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弐◆今、私に出来ること
三
しおりを挟む◇◇◇
その部屋は千早が居た部屋から最も離れた場所だった。彼女が寝かされていた部屋は屋敷の奥まった場所であったが、帝の居る部屋は先ほど近藤や土方らと対面した部屋を通りすぎた更に向こう側の、どちらかと言えば屋敷の入り口に近い場所だった。
その部屋までの長い縁側を通りながら、千早は斎藤の背中に向かって尋ねる。
「帝の容体は……」
「会えばわかるが、危険な状態だ。いつ何があってもおかしくはない」
「……そう、なんですね」
千早の声は暗い。
危険な状態であることはわかってはいた。だが、それでもつい足が竦んでしまう。会いたいのに、会えることは嬉しいはずなのに、どうしても怖くなってしまう。傷ついた帝の姿を目の前にするのが――どうしようもなく。
が、そんな千早の想いに気付いたのだろうか、斎藤は一応の気遣いを見せた。
「あまり落ち込むな。危険な状態であることには変わりないが、持ち直す可能性は大いにあると聞いている」
「本当ですか?」
「ああ。山崎がそう言っていた。年の割によく鍛えられた身体だとな」
「……山崎、さん?」
「ああ。ここの医者だ」
その声は、山崎という男を信頼しているような声だった。千早は少しだけ胸を撫でおろす。
持ち直す可能性は大いにある――その言葉を信じてみようと思った。
――目的の部屋は、普段は使われていない部屋の様だった。屋敷の最も隅の人気のない場所。他の隊士たちの姿もない。
こんな場所に帝が? と、不安に思い始めてから次の角を左に曲がったところで、斎藤は足を止めた。そこにあるのは一つの障子戸。どうやら到着したようである。
斎藤は無言で戸を開けた。三畳程の狭い和室だ。千早が斎藤の後ろから中の様子を伺うと、帝はその部屋の真ん中の薄いせんべい布団の上にうつ伏せに寝かされていた。胴体にはぐるぐると何十にも包帯が巻かれ、掛け布団は傷に当たらないように腰の辺りで折り返されている。
「――帝!」
千早は思わず斎藤を押しのけ、帝に駆け寄った。腰を下ろすような場所も残されていない狭い部屋で、千早は帝の枕元に座り込んでその様子を伺う。瞼は固く閉じられ、意識はない。顔色も悪く、息は浅かった。それにどうやら熱もあるようで、額には大粒の脂汗が滲んでいる。
「……帝、ごめんね」
こんな帝の顔は見たことがない、と千早は思った。こんなに苦しそうな顔、見たことがない――と。
強がりで、頑なで、努力家で。何だって余裕でやってのけてしまう帝はいつだって眩しくて、どんなときも余裕があって。学校でも日常生活でも、例え試合中でさえ――彼は決して誰にも弱みを見せないのだ。勿論、私にも。
それが不満だったと言えば嘘になる。たまには帝の弱音を聞いてみたいと思っていた。少しくらい、辛い気持ちを吐き出してくれたらと思っていた。彼の泣き顔を見てみたいとさえ思っていた。けれど、こんな形を望んでいたわけではない。こんな姿を見たいと思っていたわけではない。
千早は帝の左手を取り、自らの両手で包み込んだ。そこに自分の額を付け、祈るように両目を閉じる。「神様、お願いします。帝をどうか助けて下さい」――と。
もしもこの願いが叶うのなら、これからは他の何も願いません。何一つ望みません。帝が元気になってくれれば、私はもう何もいりません。だからどうかお願いします。――彼女はそう祈り続ける。
斎藤はそんな千早の思い詰めた横顔を、部屋の入口に立ったままじっと見つめていた。そうして、そんな彼女の姿をとても不思議に思っていた。どうしてここまで相手のことを思えるのだろうかと。
――確か二人は駆け落ちするような間柄だと言っていた。ということはつまり、将来を誓いあった仲だということになる。けれど二人はまだ若い。婚姻を結ぶのに支障がない年齢とは言え、成熟した愛など知らないだろう。それなのに、何故ここまで――と。
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