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六◆偽りの過去
二
しおりを挟む「ちはや、足おそーい!」
「そうかなぁ? 皆が速いんだよー」
「そーじはもっとおそいけどな!」
「言ったなー! そこまで言うなら僕、本気出しちゃうよ?」
「きゃーっ」
二人は子供たちと駆けまわる。
物騒で張り詰めた空間とは無縁の場所で、隊士でも小姓でもない、ただの沖田総司とただの佐倉千早として、二人は今日も子供たちと無邪気に遊んでいた。
――そうして一時間ほど経った頃だろうか、人の気配を感じた千早は、ふと鳥居に視線をやった。するとその向こうから、こちらに向かって駆けて来る人影があるのに気がつく。誰かと思って目を凝らせば、それは今屯所にいる筈の日向ではないか。
「沖田さん! 日向が――」
どうしたのだろうか、日向は今日ずっと土方さんに付きっきりの予定な筈なのに。
そう思った千早は、抱き上げていた子供を下ろして日向に駆け寄る。どうしたのかと尋ねれば、日向は焦った様子で口をパクパクとさせた。やはり何かあったらしい。日向は膝に手を付いて乱れた息を整えながら、千早を見上げて必死に合図を送る。
「はやく、戻って、千早ちゃ――」
「……?」
けれど千早には日向が何を言おうとしているのか分からなかった。
そんな千早の後ろに沖田も追いついて来る。そして二人が再び何事かと尋ねれば、日向は今度こそこう答えた。
「秋月くんが、目覚めたって!」
「――え?」
今、何て……?
それは全く予想のしていなかった言葉で、千早は思わず放心する。
「だから、秋月くんが起きたって!」
「……嘘」
「嘘じゃないよ! だから早く行って、千早ちゃん!」
「――あ、……え」
「早く!」
「――ッ」
日向の罵声にも似た声に、千早はびくりと肩を震わせた。そして、打たれたように走り出す。――その場に、沖田を残して。
そうして千早の姿は、あっという間に見えなくなった。
「沖田さん、私達も――、……っ」
千早の背中を見送って、日向は沖田を振り返る。自分たちも屯所へ戻ろうと、そう伝えようとした。だが、その言葉が最後まで口に出されることはなかった。
「……沖田、さん?」
日向は絶句する。振り向いた先の、沖田のその表情を目の当たりにし、それ以上言葉を忘れて固まった。どうして、彼はこんな顔をしているのか、と。
そんな二人のもとへ子供たちも駆け寄ってくる。
「なぁ、ちはやかえったん?」
「そうじはまだかえらへんよな? な?」
子供たちは先ほどのように沖田の足にまとわりついた。そうして、彼らも日向と同じように沖田を見上げ――顔を強張らせる。
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