への最大限の配慮だったのだと、今ならちゃんと理解できる。
「千早、よく聞いて。僕は君の事情なんて知らないし、さっきの男が君の兄なのかだって知りはしない、知るつもりもない。今後一切、君に問いただすつもりもない。だからとにかく今は落ち着いて」
沖田さんは周りに聞こえないくらいの声で、けれども私をまっすぐに見つめてそう言った。錯乱状態に近い私を落ち着かせるように、諭すように――。
「思い出すんだ。君は自分がエゲレスに住んでいたと言ったね。君の兄もそこにいると確かに言った。――つまり、さっきの男は他人の空似だと言うことだ。……そうだろう?」
その声は強く、けれど穏やかで……私は悟る。沖田さんは、私たちの嘘に気が付いている――と。
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