桜の花びら舞う夜に(毎週火・木・土20時頃更新予定)

夕凪ゆな

文字の大きさ
23 / 158
弐◆今、私に出来ること

しおりを挟む

◇◇◇

 その部屋は千早が居た部屋から最も離れた場所だった。彼女が寝かされていた部屋は屋敷の奥まった場所であったが、帝の居る部屋は先ほど近藤や土方らと対面した部屋を通りすぎた更に向こう側の、どちらかと言えば屋敷の入り口に近い場所だった。
 その部屋までの長い縁側を通りながら、千早は斎藤の背中に向かって尋ねる。

「帝の容体は……」
「会えばわかるが、危険な状態だ。いつ何があってもおかしくはない」
「……そう、なんですね」
 千早の声は暗い。
 危険な状態であることはわかってはいた。だが、それでもつい足がすくんでしまう。会いたいのに、会えることは嬉しいはずなのに、どうしても怖くなってしまう。傷ついた帝の姿を目の前にするのが――どうしようもなく。
 が、そんな千早の想いに気付いたのだろうか、斎藤は一応の気遣いを見せた。

「あまり落ち込むな。危険な状態であることには変わりないが、持ち直す可能性は大いにあると聞いている」
「本当ですか?」
「ああ。山崎やまざきがそう言っていた。としの割によく鍛えられた身体だとな」
「……山崎、さん?」
「ああ。ここの医者だ」
 その声は、山崎という男を信頼しているような声だった。千早は少しだけ胸を撫でおろす。
 持ち直す可能性は大いにある――その言葉を信じてみようと思った。

 ――目的の部屋は、普段は使われていない部屋の様だった。屋敷の最も隅の人気ひとけのない場所。他の隊士たちの姿もない。

 こんな場所に帝が? と、不安に思い始めてから次の角を左に曲がったところで、斎藤は足を止めた。そこにあるのは一つの障子戸。どうやら到着したようである。

 斎藤は無言で戸を開けた。三畳程の狭い和室だ。千早が斎藤の後ろから中の様子を伺うと、帝はその部屋の真ん中の薄いせんべい布団の上にうつ伏せに寝かされていた。胴体にはぐるぐると何十にも包帯が巻かれ、掛け布団は傷に当たらないように腰の辺りで折り返されている。

「――帝!」
 千早は思わず斎藤を押しのけ、帝に駆け寄った。腰を下ろすような場所も残されていない狭い部屋で、千早は帝の枕元に座り込んでその様子を伺う。瞼は固く閉じられ、意識はない。顔色も悪く、息は浅かった。それにどうやら熱もあるようで、額には大粒の脂汗がにじんでいる。

「……帝、ごめんね」
 こんな帝の顔は見たことがない、と千早は思った。こんなに苦しそうな顔、見たことがない――と。
 強がりで、かたくなで、努力家で。何だって余裕でやってのけてしまう帝はいつだって眩しくて、どんなときも余裕があって。学校でも日常生活でも、例え試合中でさえ――彼は決して誰にも弱みを見せないのだ。勿論、私にも。

 それが不満だったと言えば嘘になる。たまには帝の弱音を聞いてみたいと思っていた。少しくらい、辛い気持ちを吐き出してくれたらと思っていた。彼の泣き顔を見てみたいとさえ思っていた。けれど、こんな形を望んでいたわけではない。こんな姿を見たいと思っていたわけではない。

 千早は帝の左手を取り、自らの両手で包み込んだ。そこに自分の額を付け、祈るように両目を閉じる。「神様、お願いします。帝をどうか助けて下さい」――と。

 もしもこの願いが叶うのなら、これからは他の何も願いません。何一つ望みません。帝が元気になってくれれば、私はもう何もいりません。だからどうかお願いします。――彼女はそう祈り続ける。

 斎藤はそんな千早の思い詰めた横顔を、部屋の入口に立ったままじっと見つめていた。そうして、そんな彼女の姿をとても不思議に思っていた。どうしてここまで相手のことを思えるのだろうかと。

 ――確か二人は駆け落ちするような間柄だと言っていた。ということはつまり、将来を誓いあった仲だということになる。けれど二人はまだ若い。婚姻を結ぶのに支障がない年齢とは言え、成熟した愛など知らないだろう。それなのに、何故ここまで――と。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...