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八◆二人の行方
七
しおりを挟むだから昂は負けじと叫ぶ。拳を強く握りしめ、奥歯を噛み締めて――必死に抵抗する。
「大切に決まってんだろ、馬鹿にするなよ! たった一人の姉ちゃんなんだ、大切に決まってる、俺だって恋しいよ! けどな、だからってずっとそうやって過ごすのか!? 俺は知ってる、兄ちゃんがどれほど姉ちゃんを大切にしてたかわかってる! 医学部に入ったのだって姉ちゃんの為だ、兄ちゃんが父さんに逆らわないのは、姉ちゃんに気を使わせたくないからだ、そうだろ! そんな姉ちゃんが居なくなって、自暴自棄になりたくなる気持ちだって理解できる! ――けどな!」
昂は声を張り上げる。自分の胸倉を掴む廉の手を渾身の力で振りほどき、逆に廉の肩に向かって拳を振りぬいた。すると予想外の攻撃に、廉はその場でよろけて後ずさる。
「こんな俺たちを見て、姉ちゃんならどう思う!? 自分を思って泣いている兄ちゃんの姿を見て、姉ちゃんが喜ぶとでも思ってるのか!?」
それは昂の正直な気持ち。――姉は絶対に、こんな兄の姿を望んではないなのだと。
だが、今の廉に昂の言葉は届かなかった。「そんな簡単な問題じゃねぇんだよ」そう言って、右手を壁に殴りつける。その衝撃で、鈍い音を立てた壁は小さく凹みを作る。
「お前にわかるかよ。俺の気持ちが――お前なんかにわかってたまるか。好き勝手許されてるお前に、いつも周りに守ってもらってばっかのお前に、……俺の気持ちなんて」
それはあまりにも悲痛な声だった。苦しくて苦しくて、自分しか見えなくて、周りに目を向ける余裕なんてないという、そんな顔――。
「……ッ」
その表情に、昂は悟らざるを得なかった。廉はもう諦めているのだと。廉はもう“千早の生”を諦めてしまっているのだと――。
瞬間、廉の中に湧き上がる強い怒り。身体が燃えるように熱く、けれどどういうわけか、頭の芯だけは酷く冷たい。
そうして次の瞬間、自分の口から出て来た言葉。それは昂自身でさえ予期していない言葉だった。
「……お前、マジで最低だな」
「――何?」
「最低だって言ったんだよ、廉」
それは凍てつくような声だった。今まで一度だって出したことのない、酷く冷静で冷たい声。一度だって呼び捨てになんてしたことがない、兄の名前。
それは本当に咄嗟の事で、昂自身も驚いた。自分の喉から飛び出した言葉に「今のは本当に自分の言葉か」と困惑した。流石にやばいと思った。
けれどそれは結果的に正解だった。何故なら、今の今まで怒りに震えていた廉の表情が、どこか呆気にとられた様なものに変わっていたのだから――。
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