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五◆京の都
七
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――そう言えば、自分も昔道に迷ったことがある。東京に引っ越したばかりの頃、兄と二人で公園へ出かけた。けれど気づいたときには、自分一人になっていたのだ。家の場所もわからず、途方に暮れた記憶がある。
あの時は一体どうなったんだっけ。――千早は記憶を掘り起こす。けれどどうしても思い出せない。覚えていることと言えば、優しい誰かが手を差し伸べてくれたことだけ。けれど、どうもその相手は兄ではなかったような気がする。
――と、そんなときだ。
「妙ッ!」
人込みを掻き分けて、こちらに走ってくる少年が一人。その姿を見た妙の手が、するりと自分の手からほどけた。
「にいちゃああん!」
妙は一目散に駆けだして、少年――喜平の小さな胸に収まる。
「妙のあほんだら! 探したんやぞ!」
「だってぇ」
「待っときって言うたやろ!?」
「かんにんな」
「――ったく。ほれ、もう落としなや」
千早の視線の少し先で――そう言った喜平は、真っ赤な風車を妙の手に握らせる。
その姿に千早は理解した。この少年は、妙の落とした風車を探しに行っていたのだと。
――ああ、よかった。
千早は心からそう思いつつ、二人に近寄る。すると喜平がこちらに気付いて頭を下げた。
「妙を連れてきてくれて、おおきに」
その姿は八歳とは思えないほどに立派な姿で、千早の胸に熱いものがこみ上げる。最初は、こんな小さな子から目を離すなんてどんな兄貴だと思っていたのに。
千早は微笑む。
「いいえ、妙ちゃん偉かったんだよ。全然泣かなくって、ね?」
そう言って妙にウインクすれば、妙はポッと頬を染めた。
「でも今度は、ちゃーんとお兄ちゃんの言うこと聞くんだよ。手も放したらだめだよ?」
その言葉に、日向は満面の笑みで大きく頷く。それは、あまりにも眩しい笑顔だった。
◇◇◇
――そうして、千早は二人と別れた。
「ほななー! ねえちゃーん!」
「んん? 妙、あれは姉ちゃんじゃのうて兄ちゃんやろ」
「ちゃう、ねえちゃんや」
「ほやかて恰好が」
「ねえちゃんや」
去り際にそんな会話が聞こえたが、まあ聞かなかったことにしよう。
千早は二人の背中を見送って、今度こそ屯所に戻ろうと心に決めた。――すると、そのときだ。
「千早ッ!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえると同時に、背後から腕を掴まれる。驚いて振り向けば、そこには――。
「……沖田さん?」
酷く焦った様子の沖田総司が、息を切らせて立っていた。
あの時は一体どうなったんだっけ。――千早は記憶を掘り起こす。けれどどうしても思い出せない。覚えていることと言えば、優しい誰かが手を差し伸べてくれたことだけ。けれど、どうもその相手は兄ではなかったような気がする。
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「妙ッ!」
人込みを掻き分けて、こちらに走ってくる少年が一人。その姿を見た妙の手が、するりと自分の手からほどけた。
「にいちゃああん!」
妙は一目散に駆けだして、少年――喜平の小さな胸に収まる。
「妙のあほんだら! 探したんやぞ!」
「だってぇ」
「待っときって言うたやろ!?」
「かんにんな」
「――ったく。ほれ、もう落としなや」
千早の視線の少し先で――そう言った喜平は、真っ赤な風車を妙の手に握らせる。
その姿に千早は理解した。この少年は、妙の落とした風車を探しに行っていたのだと。
――ああ、よかった。
千早は心からそう思いつつ、二人に近寄る。すると喜平がこちらに気付いて頭を下げた。
「妙を連れてきてくれて、おおきに」
その姿は八歳とは思えないほどに立派な姿で、千早の胸に熱いものがこみ上げる。最初は、こんな小さな子から目を離すなんてどんな兄貴だと思っていたのに。
千早は微笑む。
「いいえ、妙ちゃん偉かったんだよ。全然泣かなくって、ね?」
そう言って妙にウインクすれば、妙はポッと頬を染めた。
「でも今度は、ちゃーんとお兄ちゃんの言うこと聞くんだよ。手も放したらだめだよ?」
その言葉に、日向は満面の笑みで大きく頷く。それは、あまりにも眩しい笑顔だった。
◇◇◇
――そうして、千早は二人と別れた。
「ほななー! ねえちゃーん!」
「んん? 妙、あれは姉ちゃんじゃのうて兄ちゃんやろ」
「ちゃう、ねえちゃんや」
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「ねえちゃんや」
去り際にそんな会話が聞こえたが、まあ聞かなかったことにしよう。
千早は二人の背中を見送って、今度こそ屯所に戻ろうと心に決めた。――すると、そのときだ。
「千早ッ!」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえると同時に、背後から腕を掴まれる。驚いて振り向けば、そこには――。
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酷く焦った様子の沖田総司が、息を切らせて立っていた。
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