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八◆二人の行方
六
しおりを挟む「俺――このままじゃ駄目だと思う」
そうして口に出されたその一言。
それは今の廉を否定する言葉で、廉はすぐさま顔を引きつらせた。いったいこいつは何を言い出すんだ、と。
「兄ちゃん、いつまでそうしてるつもりなんだよ。いつまでこうやって部屋に閉じこもって、現実逃避してるつもりなんだ」
昂は廉を見据える。ただ真っ直ぐに、自分の気持ちを伝える為に。「いい加減に目を覚ませ」と。
けれど廉は昂の言葉に、ただでさえ鋭い眼光をさらに細めた。「現実逃避だと?」と、憎らし気に呟いて。
けれど昂は引かない。
「だってそうだろ? 飯も食わない外出もしない、部屋だってこんなに荒らし放題で。一日中部屋でメソメソして、恥ずかしくないのかよ!?」
彼は兄をキッと睨みつける。それは初めての抵抗だった。完璧な兄に対する、弟の初めての抵抗。
――が、それを廉が許す筈がなかった。彼はこれでもかと大きく目を見開き、ベッドから立ち上がると一瞬で間合いを詰める。
そして次の瞬間には、昂の胸倉を掴んでいた。
「もっぺん言ってみろ」
それは信じられないほどの力だった。痩せた身体の一体どこにそんな力が残っているのかと思わせる強い力で、廉は昂の胸倉を掴み――持ち上げる。昂のグレーのカットソーから、ミシミシと繊維の切れる音がした。
「――っ」
だが、それでも昂は引かなかった。例えこのまま殴られようと、首を絞められようと、決して引くわけにはいかなかった。だから昂は廉を見上げ、睨みつける。今にも気道が塞がってしまいそうな息苦しさの中で、それでも廉を睨み続けた。
「恥ずかしくないのかって言ってんだよ」
昂が繰り返せば、廉は再び顔を引きつらせる。「――は?」と唸りを上げ、怒りで全身を震わせた。そしてその勢いに任せ、昂の背中をドンと壁に押し付ける。その瞳からは、完全に理性が飛んでいた。
「口の聞き方には気をつけろ」
――それは、今まで聞いたことのないような低く重たい声だった。全てを闇に呑みこんでしまいそうな、そんな声。
「大体な、俺から言わせりゃお前らのがおかしいんだよ。何で平気でいられる。どうしてそんな平然と過ごせる。――あり得ねぇだろ。千早が居なくなったってのに、普通にしてられる方がおかしいだろ。お前は千早のことが大切じゃないのかよ」
その言葉は頑なだった。廉の心はすっかり閉ざされてしまっている。
「――兄ちゃ……」
――ああ、やっぱり駄目なのか? 俺の言葉なんて届かないのか?
昂は絶望した。もう諦めてしまいたくなった。俺に兄の心は動かせない。最初から無理だったんだ。――そう、諦めたくなった。
けれどそれでも諦めてはならないのだ。このままでは本当に家族がバラバラになってしまう。千早のことだって見つけられない。
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